8 / 8
第8話 愚か者たちへの断罪、そして世界で一番幸せな婚約発表
しおりを挟む
「あ、あ、……」
クライド様の圧倒的な覇気を受け、デリック殿下は床にへたり込んだまま、金魚のように口をパクパクさせていた。
全身から脂汗を流し、目の前の格の違いに震えている。
「聞こえなかったのか? 答えてみろ。私の『最愛の婚約者』に対し、貴様は今、なんと言った?」
クライド様が、氷の微笑を浮かべたまま一歩近づく。
その一歩だけで、デリック殿下はひっ、と短い悲鳴を上げて後ずさりした。
「ご、誤解だ! ク、クライド皇太子殿下! 私はただ、我が国の迷える子羊を連れ戻そうと……」
「迷える子羊? 違うな。貴様が捨て、私が拾い上げ、磨き上げた『至宝』だ」
クライド様は私の腰を抱き寄せ、見せつけるようにその長身を屈めた。
「貴様らの国の財政報告書を見たぞ。酷いものだな。アリアがいなくなってから、物流は滞り、結界は崩壊し、借金は膨れ上がる一方だ。……それを解決するために、我が国に泣きついてきたのだろう?」
「そ、そうだ! 我々は同盟国だ! どうか資金援助を……!」
「断る」
冷徹な一言が、断頭台の刃のように振り下ろされた。
「え……?」
「支援などするわけがないだろう。貴様らは、我が国が最も重要視していた『有能な管理者』を不当に追放したのだ。アリアのいない貴国に、投資する価値などない」
クライド様は冷たく言い放つと、周囲の貴族たちに向けて声を張り上げた。
「皆様、聞くがいい! この愚か者は、自身の無能さを棚に上げ、すべての功績を立てていたアリアを『可愛げがない』という個人的な理由で追放した。その結果が、今の彼らの国の惨状だ。……これほどの愚行、帝国貴族として看過できるか?」
ざわっ、と会場が沸き立つ。
貴族たちから、デリック殿下とミナに向けられる視線は、もはや侮蔑ですらなく、「汚物を見る目」そのものだった。
「救いようがないな」
「そのような判断力で国を背負うとは」
「アリア様が抜けた穴の大きさすら理解していなかったのか」
四方八方からの嘲笑。
デリック殿下の顔色が、土気色に変わっていく。
「そ、そんな……。アリア、嘘だろう? 君からも言ってくれ! このままでは僕は廃嫡されてしまう! 君も、故郷が滅んでもいいのか!?」
デリック殿下が私にすがるような目を向けてきた。
かつて、婚約破棄を宣言した時の傲慢な態度はどこにもない。ただの、情けない男がそこにいた。
私は扇を口元に当て、ゆっくりと首を横に振った。
「デリック殿下。申し上げたはずです。『サインをお願いします』と。……貴方はご自身の手で、私との縁を切り、破滅への同意書にサインをなされたのですわ」
「あ、あぁ……」
「それに、故郷が滅ぶ? ご安心ください。優秀な人材はすでに帝国へ引き抜いておりますし、善良な領民の受け入れ態勢も、クライド様が整えてくださいました。困るのは、貴方たち王族だけです」
私の言葉は、彼にとっての死刑宣告となった。
デリック殿下はガックリとうなだれ、その瞳から光が消えた。
「嫌よぉ! こんなの嫌ぁ!」
その時、沈黙を破ってミナが暴れ出した。
「私はヒロインなのよ!? 幸せになるはずだったの! なんでお姉様ばっかり! そのドレスよこしなさいよぉ!」
「……衛兵。つまみ出せ」
クライド様が短く命じる。
即座に屈強な衛兵たちが現れ、暴れるミナと、放心状態のデリック殿下の両脇を抱えた。
「離して! 私はデリック様の婚約者よ! 未来の王妃よぉ!」
「あ、アリア……アリアァァッ!!」
二人の叫び声は、重厚な扉の向こうへと消えていった。
後には、静寂と、どこか清々しい空気が残された。
「……騒がせてすまなかったな、アリア」
クライド様が、ふわりと私の髪を撫でた。
その表情は、先ほどの修羅のような形相とは打って変わって、とろけるように甘い。
「これで、過去の亡霊はいなくなった。……ここからは、我々の未来の話をしよう」
クライド様はその場にひざまずくと、懐から小さな箱を取り出した。
パカッ、と開かれたその中には、私の瞳と同じ色をした、大粒のサファイアの指輪が輝いていた。
「アリア・ローズブレイド。君の頭脳、君の精神、そして君という存在のすべてを愛している」
会場中の視線が、私たち二人に集中する。
緊張と、期待と、祝福の予感。
「君が望むなら、私はこの国の全てを使って君を甘やかそう。もう二度と、君に『可愛げがない』なんて言わせない。……私と結婚して、世界で一番幸せな妃になってくれるか?」
胸がいっぱいだった。
書類仕事ばかりしていた指先。愛想笑いが苦手な唇。
そんな私の「欠点」だと思っていたすべてを、この人は「愛しい」と言ってくれた。
私は涙をこらえ、満面の笑みを浮かべた。
きっと、今までの人生で一番、可愛げのある笑顔で。
「……はい、喜んで。貴方の有能なパートナーとして、そして最愛の妻として、生涯お仕え……いえ、お慕い申し上げます!」
わぁぁっ!!
会場中から、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
祝福の嵐の中、クライド様は私を抱き上げ、その唇を重ねた。
――こうして、私は冷徹皇太子の溺愛という、予想外のハッピーエンドを手に入れた。
元婚約者の国がどうなったかは、風の噂でしか知らない。
けれど、今の私には関係のないことだ。
だって私は今、忙しい公務の合間を縫って、愛する旦那様に全力で愛されるのに忙しいのだから。
クライド様の圧倒的な覇気を受け、デリック殿下は床にへたり込んだまま、金魚のように口をパクパクさせていた。
全身から脂汗を流し、目の前の格の違いに震えている。
「聞こえなかったのか? 答えてみろ。私の『最愛の婚約者』に対し、貴様は今、なんと言った?」
クライド様が、氷の微笑を浮かべたまま一歩近づく。
その一歩だけで、デリック殿下はひっ、と短い悲鳴を上げて後ずさりした。
「ご、誤解だ! ク、クライド皇太子殿下! 私はただ、我が国の迷える子羊を連れ戻そうと……」
「迷える子羊? 違うな。貴様が捨て、私が拾い上げ、磨き上げた『至宝』だ」
クライド様は私の腰を抱き寄せ、見せつけるようにその長身を屈めた。
「貴様らの国の財政報告書を見たぞ。酷いものだな。アリアがいなくなってから、物流は滞り、結界は崩壊し、借金は膨れ上がる一方だ。……それを解決するために、我が国に泣きついてきたのだろう?」
「そ、そうだ! 我々は同盟国だ! どうか資金援助を……!」
「断る」
冷徹な一言が、断頭台の刃のように振り下ろされた。
「え……?」
「支援などするわけがないだろう。貴様らは、我が国が最も重要視していた『有能な管理者』を不当に追放したのだ。アリアのいない貴国に、投資する価値などない」
クライド様は冷たく言い放つと、周囲の貴族たちに向けて声を張り上げた。
「皆様、聞くがいい! この愚か者は、自身の無能さを棚に上げ、すべての功績を立てていたアリアを『可愛げがない』という個人的な理由で追放した。その結果が、今の彼らの国の惨状だ。……これほどの愚行、帝国貴族として看過できるか?」
ざわっ、と会場が沸き立つ。
貴族たちから、デリック殿下とミナに向けられる視線は、もはや侮蔑ですらなく、「汚物を見る目」そのものだった。
「救いようがないな」
「そのような判断力で国を背負うとは」
「アリア様が抜けた穴の大きさすら理解していなかったのか」
四方八方からの嘲笑。
デリック殿下の顔色が、土気色に変わっていく。
「そ、そんな……。アリア、嘘だろう? 君からも言ってくれ! このままでは僕は廃嫡されてしまう! 君も、故郷が滅んでもいいのか!?」
デリック殿下が私にすがるような目を向けてきた。
かつて、婚約破棄を宣言した時の傲慢な態度はどこにもない。ただの、情けない男がそこにいた。
私は扇を口元に当て、ゆっくりと首を横に振った。
「デリック殿下。申し上げたはずです。『サインをお願いします』と。……貴方はご自身の手で、私との縁を切り、破滅への同意書にサインをなされたのですわ」
「あ、あぁ……」
「それに、故郷が滅ぶ? ご安心ください。優秀な人材はすでに帝国へ引き抜いておりますし、善良な領民の受け入れ態勢も、クライド様が整えてくださいました。困るのは、貴方たち王族だけです」
私の言葉は、彼にとっての死刑宣告となった。
デリック殿下はガックリとうなだれ、その瞳から光が消えた。
「嫌よぉ! こんなの嫌ぁ!」
その時、沈黙を破ってミナが暴れ出した。
「私はヒロインなのよ!? 幸せになるはずだったの! なんでお姉様ばっかり! そのドレスよこしなさいよぉ!」
「……衛兵。つまみ出せ」
クライド様が短く命じる。
即座に屈強な衛兵たちが現れ、暴れるミナと、放心状態のデリック殿下の両脇を抱えた。
「離して! 私はデリック様の婚約者よ! 未来の王妃よぉ!」
「あ、アリア……アリアァァッ!!」
二人の叫び声は、重厚な扉の向こうへと消えていった。
後には、静寂と、どこか清々しい空気が残された。
「……騒がせてすまなかったな、アリア」
クライド様が、ふわりと私の髪を撫でた。
その表情は、先ほどの修羅のような形相とは打って変わって、とろけるように甘い。
「これで、過去の亡霊はいなくなった。……ここからは、我々の未来の話をしよう」
クライド様はその場にひざまずくと、懐から小さな箱を取り出した。
パカッ、と開かれたその中には、私の瞳と同じ色をした、大粒のサファイアの指輪が輝いていた。
「アリア・ローズブレイド。君の頭脳、君の精神、そして君という存在のすべてを愛している」
会場中の視線が、私たち二人に集中する。
緊張と、期待と、祝福の予感。
「君が望むなら、私はこの国の全てを使って君を甘やかそう。もう二度と、君に『可愛げがない』なんて言わせない。……私と結婚して、世界で一番幸せな妃になってくれるか?」
胸がいっぱいだった。
書類仕事ばかりしていた指先。愛想笑いが苦手な唇。
そんな私の「欠点」だと思っていたすべてを、この人は「愛しい」と言ってくれた。
私は涙をこらえ、満面の笑みを浮かべた。
きっと、今までの人生で一番、可愛げのある笑顔で。
「……はい、喜んで。貴方の有能なパートナーとして、そして最愛の妻として、生涯お仕え……いえ、お慕い申し上げます!」
わぁぁっ!!
会場中から、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
祝福の嵐の中、クライド様は私を抱き上げ、その唇を重ねた。
――こうして、私は冷徹皇太子の溺愛という、予想外のハッピーエンドを手に入れた。
元婚約者の国がどうなったかは、風の噂でしか知らない。
けれど、今の私には関係のないことだ。
だって私は今、忙しい公務の合間を縫って、愛する旦那様に全力で愛されるのに忙しいのだから。
30
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
妹の方が大事だとおっしゃる旦那様。なら妹と婚約すればいいのでは??
睡蓮
恋愛
ロンベル伯爵とセレシアは婚約関係にあったものの、ロンベルには3人の妹がおり、彼はそちらの方にばかり気をかけていた。そんなある日の事、ロンベルは一方的な理由をつけてセレシアの事を婚約破棄してしまう。そこには妹に対するゆがんだ思いがあったのであろうが、彼は後にその感情によって自らを滅ぼすことになるのだった…。
四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?
白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。
王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。
だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。
順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。
そこから始まる物語である。
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから
越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。
新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。
一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる