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第11話 断罪の舞踏会と、漆黒のオペラ
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その招待状は、平和なカフェ『クロノス』に爆弾のように投下された。
『建国記念舞踏会への招待状』。
差出人は王家。宛名は「ローゼンバーグ公爵令嬢アリス」。
場所は王宮の大広間──かつて私が、濡れ衣を着せられて断罪された、あの場所だ。
「……行きたくありません」
「逃げるな、アリス」
カウンターでコーヒーを飲んでいた父(公爵)が、静かにカップを置いた。
「お前は今や、王都で最も話題のカフェの店主だ。……胸を張って、新しい自分を見せてこい」
「……ですが」
「アリス」
隣で紅茶を飲んでいたヘリオス殿下が、真剣な眼差しで私を見た。
「来てほしい。……僕が、君をエスコートする」
殿下の言葉に、店内がざわついた。
「殿下! 抜け駆けはズルいぞ! 俺だって騎士団長として正装すれば……!」(ジークハルト)
「……俺は影から護衛する。誰かさんがダンスで足を踏まないようにな」(レン)
男たちの熱量に押され、私は溜息をついた。
……わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば。
ただし、ただの令嬢として参加するつもりはない。
私はカフェ『クロノス』の店主として、あの甘ったるい社交界に「本物の大人の味」を叩きつけてやる。
◇◇◇
舞踏会当日。
私は厨房にこもり、決戦兵器となるケーキを仕上げていた。
作るのは、フランス菓子の最高峰「オペラ」。
アーモンドプードルを贅沢に使ったスポンジ生地(ビスキュイ・ジョコンド)に、濃縮したコーヒーシロップをたっぷりと染み込ませる。
その上に、エスプレッソを練り込んだバタークリームと、濃厚なチョコレートガナッシュを交互に塗り重ねていく。
一層、二層、三層……。
高さわずか3センチの中に、7つの層を精密に構築する。
それはケーキというより、建築物に近い。
最後に、表面を漆黒のチョコレート(グラサージュ)でコーティングし、鏡のように磨き上げる。
仕上げに金箔を一枚、静かに乗せる。
「……完璧」
黒と金。重厚にして華麗。
ふわふわしたスポンジケーキしか知らない貴族たちに、これを見せつけてやるのだ。
◇◇◇
夜。王宮の大広間。
シャンデリアが輝く会場は、色とりどりのドレスを纏った貴族たちで埋め尽くされていた。
「……見て、あれが噂のアリス様よ」
「まあ、よく顔を出せたこと。カフェなんて下品な真似をしているそうですわ」
ヒソヒソという嘲笑。冷たい視線。
かつての私なら、ここで俯いていただろう。
でも、今の私は違う。
カツン、カツン。
私が足を踏み出すと、会場の空気が一変した。
今日の私のドレスは、いつもの地味なエプロン姿ではない。
「ミッドナイトブルー」のベルベット生地。
深く、吸い込まれるような夜の色だ。装飾は最小限だが、歩くたびに生地に織り込まれた金糸が、夜空の星のように煌めく。
背中を大胆に開けたデザインは、媚びるような露出ではなく、孤高の強さを主張している。
「……美しい」
誰かが漏らした感嘆の声が、静寂に響いた。
私は会場の中央に用意されたテーブルへ進み、持ち込んだ「オペラ」を切り分けた。
ナイフを入れると、7つの層が美しい断面を見せる。
「カフェ『クロノス』より、献上の品です」
私は一切れを皿に乗せ、一番近くにいた意地悪そうな伯爵夫人に差し出した。
夫人は警戒しながらも、その漆黒の美しさに抗えず、フォークを口に運んだ。
……瞬間。
「ん……ッ!」
夫人の目が大きく見開かれた。
──重い。
ふわふわと消えるような軽さはない。
ビスキュイから溢れ出すコーヒーの苦味。バタークリームの濃厚なコク。そして、ガナッシュの官能的な甘み。
それらが口の中で混然一体となり、オーケストラのようなハーモニーを奏でる。
「なんて……なんて香り高い……!」
「苦いのに、甘い……。これが、最先端の味ですの?」
一口食べた貴族たちが、次々と恍惚の表情を浮かべる。
子供だましの砂糖菓子に飽き飽きしていた彼らの舌を、私の「オペラ」が征服していく。
「アリス嬢」
その時、音楽がワルツに変わった。
人混みが割れ、白の礼服を纏ったヘリオス殿下が歩み寄ってくる。
「……僕にも、味見をさせてくれるかい?」
「ええ、どうぞ」
私がケーキを差し出そうとすると、殿下は私の手首を掴んだ。
そして、強引に引き寄せ、ダンスの体勢に入る。
「ケーキじゃない。……君のことだ」
「は……?」
殿下の腕が、私の腰に回る。
近い。香水の匂いと、体温が伝わってくる距離。
会場中の視線が、私たちに突き刺さる。王太子が「悪役令嬢」と踊るなんて、前代未聞のスキャンダルだ。
「殿下、みんな見てます!」
「見せればいい。君は僕のものだと、国中に知らしめるいい機会だ」
殿下は私の耳元で、甘く、低い声で囁いた。
「……そのドレス、他の男に見せるのが惜しいくらい綺麗だ。今すぐ連れ去って、閉じ込めてしまいたい」
その瞳は、いつもの飄々とした王子様のものではない。
獲物を狙う肉食獣の、独占欲に満ちた目だった。
ターンに合わせて、私のミッドナイトブルーの裾が翻る。
その黄金の軌跡は、かつての「断罪された令嬢」の影を完全に塗り替えていた。
……しかし、私たちは気づいていなかった。
華やかな舞踏会の光の届かない場所、バルコニーの影で。
一人の人物が、憎悪に満ちた目でこちらを睨んでいることに。
「……許さない。私のシナリオを壊すなんて」
その手には、怪しく光る「魅了の魔石」が握られていた。
『建国記念舞踏会への招待状』。
差出人は王家。宛名は「ローゼンバーグ公爵令嬢アリス」。
場所は王宮の大広間──かつて私が、濡れ衣を着せられて断罪された、あの場所だ。
「……行きたくありません」
「逃げるな、アリス」
カウンターでコーヒーを飲んでいた父(公爵)が、静かにカップを置いた。
「お前は今や、王都で最も話題のカフェの店主だ。……胸を張って、新しい自分を見せてこい」
「……ですが」
「アリス」
隣で紅茶を飲んでいたヘリオス殿下が、真剣な眼差しで私を見た。
「来てほしい。……僕が、君をエスコートする」
殿下の言葉に、店内がざわついた。
「殿下! 抜け駆けはズルいぞ! 俺だって騎士団長として正装すれば……!」(ジークハルト)
「……俺は影から護衛する。誰かさんがダンスで足を踏まないようにな」(レン)
男たちの熱量に押され、私は溜息をついた。
……わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば。
ただし、ただの令嬢として参加するつもりはない。
私はカフェ『クロノス』の店主として、あの甘ったるい社交界に「本物の大人の味」を叩きつけてやる。
◇◇◇
舞踏会当日。
私は厨房にこもり、決戦兵器となるケーキを仕上げていた。
作るのは、フランス菓子の最高峰「オペラ」。
アーモンドプードルを贅沢に使ったスポンジ生地(ビスキュイ・ジョコンド)に、濃縮したコーヒーシロップをたっぷりと染み込ませる。
その上に、エスプレッソを練り込んだバタークリームと、濃厚なチョコレートガナッシュを交互に塗り重ねていく。
一層、二層、三層……。
高さわずか3センチの中に、7つの層を精密に構築する。
それはケーキというより、建築物に近い。
最後に、表面を漆黒のチョコレート(グラサージュ)でコーティングし、鏡のように磨き上げる。
仕上げに金箔を一枚、静かに乗せる。
「……完璧」
黒と金。重厚にして華麗。
ふわふわしたスポンジケーキしか知らない貴族たちに、これを見せつけてやるのだ。
◇◇◇
夜。王宮の大広間。
シャンデリアが輝く会場は、色とりどりのドレスを纏った貴族たちで埋め尽くされていた。
「……見て、あれが噂のアリス様よ」
「まあ、よく顔を出せたこと。カフェなんて下品な真似をしているそうですわ」
ヒソヒソという嘲笑。冷たい視線。
かつての私なら、ここで俯いていただろう。
でも、今の私は違う。
カツン、カツン。
私が足を踏み出すと、会場の空気が一変した。
今日の私のドレスは、いつもの地味なエプロン姿ではない。
「ミッドナイトブルー」のベルベット生地。
深く、吸い込まれるような夜の色だ。装飾は最小限だが、歩くたびに生地に織り込まれた金糸が、夜空の星のように煌めく。
背中を大胆に開けたデザインは、媚びるような露出ではなく、孤高の強さを主張している。
「……美しい」
誰かが漏らした感嘆の声が、静寂に響いた。
私は会場の中央に用意されたテーブルへ進み、持ち込んだ「オペラ」を切り分けた。
ナイフを入れると、7つの層が美しい断面を見せる。
「カフェ『クロノス』より、献上の品です」
私は一切れを皿に乗せ、一番近くにいた意地悪そうな伯爵夫人に差し出した。
夫人は警戒しながらも、その漆黒の美しさに抗えず、フォークを口に運んだ。
……瞬間。
「ん……ッ!」
夫人の目が大きく見開かれた。
──重い。
ふわふわと消えるような軽さはない。
ビスキュイから溢れ出すコーヒーの苦味。バタークリームの濃厚なコク。そして、ガナッシュの官能的な甘み。
それらが口の中で混然一体となり、オーケストラのようなハーモニーを奏でる。
「なんて……なんて香り高い……!」
「苦いのに、甘い……。これが、最先端の味ですの?」
一口食べた貴族たちが、次々と恍惚の表情を浮かべる。
子供だましの砂糖菓子に飽き飽きしていた彼らの舌を、私の「オペラ」が征服していく。
「アリス嬢」
その時、音楽がワルツに変わった。
人混みが割れ、白の礼服を纏ったヘリオス殿下が歩み寄ってくる。
「……僕にも、味見をさせてくれるかい?」
「ええ、どうぞ」
私がケーキを差し出そうとすると、殿下は私の手首を掴んだ。
そして、強引に引き寄せ、ダンスの体勢に入る。
「ケーキじゃない。……君のことだ」
「は……?」
殿下の腕が、私の腰に回る。
近い。香水の匂いと、体温が伝わってくる距離。
会場中の視線が、私たちに突き刺さる。王太子が「悪役令嬢」と踊るなんて、前代未聞のスキャンダルだ。
「殿下、みんな見てます!」
「見せればいい。君は僕のものだと、国中に知らしめるいい機会だ」
殿下は私の耳元で、甘く、低い声で囁いた。
「……そのドレス、他の男に見せるのが惜しいくらい綺麗だ。今すぐ連れ去って、閉じ込めてしまいたい」
その瞳は、いつもの飄々とした王子様のものではない。
獲物を狙う肉食獣の、独占欲に満ちた目だった。
ターンに合わせて、私のミッドナイトブルーの裾が翻る。
その黄金の軌跡は、かつての「断罪された令嬢」の影を完全に塗り替えていた。
……しかし、私たちは気づいていなかった。
華やかな舞踏会の光の届かない場所、バルコニーの影で。
一人の人物が、憎悪に満ちた目でこちらを睨んでいることに。
「……許さない。私のシナリオを壊すなんて」
その手には、怪しく光る「魅了の魔石」が握られていた。
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