一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第61話 港町の料理コンテスト

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港町ローゼンブルクの冒険者ギルドは、海風が運ぶ潮の香りと活気に満ちていた。朝から多くの冒険者たちが依頼を求めて集まり、受付嬢たちも慌ただしく立ち働いている。

「トウマさん、お疲れさまです!」

受付嬢のエレメーラが笑顔で迎えてくれる。彼女はローゼンブルクのギルドでも評判の美人で、いつも丁寧な対応をしてくれる。

「よう、エレメーラ。何か面白い依頼はあるか?」

トウマは依頼ボードに目を向けながら尋ねた。海賊討伐、魔物退治、貴重品の護送……どれも港町らしい依頼が並んでいる。

「そうですね……あ、これなんかいかがでしょう?」

エレメーラが一枚の依頼書を取り出す。

「『第五回ローゼンブルク料理コンテスト警備依頼』……料理コンテスト?」

「はい。今度の週末に開催される大きなイベントなんです。各地から有名な料理人が集まって腕を競うんですよ」

依頼書を読むと、確かに警備の仕事だった。コンテスト会場の警備、参加者の安全確保、そして優勝賞品である『海神の真珠』の護衛が主な内容だ。

「海神の真珠?」

「とても貴重な魔法の宝石で、料理の味を格段に向上させる効果があるんです。今回の優勝賞品として、町長が特別に用意されたそうで」

なるほど、それなら警備が必要なのも納得だ。トウマは依頼書を見返す。

「報酬は金貨五枚か。悪くないな」

「それに、コンテストの間は参加者の料理を自由に試食できるんです。各地の名物料理が味わえますよ」

エレメーラの言葉に、トウマの表情が明るくなった。美味しい料理には目がない彼にとって、これ以上ない特典だった。

「分かった、その依頼を受けよう」

――――――

コンテスト当日の朝、ローゼンブルクの中央広場は色とりどりのテントで埋め尽くされていた。各地から集まった料理人たちが、それぞれの調理場で準備に余念がない。

「おお、君がトウマか!」

初老の男性が近づいてくる。町長のベルナルドだった。

「今日はよろしく頼む。実は最近、各地で料理コンテストを狙った盗賊団の噂があってな。『海神の真珠』のような貴重品があると聞きつけて来る可能性もある」

「了解です。しっかり警備させてもらいます」

トウマは会場を見回した。観客席には既に多くの人々が集まり始めている。家族連れから商人まで、様々な人たちがコンテストを楽しみにしているのが分かった。

「それにしても、すごい人気ですね」

「あぁ、このコンテストは年々規模が大きくなっていてな。今年は二十人の料理人が参加している。中にはヴァルシア大陸からわざわざ来てくれた者もいるんだ」

ベルナルドの説明を聞きながら、トウマは参加者たちを観察した。確かに様々な出身地の料理人がいるようで、それぞれが独特の調理道具や食材を持ち込んでいる。

「審査員はどなたが?」

「今回は特別に、王都から派遣された宮廷料理長のフランソワ様にお越しいただいている。他にも地元の名士の方々に審査をお願いしているよ」

その時、会場の一角から甲高い声が聞こえてきた。

「何ですって!?私の食材が足りないですって!?」

若い女性の料理人が、助手らしき男性を相手に怒鳴っている。彼女は華やかなドレス姿で、どこか貴族のような雰囲気を漂わせていた。

「申し訳ありません、エリーゼ様。輸送の途中で一部の食材が……」

「言い訳は聞きたくありません!このコンテストに向けて、どれだけの準備をしてきたと思ってるの!?」

エリーゼと呼ばれた女性の剣幕に、周囲の料理人たちも困惑の表情を見せている。

「ちょっと問題が起きてるみたいですね」

トウマが呟くと、ベルナルドが苦い顔をした。

「エリーゼ・モンテクリスト嬢だ。名門貴族の令嬢で、料理の腕前も確かなのだが……性格にちょっと難があってな」

確かに、彼女の周りだけ空気が重くなっているのが分かる。他の参加者たちも、なるべく関わらないようにしている様子だった。

「まぁ、コンテストが始まれば料理に集中するだろう。君は海神の真珠の警備を頼む」

ベルナルドに案内されて、トウマは特設の展示台へ向かった。そこには美しい青色に輝く真珠が、魔法の結界に守られて展示されている。

「綺麗な宝石ですね」

「海の底で数百年かけて育まれた、世界でも数個しかない貴重品だ。これを手に入れれば、どんな料理人でも一流になれると言われている」

それだけ価値のあるものなら、確かに狙われる可能性は高い。トウマは周囲を警戒しながら、展示台の近くに位置を取った。

――――――

コンテストが始まると、会場は一気に活気づいた。各料理人が思い思いの料理を作り始め、観客席からは期待の声が上がる。

「お、あれは海鮮パエリアかな」

「こっちはヴァルシア風のローストビーフだ」

「あの人は何を作ってるんだろう?」

様々な料理の香りが会場に立ち込め、トウマの胃袋も刺激される。警備の合間に、いくつかの料理を試食させてもらったが、どれも絶品だった。

「さすが各地の名料理人だけあるな」

そんな中、エリーゼの調理場だけは相変わらず険悪な空気が漂っている。食材不足の問題は解決していないようで、彼女は明らかにイライラしていた。

「くっ!この程度の食材で私の真の実力が発揮できるわけないでしょう!」

包丁を乱暴に扱いながら、エリーゼが悪態をついている。見かねた隣の料理人が声をかけた。

「もしよろしければ、私の食材を少し分けますが……」

「いりません!私は自分の食材でしか料理しませんから!」

エリーゼの冷たい返事に、料理人は困惑した表情で引き下がる。その様子を見ていたトウマは、なんとも言えない気持ちになった。

「あの子、意地っ張りだな」

料理人としてのプライドがあるのは分かるが、周囲の善意を無下にするのはどうかと思う。しかし、これも彼女なりのこだわりなのだろう。

時間が経つにつれ、会場には完成した料理の良い香りが漂い始めた。審査員たちも各テーブルを回って、料理を試食している。

「どれも素晴らしい出来栄えですね」

宮廷料理長のフランソワが感嘆の声を上げている。確かに、どの料理も見た目から美味しそうで、観客たちもため息を漏らしていた。

ところが、エリーゼの調理場だけは明らかに遅れている。食材不足の影響で、思うような料理が作れずにいるのだ。

「時間がない……どうすれば……」

初めて弱音を吐いたエリーゼの表情に、トウマは複雑な思いを抱いた。プライドが高すぎて人の助けを受け入れられない彼女だが、料理に対する本気度は伝わってきた。

その時、会場の外から怪しい影がいくつも近づいてくるのを、トウマの鋭い目が捉えた。

「来たか」

盗賊団らしき一団が、会場の周囲を取り囲もうとしている。狙いは間違いなく海神の真珠だろう。

トウマは素早く警備の同僚たちに合図を送った。幸い、彼らも気づいたようで、静かに配置につく。

盗賊たちは観客に紛れて会場に侵入しようとしたが、トウマたちの素早い対応で入り口で阻止された。

「悪いがやらせねえよ」

「くそっ!バレたか!」

短い戦闘が始まったが、トウマの実力の前では盗賊たちに勝ち目はなかった。あっという間に全員を取り押さえ、町の警備兵に引き渡す。

「さすがだな。君がいてくれて本当に良かった」

ベルナルドが安堵の表情を見せる。幸い、コンテストには何の影響もなく、海神の真珠も無事だった。

――――――

コンテストが終盤に差し掛かった頃、エリーゼはついに料理を完成させた。ただし、彼女の表情は満足そうではない。

「これじゃあ……これは、私の本当の実力じゃない」

審査員たちがエリーゼの料理を試食する。それは確かに美味しそうだったが、他の参加者の料理と比べると、どこか物足りない印象だった。

「う~ん、悪くはないですが……」

審査員たちの微妙な反応に、エリーゼの肩が落ちる。

結果発表の時間になった。優勝者の発表に、会場全体が静まり返る。

「第五回ローゼンブルク料理コンテストの優勝者は……」

フランソワが厳かに発表する。

「港町特製シーフードリゾットを作られた、地元のハイレル・ロッシ氏です!」

会場に大きな拍手が響く。ハイレルは地元でも評判の料理人で、今回は地の利を活かした見事な料理を作り上げていた。

「おめでとうございます!」

海神の真珠がハイレルに授与され、彼は感激で涙を流している。長年の夢が叶った瞬間だった。

一方、エリーゼは悔しそうに俯いている。結局、彼女の料理は入賞すらできなかった。

コンテストが終わり、片付けが始まる中、トウマはエリーゼの元を訪れた。

「お疲れさま」

「……何の用?慰めの言葉なら聞きたくないわ」

エリーゼは相変わらず素っ気ない態度だったが、その目は明らかに涙で濡れていた。

「慰めじゃない。あんたの料理、俺は美味しいと思ったよ」

トウマの言葉に、エリーゼがちらりと顔を上げる。

「食材不足でも、あそこまで仕上げたのは立派だと思う。きっと完璧な環境なら、もっとすごい料理が作れるんだろうな」

「……当たり前よ。私は本来なら……」

そこまで言いかけて、エリーゼは口を閉ざした。

「けど、料理って一人で作るものじゃないんじゃないか?」

トウマの言葉に、エリーゼが困惑した表情を見せる。

「今日のコンテストを見てて思ったんだ。みんな助手がいたり、お互いに協力したりしてた。だが、あんたは一人で全部やろうとしてた」

「それの何が悪いの?料理人は自分の実力で勝負するべきよ」

「確かにそうかもしれない。でも、周りの人の善意を受け入れることも、時には必要なんじゃないか?」

トウマの言葉にエリーゼは黙り込んでしまった。しかしその問いかけは、彼女の心に何かを残したようだった。

「偉そうなこと言っちまって悪かったな。ただ、あんたを見てたら言わずにはいられなかったんだ」

そう言って苦笑いを浮かべるトウマを、エリーゼはじっと見つめていた。

――――――

翌日、トウマがギルドで次の依頼を探していると、エレメーラが声をかけてきた。

「トウマさん、昨日はお疲れさまでした。コンテストも大成功で、町長も大喜びでしたよ」

「それは良かった。結構楽しいイベントだったな」

「ところで、さっきエリーゼ嬢がいらしてたんです」

「エリーゼが?何の用で?」

「トウマさんに伝言を残していかれました」

エレメーラが小さなメモを渡してくる。そこには綺麗な文字で一言だけ書かれていた。

『次回は必ず優勝します。――エリーゼ』

「ふふ、素直じゃないですけど、きっと昨日のトウマさんの言葉が心に響いたんでしょうね」

トウマはメモを眺めながら、小さく笑った。あの意地っ張りな令嬢が、少しでも変わってくれたなら言った甲斐があるというものだ。

「次のコンテストか。その時はもっと美味しい料理が食べられそうだな」

海風が窓から吹き込み、新しい冒険への期待を運んでくる。港町ローゼンブルクでの思いがけない料理コンテストの警備は、トウマにとって印象深い経験となった。
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