【完結】男装の麗人が私の婚約者を欲しがっているご様子ですが…

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「……流石に鍵はかかってるか」

閉じ込められた部屋のドアノブをかちゃかちゃ動かしながらポツリと呟く。

シルビア嬢の取り巻きたちにここへ連れて来られた。彼女たちが何故この屋敷に詳しいのかは置いといて、連れて来られたのは今は使われていない倉庫か何かだろう。埃っぽい真っ暗な部屋で私はきょろきょろと探索を続けた。

(使用人たちも今日はパーティーに駆り出されてるからこんな倉庫には誰も来ない。とすると、今夜はここで過ごすことになりそうね……)

部屋は6畳くらい、窓が一つ付いているだけ。
私は古びた窓を何とかこじ開ける。

「気持ちいい……」

夜風が吹き込んできて部屋の空気が循環される。屋敷の裏側で2階であるこの部屋から人の姿は見られない。やっぱり今夜はここに泊まるしか……。

アシュレイ様、きっと心配しているかも知れない。突然いなくなってしまって、もしかしたらエリザベスさんたちにも迷惑をかけているかも。

(それとも……私なんか忘れて、シルビア嬢と)

考えれば考えるだけ不安になってしまう。

アシュレイ様は優しいからシルビア嬢との仲を私に話したりはしなかった。今は立場があるから一定の距離を保ってはいるが、もしそれがなければ今頃彼の隣にはシルビア嬢が立っていたかも。それに彼女は男装の麗人、アシュレイ様の隣を歩くのに文句なしの容姿だ。


「グラシャっ!」


彼の声が聞こえた。
幻聴かと思い窓の外をきょろきょろと見渡せば、ちょうど私のいる場所のすぐ下でこちらを見上げるアシュレイ様がいた。

「アシュレイ様」
「良かった……無事か?」
「っ……はい、無事です!」
「すまない、一人にさせた俺のミスだ」

そう言ってアシュレイ様は悔しそうに顔を歪める。

(走って探してくれたんだわ……)

荒い呼吸を繰り返し汗だくになったアシュレイ様を見て泣きそうになった。
すると扉の向こう側から微かに声が聞こえる。いなくなった令嬢たちが戻ってきたのか、あるいは連れ去ったのがバレたからアシュレイ様より先にここから連れ出そうとしているに違いない。

「アシュレイ様っ!人が来ますっ!」
「っ……グラシャ」
「はいっ」
「飛び降りろ」
「えっ……えぇっ?!」
「安心しろ、絶対受け止めるから」
「む、無理ですっ!そんな、命綱もないのに!」

高さは十分にある。もしアシュレイ様が受け止められなかったら当然無傷では済まない。それは私も、アシュレイ様もだ。

「信じろ」
「っ……でも、やっぱり無理っ」
「グラシャ!」

扉の向こうで鍵を開けようとする音が聞こえる。

(どうしようっ!どうすれば……っ)

「俺を信じろ、グラシャ」

かちゃりと鍵が開いた瞬間、気付けば私は窓枠に足をかけそのまま外に飛び出していた。
投げ出された体が下に落ちていく感覚にぎゅっと目を瞑る。地面に叩きつけられる事を想像していれば私の体に温かい感触が伝わった。
抱き止められたと同時に地面に倒れ込む。私は頭から包まれるように抱きしめられていたのでそんなに衝撃は伝わってこなかったが、彼はザッと地面を擦るように体を滑らせた。

「あ、アシュレイ様っ!」
「っ……大丈夫だ」
「そんなっ、血が」

手の甲や頬から血が流れている。それを見た瞬間、私の血の気がサァっと引いていった。

「泣くな」
「泣いてなんか……」

アシュレイ様は困ったように微笑みながら私の目元の涙を指で掬い取る。

「安心してくれ、すり傷程度だ。どこも痛めていないのが奇跡に近しい」
「本当に……なんて無茶を私は」
「意外に度胸があるんだな、君は」
「そんな事言ってる場合ではありません!」

思わず怒鳴ってしまう私を、アシュレイ様はぐっと引き寄せてまた抱き締めた。

「っ、アシュレイ様」
「無事で良かった」
「ご心配をおかけして申し訳ありませんっ」
「全くだ。心臓が止まるかと思った」

大きな背中に腕を回してぎゅっと抱きつく。

「君のこととなると冷静でいられなくなるな」
「アシュレイ様……」
「余裕をなくしてしまうくらい、君が愛おしい」

耳にかかる息遣いとその言葉に目を丸くする。

「い、今、なんて……」

信じられない。今、確かにアシュレイ様は私に。体を離し向き合えばそっと頬に触れながら微笑まれる。

「好きだ、グラシャ」
「っ!」
「全てを投げ出しても良いくらい君に惚れている」

そしてゆっくりと近づくアシュレイ様の唇がそっと自分のに触れた。

「うそ……」
「嘘じゃない」
「だって!アシュレイ様が、私なんかを」
「なんかじゃない、君だけだ」
「わ、私はただの婚約者で」
「いい加減にしろ」

もう一度腕の中に閉じ込められる。

「グラシャ=ノーストスを心から愛している。ちゃんとそう言ってるんだ」

ようやく欲しかったその言葉にぽろぽろと涙が溢れてしまう。

「君は?」
「わ、私もです……私も、貴方が好きですっ」
「……そうか、ありがとう」

しがみつく私をもう一度抱きしめ、アシュレイ様はどこか嬉しそうにそう言った。
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