後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?

希羽

文字の大きさ
52 / 60

第五十二話:夜明けの反撃

しおりを挟む
 北の村に、夜明けが訪れた。

 それは、ただ朝日が昇るだけの、いつもと同じ夜明けではなかった。絶望の闇を打ち破り、帝国の未来を照らし出す、反撃の始まりを告げる夜明けだった。

 アレクシスからの手紙を読んだ後、私は一睡もせずに研究室に籠もっていた。しかし、私の心身に疲労はなかった。彼の誓いが、私の心に尽きることのない炎を灯してくれたからだ。

 フィンと村の職人たちは、私の指示のもと、夜を徹して一つの装置を組み上げていた。賢者の書庫にあった、植物の成分を効率的に抽出するための、古代の圧搾機だ。

「リディア様、準備が整いました」

 フィンの声に、私は頷いた。

 私たちの手には、夜通し村人たちが集めてくれた、あの小さな苔が山と積まれている。

 私たちは、その苔を圧搾機にかけ、ゆっくりと、しかし着実に、希望の一滴を絞り出していく。緑がかった、濃厚な液体。病害の毒を中和する、奇跡のアルカロイド成分だ。

 作業は、朝日が完全に昇りきる頃に終わった。

 私たちは、その貴重な液体を水で希釈し、二つの小さな畑へと向かった。一つは、病に侵された小麦が植えられた実験区。もう一つは、比較のための対照区だ。

 村人たちが、遠巻きに、固唾を飲んで私たちの作業を見守っている。その瞳には、不安と、そして最後の希望が入り混じっていた。

「……お願いします」

 私は、祈るような気持ちで、一株一株の小麦の根元に、その液体を丁寧に注いでいった。まるで、病に苦しむ我が子に薬を与える母親のように。

 全ての作業を終えた時、陽は高く昇っていた。

 あとは、待つだけ。私たちの知恵と、この大地の生命力を信じて。

 ――その頃、遠く離れた帝都。

 ソラリスの使節団が滞在する屋敷では、ジュリアン王子が、奪い取った私の研究メモを優雅に眺めていた。

「……苔から抽出したアルカロイド、か。実に興味深い。あの女、あと一歩で答えにたどり着いていたというわけだ」

 彼は、くつくつと喉を鳴らして笑う。

「病とは、絶望の淵にある時こそ、薬の価値が最も高まるものだ。帝国が、この病害によって完全に膝を屈し、食糧の支援を我が国に乞うてくるまで、我々はこの『薬』を懐に温めておけばいい。……そして、その時には、小麦だけでなく、この帝国の未来そのものを、我々の言い値で買い叩いてやろう」

 彼の青い瞳には、甘美な笑顔の裏に隠された、底知れぬ野心と冷酷さが渦巻いていた。

 北の村では、焦燥と期待が入り混じった、長い時間が流れていた。

 昼が過ぎ、陽が傾き始める。しかし、畑の小麦に、目に見える変化はまだない。村人たちの間に、諦めの空気が重く垂れこめ始めた、その時だった。

「……見ろ!」

 最初に気づいたのは、誰よりも視力の良い、若い狩人だった。

 彼が指さす先、実験区の小麦の穂。その黒ずんだ斑点の一つが、心なしか、薄くなっているように見えた。

「まさか……」
「気のせいではないのか……」

 誰もが半信半疑で目を凝らす。

 だが、その変化は、ゆっくりと、しかし確実に、畑の至る所で起こり始めていた。黒い病斑が薄れ、枯れかけていた葉に、かすかな緑の生気が戻り始めている。

「おお……」

 誰からともなく、感嘆の声が漏れた。それはやがて、嗚咽となり、そして大地を揺るがすような大歓声へと変わっていった。

「治っていく……!」
「呪いが、解けていくぞ!」

 村人たちは抱き合い、涙を流して奇跡の光景を喜んだ。

 私は、隣に立つフィンの顔を見上げた。彼の静かだった瞳も、今は熱い感動に揺れている。私たちは、言葉もなく、力強く頷き合った。

 勝ったのだ。

 私は、生き返った緑の穂をそっと撫で、そして、遠い帝都にいる愛しい人へと、心の中で語りかけた。

(見ていてください、アレクシス)

 ――さあ、ここからが、私たちの本当の反撃ですわ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...