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しおりを挟む白馬の王子様なんかいない。いても絶対頼らない。
魅了が解けたとき私はそう心に誓った。
沢山の人間に利用され裏切られてきた。だから最後に信じられるのは自分だけ、何があっても自分の責任だと半ば諦めてきた。でも……
「サラ」
優しく私の名前を呼ぶ彼の腕の中で、凍り付いていた自分の心がどんどん解けていくのが分かる。
「あとは任せろ」
ファリス様の腕に抱かれながら彼の視線の先を追う。
さっきまでいたはずの木の真下は爆煙のようなものに包まれ、肝心のマリアン様の姿は見えない。
居なくなったかのように思えたが……煙の向こうからクスクスと女性の笑う声が聞こえてきた。
「まさかサラが魔術師を召還するなんて思わなかったわ。ふふふっ!なるほど、そのちんけな指輪……召還魔法を隠すためのフェイク魔法が二重でかけられてたの。盲点だったわぁ!」
「……お前がマリアン=ブルーディアか」
「いかにも」
煙の中から現れたマリアン様は楽しげに笑い、もう一度パチンと指を鳴らす。その瞬間、私にかけられていた術がフッと消えて身体が軽くなった。
「そういう貴方、ただの魔術師ではないわね?私の術を解ける人間なんて片手ほどしかいない、ましてやリリーシアなんて新国の若造がたまたまで出来る訳ないわ」
バチバチっと弾ける火花が矢の形に集まっていく。マリアン様が腕を振った瞬間、その光は私たちに向かって真っ直ぐ飛んできた。が、守るように覆われたバリアによって届くことはなく弾け飛び散った。
(これが……私たちにはない、特別な力)
魔術による戦いなの……?
「リリーシアはお前にたどり着くための隠れ蓑。本当の名はファリス=シャンディラ、魔法都市シャンディラの名を継ぐ者だ」
魔法都市シャンディラ。
聞いたことのない言葉にマリアン様だけが目を丸くする。
「あぁ……そう、貴方が魔術発祥とされるシャンディラで生まれた天才魔術師なの。ということは本気で私を殺す気なのね?」
ふぅと大きなため息をついたマリアン様は、とんとんと腰を叩いた後へらっと力なく笑った。
「こんな老いぼれ相手にご苦労様ねぇ。そんなに身構えなくとももう戦いませんよ?全盛期の頃と違ってもう魔力はあまり残ってないのよ」
「……驚いたな」
「?」
「一度はシャンディラの名を継ぐかもしれなかった大魔術師がそんなクサイ芝居を打つなんて」
ファリス様がハッと鼻で笑うと、マリアン様のこめかみにピキッと筋が浮き出た。
(あんなマリアン様、初めて見る……)
見え透いた挑発に乗るような人ではないのに。しかしその様子をファリス様は見逃さず、神経を逆撫でするように次々と言葉を繰り出した。
「まぁ、あんなろくでもない孫とぬくぬく生きてりゃ腕も鈍るのも仕方ない」
「……言葉に気を付けなさい、小僧」
「いっそのこと先にあいつから始末するか……」
ドゴォォォッッ!!!
大きな爆発音と共に強い雷撃がバリアに当たった。
衝撃で瞑ってしまった目を開けると、あのマリアン様の顔が怒りで醜く歪んでいる。
「殺す」
「!!!」
「お前だけは生かしておかない。苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで……生きていたことを後悔させてからその命を摘んでやるっ!!」
憎しみでしゃがれた声に思わず息を止めた。
(熱い……まるで業火の中にいるようだわっ!)
熱風が容赦なく浴びせられる。きっとこれは彼女の怒りに反応した魔力なんだろう、バリアの中にいても呼吸をするだけで喉が爛れてしまうほど熱い。
マリアン様が生命の木に手をつくと、さっきまでの熱風がより勢いを増して吹き出した。
「ふ、ふふ、ふふふふ……これで魔力は尽きないわ。この木に触れさえすれば私は無敵よっ!!」
「……どうかな」
「きゃはははははっ可愛らしい強がりだこと!サラも覚悟しなさい、火傷なんかじゃ済まないわよぉ?」
そして木から手を離し、再び指をパチンと鳴らした。
禍々しい空気はどんどん強まる。マリアン様がかつて大魔術師と呼ばれる凄い人で、その人が何十年も貯めてきた魔力を一気に放出したとしたら……さすがのファリス様でも勝てないかもしれない。
かける言葉も見つからず彼にぎゅうっとしがみつく。
「……サラ」
「っ!」
「大丈夫、信じろ」
死ぬかもしれない絶体絶命のこの状況で、ファリス様はそっと微笑んだ。
ファリス様は嘘をつかない。今まで彼の言葉をずっと信じてきたんだもの、きっと……きっと大丈夫。
返事をする代わりにコクンと小さく頷けば、ファリス様は再びマリアン様の方を向く。
「……哀れな女だ」
「あぁっ?!」
「人の心を失ったお前は何も気付かないんだな」
手のひらを向け、小さな声で何かを唱え始める。
「ぶつぶつと何をっ?!」
「お前もよく知っているだろう?この術を」
「…………っ?!まさか、」
「確か直接触れさせて発動しないといけないんだったな」
ガサガサガサッ
マリアン様の背後にある草木が揺れ、黒い影がビュッと飛び出してきた。
「なるほどなっ!!この木に触れればいいんだなっ?!」
「あはははっ!ざーんねーんでしたぁ!!!」
間抜けな声の主たちはファリス様以外の期待を裏切り、幸か不幸か……がっちりと木の幹に抱き着いた。
「「……………あ、」」
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