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【第一章】母が聖女で、悪役令嬢はわたし。
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「……は……? はあぁあ!?」
屋敷中に響き渡るようなジャック・モルガナイトの大声に、思わず数人の使用人が彼の執務室に駆け込んだ。
あまりにも大きな声だったから、すっかり暖かくなった庭園でのんびりお茶を飲んでいたわたしの耳にも届き、思わずびくりとする。
父の執務室の窓に向かって視線を投げたけれど、それ以降は聞こえず、シャーロットやアメリアと一緒に首を傾げるしか出来なかった。
執務室に駆け込んだ使用人や騎士達は、主人のあまりの取り乱しようにただ事ではないと警戒する。が、その手に握られてぐしゃぐしゃになっている手紙のような物から、原因はそれだとすぐに推測できた。
しかし、いつものように側仕えをしていた侍従のルイスですら、すっかり頭を抱えていたのだ。
「旦那様!? どうされました?」
「……ミアに、……」
「お嬢様に何か……?」
「僕のミアに、皇太子と皇子から謁見希望が……」
「……え!?」
瞬く間に屋敷中が騒然となり、わたしの耳までその内容が届くのにそう時間はかからなかった。絶望の瞬間である。
先方からの謁見希望日まで猶予もなかったため、その日からモルガナイト公爵家は屋敷の清掃からお出しする品の一つ一つの準備選別まで念入りに行うこととなり、春先だと言うのにすっかり年末の大掃除さながら、屋敷全体でバタバタとするはめになるのだった。
*******
「どうしてこうなったの……」
いくら悪役令嬢にしても、断罪イベントが起きる前には陰湿なイジメとか凄惨な事件とか、そういうものが起きるのが鉄則だろう。
前世の記憶を取り戻してからのこの一年と数ヶ月、わたしは品行方正につとめていたのに酷すぎる。
父の動揺ぶりと、屋敷全体の落ち着きなさ、近頃ステラに会えていないことから、わたしの不安も最高潮だった。
社交界デビューもしていない完全に隠れた存在であるわたし個人を名指しして、面識もない皇族からいきなり謁見なんて、きっと悪いことに違いない。
謁見日には何故かステラも一緒に来るらしいと手紙にあったから、もしかするとあの日傷つけられたステラに話を聞いた皇太子達が、怒ってわたしを弾圧しに来るのかもしれない。
近頃頑張っていた勉強も手付かず、あっという間に約束の日を翌日に控え、気分は既に処刑を待つ罪人である。
晩餐で顔を合わせた父も、わたしが記憶を取り戻して引き籠っていた時と同じくらい憔悴していて、やはり悪いことになるのだと不安になり、思わず寝る前に灯りを消しに来たアメリアに泣き付いた。
「アメリア、わたし……処刑されるの……?」
「……はい!? え、誰がそんなことを仰有ったんです?」
「だ、だって、お父様もやつれてるし、いきなり皇太子達が来るなんて……」
「旦那様は、お嬢様が殿下達に取られるのではと、御心配になられているのですよ」
「……? 取られるって、命を?」
「さっきから物騒ですね!?」
ぐすぐすとアメリアにしがみつきながらぐずっていると、ノックの音がする。
鼻声で返事をすると、メイドのシャーロットがトレイに乗せられた湯気立つカップを三つ持ってやって来た。
とっくに就業時間を終えたからかメイド服ではなく、いつもはリボンで纏めているクリーム色の髪も下ろされふわふわと揺れていた。オンオフはきっちり分けるタイプだ。
「こんばんは~。お嬢様、リラックス効果のあるハーブティーらしいです、よかったらどうぞ~……えーっと、何だっけ、ハーブの名前は、ちょっと忘れちゃいましたけど……」
そんな風に差し出されたカップからは、湯気と共にハーブ特有の華やかで独特な苦味を含む香りがする。名前がわからないものが入っているのは正直不安だったけれど、さすがに断罪イベント前に毒殺はされないだろう。
「あ、ありがとう……」
「いえいえ~。三つ用意してきたので、わたしもご一緒させてくださいね。アメリアさんもどうぞ~」
「あら、私の分も? ありがとう、シャーロット」
本来メイドが令嬢の私室で一緒にお茶をするなんて有り得ないのだが、わたしもアメリアも気遣いをしてくれた彼女を叱る気も起きない。
彼女はわたしが記憶を取り戻す前、わがまま放題していた頃からこんな調子で、いつも毒気が抜かれ、マイペースに場を和ませてくれるのだ。
お茶をしながら他愛ない話をして、ハーブティーのお陰か二人の優しさに触れたからか、わたしはその後、ぐっすりと眠ることが出来た。
*******
屋敷中に響き渡るようなジャック・モルガナイトの大声に、思わず数人の使用人が彼の執務室に駆け込んだ。
あまりにも大きな声だったから、すっかり暖かくなった庭園でのんびりお茶を飲んでいたわたしの耳にも届き、思わずびくりとする。
父の執務室の窓に向かって視線を投げたけれど、それ以降は聞こえず、シャーロットやアメリアと一緒に首を傾げるしか出来なかった。
執務室に駆け込んだ使用人や騎士達は、主人のあまりの取り乱しようにただ事ではないと警戒する。が、その手に握られてぐしゃぐしゃになっている手紙のような物から、原因はそれだとすぐに推測できた。
しかし、いつものように側仕えをしていた侍従のルイスですら、すっかり頭を抱えていたのだ。
「旦那様!? どうされました?」
「……ミアに、……」
「お嬢様に何か……?」
「僕のミアに、皇太子と皇子から謁見希望が……」
「……え!?」
瞬く間に屋敷中が騒然となり、わたしの耳までその内容が届くのにそう時間はかからなかった。絶望の瞬間である。
先方からの謁見希望日まで猶予もなかったため、その日からモルガナイト公爵家は屋敷の清掃からお出しする品の一つ一つの準備選別まで念入りに行うこととなり、春先だと言うのにすっかり年末の大掃除さながら、屋敷全体でバタバタとするはめになるのだった。
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「どうしてこうなったの……」
いくら悪役令嬢にしても、断罪イベントが起きる前には陰湿なイジメとか凄惨な事件とか、そういうものが起きるのが鉄則だろう。
前世の記憶を取り戻してからのこの一年と数ヶ月、わたしは品行方正につとめていたのに酷すぎる。
父の動揺ぶりと、屋敷全体の落ち着きなさ、近頃ステラに会えていないことから、わたしの不安も最高潮だった。
社交界デビューもしていない完全に隠れた存在であるわたし個人を名指しして、面識もない皇族からいきなり謁見なんて、きっと悪いことに違いない。
謁見日には何故かステラも一緒に来るらしいと手紙にあったから、もしかするとあの日傷つけられたステラに話を聞いた皇太子達が、怒ってわたしを弾圧しに来るのかもしれない。
近頃頑張っていた勉強も手付かず、あっという間に約束の日を翌日に控え、気分は既に処刑を待つ罪人である。
晩餐で顔を合わせた父も、わたしが記憶を取り戻して引き籠っていた時と同じくらい憔悴していて、やはり悪いことになるのだと不安になり、思わず寝る前に灯りを消しに来たアメリアに泣き付いた。
「アメリア、わたし……処刑されるの……?」
「……はい!? え、誰がそんなことを仰有ったんです?」
「だ、だって、お父様もやつれてるし、いきなり皇太子達が来るなんて……」
「旦那様は、お嬢様が殿下達に取られるのではと、御心配になられているのですよ」
「……? 取られるって、命を?」
「さっきから物騒ですね!?」
ぐすぐすとアメリアにしがみつきながらぐずっていると、ノックの音がする。
鼻声で返事をすると、メイドのシャーロットがトレイに乗せられた湯気立つカップを三つ持ってやって来た。
とっくに就業時間を終えたからかメイド服ではなく、いつもはリボンで纏めているクリーム色の髪も下ろされふわふわと揺れていた。オンオフはきっちり分けるタイプだ。
「こんばんは~。お嬢様、リラックス効果のあるハーブティーらしいです、よかったらどうぞ~……えーっと、何だっけ、ハーブの名前は、ちょっと忘れちゃいましたけど……」
そんな風に差し出されたカップからは、湯気と共にハーブ特有の華やかで独特な苦味を含む香りがする。名前がわからないものが入っているのは正直不安だったけれど、さすがに断罪イベント前に毒殺はされないだろう。
「あ、ありがとう……」
「いえいえ~。三つ用意してきたので、わたしもご一緒させてくださいね。アメリアさんもどうぞ~」
「あら、私の分も? ありがとう、シャーロット」
本来メイドが令嬢の私室で一緒にお茶をするなんて有り得ないのだが、わたしもアメリアも気遣いをしてくれた彼女を叱る気も起きない。
彼女はわたしが記憶を取り戻す前、わがまま放題していた頃からこんな調子で、いつも毒気が抜かれ、マイペースに場を和ませてくれるのだ。
お茶をしながら他愛ない話をして、ハーブティーのお陰か二人の優しさに触れたからか、わたしはその後、ぐっすりと眠ることが出来た。
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