ループ7回目の公爵令嬢は、もう恋愛も復讐も面倒なので、前世の知識で「魔導カフェ」を開き、異世界初のバリスタになります

希羽

文字の大きさ
11 / 13

第11話 断罪の舞踏会と、漆黒のオペラ

しおりを挟む
 その招待状は、平和なカフェ『クロノス』に爆弾のように投下された。

 『建国記念舞踏会への招待状』。

 差出人は王家。宛名は「ローゼンバーグ公爵令嬢アリス」。

 場所は王宮の大広間──かつて私が、濡れ衣を着せられて断罪された、あの場所だ。

「……行きたくありません」
「逃げるな、アリス」

 カウンターでコーヒーを飲んでいた父(公爵)が、静かにカップを置いた。

「お前は今や、王都で最も話題のカフェの店主だ。……胸を張って、新しい自分を見せてこい」
「……ですが」
「アリス」

 隣で紅茶を飲んでいたヘリオス殿下が、真剣な眼差しで私を見た。

「来てほしい。……僕が、君をエスコートする」

 殿下の言葉に、店内がざわついた。

「殿下! 抜け駆けはズルいぞ! 俺だって騎士団長として正装すれば……!」(ジークハルト)
「……俺は影から護衛する。誰かさんがダンスで足を踏まないようにな」(レン)

 男たちの熱量に押され、私は溜息をついた。

 ……わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば。

 ただし、ただの令嬢として参加するつもりはない。

 私はカフェ『クロノス』の店主として、あの甘ったるい社交界に「本物の大人の味」を叩きつけてやる。

 ◇◇◇

 舞踏会当日。

 私は厨房にこもり、決戦兵器となるケーキを仕上げていた。

 作るのは、フランス菓子の最高峰「オペラ」。

 アーモンドプードルを贅沢に使ったスポンジ生地(ビスキュイ・ジョコンド)に、濃縮したコーヒーシロップをたっぷりと染み込ませる。

 その上に、エスプレッソを練り込んだバタークリームと、濃厚なチョコレートガナッシュを交互に塗り重ねていく。

 一層、二層、三層……。

 高さわずか3センチの中に、7つの層を精密に構築する。
 それはケーキというより、建築物に近い。

 最後に、表面を漆黒のチョコレート(グラサージュ)でコーティングし、鏡のように磨き上げる。

 仕上げに金箔を一枚、静かに乗せる。

「……完璧」

 黒と金。重厚にして華麗。

 ふわふわしたスポンジケーキしか知らない貴族たちに、これを見せつけてやるのだ。

 ◇◇◇

 夜。王宮の大広間。

 シャンデリアが輝く会場は、色とりどりのドレスを纏った貴族たちで埋め尽くされていた。

「……見て、あれが噂のアリス様よ」
「まあ、よく顔を出せたこと。カフェなんて下品な真似をしているそうですわ」

 ヒソヒソという嘲笑。冷たい視線。
 かつての私なら、ここで俯いていただろう。
 でも、今の私は違う。

 カツン、カツン。

 私が足を踏み出すと、会場の空気が一変した。
 今日の私のドレスは、いつもの地味なエプロン姿ではない。
 「ミッドナイトブルー」のベルベット生地。

 深く、吸い込まれるような夜の色だ。装飾は最小限だが、歩くたびに生地に織り込まれた金糸が、夜空の星のように煌めく。

 背中を大胆に開けたデザインは、媚びるような露出ではなく、孤高の強さを主張している。

「……美しい」

 誰かが漏らした感嘆の声が、静寂に響いた。

 私は会場の中央に用意されたテーブルへ進み、持ち込んだ「オペラ」を切り分けた。

 ナイフを入れると、7つの層が美しい断面を見せる。

「カフェ『クロノス』より、献上の品です」

 私は一切れを皿に乗せ、一番近くにいた意地悪そうな伯爵夫人に差し出した。

 夫人は警戒しながらも、その漆黒の美しさに抗えず、フォークを口に運んだ。

 ……瞬間。

「ん……ッ!」

 夫人の目が大きく見開かれた。

 ──重い。

 ふわふわと消えるような軽さはない。

 ビスキュイから溢れ出すコーヒーの苦味。バタークリームの濃厚なコク。そして、ガナッシュの官能的な甘み。

 それらが口の中で混然一体となり、オーケストラのようなハーモニーを奏でる。

「なんて……なんて香り高い……!」
「苦いのに、甘い……。これが、最先端の味ですの?」

 一口食べた貴族たちが、次々と恍惚の表情を浮かべる。
 子供だましの砂糖菓子に飽き飽きしていた彼らの舌を、私の「オペラ」が征服していく。

「アリス嬢」

 その時、音楽がワルツに変わった。
 人混みが割れ、白の礼服を纏ったヘリオス殿下が歩み寄ってくる。

「……僕にも、味見をさせてくれるかい?」
「ええ、どうぞ」

 私がケーキを差し出そうとすると、殿下は私の手首を掴んだ。
 そして、強引に引き寄せ、ダンスの体勢に入る。

「ケーキじゃない。……君のことだ」
「は……?」

 殿下の腕が、私の腰に回る。

 近い。香水の匂いと、体温が伝わってくる距離。

 会場中の視線が、私たちに突き刺さる。王太子が「悪役令嬢」と踊るなんて、前代未聞のスキャンダルだ。

「殿下、みんな見てます!」
「見せればいい。君は僕のものだと、国中に知らしめるいい機会だ」

 殿下は私の耳元で、甘く、低い声で囁いた。

「……そのドレス、他の男に見せるのが惜しいくらい綺麗だ。今すぐ連れ去って、閉じ込めてしまいたい」

 その瞳は、いつもの飄々ひょうひょうとした王子様のものではない。

 獲物を狙う肉食獣の、独占欲に満ちた目だった。
 ターンに合わせて、私のミッドナイトブルーの裾が翻る。
 その黄金の軌跡は、かつての「断罪された令嬢」の影を完全に塗り替えていた。

 ……しかし、私たちは気づいていなかった。

 華やかな舞踏会の光の届かない場所、バルコニーの影で。
 一人の人物が、憎悪に満ちた目でこちらを睨んでいることに。

「……許さない。私のシナリオを壊すなんて」

 その手には、怪しく光る「魅了の魔石」が握られていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

知らぬはヒロインだけ

ネコフク
恋愛
「クエス様好きです!」婚約者が隣にいるのに告白する令嬢に唖然とするシスティアとクエスフィール。 告白してきた令嬢アリサは見目の良い高位貴族の子息ばかり粉をかけて回っていると有名な人物だった。 しかも「イベント」「システム」など訳が分からない事を言っているらしい。 そう、アリサは転生者。ここが乙女ゲームの世界で自分はヒロインだと思っている。 しかし彼女は知らない。他にも転生者がいることを。 ※不定期連載です。毎日投稿する時もあれば日が開く事もあります。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

処理中です...