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第66話 盗まれた伝説の武器
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武器展示会の初日、レオンバーグの中央広場は朝から多くの人で賑わっていた。各地から集まった職人たちが自慢の作品を並べ、冒険者や商人たちが品定めをしている。
「いい天気だな」
トウマは警備の腕章を付けて、会場をゆっくりと歩きながら辺りを見回していた。昨夜の魔法陣の件で工房街のトラブルは解決したが、今度は展示会の警備という新たな任務が待っている。
「あら、トウマさん!」
振り返ると、ミリアが小さな屋台の前に立っていた。彼女の前には、昨日暴走した魔法球の改良版が展示されている。
「おお、ミリアか。魔法球、完成したのか?」
「はい!おかげさまで制御の問題も解決しました」
ミリアが嬉しそうに魔法球を手に取る。昨日とは違い、今度は安定した青い光を放っている。
「すげぇじゃないか。これなら実戦でも使えそうだ」
「ありがとうございます!あの、昨日の件、本当に助かりました」
「気にするな。それより、今日は売れそうか?」
「まだ朝早いですが、何人かの冒険者の方が興味を示してくれています」
ミリアの表情は昨日とは別人のように輝いている。職人にとって、自分の作品が認められることほど嬉しいことはないだろう。
「よかったな。俺も警備の合間に、また見に来るよ」
「はい、お待ちしています!」
――――――
トウマは会場を一周した後、展示会の目玉である特別展示コーナーに足を向けた。ここには歴史的価値の高い武器や、著名な職人の傑作が並んでいる。
「おお、これが噂の『ムーングレイバー』か」
中央に展示されているのは、薄い青の光を放つ美しい剣だった。刃は月光のように白く輝き、柄には複雑な魔法文字が刻まれている。
「素晴らしい逸品ですね」
隣に立っていた中年の男性が、感嘆の声を上げる。
「ああ、確かに。これを作ったのは伝説の鍛冶師ルシウスだったか」
「はい。三百年前に作られた名剣中の名剣です。現在の技術では、この品質を再現することは不可能だと言われています」
男性は展示品の説明員のようだった。詳しい解説に、周りの見物客も興味深そうに聞き入っている。
「ルシウスの作品は他にもあるのか?」
「残念ながら、現存するのはこのムーングレイバーのみです。他の作品は長い年月の間に失われてしまいました」
なるほど、それだけ貴重な品物ということか。トウマはムーングレイバーをしばらく眺めていたが、やがて警備の巡回を再開した。
会場は時間が経つにつれて、ますます活気を帯びていく。あちこちで商談が成立し、職人たちの笑顔が見える。
「トウマさん!」
今度はガレオンが手を振っている。彼の屋台には、昨日見た魔法剣が展示されていた。
「おお、ガレオン。商売の調子はどうだ?」
「おかげさまで、すでに二本売れたよ。やはり実用性を重視する冒険者が多いからな」
ガレオンの魔法剣は、華やかさよりも実戦での使いやすさを重視した設計になっている。確かに、冒険者にとってはこちらの方が魅力的だろう。
「いい傾向だな。このまま全部売れそうか?」
「ははは、それは欲張りすぎだ。でも、昨日の件が解決したおかげで、安心して展示会に集中できる」
「それは良かった」
トウマはガレオンと短い会話を交わした後、再び巡回を続けた。特に大きなトラブルもなく、平和な午前中が過ぎていく。
――――――
昼食時になると、会場の人出はさらに増えていた。レオンバーグの住民たちも家族連れで見物に訪れ、お祭りのような雰囲気になっている。
「トウマ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、フロリアンが空飛ぶ屋台を引いて近づいてきた。
「おお、フロリアン。屋台の方は順調か?」
「はい~!おかげさまで~、昨日から大盛況です~!」
フロリアンの屋台は会場の端に設置されており、彼女の手作りスイーツが人気を博している。空飛ぶ屋台という珍しさも相まって、多くの人が足を止めていた。
「それはよかった。で、屋台の方は大丈夫なのか?」
「ええ~、今日は魔法を弱くしているので~、勝手に飛んでいくことはありません~」
フロリアンが安心したように笑う。確かに、今日の屋台は昨日ほど浮き上がろうとしていない。
「学習能力があるんだな」
「はい~!失敗から学ぶことは大切ですから~」
フロリアンの前向きな性格は、見ているだけで元気が出る。トウマも思わず笑顔になった。
「それじゃあ、俺は警備に戻るよ」
「お疲れ様です~!」
――――――
午後になると、会場はさらに混雑していた。各地から訪れた冒険者や商人たちが、真剣に武器を選んでいる。
「これは良い剣だな」
「この杖の魔法増幅効果は素晴らしい」
「職人の技術力が年々上がっているようだ」
あちこちで感嘆の声が上がり、活発な商談が行われている。トウマも警備をしながら、様々な武器を見て回った。
「やはり、いいものが多いな」
特に印象的だったのは、若い職人が作った革新的な武器だった。従来の常識を覆すような発想で作られており、多くの冒険者が興味を示している。
「時代は変わっていくんだな」
トウマがそんなことを考えていると、突然会場がざわめき始めた。
「え?何だ?」
人々が特別展示コーナーの方に集まっている。トウマも急いでその方向に向かった。
「一体何が……」
特別展示コーナーに到着すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ムーングレイバーが……盗まれた!」
展示台の上は空っぽになっており、あの美しい剣の姿はどこにもない。周りの見物客たちは騒然としている。
「いつの間に……」
「誰か見なかったのか?」
「警備はどうなっているんだ!」
人々の混乱した声が飛び交う。トウマは展示台に近づき、状況を確認した。
「説明員はどこだ?」
「こちらです!」
午前中に話した中年男性が、青い顔をして駆け寄ってきた。
「一体何が起こったんだ?」
「それが……つい先ほど、人だかりができてムーングレイバーを見ていたんですが、気がついたら消えていたんです」
「人だかりができた時に?」
「はい。多くの人が集まっていたので、詳しい状況は……」
混乱の中では、犯人を特定するのは困難だった。しかし、これは重大な事件だ。
「犯人を見た者はいないか?」
トウマが大きな声で周りの人に尋ねる。
「あ、私見ました!」
一人の少年が手を上げた。
「どんな奴だった?」
「黒いローブを着た人です!あっちの方に走っていきました!」
少年が指差した方向は、会場の出口だった。
「いつのことだ?」
「ほんの数分前です!」
数分前なら、まだ街の中にいる可能性が高い。トウマは即座に行動を起こした。
「俺が追いかける。説明員の方は、他の警備員に連絡してくれ」
「は、はい!」
トウマは会場を駆け抜け、街の出口に向かった。途中で何人かの人に犯人の目撃情報を聞きながら、追跡を続ける。
「黒いローブの人?ああ、そっちの方に走っていったよ」
「確かに慌てた様子でした」
証言を辿ると、犯人は確実に街の外に向かっている。トウマは城門の方向に走った。
――――――
「おい、さっき黒いローブの人間が通らなかったか?」
城門の門番に尋ねると、彼は頷いた。
「ああ、確かに通ったよ。随分と慌てた様子だったが」
「どの方向に向かった?」
「東の森の方だ」
東の森は、レオンバーグの郊外に広がる深い森だった。隠れるには絶好の場所だが、同時に危険な魔物も住んでいる。
「ありがとう」
トウマは城門を出ると、東の森に向かって走った。森の入り口で足跡を確認すると、確かに最近通った形跡がある。
「この足跡か……」
森の中は木々が生い茂り、昼間でも薄暗い。トウマは慎重に足跡を辿りながら、森の奥へと進んでいく。
「しかし、よくこんな場所に逃げ込んだな」
森の中は迷路のように複雑で、一歩間違えば道に迷ってしまう。犯人はこの森に詳しいのか、それとも必死に逃げているだけなのか。
足跡はしばらく続いていたが、やがて木々が密集した場所で見失ってしまった。
「くそ、見失ったか」
トウマは立ち止まり、周囲を見回した。視界が悪く、どの方向に向かったのか分からない。
それでも、諦めるわけにはいかない。トウマは気配を探りながら、森の中を進んでいく。
「どこだ……」
静寂に包まれた森の中で、トウマは神経を研ぎ澄ませていた。わずかな音、わずかな気配も見逃さないよう集中している。
その時――
「!」
突然、強い殺気を感じた。トウマは反射的に身を躱す。
次の瞬間、青い光を放つ刃が、トウマがいた場所を通り抜けた。
「ムーングレイバーか!」
刃の光で犯人の姿が見えた。予想通り、黒いローブを着た人物だった。しかし、その顔は深いフードで隠されており、詳細は分からない。
「ようやく見つけたぞ」
トウマが短剣を構える。犯人はムーングレイバーを手に、警戒するように距離を保っていた。
「なぜムーングレイバーを盗んだ?」
トウマの問いに、犯人は答えない。代わりに、再びムーングレイバーを振りかざしてきた。
「答える気はないか」
トウマは短剣に魔力を込め、刃を伸ばして犯人の攻撃を受け止める。ムーングレイバーの威力は相当なものだったが、トウマの短剣も負けてはいない。
「なるほど、腕は立つようだな」
犯人の動きは素早く、明らかに戦闘経験を積んでいる。しかし、トウマにとってはそれほど脅威ではない。
「だが、盗品は返してもらう」
トウマが攻勢に転じる。短剣を投げつけると、犯人は慌てて避けた。しかし、短剣は自動追尾の性質を持っているため、軌道を変えて再び犯人に向かっていく。
「何だと!」
犯人が驚愕の声を上げる。必死にムーングレイバーで短剣を弾こうとするが、短剣は執拗に追いかけてくる。
「観念しろ。逃げられないぞ」
トウマが詰め寄る。犯人は後ずさりしながら、必死に抵抗を続けていた。
しかし、戦闘経験の差は明らかだった。トウマが本気を出せば、この程度の相手に遅れを取ることはない。
「もう終わりだ」
トウマが最後の一撃を放とうとした時、犯人が突然何かを地面に投げつけた。
「!」
強い閃光が森の中に広がる。トウマは一瞬視界を失い、身を守る姿勢を取った。
「閃光弾か!」
光が消えた時、犯人の姿はすでにそこにはなかった。
「逃げられたか……」
しかし、地面にはムーングレイバーが落ちていた。犯人は逃げる際に、武器を手放したらしい。
「まあ、目的は達成したか」
トウマはムーングレイバーを拾い上げる。美しい剣は、森の中でも神秘的な光を放っていた。
「これで一件落着だな」
トウマは来た道を戻りながら、今回の事件を振り返っていた。犯人は逃げたが、ムーングレイバーは無事に回収できた。展示会には大きな支障はないだろう。
「しかし、なぜムーングレイバーを盗んだんだ?」
犯人の動機は最後まで分からずじまいだった。しかし、それを考えるのは後でもいい。今は盗まれた武器を展示会に戻すことが先決だ。
「みんな、心配してるだろうな」
トウマは足早に森を抜け、レオンバーグの街へと向かった。夕方の陽光が、ムーングレイバーの刃を美しく照らしている。
事件は解決したが、犯人を取り逃してしまったために、その目的までは聞き出せなかった。それに少しばかりの心残りを感じながら、トウマは街の城門をくぐった。
「いい天気だな」
トウマは警備の腕章を付けて、会場をゆっくりと歩きながら辺りを見回していた。昨夜の魔法陣の件で工房街のトラブルは解決したが、今度は展示会の警備という新たな任務が待っている。
「あら、トウマさん!」
振り返ると、ミリアが小さな屋台の前に立っていた。彼女の前には、昨日暴走した魔法球の改良版が展示されている。
「おお、ミリアか。魔法球、完成したのか?」
「はい!おかげさまで制御の問題も解決しました」
ミリアが嬉しそうに魔法球を手に取る。昨日とは違い、今度は安定した青い光を放っている。
「すげぇじゃないか。これなら実戦でも使えそうだ」
「ありがとうございます!あの、昨日の件、本当に助かりました」
「気にするな。それより、今日は売れそうか?」
「まだ朝早いですが、何人かの冒険者の方が興味を示してくれています」
ミリアの表情は昨日とは別人のように輝いている。職人にとって、自分の作品が認められることほど嬉しいことはないだろう。
「よかったな。俺も警備の合間に、また見に来るよ」
「はい、お待ちしています!」
――――――
トウマは会場を一周した後、展示会の目玉である特別展示コーナーに足を向けた。ここには歴史的価値の高い武器や、著名な職人の傑作が並んでいる。
「おお、これが噂の『ムーングレイバー』か」
中央に展示されているのは、薄い青の光を放つ美しい剣だった。刃は月光のように白く輝き、柄には複雑な魔法文字が刻まれている。
「素晴らしい逸品ですね」
隣に立っていた中年の男性が、感嘆の声を上げる。
「ああ、確かに。これを作ったのは伝説の鍛冶師ルシウスだったか」
「はい。三百年前に作られた名剣中の名剣です。現在の技術では、この品質を再現することは不可能だと言われています」
男性は展示品の説明員のようだった。詳しい解説に、周りの見物客も興味深そうに聞き入っている。
「ルシウスの作品は他にもあるのか?」
「残念ながら、現存するのはこのムーングレイバーのみです。他の作品は長い年月の間に失われてしまいました」
なるほど、それだけ貴重な品物ということか。トウマはムーングレイバーをしばらく眺めていたが、やがて警備の巡回を再開した。
会場は時間が経つにつれて、ますます活気を帯びていく。あちこちで商談が成立し、職人たちの笑顔が見える。
「トウマさん!」
今度はガレオンが手を振っている。彼の屋台には、昨日見た魔法剣が展示されていた。
「おお、ガレオン。商売の調子はどうだ?」
「おかげさまで、すでに二本売れたよ。やはり実用性を重視する冒険者が多いからな」
ガレオンの魔法剣は、華やかさよりも実戦での使いやすさを重視した設計になっている。確かに、冒険者にとってはこちらの方が魅力的だろう。
「いい傾向だな。このまま全部売れそうか?」
「ははは、それは欲張りすぎだ。でも、昨日の件が解決したおかげで、安心して展示会に集中できる」
「それは良かった」
トウマはガレオンと短い会話を交わした後、再び巡回を続けた。特に大きなトラブルもなく、平和な午前中が過ぎていく。
――――――
昼食時になると、会場の人出はさらに増えていた。レオンバーグの住民たちも家族連れで見物に訪れ、お祭りのような雰囲気になっている。
「トウマ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、フロリアンが空飛ぶ屋台を引いて近づいてきた。
「おお、フロリアン。屋台の方は順調か?」
「はい~!おかげさまで~、昨日から大盛況です~!」
フロリアンの屋台は会場の端に設置されており、彼女の手作りスイーツが人気を博している。空飛ぶ屋台という珍しさも相まって、多くの人が足を止めていた。
「それはよかった。で、屋台の方は大丈夫なのか?」
「ええ~、今日は魔法を弱くしているので~、勝手に飛んでいくことはありません~」
フロリアンが安心したように笑う。確かに、今日の屋台は昨日ほど浮き上がろうとしていない。
「学習能力があるんだな」
「はい~!失敗から学ぶことは大切ですから~」
フロリアンの前向きな性格は、見ているだけで元気が出る。トウマも思わず笑顔になった。
「それじゃあ、俺は警備に戻るよ」
「お疲れ様です~!」
――――――
午後になると、会場はさらに混雑していた。各地から訪れた冒険者や商人たちが、真剣に武器を選んでいる。
「これは良い剣だな」
「この杖の魔法増幅効果は素晴らしい」
「職人の技術力が年々上がっているようだ」
あちこちで感嘆の声が上がり、活発な商談が行われている。トウマも警備をしながら、様々な武器を見て回った。
「やはり、いいものが多いな」
特に印象的だったのは、若い職人が作った革新的な武器だった。従来の常識を覆すような発想で作られており、多くの冒険者が興味を示している。
「時代は変わっていくんだな」
トウマがそんなことを考えていると、突然会場がざわめき始めた。
「え?何だ?」
人々が特別展示コーナーの方に集まっている。トウマも急いでその方向に向かった。
「一体何が……」
特別展示コーナーに到着すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ムーングレイバーが……盗まれた!」
展示台の上は空っぽになっており、あの美しい剣の姿はどこにもない。周りの見物客たちは騒然としている。
「いつの間に……」
「誰か見なかったのか?」
「警備はどうなっているんだ!」
人々の混乱した声が飛び交う。トウマは展示台に近づき、状況を確認した。
「説明員はどこだ?」
「こちらです!」
午前中に話した中年男性が、青い顔をして駆け寄ってきた。
「一体何が起こったんだ?」
「それが……つい先ほど、人だかりができてムーングレイバーを見ていたんですが、気がついたら消えていたんです」
「人だかりができた時に?」
「はい。多くの人が集まっていたので、詳しい状況は……」
混乱の中では、犯人を特定するのは困難だった。しかし、これは重大な事件だ。
「犯人を見た者はいないか?」
トウマが大きな声で周りの人に尋ねる。
「あ、私見ました!」
一人の少年が手を上げた。
「どんな奴だった?」
「黒いローブを着た人です!あっちの方に走っていきました!」
少年が指差した方向は、会場の出口だった。
「いつのことだ?」
「ほんの数分前です!」
数分前なら、まだ街の中にいる可能性が高い。トウマは即座に行動を起こした。
「俺が追いかける。説明員の方は、他の警備員に連絡してくれ」
「は、はい!」
トウマは会場を駆け抜け、街の出口に向かった。途中で何人かの人に犯人の目撃情報を聞きながら、追跡を続ける。
「黒いローブの人?ああ、そっちの方に走っていったよ」
「確かに慌てた様子でした」
証言を辿ると、犯人は確実に街の外に向かっている。トウマは城門の方向に走った。
――――――
「おい、さっき黒いローブの人間が通らなかったか?」
城門の門番に尋ねると、彼は頷いた。
「ああ、確かに通ったよ。随分と慌てた様子だったが」
「どの方向に向かった?」
「東の森の方だ」
東の森は、レオンバーグの郊外に広がる深い森だった。隠れるには絶好の場所だが、同時に危険な魔物も住んでいる。
「ありがとう」
トウマは城門を出ると、東の森に向かって走った。森の入り口で足跡を確認すると、確かに最近通った形跡がある。
「この足跡か……」
森の中は木々が生い茂り、昼間でも薄暗い。トウマは慎重に足跡を辿りながら、森の奥へと進んでいく。
「しかし、よくこんな場所に逃げ込んだな」
森の中は迷路のように複雑で、一歩間違えば道に迷ってしまう。犯人はこの森に詳しいのか、それとも必死に逃げているだけなのか。
足跡はしばらく続いていたが、やがて木々が密集した場所で見失ってしまった。
「くそ、見失ったか」
トウマは立ち止まり、周囲を見回した。視界が悪く、どの方向に向かったのか分からない。
それでも、諦めるわけにはいかない。トウマは気配を探りながら、森の中を進んでいく。
「どこだ……」
静寂に包まれた森の中で、トウマは神経を研ぎ澄ませていた。わずかな音、わずかな気配も見逃さないよう集中している。
その時――
「!」
突然、強い殺気を感じた。トウマは反射的に身を躱す。
次の瞬間、青い光を放つ刃が、トウマがいた場所を通り抜けた。
「ムーングレイバーか!」
刃の光で犯人の姿が見えた。予想通り、黒いローブを着た人物だった。しかし、その顔は深いフードで隠されており、詳細は分からない。
「ようやく見つけたぞ」
トウマが短剣を構える。犯人はムーングレイバーを手に、警戒するように距離を保っていた。
「なぜムーングレイバーを盗んだ?」
トウマの問いに、犯人は答えない。代わりに、再びムーングレイバーを振りかざしてきた。
「答える気はないか」
トウマは短剣に魔力を込め、刃を伸ばして犯人の攻撃を受け止める。ムーングレイバーの威力は相当なものだったが、トウマの短剣も負けてはいない。
「なるほど、腕は立つようだな」
犯人の動きは素早く、明らかに戦闘経験を積んでいる。しかし、トウマにとってはそれほど脅威ではない。
「だが、盗品は返してもらう」
トウマが攻勢に転じる。短剣を投げつけると、犯人は慌てて避けた。しかし、短剣は自動追尾の性質を持っているため、軌道を変えて再び犯人に向かっていく。
「何だと!」
犯人が驚愕の声を上げる。必死にムーングレイバーで短剣を弾こうとするが、短剣は執拗に追いかけてくる。
「観念しろ。逃げられないぞ」
トウマが詰め寄る。犯人は後ずさりしながら、必死に抵抗を続けていた。
しかし、戦闘経験の差は明らかだった。トウマが本気を出せば、この程度の相手に遅れを取ることはない。
「もう終わりだ」
トウマが最後の一撃を放とうとした時、犯人が突然何かを地面に投げつけた。
「!」
強い閃光が森の中に広がる。トウマは一瞬視界を失い、身を守る姿勢を取った。
「閃光弾か!」
光が消えた時、犯人の姿はすでにそこにはなかった。
「逃げられたか……」
しかし、地面にはムーングレイバーが落ちていた。犯人は逃げる際に、武器を手放したらしい。
「まあ、目的は達成したか」
トウマはムーングレイバーを拾い上げる。美しい剣は、森の中でも神秘的な光を放っていた。
「これで一件落着だな」
トウマは来た道を戻りながら、今回の事件を振り返っていた。犯人は逃げたが、ムーングレイバーは無事に回収できた。展示会には大きな支障はないだろう。
「しかし、なぜムーングレイバーを盗んだんだ?」
犯人の動機は最後まで分からずじまいだった。しかし、それを考えるのは後でもいい。今は盗まれた武器を展示会に戻すことが先決だ。
「みんな、心配してるだろうな」
トウマは足早に森を抜け、レオンバーグの街へと向かった。夕方の陽光が、ムーングレイバーの刃を美しく照らしている。
事件は解決したが、犯人を取り逃してしまったために、その目的までは聞き出せなかった。それに少しばかりの心残りを感じながら、トウマは街の城門をくぐった。
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