91 / 119
3章 依存国ツィーシャ
ようこそ
しおりを挟む
ルクレイシアを出てから2週間が経った。
旅立つ前に立ち寄った、ルフトが泊まる宿で、水晶玉を介して久しぶりにリュカオンと話をした。
『いろいろ話したいこともあるし、僕のとこに一回来ない?』
と、提案を受け、その流れでリュカオン───事情によって、次会うときには『リューク』と呼ぶように言われた───へ会いにツィーシャへ行くことになった。
ツィーシャはルクレイシアを西にほぼまっすぐ、誰かの荷車に乗り継がせてもらって1週間近く行ったところにある。
あと少しといったところで、クレアは立ち往生していた。
「んー、こりゃダメだな」
クレアの隣に立って状況判断をしたのは、ルクレイシアからずっと乗せてもらっていた荷車の主の男だった。
トランスヴァールに用事があるという彼に頼み、ツィーシャまで乗せて行ってもらうつもりだったが、ここに来てアクシデントが起きた。
4日ほど前、この地域の冬にしては珍しく大雨が降り、クレアたちも先へ行けないほどの雨だった。
3日間続いた雨がようやく止んで出発し、最初の頃はよかったのだが、進んでいくうちに道が酷くぬかるんできたのだ。
引き返せないところまで来てしまった後だったため、そのまま進むことを決意して進んでいたところで、馬が右前脚をくじいてそのまま荷車ごと横転。
荷車に積んでいた物はクレアの咄嗟の判断で亜空間に入り、何とか無事だったが、馬も荷車も再起不能の状態になっていた。
男はずっと馬が苦しそうにしているのを労るように背を撫でている。
クレアが解決できないわけではない。
脚は治してあげられるし、荷車だって元通りにしたり、亜空間に入れて運んだりできる。
しかし、それを行わないのには色々と理由があった。
「この馬、結構お年寄りですよね?
脚がもともと弱っているので、治しても悪化しちゃうと思います。
それと、この荷車も結構使い込まれていて、少しだけ腐ってる部分があります。
どちらも、これからを考えるなら治すよりは替えるべきだと思います」
「………やっぱり、お嬢ちゃんもそう思う?」
クレアの提案に、男は残念そうな顔をした。
男も替えどきなことには気づいていたようだ。
「こいつらは俺が商人始めたころからずっと同じだったんだ。どうしても思い入れがあってな。替えようと思っててもできなくてな………」
男は馬を撫でていた止めてクレアのほうを見た。
その表情には、期待が込められていた。
「お嬢ちゃんは魔法使いなんだろ?こいつと一生走ってられるような魔法とかがあるんじゃないのか?」
そういった魔法がないわけではない。
だが、今の状態ではできず、できたとしても男の心をを傷つけてしまうだろう。
あそこが作る魔法は傷つけるものばかりだ。
真実を伝えられないと判断したクレアは黙って首を横に振った。
「残念ながら、そう便利なものはないです。ここから先は歩いて行きましょう。
馬や荷車は私が持ちます。それで、近くの馬宿で休ませてあげましょう」
「………そう、だな。そうしようか。助かるよ」
男は明らかに希望を失った目をしていたが、商人として培われた精神力なのか、すぐに決心した。
男は馬をもう一度撫でて、小さく謝ってからそばを離れた。
そうして、クレアが馬と荷車を浮かせようとしたときだった。
「こんなところでどうしたんですか?」
ファルより少し低い、聞き慣れた声が後ろから聞こえて、思わず振り返る。
そこには、見かけ上、明るい茶髪のハーフアップに緑色の瞳、サファイアのピアスをつけた少しきつい印象の男が立っていた。
認識阻害で変わっている髪と瞳を見ても、すぐにわかった。
「リュカ…………リューク」
言い直したクレアの呟きに、リュークと呼ばれた男はクレアのほうを見て目を見開いた。
「……『ちびっ子』?君ここで立ち往生してたの?」
「『ちびっ子』はやめてっていってるでしょ」
クレアの返答に、リュークは確信したらしく、少しだけ口もとを綻ばせた。
「久しぶりに会うと、こんなに……嬉しいものなんだね」
リュークはクレアを見て優しく笑った。
「………なるほどね、ぬかるみで馬の脚も荷車も限界で途方に暮れていたんだ」
事情を聞いたリュークは馬と荷車を見て、少し考え込んでから、何かを決めたように頷いた。
リュークは足もとに詰めれば馬と荷車も合わせて全員が入れそうな円を書いた。
「それじゃあ、みんなこの円の中に入って」
リュークに言われるがまま、クレアは男と馬や荷車を一緒に入れてから円に入った。
全員が入ったのを確認したリュークは、円の真ん中に立った。
『студит кп конквшяф но』
パンッ
リュークが呪文を唱えて手を合わせると、円の中が光り出して、目も開けていられないほどの眩しさになる。
あまりの眩しさにクレアもみんなも目を閉じて、光が収まるのを待つ。
待っているうちに、賑やかな声が聞こえた。
子供や、その親らしき声。競りの声も聞こえる。
クレアが思わず目を開くと、目の前にはぬかるんだ地面が広がる長い道ではなく、石畳の街並みだった。
「ようこそ、検問のいらない小さな国のツィーシャへ」
リュークはにこりと笑ってみせた。
そこでクレアはリュークがアナスタシア王国の元魔法師団長だったことを思い出した。
旅立つ前に立ち寄った、ルフトが泊まる宿で、水晶玉を介して久しぶりにリュカオンと話をした。
『いろいろ話したいこともあるし、僕のとこに一回来ない?』
と、提案を受け、その流れでリュカオン───事情によって、次会うときには『リューク』と呼ぶように言われた───へ会いにツィーシャへ行くことになった。
ツィーシャはルクレイシアを西にほぼまっすぐ、誰かの荷車に乗り継がせてもらって1週間近く行ったところにある。
あと少しといったところで、クレアは立ち往生していた。
「んー、こりゃダメだな」
クレアの隣に立って状況判断をしたのは、ルクレイシアからずっと乗せてもらっていた荷車の主の男だった。
トランスヴァールに用事があるという彼に頼み、ツィーシャまで乗せて行ってもらうつもりだったが、ここに来てアクシデントが起きた。
4日ほど前、この地域の冬にしては珍しく大雨が降り、クレアたちも先へ行けないほどの雨だった。
3日間続いた雨がようやく止んで出発し、最初の頃はよかったのだが、進んでいくうちに道が酷くぬかるんできたのだ。
引き返せないところまで来てしまった後だったため、そのまま進むことを決意して進んでいたところで、馬が右前脚をくじいてそのまま荷車ごと横転。
荷車に積んでいた物はクレアの咄嗟の判断で亜空間に入り、何とか無事だったが、馬も荷車も再起不能の状態になっていた。
男はずっと馬が苦しそうにしているのを労るように背を撫でている。
クレアが解決できないわけではない。
脚は治してあげられるし、荷車だって元通りにしたり、亜空間に入れて運んだりできる。
しかし、それを行わないのには色々と理由があった。
「この馬、結構お年寄りですよね?
脚がもともと弱っているので、治しても悪化しちゃうと思います。
それと、この荷車も結構使い込まれていて、少しだけ腐ってる部分があります。
どちらも、これからを考えるなら治すよりは替えるべきだと思います」
「………やっぱり、お嬢ちゃんもそう思う?」
クレアの提案に、男は残念そうな顔をした。
男も替えどきなことには気づいていたようだ。
「こいつらは俺が商人始めたころからずっと同じだったんだ。どうしても思い入れがあってな。替えようと思っててもできなくてな………」
男は馬を撫でていた止めてクレアのほうを見た。
その表情には、期待が込められていた。
「お嬢ちゃんは魔法使いなんだろ?こいつと一生走ってられるような魔法とかがあるんじゃないのか?」
そういった魔法がないわけではない。
だが、今の状態ではできず、できたとしても男の心をを傷つけてしまうだろう。
あそこが作る魔法は傷つけるものばかりだ。
真実を伝えられないと判断したクレアは黙って首を横に振った。
「残念ながら、そう便利なものはないです。ここから先は歩いて行きましょう。
馬や荷車は私が持ちます。それで、近くの馬宿で休ませてあげましょう」
「………そう、だな。そうしようか。助かるよ」
男は明らかに希望を失った目をしていたが、商人として培われた精神力なのか、すぐに決心した。
男は馬をもう一度撫でて、小さく謝ってからそばを離れた。
そうして、クレアが馬と荷車を浮かせようとしたときだった。
「こんなところでどうしたんですか?」
ファルより少し低い、聞き慣れた声が後ろから聞こえて、思わず振り返る。
そこには、見かけ上、明るい茶髪のハーフアップに緑色の瞳、サファイアのピアスをつけた少しきつい印象の男が立っていた。
認識阻害で変わっている髪と瞳を見ても、すぐにわかった。
「リュカ…………リューク」
言い直したクレアの呟きに、リュークと呼ばれた男はクレアのほうを見て目を見開いた。
「……『ちびっ子』?君ここで立ち往生してたの?」
「『ちびっ子』はやめてっていってるでしょ」
クレアの返答に、リュークは確信したらしく、少しだけ口もとを綻ばせた。
「久しぶりに会うと、こんなに……嬉しいものなんだね」
リュークはクレアを見て優しく笑った。
「………なるほどね、ぬかるみで馬の脚も荷車も限界で途方に暮れていたんだ」
事情を聞いたリュークは馬と荷車を見て、少し考え込んでから、何かを決めたように頷いた。
リュークは足もとに詰めれば馬と荷車も合わせて全員が入れそうな円を書いた。
「それじゃあ、みんなこの円の中に入って」
リュークに言われるがまま、クレアは男と馬や荷車を一緒に入れてから円に入った。
全員が入ったのを確認したリュークは、円の真ん中に立った。
『студит кп конквшяф но』
パンッ
リュークが呪文を唱えて手を合わせると、円の中が光り出して、目も開けていられないほどの眩しさになる。
あまりの眩しさにクレアもみんなも目を閉じて、光が収まるのを待つ。
待っているうちに、賑やかな声が聞こえた。
子供や、その親らしき声。競りの声も聞こえる。
クレアが思わず目を開くと、目の前にはぬかるんだ地面が広がる長い道ではなく、石畳の街並みだった。
「ようこそ、検問のいらない小さな国のツィーシャへ」
リュークはにこりと笑ってみせた。
そこでクレアはリュークがアナスタシア王国の元魔法師団長だったことを思い出した。
11
あなたにおすすめの小説
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
職業ガチャで外れ職引いたけど、ダンジョン主に拾われて成り上がります
チャビューヘ
ファンタジー
いいね、ブックマークで応援いつもありがとうございます!
ある日突然、クラス全員が異世界に召喚された。
この世界では「職業ガチャ」で与えられた職業がすべてを決める。勇者、魔法使い、騎士――次々と強職を引き当てるクラスメイトたち。だが俺、蒼井拓海が引いたのは「情報分析官」。幼馴染の白石美咲は「清掃員」。
戦闘力ゼロ。
「お前らは足手まといだ」「誰もお荷物を抱えたくない」
親友にすら見捨てられ、パーティ編成から弾かれた俺たちは、たった二人で最低難易度ダンジョンに挑むしかなかった。案の定、モンスターに追われ、逃げ惑い――挙句、偶然遭遇したクラスメイトには囮として利用された。
「感謝するぜ、囮として」
嘲笑と共に去っていく彼ら。絶望の中、俺たちは偶然ダンジョンの最深部へ転落する。
そこで出会ったのは、銀髪の美少女ダンジョン主・リリア。
「あなたたち……私のダンジョンで働かない?」
情報分析でダンジョン構造を最適化し、清掃で魔力循環を改善する。気づけば生産効率は30%向上し、俺たちは魔王軍の特別顧問にまで成り上がっていた。
かつて俺たちを見下したクラスメイトたちは、ダンジョン攻略で消耗し、苦しんでいる。
見ろ、これが「外れ職」の本当の力だ――逆転と成り上がり、そして痛快なざまぁ劇が、今始まる。
魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。
音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、
幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。
魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。
そして再び出会う幼馴染。
彼女は俺がSSSランクだとは信じなかった。
もういい。
密かにやってた支援も打ち切る。
俺以外にも魔道具職人はいるさ。
落ちぶれて行く追放したパーティ。
俺は客とほのぼのとした良い関係を築きながら、成長していくのだった。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる