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9:兄の権威は弟に乗っ取られている!
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アレクシス第一王子は、王宮の自室でうなだれていた。
あの後すぐに王宮の侍従たちが現れて、茫然自失のままここに放り込まれたのだ。
「終わり……終わりだ……」
王家の色と呼ばれる黄金色の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
侍従が言ったのだ。答案や成績の改ざんが発覚しただけでもまずいのに、その様子が魔導映写機で講堂に流されてしまったのだという。
その上、自分が愛した少女フローラは、あの後迎えにきた養父と本当に抱き合って学園から去った。聖女という称号は神殿側の手違いだったとして、はく奪されている。
あの熱病に浮かされたような日々はなんだったのだろう。授業を抜け出し、実習をサボってフローラと街に繰り出して遊んだり、茂みの陰でキスしたり、手を取りあい共に歩もうと誓い合った日々。それは全て虚ろな幻だったと、突き付けられた。
これから一体どうなる? どうしたらいいのだろう。
ふと、アレクシスは顔を上げた。まだユーフェミアが残っているではないか。あの女が起こした騒ぎなのだから、彼女自身が尻拭いすべきだろう。
だいたい、ちょっとあいつの忠告を無視したり役員の仕事を押し付けたりしたくらいで、学園祭を乗っ取って暴露大会するなんて、あまり大人げない。もっとスマートなやり方くらいあっただろう。それなのにあんな派手な演出を選んだユーフェミアが悪いのだ。
「よし、呼び出してやろうではないか……」
『えー、ダレを?』
目の前に、あの憎らしい猫のぬいぐるみが現れた。
しかし今回は、ぬいぐるみだけではなく、それを抱いた者も立っていた。
「はーい、兄さん☆ ご機嫌いかがかなぁー?」
ルーファス第二王子。アレクシスの三歳下の弟だ。兄とよく似た美貌の、しかしいつもいたずらを企んでいるような笑みを浮かべた、まだ線の細さが目立つ少年。
「お前だったのか……」
アレクシスは唸り声を上げた。渋面の兄に対しルーファスは、ニヤニヤしながらぬいぐるみの手を振っている。
「そうだよ。ユーフェミア嬢……ううん、ミア姉さんが忙しそうだったから、そのお手伝いをしたんだ」
「何が狙いだ? やはり王太子の座か?」
「やだなー。兄さんは見栄っ張りのくせに変なところでお固くて過ぎてつまんない。でも、そんな想像力のなさが必要なんだとも思うんだ」
一瞬だけルーファスは真顔になったが、すぐにまたニヤニヤしだす。
「次代の国王は、是非とも兄さんになってもらわないとって思っている。僕はダメだよ? 自由に、もっと面白く生きていきたいからね。王座に縛り付けられるのはごめんだから、兄さんに頑張ってもらわないとね。死ぬ気で頑張って、信頼も回復して、国のためにキリキリ働いてね?」
アレクシスは力なくかぶりを振った。
「私は……無理だ。あんなことをしてしまうほど器が小さい人間だ。人の上に立つ人間ではない……」
「あー、兄さんが小さくてせこくて見栄っ張りで汚いクソ野郎なのは知っているよ。でもまあ、まだ立太子もしていないんだし、これから頑張れば間に合うって。まだ学生だしさ。なーに、大丈夫だって! よっぽどのへまをしたって、最悪でも誰かが暗殺しにくるだけだから、へーきへーき!」
いや全然平気じゃないそれ、と言いたいアレクシスだったが、口の端を引きつらせるだけだった。
そんな兄王子の手にぬいぐるみを押し付けて、ルーファスは言う。
「安心しなって。僕は裏に回って色々やる方が好きだから、たまには兄さんの手伝いをしてやってもいい。でも、たまーだけだよ。僕には他にやることがあるから。ずっと憧れてたし、狙ってたんだ。今回、手を組んでみて、やっぱり僕の目は間違ってなかったって思った」
ルーファスは「もうミア姉さんって呼ぶのは止めるんだ」と、急に眼差しを強めて兄を見る。
「兄さんとユーフェミア嬢の婚約は無事に白紙に戻ったからね。だから、僕もようやく動き出せる。まずは花束を持って行こう。兄さんはユーフェミア嬢の好きな花、知らないよね? あの人はガーベラが好きなんだよ。結構可愛いものが好きなんだよね」
アレクシスの脳裏に、ふとユーフェミアの声がよみがえる。
開会式での『楽しんでね!』と馬鹿みたいに明るかったあの声。初めて聞いた、あんな華やいでいて溌溂とした声は。なんだかルーファスのそれによく似ていた。
きっとこのニヤニヤした第二王子には、アレクシスには見えない何かが見えているのだろう。自分は彼女の好みの花すら知ろうとしなかった。
知ろうとしなかった上に、自分は何を見ていた?
ベネディクトに、彼女が横領の犯人だと言われて、裏付けすら取らずに鵜呑みにして、裁判官よろしく彼女を裁こうとまでした。きっとフローラを苛めたというのも、嘘なのだろう。
正直なところ、ユーフェミアとの間に恋情や愛情というものは生まれなかった。気も合わなかったどころか反発までしていた。それでもユーフェミアが聖女を階段から突き落としたり公金を横領したりするような人間でないことくらい、今までの付き合いで分かっていたはずだ。彼女が自分に言ってくることは、常に正しかったから。忌々しいくらい正しかったからこそ、反発したのだから。
それなのに、アレクシスは一方的にユーフェミアを非難した。ダグラスを使って捕らえようとまでしていた。
そんな自分が、弟に何を言えるというのだろう。
「……勝手にすればいいだろう」
「あ、そうそう。ユーフェミア嬢から伝言を預かっているよ」
「え……?」
「『これで目が覚めなかったら、特大の石を降らせるから覚悟して』だってさ。頭かち割られないように頑張ろうね?」
「…………ああ」
暗殺されるとか石が襲い掛かってくるとか穏やかでない脅しが続くが、それでも猶予をもらっている。まだ完全には見捨てられていないのだ。
思えば、ずっと甘えていたのだろう。そろそろ自分の足で立つべきだ。
弟にも、元婚約者にも、もう恥ずかしい真似を晒すことは許されない。
やるしかないのだ。
……映像で完全に晒し者になっているから、これから先は羞恥地獄なのだが、仕方がない。
「仕方が……ない」
アレクシス王子は、両手に顔を埋めたのだった。
あの後すぐに王宮の侍従たちが現れて、茫然自失のままここに放り込まれたのだ。
「終わり……終わりだ……」
王家の色と呼ばれる黄金色の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
侍従が言ったのだ。答案や成績の改ざんが発覚しただけでもまずいのに、その様子が魔導映写機で講堂に流されてしまったのだという。
その上、自分が愛した少女フローラは、あの後迎えにきた養父と本当に抱き合って学園から去った。聖女という称号は神殿側の手違いだったとして、はく奪されている。
あの熱病に浮かされたような日々はなんだったのだろう。授業を抜け出し、実習をサボってフローラと街に繰り出して遊んだり、茂みの陰でキスしたり、手を取りあい共に歩もうと誓い合った日々。それは全て虚ろな幻だったと、突き付けられた。
これから一体どうなる? どうしたらいいのだろう。
ふと、アレクシスは顔を上げた。まだユーフェミアが残っているではないか。あの女が起こした騒ぎなのだから、彼女自身が尻拭いすべきだろう。
だいたい、ちょっとあいつの忠告を無視したり役員の仕事を押し付けたりしたくらいで、学園祭を乗っ取って暴露大会するなんて、あまり大人げない。もっとスマートなやり方くらいあっただろう。それなのにあんな派手な演出を選んだユーフェミアが悪いのだ。
「よし、呼び出してやろうではないか……」
『えー、ダレを?』
目の前に、あの憎らしい猫のぬいぐるみが現れた。
しかし今回は、ぬいぐるみだけではなく、それを抱いた者も立っていた。
「はーい、兄さん☆ ご機嫌いかがかなぁー?」
ルーファス第二王子。アレクシスの三歳下の弟だ。兄とよく似た美貌の、しかしいつもいたずらを企んでいるような笑みを浮かべた、まだ線の細さが目立つ少年。
「お前だったのか……」
アレクシスは唸り声を上げた。渋面の兄に対しルーファスは、ニヤニヤしながらぬいぐるみの手を振っている。
「そうだよ。ユーフェミア嬢……ううん、ミア姉さんが忙しそうだったから、そのお手伝いをしたんだ」
「何が狙いだ? やはり王太子の座か?」
「やだなー。兄さんは見栄っ張りのくせに変なところでお固くて過ぎてつまんない。でも、そんな想像力のなさが必要なんだとも思うんだ」
一瞬だけルーファスは真顔になったが、すぐにまたニヤニヤしだす。
「次代の国王は、是非とも兄さんになってもらわないとって思っている。僕はダメだよ? 自由に、もっと面白く生きていきたいからね。王座に縛り付けられるのはごめんだから、兄さんに頑張ってもらわないとね。死ぬ気で頑張って、信頼も回復して、国のためにキリキリ働いてね?」
アレクシスは力なくかぶりを振った。
「私は……無理だ。あんなことをしてしまうほど器が小さい人間だ。人の上に立つ人間ではない……」
「あー、兄さんが小さくてせこくて見栄っ張りで汚いクソ野郎なのは知っているよ。でもまあ、まだ立太子もしていないんだし、これから頑張れば間に合うって。まだ学生だしさ。なーに、大丈夫だって! よっぽどのへまをしたって、最悪でも誰かが暗殺しにくるだけだから、へーきへーき!」
いや全然平気じゃないそれ、と言いたいアレクシスだったが、口の端を引きつらせるだけだった。
そんな兄王子の手にぬいぐるみを押し付けて、ルーファスは言う。
「安心しなって。僕は裏に回って色々やる方が好きだから、たまには兄さんの手伝いをしてやってもいい。でも、たまーだけだよ。僕には他にやることがあるから。ずっと憧れてたし、狙ってたんだ。今回、手を組んでみて、やっぱり僕の目は間違ってなかったって思った」
ルーファスは「もうミア姉さんって呼ぶのは止めるんだ」と、急に眼差しを強めて兄を見る。
「兄さんとユーフェミア嬢の婚約は無事に白紙に戻ったからね。だから、僕もようやく動き出せる。まずは花束を持って行こう。兄さんはユーフェミア嬢の好きな花、知らないよね? あの人はガーベラが好きなんだよ。結構可愛いものが好きなんだよね」
アレクシスの脳裏に、ふとユーフェミアの声がよみがえる。
開会式での『楽しんでね!』と馬鹿みたいに明るかったあの声。初めて聞いた、あんな華やいでいて溌溂とした声は。なんだかルーファスのそれによく似ていた。
きっとこのニヤニヤした第二王子には、アレクシスには見えない何かが見えているのだろう。自分は彼女の好みの花すら知ろうとしなかった。
知ろうとしなかった上に、自分は何を見ていた?
ベネディクトに、彼女が横領の犯人だと言われて、裏付けすら取らずに鵜呑みにして、裁判官よろしく彼女を裁こうとまでした。きっとフローラを苛めたというのも、嘘なのだろう。
正直なところ、ユーフェミアとの間に恋情や愛情というものは生まれなかった。気も合わなかったどころか反発までしていた。それでもユーフェミアが聖女を階段から突き落としたり公金を横領したりするような人間でないことくらい、今までの付き合いで分かっていたはずだ。彼女が自分に言ってくることは、常に正しかったから。忌々しいくらい正しかったからこそ、反発したのだから。
それなのに、アレクシスは一方的にユーフェミアを非難した。ダグラスを使って捕らえようとまでしていた。
そんな自分が、弟に何を言えるというのだろう。
「……勝手にすればいいだろう」
「あ、そうそう。ユーフェミア嬢から伝言を預かっているよ」
「え……?」
「『これで目が覚めなかったら、特大の石を降らせるから覚悟して』だってさ。頭かち割られないように頑張ろうね?」
「…………ああ」
暗殺されるとか石が襲い掛かってくるとか穏やかでない脅しが続くが、それでも猶予をもらっている。まだ完全には見捨てられていないのだ。
思えば、ずっと甘えていたのだろう。そろそろ自分の足で立つべきだ。
弟にも、元婚約者にも、もう恥ずかしい真似を晒すことは許されない。
やるしかないのだ。
……映像で完全に晒し者になっているから、これから先は羞恥地獄なのだが、仕方がない。
「仕方が……ない」
アレクシス王子は、両手に顔を埋めたのだった。
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