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第十二話:戦場の数学
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「――防衛プランをフェーズ2へと移行します」
私の静かな宣言に、パニックに陥っていた村人たちは、はっと息をのんで私に注目した。絶望の淵で、唯一揺るがぬ理性の光。それが、今の私だった。
私はレオンとドルガン村長、そして村の猟師たちを、すぐさま私の研究室(納屋)に集めた。城塞の設計図の上に、私は新たな羊皮紙――戦術地図を広げる。
「まず、敵の分析から始めます。ダイアウルフは、速さと数に優れた集団戦のスペシャリスト。その強みは、統率された直線的な突撃にあります。そして、それこそが彼らの弱点。彼らは複雑な状況判断を苦手とし、一度定めた獲物への最短ルートを、愚直なまでに突き進む」
私は地図上の一点を、チョークで力強く囲んだ。村から数キロ北にある、切り立った崖に挟まれた狭い渓谷だった。
「我々は村で彼らを待ち受けません。それでは、建設途中の壁が弱点となるだけです。我々が、戦場を選ぶのです。この渓谷を、彼らのための墓場とします」
私の計画は、この渓谷を巨大な罠へと変えることだった。
作戦は、ただちに実行に移された。私の指示の下、村は恐怖を振り払い、驚くべき効率で動き出す。それはもはや、ただの村人ではない。私の指揮下にある、一つの軍隊だった。
【工程1:障害物設置】
レオンが、私の指示通りの場所で風の刃を振るう。もはや彼の魔法は、ただの破壊の力ではない。木々は、根元から正確に断ち切られ、先端は鋭利な槍のように加工され、渓谷の入り口に侵入を阻むバリケードとして打ち込まれていく。
【工程2:最終トラップ設営】
村の男たちは、私が設計した簡易的なクレーンと滑車の原理を使い、レオンが切り出した巨大な石材を、渓谷の崖の上へと次々と運び上げる。狙いは、敵主力を渓谷内に誘い込んだ上での、大規模な岩盤崩落。敵の退路を断ち、一網打尽にするための、必殺の切り札だ。
【工程3:誘導】
私は村の薬草師と協力し、魔物の分泌腺と数種のハーブを調合して、強力な誘引剤を生成した。ダイアウルフの嗅覚を確実に刺激し、他のルートではなく、一直線にこの渓谷へと誘い込むための、化学的な罠だった。
昼夜を問わない作業の中、私とレオンの関係性もまた、新たな段階へと移行していた。
「リディア、この倒木をここに配置すれば、敵の突撃ベクトルはあの岩壁に誘導され、隊列が乱れるはずだ。そうだろ?」
レオンは、もはや私の指示を待つだけではなかった。私の思考を読み、作戦の意図を理解し、自ら最適解を提案するまでになっていた。
徹夜で計算を続けていた私の目に、くまができているのに気づいた彼が、「少し休め。あんたが倒れたら、この作戦自体が成り立たない」と、半ば強引に水と干し肉を口元へ運んでくれたこともあった。
無愛想な優しさ。それは、私の計算式のどこにも書かれていない、予測不能な変数だった。
そして、運命の夜が訪れる。
全ての準備は完了した。渓谷は、人の手によって作り変えられた、沈黙の殺戮装置と化していた。
私とレオン、そして十数名の猟師たちは、崖の上に息を潜めて配置についていた。
村の女子供たちは、バリケードで固められた村の中心部で、息を殺している。
張り詰めた静寂の中、隣に伏せたレオンが、低い声で尋ねてきた。
「……なあ、リディア。あんたの計算は、いつだって正しいのか?」
私は、眼下に広がる暗い渓谷を見つめたまま答えた。
「閉じた系の中であれば、理論上は。でも、現実は常に予測不能な変数が介入します。だからこそ、あなたがいる」
私はレオンへと視線を移した。
「レオン、あなたは、この作戦における最大の変数。わたくしの計算が完璧でない時、その誤差を、あなたの力が修正するのです。あなたがいるから、この作戦の成功確率は、限りなく100%に収束する」
それは、ただの論理的な説明ではなかった。私の、彼に対する、絶対的な信頼の表明だった。
レオンは、私の言葉に目を見開くと、やがて、力強く頷いた。
その時だった。
アオォォォォォーーーーーン……
遠吠えが、夜の闇を切り裂いた。
一つ、また一つと、その数は増えていく。やがて、渓谷の入り口の暗闇に、無数の赤い光――魔物の目が、燐光のように浮かび上がった。
群れの中から、一際大きな影が姿を現す。アルファ個体。その巨体は、まるで小型の馬のようだった。アルファは、私が設置した誘引剤の匂いを嗅ぎつけると、天に向かって咆哮し、群れ全体に突撃の合図を送った。
地響きを立てて、30頭を超えるダイアウルフの群れが、一直線に、死の罠へと殺到する。
私は、崖下で繰り広げられる光景を、冷徹なまでに静かな目で見つめていた。
そして、アルファ個体が、第一のトラップが仕掛けられたポイントを通過した瞬間、静かに、しかしはっきりと、命令を下した。
「――フェーズ2、エンゲージ」
私の城塞の、最初の実戦テストが、今、始まった。
私の静かな宣言に、パニックに陥っていた村人たちは、はっと息をのんで私に注目した。絶望の淵で、唯一揺るがぬ理性の光。それが、今の私だった。
私はレオンとドルガン村長、そして村の猟師たちを、すぐさま私の研究室(納屋)に集めた。城塞の設計図の上に、私は新たな羊皮紙――戦術地図を広げる。
「まず、敵の分析から始めます。ダイアウルフは、速さと数に優れた集団戦のスペシャリスト。その強みは、統率された直線的な突撃にあります。そして、それこそが彼らの弱点。彼らは複雑な状況判断を苦手とし、一度定めた獲物への最短ルートを、愚直なまでに突き進む」
私は地図上の一点を、チョークで力強く囲んだ。村から数キロ北にある、切り立った崖に挟まれた狭い渓谷だった。
「我々は村で彼らを待ち受けません。それでは、建設途中の壁が弱点となるだけです。我々が、戦場を選ぶのです。この渓谷を、彼らのための墓場とします」
私の計画は、この渓谷を巨大な罠へと変えることだった。
作戦は、ただちに実行に移された。私の指示の下、村は恐怖を振り払い、驚くべき効率で動き出す。それはもはや、ただの村人ではない。私の指揮下にある、一つの軍隊だった。
【工程1:障害物設置】
レオンが、私の指示通りの場所で風の刃を振るう。もはや彼の魔法は、ただの破壊の力ではない。木々は、根元から正確に断ち切られ、先端は鋭利な槍のように加工され、渓谷の入り口に侵入を阻むバリケードとして打ち込まれていく。
【工程2:最終トラップ設営】
村の男たちは、私が設計した簡易的なクレーンと滑車の原理を使い、レオンが切り出した巨大な石材を、渓谷の崖の上へと次々と運び上げる。狙いは、敵主力を渓谷内に誘い込んだ上での、大規模な岩盤崩落。敵の退路を断ち、一網打尽にするための、必殺の切り札だ。
【工程3:誘導】
私は村の薬草師と協力し、魔物の分泌腺と数種のハーブを調合して、強力な誘引剤を生成した。ダイアウルフの嗅覚を確実に刺激し、他のルートではなく、一直線にこの渓谷へと誘い込むための、化学的な罠だった。
昼夜を問わない作業の中、私とレオンの関係性もまた、新たな段階へと移行していた。
「リディア、この倒木をここに配置すれば、敵の突撃ベクトルはあの岩壁に誘導され、隊列が乱れるはずだ。そうだろ?」
レオンは、もはや私の指示を待つだけではなかった。私の思考を読み、作戦の意図を理解し、自ら最適解を提案するまでになっていた。
徹夜で計算を続けていた私の目に、くまができているのに気づいた彼が、「少し休め。あんたが倒れたら、この作戦自体が成り立たない」と、半ば強引に水と干し肉を口元へ運んでくれたこともあった。
無愛想な優しさ。それは、私の計算式のどこにも書かれていない、予測不能な変数だった。
そして、運命の夜が訪れる。
全ての準備は完了した。渓谷は、人の手によって作り変えられた、沈黙の殺戮装置と化していた。
私とレオン、そして十数名の猟師たちは、崖の上に息を潜めて配置についていた。
村の女子供たちは、バリケードで固められた村の中心部で、息を殺している。
張り詰めた静寂の中、隣に伏せたレオンが、低い声で尋ねてきた。
「……なあ、リディア。あんたの計算は、いつだって正しいのか?」
私は、眼下に広がる暗い渓谷を見つめたまま答えた。
「閉じた系の中であれば、理論上は。でも、現実は常に予測不能な変数が介入します。だからこそ、あなたがいる」
私はレオンへと視線を移した。
「レオン、あなたは、この作戦における最大の変数。わたくしの計算が完璧でない時、その誤差を、あなたの力が修正するのです。あなたがいるから、この作戦の成功確率は、限りなく100%に収束する」
それは、ただの論理的な説明ではなかった。私の、彼に対する、絶対的な信頼の表明だった。
レオンは、私の言葉に目を見開くと、やがて、力強く頷いた。
その時だった。
アオォォォォォーーーーーン……
遠吠えが、夜の闇を切り裂いた。
一つ、また一つと、その数は増えていく。やがて、渓谷の入り口の暗闇に、無数の赤い光――魔物の目が、燐光のように浮かび上がった。
群れの中から、一際大きな影が姿を現す。アルファ個体。その巨体は、まるで小型の馬のようだった。アルファは、私が設置した誘引剤の匂いを嗅ぎつけると、天に向かって咆哮し、群れ全体に突撃の合図を送った。
地響きを立てて、30頭を超えるダイアウルフの群れが、一直線に、死の罠へと殺到する。
私は、崖下で繰り広げられる光景を、冷徹なまでに静かな目で見つめていた。
そして、アルファ個体が、第一のトラップが仕掛けられたポイントを通過した瞬間、静かに、しかしはっきりと、命令を下した。
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