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2章 魔法の国ルクレイシア
授業の裏で (ハシュアside)/写真の子ども (ミュゼside)
しおりを挟む《ハシュアside》
「………それでは、今日も授業があるので失礼します。いいお返事をお待ちしています」
「はぁ…………考えておくよ」
パタン。
店の勝手口から出て行ったクレアさんを見送って私はため息をついた。
クレアさんがここを尋ねるようになってから1週間が経った。
最初、私が魔法使いだったことを確認しにきたとき、セイルクと向き合うことを諦めないでほしいと言われた。
魔法が使えなくても、関連することや魔力が見えるこの体でできることがある、とも。
救いだった。
魔法に執着して何も見えなくなるところだった。
それから魔法以外にできることを模索しようと決めて時間が欲しいと言ったら、クレアさんは「聞きたいことがある」と言って身を乗り出してきた。
一体何かと思えば、セイルクの魔法の癖や授業の進め方、注意点について聞いてきたから驚いた。
「あなたの心の整理がつくまで、私がセイルクさんを見ます」
そう言っていた気がする。
クレアさんの魔力はとても多くて、コントロールもしっかりしているから、私のやり方でなくてもうまくいくのではないかと提案したが、
「セイルクさんの慣れたやり方でやったほうがいいと思って」
なんて言われる始末だった。
クレアさんはどこまでもお人よしだった。
だから、セイルクについて覚えていることは事細かに教えてあげた。
熱心に聞いて帰っていくクレアさんを見送ったまではよかった。
あれから毎日来るようになったクレアさんは、セイルクが学校の間に昨日の授業について報告して、都度相談された。
『風刃』の教え方や、『浮遊』を可視化して教える方法など、挙げたらキリがないほど事細かに。
とはいえ、大体はクレアさんが考えたものに私がもう少し理解しやすそうな案を出しただけ。
間接的ではあるけれど、セイルクが私の教え方で成長していくのに昔のことを思い出して嬉しくなった。
多分、これが魔法以外にできることなのかもしれない。
私にもセイルクのためにできることがあると思って嬉しくなった。
嬉しくなった、が。
「はぁ………」
私は机の上にある、紙を見てもう一度ため息をついた。
唯一埋まっている生徒名の欄には、セイルク=オルフェンと書かれている。
クレアさんが持ってきたこの紙は、再来週あたりに行われる国を挙げての学校行事の魔物討伐の申込用紙だ。
今日は店に来るとすぐにこの紙を渡してきた。
『サインしてください』
『急に何を………もしかして、これは』
セイルクの緊急連絡先になって欲しいということだった。
『無理です。たとえあなたからでも、こればかりは、まだ………心の準備が』
言われてすぐに断ったが、何も聞いてくれなかった。
『言い分はわかります。でもどうか、1日、数時間、少しでもいいので、考えてくれませんか?
あなたじゃないと、意味がないんです』
『何を言って………』
『──────お願いします』
それどころか、深々と頭を下げられてしまった。
あなたじゃないと、意味がない。
その言葉がずっと、頭を反芻している。
魔法の使えなくなった私に何の意味があるのだろうか。
わからない。
考える時間をくれたことには感謝しているが、考えれば考えるほど、わからなくなる。
署名をすれば終わることなのに、本当にいいのかともうひとりの自分が問いかけてくる。
セイルクは、私がここに名を連ねて、嫌な思いはしないだろうか。
何かあったとき、助けられるだろうか。
力になれるのだろうか。
答えは返ってこない。
でも、ひとつ確かなことはある。
「…………やりたい」
不安や懸念は関係ない。
ただ、やりたい。
その気持ちだけは確かだ。
きっと、セイルクには嫌がられるかもしれない。
それでも。
私はペンを握った。
《ミュゼside》
「今日もお疲れ、帰っていいぞ」
いつものように話をゆるくまとめた先生は、そのままあくびをして出ていった。
タイミングよく終業のチャイムが鳴って、みんなが思い思いに動き出す。
私も、今日は行くところがある。
私が立ち上がって、鞄に教材を入れていると、クラスメイトのひとりが声をかけてきた。
それなりにクラスで付き合いをしているから、声をかけてくれる子もいる。
この子とは、好きなシリーズ本で話が合って以来、たまに昼を共にする仲だ。
「ミュゼちゃん、この間言っていた新巻が広場のほうの書店に入荷されたみたいなんだ!
もしよかったら、一緒に行かない?」
あたたかな笑顔で誘ってくれることにすごく贅沢を感じる。
私は、こんなに優しくされるような子ではないのに。
新巻は確かに買いに行きたい。
前回の終わり方があまりにも気になりすぎて仕方がなかった。
ただ、今はそれどころじゃない。
「…………ごめん。今日は人と会う約束があって………明日にでも行こう?」
申し訳なさそうに言うと、その子もちゃんとわかってくれる子で、そのまま帰って行った。
そう、今日は人と会う約束をしている。
「ここ…………?」
私は以前別れ際にもらった紙を頼りに、いかにも裏の人が使っていそうな酒場までたどり着いた。
入るのにためらっていると、後ろから近づいてくる足音が聞こえた。
「おや、お早い到着ですね」
振り返ると、予想通り、あの男が立っていた。
今日も顔は見えないが、少し機嫌が良さそうだ。
男は私の手を取ってエスコートするようにして酒場に一緒に入った。
酒場に入ると、男がカウンターに何かを見せた途端に店主が目の色を変え、個室へ案内された。
酒場に個室があるのを見るに、やっぱり裏の人間が使っていそうだ。
個室は真ん中にある机を挟むようにして長椅子が二つ置かれているだけだった。
辺りを見回しながら座る私を見て、男はくすくすと笑った。
「そんなに警戒せずとも、手は出しませんよ。それでは、少しお話ししましょうか」
男はそう言って向かいの椅子に座ると、一枚の紙を差し出してきた。
私が渡した魔物討伐のエントリー用紙だ。
内容はきちんと記載されていることがわかるのに、なんと書いてあるかわからない。
今、男の顔が見えないように、この紙にも認識阻害がかかっているのかもしれない。
「1人で出しに行ってもバレないのでご安心を」
受付によほど行きたくないのか、男の言葉に、この紙自体に魔法がかけられているのかもしれないと思った。
私は一度頭を下げて紙を鞄に入れた。
男は私が紙を入れて向かい合ったのを見て口を開いた。
「さて。お互いクレア=モルダナティスに用があるんでしたね。あなたは、彼女が邪魔で、私は、彼女が欲しい」
「………えぇ、そうよ」
掴めない雰囲気に、すごく危機感を抱いてしまう。
今こうして話しているから、味方なのかもしれないけど、敵な気もして仕方がない。
私が強張って答えると、男はそのまま話を続ける。
「魔物討伐なんて絶好のチャンスがあるのです。私はそこで彼女を手に入れようと思うので、あなたには彼女を捕獲して欲しいのです」
「捕獲?」
私が聞き返すと、男は懐から地図を取り出した。
そのとき、不意に一枚の写真が落ちた。
「おっと………」
落ちた写真は私の足元までやってきた。
隠し撮りをしたような構図で映るのは、10歳ほどの女の子。
綺麗な銀髪に寒空色の瞳が特徴的な子だった。
拾い上げて男に渡すと、男は大切そうに写真を持って懐にしまった。
「あの………娘さんとか、ですか?」
あまりに大事そうにしているから、気になって聞くと、男が優しく笑った気がした。
「あぁ、すみません。娘だなんて言われて少し嬉しくて。
残念ながら娘ではありません。しかし、とても大事な人なんです。指名手配されてからは会えていなかったので、5年前に出会ったときはとても嬉しくてつい………」
急に饒舌に優しく語り出した男の話を黙って聞く。
写真の子どもは10歳くらいだったのに、指名手配されているなんて、少し不憫だと思った。
「話し込んでしまいました。気を取り直してお話しさせていただきますね。
私はクレア=モルダナティスを傷ひとつない状態で手に入れて、主人のもとへ連れ帰る役目があるのです。
私自身も、彼女を傷つけることはしたくないので、できればあなたには身動きできない状態にしていただきたいのです。
そこで今回の魔物討伐で使われるメノウの森に……………」
男はそれ以降女の子の話を一度も出さなかった。
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