一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第42話 転送罠と地底迷宮の少女

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港町ザフランを後にして、トウマは次の目的地へと歩みを進めていた。

「クロイツに行くのも久しぶりだな」

呟きながら、トウマは空を見上げた。青空に白い雲がゆっくりと流れていく。迷宮都市クロイツは大陸でも有数のダンジョン都市として知られ、世界各地から冒険者が集まる場所だ。珍しい魔道具が見つかることも多いため、トウマは楽しみにしていた。

「まぁ、のんびり行くか」

トウマの足取りは軽やかだった。昨日の海底神殿での冒険も良い思い出になった。護符が壊れた時は死を覚悟したが、あのようなスリルもまた旅の醍醐味だ。

街道沿いには小さな森が続いている。木漏れ日が心地よく、鳥たちのさえずりが耳に心地よい。こんな平和な道のりなら、今日は何事もなく進めそうだった。

ところが――

「きゃあああ!」

突然、森の奥から女性の悲鳴が響いた。

「ん?」

トウマの足が止まる。声の方向を見ると、木々の間に煙のようなものが立ち上がっているのが見えた。

「また何かあったみたいだな」

苦笑いを浮かべながら、トウマは街道を外れて森の中に足を向ける。クロイツまでの道のりは長い。少しぐらい寄り道しても問題ないだろう。

――――――

森の中を進むと、開けた場所に出た。そこには古い石造りの遺跡らしきものがあり、その前で一人の少女が困り果てていた。

「大丈夫か?」

トウマの声に、少女が振り返る。年の頃は十六、七歳といったところか。茶色の髪を三つ編みにまとめ、冒険者らしい軽装に身を包んでいる。しかし、その表情は青ざめていた。

「あ、あの……助けてください!」

少女は慌てたように手を振る。

「何があった?」

「古代遺跡の調査に来たんですけど、こんなところに罠があるなんて思わなくて……」

そう答える彼女の足元には複雑な魔方陣が描かれており、淡い光を放っている。

「あー、転送罠か。厄介だな」

転送罠は古代遺跡によくある仕掛けの一つ。一度起動すると、近づいた者を別の場所に飛ばしてしまう。解除するには特殊な知識が必要で、普通の冒険者では手に負えない代物だ。

「発動前に解除できるか?」

悠真がそう考えた時だった。魔方陣の光が急激に強くなり、空気がビリビリと震え始めた。

「あぁっ!?起動しちゃう!」

少女が叫んだ瞬間、魔方陣から強烈な吸引力が発生した。少女の身体が宙に浮き、転送陣に引きずり込まれそうになる。

「きゃあっ!」

「ちっ!仕方ないっ!」

トウマは咄嗟にその少女を突き飛ばした。少女は安全な場所に転がり、代わりにトウマの身体が魔方陣の中心に吸い込まれる。

「あ――」

視界が真っ白になり、身体が宙に浮く感覚。次の瞬間、トウマの意識は途切れた。

――――――

「うっ……」

頭に鈍い痛みを感じながら、トウマは目を覚ました。周囲を見回すと、石造りの薄暗い通路にいる。天井は低く、壁には古代文字が刻まれていた。

「ここは……どこかのダンジョンの中か」

立ち上がりながら、トウマは状況を整理する。転送罠に掛かって、遺跡の地下深くに飛ばされたのは間違いない。あのタイプの罠は一人だけを対象とすることが多いため、あの少女は無事に外にいるはずだ。

「まぁ、あの子が飛ばされるよりはマシだろう」

苦しい状況だが、トウマの声に深刻さはない。こういう予想外の展開も、旅の楽しみの一つだった。

剣の柄に手をかけながら、トウマは通路を歩き始める。ダンジョンなら必ず出口があるはず。問題は、そこに何が待っているかだ。

通路は複雑に入り組んでおり、まさに迷宮と呼ぶにふさわしい構造だった。壁の松明が怪しく揺らめき、影が踊るように動いている。魔物の気配は感じられない。しかし、それがかえって不気味だった。古代の罠が仕掛けられている可能性もある。

注意しながらしばらく歩いていると、前方から微かな光が漏れているのが見えた。松明の明かりとは違う、白い光だ。

「何だ、あれ?」

興味を引かれて近づくと、通路が広い部屋に繋がっていた。部屋の中央には水晶のような石が浮かんでおり、それが光の源になっている。

「綺麗だな」

思わず呟いたその時、部屋の隅から小さな影が動いた。

「誰だ?」

か細い声が響く。トウマが声の方を見ると、部屋の隅で一人の少女が身を寄せ合っていた。

年は十五歳前後だろうか。金髪を肩まで伸ばし、白いワンピースのような服を着ている。しかし、その服は汚れており、少女の顔には疲労の色が濃い。

「大丈夫か?」

トウマは警戒を解いて、少女に近づいた。

「あ、あなたも迷い込んじゃった人ですか?」

トウマに気づいた少女の瞳に希望の光が宿る。

「ああ、転送罠にやられてな。君はどうしてここに?」

「私、エリィっていいます。お父さんと一緒に遺跡の調査をしてたんですけど、はぐれちゃって……もう二日もここにいるんです」

エリィの声が震える。二日間も一人でこんな場所にいたのか。よく生きていられたものだ。

「お父さんは?」

「分からないんです。急に床が崩れて、気がついたらここにいて……」

涙がエリィの頬を伝う。トウマは少女の頭に手を置いた。

「大丈夫だ。俺が出口に連れてってやる」

「本当に?」

エリィの表情が明るくなる。しかし、その直後だった。

「グオオオオ!」

通路の奥から獣の咆哮が響いた。地面が微かに振動し、重い足音が近づいてくる。

「魔物か!」

トウマは剣を抜いて身構えた。

「エリィ、俺の後ろにいろ」

「は、はい!」

少女は慌ててトウマの背中に隠れる。

通路から現れたのは、人間ほどの大きさがある巨大な猿のような魔物だった。全身が岩のような硬い皮膚で覆われ、赤い目を光らせている。

「ストーンエイプか」

ダンジョンによく出現する中級の魔物だ。攻撃力は高いが、動きは鈍い。

「グオオオ!」

ストーンエイプが拳を振り上げてトウマに襲いかかる。しかし、トウマは軽やかにかわすと、剣を魔物の脇腹に突き刺した。

「はっ!」

鋭い一撃。しかし、ストーンエイプの皮膚は予想以上に硬く、剣は浅くしか刺さらない。

「流石に硬いな!」

魔物が反撃の拳を振るう。トウマは後ろに跳んでかわしたが、拳風がエリィの髪を揺らした。

「きゃっ!」

このままでは少女を巻き込んでしまう。トウマは魔物を部屋の反対側に誘導しようと考えた。

「おい、でかいの!こっちだ!」

挑発するように手を振ると、ストーンエイプが怒り狂ってトウマに突進してきた。

「よし!」

トウマは壁際まで引きつけると、間一髪で横に飛んだ。魔物は勢い余って石の壁に激突し、頭を振って混乱している。

「今だ!」

トウマは剣を両手で握ると、魔物の首筋を狙って振り下ろした。今度は見事に急所を捉え、ストーンエイプは崩れ落ちる。

「す、すごい!やりましたね!」

エリィが嬉しそうに手を叩く。

「まだ安心するのは早い。他にも魔物がいるかもしれないからな」

「はい!」

少女は素直に頷いた。

――――――

魔物を倒した後、二人は部屋を詳しく調べてみた。すると、壁の一部に隙間があることが分かった。

「隠し通路でしょうか?」

エリィが首をかしげる。

「かもしれないな」

トウマは隙間に手をかけて押してみた。すると、重い音を立てて壁の一部が回転し、新しい通路が現れた。

「やっぱり!」

「よく見つけたな、エリィ」

少女の頬が嬉しそうに赤らむ。

新しい通路は上向きに続いており、どうやら地上に向かっているようだった。

「これで出られるかも」

希望を胸に、二人は通路を登り始めた。途中、いくつかの分岐があったが、トウマの経験と勘で正しい道を選んでいく。

「トウマさんって、すごいんですね」

「そうか?ただの冒険者だよ」

「でも、魔物を倒すのも、道を選ぶのも、全部迷う様子もないですし……」

エリィの素直な賞賛に、トウマは照れくさそうに頭を掻く。

「慣れてるだけだ。君だって、二日も一人で頑張ったんだから立派だよ」

「そんなことないです。怖くて泣いてばかりで……」

「それでも諦めなかっただろ?それが大事なんだ」

エリィの表情が明るくなる。

やがて、通路の先に自然光が見えてきた。

「光!」

「やったな。もうすぐ外だ」

久しぶりの外の光に、二人の足取りが軽やかになった。

――――――

ダンジョンの出口は、森の中の小さな洞窟だった。外に出ると、夕日が木々の間から差し込んでいる。

「外だ……私、本当に出られたんですね」

エリィが涙を流しながら空を見上げる。

「よく頑張ったな」

トウマも安堵の息を吐いた。

「あ、そうだ。お父さんを探さなきゃ」

「大丈夫。きっと街で待ってるよ」

実際、父親は娘を探して冒険者ギルドに依頼を出している可能性が高い。研究者が一人で娘を探すのは危険すぎるからだ。

「そうでしょうか……いえ、そうですね」

「ああ。だから、まずは街に向かおう」

二人は森を抜けて街道に戻った。幸い、クロイツまでの道筋は間違っていない。

「トウマさん、ありがとうございました」

エリィが深々と頭を下げる。

「気にするな。俺も君がいたから心強かった」

「そんな……私、何もできませんでしたよ」

「そんなことないさ。一人じゃないって分かるだけで、随分違うもんだ」

悠真の言葉に、エリィの頬が嬉しそうに緩んだ。

――――――

迷宮都市クロイツに着いたのは、既に夜になってからだった。街の明かりが温かく二人を迎えてくれる。

冒険者ギルドに向かうと、案の定、エリィの父親が捜索依頼を出して待っていた。

「エリィ!」

「お父さん!」

父娘の再会に、ギルドの職員たちも目を細める。

「本当にありがとうございました」

父親がトウマに深々と頭を下げる。

「いえいえ、たまたま運が良かっただけです」

「そんなことはありません。あなたが居なかったら、娘はどうなっていたか……」

父親の声が震える。娘を失いかけた恐怖と、取り戻せた喜びが入り混じっているのだろう。

「トウマさん」

エリィがトウマの袖を引く。

「また会えますか?」

「どうかな。俺は色んな場所を旅してるから」

「そうですか……。あの、もしまた会えたら……その時は、今度は私がトウマさんを助けます!」

エリィの力強い宣言に、トウマは微笑んだ。

「あぁ、その時を楽しみにしてるよ」

――――――

翌朝、トウマは宿の窓からクロイツの街並みを眺めていた。石造りの建物が立ち並び、遠くにはダンジョンの入り口が見える。

「さて、今日はどうするか……」

昨日の転送罠の件は、また一つ良い思い出になった。エリィという少女に出会えたのも、悪くない道草だったと言えるだろう。

「まずはダンジョンの情報収集でもするか」

トウマは身支度を整えると、宿を出た。
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