一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第41話 海底神殿と海の魔物

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港町ザフランの朝は、潮の香りと共に始まった。トウマは宿屋の窓から見える青い海を眺めながら、ゆっくりと身体を起こす。

「いい天気だな」

昨夜は宿で美味い魚料理を堪能し、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。砂漠の旅の疲れも取れ、身体も軽やか。今日は港町らしい依頼でも受けてみようと考えていた。

「さて、まずはギルドに顔を出すか」

簡単に身支度を整えると、トウマは宿を出た。

――――――

冒険者ギルドは港の近くにある立派な石造りの建物だった。入り口を潜ると、潮風に混じって多くの冒険者たちの熱気が感じられる。

「いらっしゃいませ」

受付嬢が明るい声で呼びかけてきた。茶髪をポニーテールにまとめた、快活そうな女性だ。

「ザフランは初めて?」

「ああ、昨日の夕方に着いたばかりだ」

「そっか。私はマリン、このギルドの受付をやってる。……ん?アンタあのトウマさんか。噂は聞いてるよ」

そう言ってマリンは人懐っこい笑顔を浮かべた。

「ははっ、どんな噂なのやら」

トウマは苦笑いを浮かべながら、依頼書が貼られた掲示板を眺める。魔獣討伐、護衛、採取……港町らしく海に関する依頼が多い。

「何か面白そうな依頼はあるか?」

「本当に良いタイミングだよ。実は、トウマさんにちょうどお願いしたい依頼があるんだ」

マリンは一枚の依頼書を見せながら、トウマを手招きをする。

「現在、海底遺跡でトラブルが起きてて、解決してくれる冒険者を探してたんだ」

「海底遺跡で?」

「うん。ザフランの沖合にある古代の神殿なんだけど、最近調査が進んでてね。ところが三日前から、調査隊と連絡が取れなくなっちゃったんだ」

そこで、話しているマリンの表情が困ったものに変わる。

「だけど、海底だし何が起きているのかも不明だから、普通の冒険者には任せ難い。でも、トウマさんなら……」

「なるほど、面白そうじゃないか。その依頼受けよう」

トウマの瞳に興味深そうな光が宿った。

「ありがとう!それじゃ、これを持って行って。『深海の護符』っていう魔道具で、これを身につけると、海中でも呼吸ができて、水圧にも耐えられるの」

「便利な魔道具だな」

「ただ、それは急遽取り寄せたものだから効果時間が短いの。多分、三時間を過ぎると効果が切れちゃうから、気をつけて」

マリンは小さな青い石がはめ込まれた護符を差し出した。

「港にある漁船に話は通しているから、神殿近くまではそれで向かってね」

「分かった。ありがとう」

――――――

ギルドを出て港までやって来たトウマは、聞いていた漁船に乗って、海底遺跡の真上まで向かう。しかし、船頭のおじいさんが櫂を操りながら、心配そうな顔をしていた。

「本当に大丈夫なのかい?あそこは昔から、海坊主が出るって噂があるんだ」

「海坊主?」

「でっかい化け物が住んでるって話さ。調査隊も、そいつにやられちまったんじゃないかって噂だ」

トウマは海面を見つめる。透明度の高い海だが、深くなるにつれて青から紺へと色を変えていく。

「ここだよ」

船が止まると、トウマは深海の護符を首にかけた。途端に、肺の奥から涼しい感覚が広がっていく。

「おっ、効いてるな」

護符の力で、水中でも呼吸ができるようになった。トウマは船の縁に立つと、躊躇なく海に飛び込んだ。

「気をつけろよ~!」

おじいさんの声が水の中にも響いてくる。

――――――

海中は想像以上に美しかった。色とりどりの魚が群れをなして泳ぎ、珊瑚礁が幻想的な光景を作り出している。

「綺麗だな」

トウマは感嘆の声を上げながら、更に深く潜っていく。護符の効果で、まるで陸上にいるかのように自由に動けた。

やがて、海底に古代の神殿が見えてきた。白い石造りの建物で、表面には複雑な文様が刻まれている。昨日見た決闘神殿とは違う様式だが、同じく古代の技術力の高さを物語っていた。

「これが海底遺跡か」

神殿の入り口は開いており、中から微かに光が漏れている。調査隊が持ち込んだ魔法の光源だろう。

「調査隊は中にいるのか?」

トウマは神殿の中に入っていく。内部は意外に広く、天井も高い。床には美しいモザイク画が描かれ、壁には古代文字が刻まれていた。

「誰かいるか?」

声をかけながら奥に進むと、神殿の中央で三人の男女が魔法陣に囲まれて動けずにいた。

「おい、大丈夫か?」

「あ、あなたは……」

調査隊のリーダーらしき男性が振り返る。

「冒険者のトウマだ。ギルドから依頼を受けて来た」

「助かった!私たちはここで魔法陣に囚われてしまったんです」

男性は安堵の表情を浮かべる。

「魔法陣?」

トウマは足元を見る。確かに、複雑な魔法陣が床に描かれており、三人はその中央で身動きが取れない状態だった。

「古代の魔法陣で、一度入ると出られなくなる仕組みだったんです。そのせいで、もう三日もここに……」

「なるほど。魔法陣を解除すればいいんだな」

トウマは魔法陣の文様を観察する。古代文字が組み合わさった複雑な構造だが、解除の方法は分からない。

「どうやって解除するんだ?」

「周辺を調べた限りだと……あの祭壇の上にある魔法石を取り除けば、解除されると思うんですが……」

男性が指差す方向を見ると、神殿の奥に祭壇があり、その上で青い石が光っている。

「あれか」

トウマは祭壇に向かって歩き始めた。その時、突然水中に巨大な影が現れた。

「うわっ!」

それは船頭のおじいさんが言っていた海坊主だった。頭部だけで人間の胴体ほどもある巨大な軟体動物で、無数の触手を蠢かせている。

「この辺は、こいつの縄張りって訳か!」

海坊主はトウマを敵と見なし、太い触手を振り回してきた。

「はあっ!」

トウマは剣を抜いて触手を切り払う。しかし、海中での戦闘は勝手が違う。動きが鈍くなり、剣の威力も落ちる。

「やりにくいな!」

海坊主の触手が次々と襲いかかってくる。トウマは必死に受け流しながら、祭壇を目指した。

「急がないと!」

護符の効果時間は限られている。もたもたしていると、酸素が尽きてしまう。

「うわっ、危ねぇ!」

トウマは海坊主の触手を掻い潜り、祭壇に飛び込んだ。そして、青い魔法石に手を伸ばす。石を掴んだ瞬間、魔法陣の光が消えて調査隊の三人が自由になったのが見えた。

「よし、やったぞ!」

しかし、その時だった。海坊主の太い触手がトウマの身体に巻きつき、首にかけた護符を引きちぎってしまう。

「しまった!」

護符が壊れた瞬間、肺の中に海水が流れ込んできた。呼吸ができなくなり、水圧が身体を圧迫する。

(まずい……このままじゃ……)

意識が朦朧としてくる。このままでは溺れ死んでしまう。

調査隊の三人も、トウマの危機に気づいて慌てているが、彼らにできることは何もない。

(ぐっ!……くそっ!)

トウマは必死に海坊主の触手を振り払おうとするが、酸素不足で力が入らない。

(こんなところで死ぬわけにはいかない!)

トウマは残り少ない意識を集中させ、剣を握り直した。瞳に宿る光が、琥珀色から金色へと変わる。

飛躍的に向上した身体能力で何とか触手を振りほどくと、トウマは剣の切っ先を海坊主に向けた。

(【刺突衝!】)

トウマの剣から鋭い衝撃が放たれると、その切っ先は槍のように海坊主の中心を貫いた。しかし、トウマはさらに技の威力を増すと、その反動を利用して海底から海面へと一気に駆け上った。

「っ!はああああっ!」

トウマの身体が水面を突き破り、空中に飛び出した。陽光が眩しく、新鮮な空気が肺に流れ込む。

「なんとか助かったか……」

漁船の上で、船頭のおじいさんが驚愕の表情で見つめていた。

「お、お前さん……海の底から飛び出してきたのか!?」

「ああ、色々あってな」

トウマは船に上がると、大きく息を吐いた。

――――――

その後、調査隊の三人も無事に海上に戻ってきた。トウマが海坊主を倒したおかげで追われることも無く、安全に脱出できたのだった。

「本当にありがとうございました」

調査隊のリーダーが深々と頭を下げる。

「魔法陣の解除だけでなく、海坊主まで倒してくれるなんて……」

「いや、たまたま上手くいっただけだ。まぁ、お互い無事で良かったな」

港に戻ると、ギルドのマリンが心配そうに待っていた。

「トウマさん!無事だったのね!」

「ああ、何とか解決したよ」

「調査隊の皆さんから、海坊主も倒してくれたって聞いたわ。流石ね」

マリンは嬉しそうに微笑む。

「それじゃ、これが報酬よ。調査隊からお礼として追加報酬の金貨五枚も入ってるわ」

「それは嬉しいな。有難く受け取らせて貰うよ」

――――――

夕方、トウマは港の堤防に座って海を眺めていた。夕日が水面を赤く染め、美しい光景が広がっている。

「今日は危なかったなぁ」

深海の護符が壊れた時は、本当に死ぬかと思った。咄嗟の機転で何とかなったが、やはり海での戦闘は、普段とは勝手が違うことを思い知らされた。

「俺もまだまだってことか」

潮風が頬を撫でていく。海底遺跡での冒険はまた一つ、彼の思い出を豊かにしてくれたのだった。
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