一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第67話 真犯人の正体

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レオンバーグの中央広場に戻ったトウマは、ムーングレイバーを手にしたまま特別展示コーナーに向かった。周囲に集まった見物客たちが、彼の姿を見つけて歓声を上げる。

「おお、戻ってきたぞ!」

「ムーングレイバーも無事だ!」

「さすが冒険者だな」

人々の安堵の声が響く中、トウマは展示台にムーングレイバーを戻した。美しい剣は、再び薄い青の光を放ちながら、静かに台座に収まっている。

「本当にありがとうございました!」

説明員の中年男性が、深々と頭を下げる。顔色も先ほどの青白さから、ようやく正常な色に戻っていた。

「気にするな。これも仕事の一部だ」

トウマは軽く手を振ると、再び警備の巡回に戻った。事件は一応解決したが、犯人が逃げた以上、油断はできない。

「しかし、あの犯人は一体何者だったんだ?」

黒いローブで顔を隠していたため、正体は全く分からなかった。動きは素早く、戦闘経験も積んでいるようだったが、それ以上のことは推測できない。

「まあ、今度は気をつけてもらうしかないな」

トウマは肩をすくめると、会場の見回りを続けた。

――――――

夕方が近づくにつれ、展示会の雰囲気はますます盛り上がっていた。多くの商談が成立し、職人たちの表情も満足そうだ。

「やはり、いい展示会だな」

トウマは各店舗を回りながら、様々な武器を見て回った。魔法剣、戦斧、弓、杖……どれも職人たちの技術と情熱が込められた逸品ばかりだ。

「ん?これも武器か?」

ある店舗の前で、トウマは足を止めた。そこには、見たことのない形状の武器が展示されている。

「これは『チェインブレード』と呼ばれる武器です」

店主の老人が、丁寧に説明してくれる。

「チェインブレード?」

「ええ。刃の部分が分離して、鎖で繋がったまま攻撃できるんです。遠距離と近距離、両方に対応できる優れものですよ」

なるほど、面白い発想だ。トウマは興味深そうに武器を眺めていた。

「実際に使うのは難しそうだが、慣れれば強力な武器になりそうだな」

「お客様、目が肥えていらっしゃる」

老人が感心したように頷く。

「この武器の製作者は?」

「私の弟子が作りました。まだ若い職人ですが、なかなか斬新な発想をするんです」

「いい弟子を持ったな」

トウマが微笑むと、老人も嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。彼もきっと喜びます」

トウマは店主と短い会話を交わした後、さらに巡回を続けた。武器展示会は、職人たちの技術を見るだけでも非常に興味深い。

「ん?」

ふと、トウマは違和感を覚えた。角の向こうから、何かがひらりと動いたような気がしたのだ。

「今、なにか……」

トウマは慎重に角を曲がる。しかし、そこには普通の見物客たちがいるだけで、特に変わった様子はない。

「気のせいか……?」

そう思いながらも、トウマは周囲を注意深く見回していた。長年の冒険者経験が、何かがおかしいと警鐘を鳴らしている。

その時、またしても視界の端で何かが動いた。

「!」

今度ははっきりと見えた。黒い影が、建物の陰に隠れるように移動している。

「まさか……」

トウマは表情を引き締めると、影を追いかけ始めた。相手に気づかれないよう、慎重に距離を保ちながら後をつける。

黒い影は、会場の端にある倉庫の方向に向かっていた。人通りが少なく、隠れるには絶好の場所だ。

「やはり、さっきの犯人か」

トウマは剣に手をかけながら、倉庫に近づいた。中から、何やら話し声が聞こえてくる。

「……失敗するとはな」

「すみません。まさか、あんなに強い冒険者がいるとは思わず……」

「言い訳はいい。それより、次の機会を……」

複数の人物が話している。トウマは壁に身を寄せ、会話に耳を傾けた。

「そうですね。でも、警備が厳重になっているでしょうから……」

「心配ない。私に考えがある」

会話の内容から、やはりムーングレイバーを狙っているようだ。しかも、今度は別の手段を使う気らしい。

「今度こそ失敗は許されんぞ」

「はい。必ず」

トウマは倉庫の中の様子を探ろうと、そっと窓に近づいた。しかし、窓は高い位置にあり、中を覗くのは困難だった。

「それで、方法だが……」

その時、倉庫の扉が開いた。トウマは慌てて身を隠す。扉から出てきたのは、午前中に見た説明員の中年男性だった。

(なるほど、内部犯だったのか)

これなら、展示品を盗むのも容易だろう。しかも、説明員という立場を利用すれば、怪しまれることもない。

(だが、持ち出す方の奴が何かミスをしてバレちまったと。つまり、黒いローブの奴は手下で、こいつが真の首謀者か)

状況が見えてきた。トウマは慎重に倉庫に近づくと、中の様子を確認した。

中には、説明員の他にもう一人、黒いローブを着た人物がいた。間違いなく、森で戦った犯人だ。

「今度は絶対に失敗するな。次の機会はないかもしれない」

説明員の男が厳しい口調で言う。

「分かっています。でも、あの冒険者が厄介で……」

「心配ない。奴には別の仕事を任せる。お前たちは私の指示通りに動け」

「はい」

トウマは会話を聞きながら、作戦を練っていた。二人を一度に相手にするのは難しいが、不可能ではない。

「よし、行くか」

トウマは短剣を構えると、倉庫の扉を勢いよく開けた。

「動くな!」

突然の侵入に、二人は驚愕した。黒いローブの人物は慌てて武器を構えようとするが、トウマの方が早かった。

「遅い」

トウマが短剣を投げると、武器を持とうとした手に命中する。黒いローブの人物は痛みで武器を取り落とした。

「貴様、なぜここに……」

説明員の男が青ざめた顔でトウマを見つめる。

「会話が筒抜けだったからな。まさか、展示品の管理をしている奴が犯人だとは思わなかった」

「くっ、だが証拠はないだろう」

「今の会話で十分だろう。それに、お前の仲間がムーングレイバーを盗んだのも事実だ。お前らを捕まえた後で、身辺調査をすれば何かしらでてきそうだしな」

トウマが剣を構え直すと、説明員は不敵な笑みを浮かべた。

「確かにな。だがそれはお前が生きていられればの話だ」

説明員が合図を送ると、倉庫の奥から更に二人の黒いローブを着た人物が現れた。トウマは即座に警戒態勢を取る。流石に4対1の状況で油断はできない。

「包囲しろ!」

説明員の指示で、黒いローブの三人がトウマを囲む。それぞれが異なる武器を手にしており、連携も取れているようだ。

「なるほど、組織的な犯行か」

トウマは冷静に状況を分析する。全員が昨日の相手と同じ程度なら勝てない相手ではない。

「おとなしく諦めろ。そうすれば命だけは助けてやる」

形勢が逆転したと判断したのだろう。説明員が余裕たっぷりにそう言った。

「それはこっちのセリフだ」

「ちっ、かかれ!」

説明員の号令で、三人が一斉に襲いかかってきた。

「遅い!」

トウマは身を低くして、最初の攻撃を避ける。そのまま転がりながら、二人目の足を短剣で薙ぎ払った。

「うああっ!」

黒いローブの一人が倒れる。しかし、残りの二人は動きを止めない。三人目が大剣を振り下ろしてくる。トウマは間一髪で避けると、相手の懐に飛び込んだ。

「もらった!」

短剣の柄で相手の鳩尾を突く。黒いローブの人物は呻き声を上げて膝をついた。

「くらえ!」

残った一人が、鞭のような武器を振り回してくる。トウマは距離を取りながら、相手の動きを見極めた。

「厄介な武器だな」

鞭は予測しにくい軌道で迫ってくる。トウマは慎重に間合いを測りながら、反撃の機会を窺っていた。

「さっさと始末しろ!」

トウマたちの戦闘を見ていた説明員の男が、少し焦りの見える様子でそう指示を出す。それに対して黒いローブの人物たちは無言だったが、トウマが代わりに返事をした。

「心配するな。すぐに終わらせてやるよ」

トウマは短剣を投げる振りをして、相手の注意を引く。黒いローブの人物が身を守ろうとした瞬間、トウマは別の角度から攻撃を仕掛けた。

「うおおっ!」

黒いローブの人物は慌てて鞭を振るうが、既に遅い。トウマの拳が彼の顔面に炸裂した。

「ぐはっ!」

そうして、最後の一人も倒れる。倉庫の中に立っているのは、トウマと説明員だけになった。

「ば、化け物め……」

説明員の男が震え声で呟く。

「酷い言い草だな。さて、どうする?」

トウマが短剣を構え直す。説明員の男は完全に戦意を失っていた。

「……降参だ。私に戦う力はない」

「やれやれ、最初から素直に諦めていれば、こんなことにはならなかったんだがな」

黒いローブの三人も、意識を失ったり呻いたりしながら、戦闘不能の状態だった。

「ともあれ、これで今度こそ解決だな」

トウマは二人を連行し、展示会の運営本部に向かった。事件の全容が明らかになれば、きっと大きな騒ぎになるだろう。

――――――

展示会の運営本部では、トウマの報告を受けた責任者が、事の重大さに青ざめていた。

「まさか、内部の人間が……」

「残念ながら、事実だ」

トウマは簡潔に状況を説明した。犯人たちは、すでに街の警備隊に引き渡されている。

「本当に申し訳ございません。このような事態になってしまって」

責任者がトウマに深々と頭を下げる。

「気にするな。結果的に、展示品は無事だったし、犯人も捕まった」

トウマの言葉に、責任者は少し救われたような表情を見せた。

「ありがとうございます。おかげで、展示会を無事に続けることができます」

「あぁ、そっちは俺にはどうしようもないからな。大変だろうけど、頑張ってくれ」

トウマは軽く手を振ると、運営本部を後にした。外では、まだ多くの人が展示会を楽しんでいる。事件のことを知らない見物客たちは、相変わらず武器を見て回っている。職人たちも、商談に忙しそうだ。

「これで、本当に一件落着か」

トウマは満足そうに頷くと、再び会場を見回り始めた。

――――――

夕方になると、展示会は大盛況のうちに終了を迎えた。多くの商談が成立し、職人たちの表情も満足そうだ。

「お疲れ様でした、トウマさん」

ガレオンが手を振りながら近づいてきた。

「おお、ガレオン。商売の方はどうだった?」

「おかげさまで、ほぼ全て売れました。本当に良い展示会でした」

ガレオンの表情は、充実感に満ちていた。

「それは良かった。事件のことは聞いたか?」

「ええ、驚きました。まさか、あの説明員が犯人だったとは」

「俺も最初は信じられなかった」

二人は短い会話を交わした後、それぞれの後片付けに戻った。

「本当に、お疲れ様でした~」

フロリアンも屋台を片付けながら、トウマに声をかけてきた。

「おお、フロリアン。スイーツの方は売れたか?」

「はい~、完売です~!みなさん、とても喜んでくれました~」

フロリアンの笑顔を見ていると、こちらも嬉しくなってくる。

「それは良かった。また機会があれば、頼むよ」

「はい~!いつでもお声かけください~」

トウマは各店舗を回りながら、職人たちと挨拶を交わした。みんな、今回の展示会に満足している様子だった。

「色々あったが、無事に終わってよかった」

最後に特別展示コーナーを見回ると、ムーングレイバーが静かに光を放っている。今度は、もう盗まれることはないだろう。トウマは警備の腕章を外すと、展示会の会場を後にした。街の夕暮れが、彼の背中を優しく照らしている。

「さて、今日はそろそろ戻って休むか」

トウマは満足そうに呟くと、宿屋へと向かった。
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