家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。

希羽

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第17話:経済制裁カウンター

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 火曜日の午後。
 VIPたちからの抗議電話ラッシュも落ち着いた頃。
 俺たちは勝利を確信し、遅めのランチを取ろうとしていた。
 メニューは、シルフィが愛してやまない宅配ピザを3枚。

「……あれ?」

 玄関先で、配達員の兄ちゃんが困った顔をしている。

『すんません、カードが切れないみたいで……』
「え? そんなはずは……」

 俺は別のカードを出した。ブラックカードだ。
 だが、端末は無慈悲なビープ音を鳴らす。
 
 『エラーコード:口座凍結』

「……現金で払います」

 俺は財布から諭吉を取り出して支払いを済ませた。
 ピザを受け取り、リビングに戻る。
 俺の顔からは、笑顔が消えていた。

「一ノ瀬社長。口座が死んだ」
「……確認しました」

 一ノ瀬さんが、真っ青な顔でPCの画面を見つめている。

「当社の法人口座、および会長の個人口座。すべて凍結されています。名目は『犯罪収益移転防止法に基づく措置』……。協会からの要請ですね」

 氷室だ。
 あいつ、まだ諦めていなかったのか。
 VIPからの圧力で手出しできなくなった腹いせに、俺たちの財布を縛りに来たのだ。

「兵糧攻め第二弾、ですか。電気と水がダメなら、今度は金。……陰湿な男ですね」
「ピザが食えなくなるのは困るな」
「笑い事じゃありません! 口座が動かせないと、トマトの発送費も払えませんし、私の給料も出ません!」

 それは困る。
 一ノ瀬社長が路頭に迷えば、俺の快適な隠居ライフも終わる。

「……なぁ、一ノ瀬社長」

 俺はピザを齧りながら、静かに尋ねた。

「協会のメインバンクって、どこだ?」
「え? えっと……『帝都銀行』ですね。協会の運営資金の融資や、職員の給与振込もそこです」
「ふーん。帝都銀行か」

 俺はスマホを取り出した。
 起動するのは『ダンジョンGO』のアプリ。
 そして、アイテムボックスから、昨日家具の森の奥で見つけた、キラキラ光る石ころを取り出す。

【ダイヤモンド・ゴーレムの核(Sランク)】
  推定価格:50億円

 これを10個ほど取り出す。
 計500億円。

「D-TRADEで即時換金。振込先は……凍結されていない、海外のネット銀行口座へ」

 一ノ瀬さんが呆気にとられている間に、俺は操作を終えた。
 画面に表示される【残高:50,000,000,000 JPY】の文字。
 所要時間、1分。

「一ノ瀬社長。この500億で、帝都銀行の株を買えるだけ買ってくれ」
「……はい?」
「筆頭株主になって、銀行に圧力をかける。『協会の口座を凍結し返せ』ってな」

 目には目を。
 凍結には凍結を。
 資本主義の殴り合いだ。

「か、会長……本気ですか? 500億あれば、遊んで暮らせるのに……」
「喧嘩を売られたんだ。倍返しで買わなきゃ失礼だろ?」

 俺がニヤリと笑うと、一ノ瀬さんはしばらく呆然としていたが、やがて「ぷっ」と吹き出した。

「……あはは! 最高です会長! わかりました、やりましょう!」

 彼女の目が、再び捕食者の色に変わった。

「帝都銀行は最近、経営不振で株価が下がっています。500億あれば、確実に経営権に介入できるレベルの株式を取得できます!」

 彼女の指がキーボードの上で舞う。
 それは、国家権力に対する宣戦布告の音色だった。

 ◇

 1時間後。
 日本探索者協会、関東支部。
 氷室理事は、執務室で優越感に浸っていた。

「ククク……。いくら大臣のコネがあろうと、金が動かせなければ終わりだ」

 資産凍結は、組織犯罪対策の伝家の宝刀だ。
 これでニワサキの資金繰りはショートする。
 泣きついてくるのは時間の問題だ。
 その時。

 バンッ!

 ドアが乱暴に開かれた。
 入ってきたのは、顔面蒼白の経理部長だ。

「ひ、氷室理事! 大変です!!」
「騒々しい。ノックくらいしたまえ」
「そ、そんな場合じゃありません! 止まりました!」
「何がだ?」
「当協会の口座です! 帝都銀行にある運営資金、給与支払い口座、すべてが凍結されました!!」
「……は?」

 氷室は耳を疑った。
 逆だ。凍結したのはこちらだ。なぜこっちが凍結される?

「バカな! 銀行に電話しろ!」
「しました! そうしたら頭取が出てきて……『大株主様の意向です』と……!」
「大株主……?」

 氷室の背筋に、冷たいものが走った。
 まさか。
 いや、ありえない。
 たかが個人の農家風情に、銀行を動かすほどの資金力があるはずが――。
 その時、執務室の直通電話が鳴った。
 発信元は『株式会社ニワサキ』。
 氷室は震える手で受話器を取った。

『あ、どうも氷室さん。こんにちは』

 佐藤健太の、人を食ったような声。

『いやぁ、奇遇ですね。そっちも口座止まったんですって? 不便ですよねぇ、お金使えないのって』
「き、貴様……何をした……!」
『何って、株を買っただけですよ。帝都銀行の』

 佐藤は、まるでコンビニでおにぎりを買ったかのような口調で言った。

『あそこの頭取、話がわかる人でね。「500億出すから、協会の融資を引き揚げてくれ」って頼んだら、二つ返事でOKしてくれましたよ』
「ご、500億……!?」

 桁が違う。
 国家予算レベルの金を、この男は「喧嘩の道具」として使い捨てたのか?

『で、どうします? こっちは別に、海外口座があるから痛くも痒くもないんですけど。……そっちは来月の職員の給料、払えます?』

 詰んだ。
 完全に詰んだ。
 職員の給与未払いが起きれば、組織は内部から崩壊する。
 大臣からの圧力に耐えられても、内部崩壊には耐えられない。

「……何の、真似だ」
『言ったでしょう? うちは「招かれざる客」はお断りだって』

 佐藤の声が、氷点下の冷たさを帯びた。

『1時間以内にうちの凍結を解除してください。あと、今後一切、この家に関わらないという誓約書を送ってください。……さもないと、次は協会のビルごと買い取って、更地にしてドッグランにしますよ?』

 ガチャ。
 ツーツーツー……。

 受話器から無機質な音が響く。
 氷室は膝から崩れ落ちた。
 負けた。
 権力も、法律も、策略も。
 すべてが暴力的なまでの財力の前にねじ伏せられたのだ。

 ◇

 その日の夕方。
 株式会社ニワサキのオフィスに、一枚の紙が届いた。
 『誓約書』と書かれたその紙には、協会の印と、氷室理事の震えた署名が入っていた。

「……完全勝利ですね」

 一ノ瀬社長が、満足げに誓約書をファイルに閉じた。
 口座の凍結も解除され、再びブラックカードが使えるようになった。

「いやぁ、スッキリした。これでピザも頼み放題だ」
「会長、500億も使っちゃいましたけど……良かったんですか?」
「何言ってんだ。銀行の株だぞ? 配当金だけで毎年数億入ってくる。むしろ良い投資だろ」

 俺は笑った。
 金は使ってこそ意味がある。
 俺たちの平穏を守り、敵を黙らせ、さらに資産を増やす。
 最高の使い道だ。

「さて、邪魔者も消えたことだし」

 俺は窓の外を見た。
 夕焼けに染まる庭。
 そこに、不自然に土が盛り上がっている場所がある。

「協会の連中が掘り返そうとして、途中で諦めた跡か……。ちょうどいい」
「何がです?」
「一ノ瀬社長、シルフィ。次のプロジェクトだ」

 俺は宣言した。

「温泉、掘ろうぜ」

 金も自由も手に入れた。
 なら、次は「癒やし」だ。
 俺たちのダンジョンライフは、ここからが本番だ。
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