一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第70話 闇に潜む罠

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未踏ダンジョンの入り口から階段を降りると、石造りの廊下が続いていた。天井には古代文字が刻まれており、薄暗い空間に魔法の明かりが淡く光っている。

「思ったより整備されてますね」

リーリアが呟きながら、手にした魔法石の光を前方に向ける。

「あっ、トウマさん、あそこに何かありますよ」

ベンが指差した先には、壁に埋め込まれた石版があった。古代文字らしき文様が刻まれているが、時の経過で一部が削れて読み取れない。

「古代語か……これは俺には読めないな」

「僕も専門じゃないので、詳しくは分からないです」

「まあ、今は先に進むことを優先しよう」

トウマの判断で、一行は廊下を進んでいく。やがて、通路は三手に分かれていた。

「どれを選べばいいんでしょう?」

「特に判断材料もなさそうだ。目印だけ付けて、とりあえず右から行ってみるか」

トウマの提案に、三人は頷いた。

右の通路を進むと、小さな部屋に出た。そこには木製の宝箱が一つ置かれている。

「お、早速お宝か?」

「待て、罠の可能性もある」

トウマが慎重に宝箱を調べる。外見上は特に怪しい仕掛けは見当たらないが、未踏ダンジョンでは何が起こるか分からない。

「魔法反応はありませんね」

「よし、開けてみよう」

トウマが宝箱を開けると、中から光る鉱石が数個出てきた。

「これは……魔法石の原料ですね」

リーリアが興味深そうに石を手に取る。

「結構価値がありそうだな」

「でも、これだけ?」

「まあ、まだ入り口に近いからな。本格的なお宝は奥にあるだろう」

トウマがそう言うと、突然部屋の奥から低い唸り声が聞こえてきた。

「おっと、お出ましか」

暗がりから現れたのは、狼のような形をした魔物だった。体長は普通の狼より一回り大きく、毛皮が薄っすらと光っている。

「シャドウウルフですね」

「このくらいなら問題ないな」

トウマが剣を抜くと、シャドウウルフが唸り声を上げながら飛び掛かってきた。

「はっ!」

トウマの剣が一閃し、魔物の動きを止める。シャドウウルフは悲鳴を上げながら消滅した。

「さすがAランク冒険者ですね」

「いや、こいつくらい君たちでも十分倒せるレベルだろう?」

「そうですね。でも、奥に行くほど強くなるでしょうから、油断は禁物です」

一行は元の分かれ道に戻り、今度は左の通路を進んだ。こちらの道は右よりも長く、途中でいくつかの小部屋を通り抜けることになった。

「あ、また魔物です」

今度は蜘蛛のような形をした魔物が天井から糸を垂らしている。

「ウェブスパイダーか」

「次は僕が行きます」

ベンが短剣を構えて前に出る。素早い動きで蜘蛛に接近し、一撃で仕留めた。

「やるじゃないか」

「ありがとうございます」

その後も、一行は順調にダンジョンを進んでいく。出現する魔物はCランクからBランクの下位程度で、四人の連携があれば特に苦戦することもなかった。

「思ったより楽勝ですね」

「まあ、まだ序盤だからな。本格的な試練はこれからだろう」

トウマがそう言った時、一行は大きな円形の部屋に出た。天井は高く、中央には古い石の台座が置かれている。

「立派な部屋ですね」

「休憩にはちょうど良さそうです」

一行は部屋の隅に荷物を置いて、小休止を取ることにした。

「のど渇いたな」

トウマが水筒を取り出して水を飲む。

「私も少し疲れました」

「でも、今のところ順調ですよね」

「そうですね。このまま行けば、意外と楽に踏破できるかもしれません」

サミュエルが期待を込めて呟く。だがその時、突然部屋の入り口が石の扉で塞がれた。

「え?」

「何が起こったんですか?」

慌てて扉に駆け寄る一行だったが、どんなに押しても引いても、扉は微動だにしない。

「罠か……」

「くそ、完全に嵌められたな」

サミュエルが舌打ちする。その時、部屋の天井から奇妙な音が響いた。

――カラカラカラ……

「上だ!気を付けろ!」

トウマが叫ぶと同時に、天井の一部が開き、そこから複数の影が降ってきた。

最初に降りてきたのは、これまでとは明らかに格の違うスケルトンだった。全身が黒い甲冑に包まれ、両手には禍々しい魔剣を握っている。

「デスナイト!」

リーリアが恐怖に顔を歪めながら叫ぶ。それに続いて、巨大な蜘蛛のような魔物と、翼を持つ魔獣が次々と天井から現れた。

「ちっ、一気に来やがったな」

トウマが片手剣を抜きながら舌打ちする。相手は三体、しかもどれも手強そうな相手だった。

「み、皆さん、背中を合わせて!」

サミュエルが震え声で指示を出す。四人は慌てて円陣を組んだ。

デスナイトが重い足音を響かせながら、トウマに向かって歩いてくる。その魔剣からは、紫色の不気味な光が放たれている。

「こいつは俺が相手する!」

トウマがデスナイトに向かって駆け出すと同時に、巨大蜘蛛が糸を吐き出してベンを狙った。

「うわあああ!」

ベンが転がるように回避する。蜘蛛の糸は石の床に当たると、シューシューと音を立てて床を溶かした。

「毒糸か……厄介だな」

翼を持つ魔獣は、空中から鋭い爪でリーリアを狙っている。リーリアは魔法の盾を展開して防御しているが、連続攻撃に押され気味だった。

「ちっ、厄介だな……」

トウマはデスナイトの魔剣を自分の剣で受け止めながら、仲間たちの状況を確認した。このままでは、三人が先に倒されてしまう。

――ガキィン!

魔剣と片手剣がぶつかり合い、火花が散る。デスナイトの力は想像以上に強く、トウマでさえ後ずさりを余儀なくされた。

「リーリア!左に回れ!」

トウマが叫びながら、デスナイトの攻撃を捌く。同時に、短剣を取り出して空中の魔獣に向かって投げた。

――シュッ!

短剣は魔力を込められ、狙い通り魔獣の翼を貫いた。魔獣は苦悶の声を上げながら地面に墜落する。

「今だ!」

リーリアが魔獣に向かって炎の魔法を放つ。魔獣は炎に包まれ、悲鳴を上げながら動かなくなった。

「あ、ありがとうございます!」

しかし、まだ戦いは終わっていない。デスナイトと巨大蜘蛛が残っている。

「ベン!蜘蛛の足を狙え!」

サミュエルが指示を出しながら、自分も蜘蛛の注意を引くために前に出る。

「わかりました!」

ベンが魔法剣を振り上げ、蜘蛛の足の一本を斬り落とした。蜘蛛は体勢を崩し、よろめく。

「よし、その調子だ!」

トウマがデスナイトの攻撃を受け流しながら、自身の剣に魔力を込めた。

「これで終わりだ」

トウマが低く呟き、一瞬だけ瞳が金色に光る。

「はあああああ!」

トウマが気合いを込めて剣を振り下ろすと、デスナイトの甲冑が真っ二つに割れた。デスナイトは崩れ落ち、骨と化して静かになる。同時に、サミュエルとベンが連携して巨大蜘蛛を仕留めた。蜘蛛は最後の悲鳴を上げて、動かなくなった。

「はあ……はあ……」

四人は肩で息をしながら、辺りを見回した。静寂が戻った部屋に、ただ彼らの荒い息遣いだけが響いている。

「み、皆さん、無事ですか?」

リーリアが震え声で確認する。

「ああ、何とかな」

「でも、出口がないことに変わりはありませんね」

サミュエルが困り果てた表情で周囲を見回す。

その時、部屋の中央にあった円形の台座が、ゆっくりと光り始めた。

「何だ、あれは……」

四人が台座に近づくと、そこには古代文字で何かが刻まれているのが見えた。

「これは……転移魔法陣ですね」

リーリアが魔法の知識を思い出しながら言う。

「つまり、これを使えば脱出できるってことか?」

「そうですね。でも、どこに飛ばされるかはわかりません」

「まあ、ここにいても仕方ないしな」

トウマが魔法陣の中央に足を向ける。

「よし、みんなで一緒に乗るぞ」

四人が魔法陣の上に立つと、眩しい光が辺りを包み込んだ。光が収まった時、彼らは別の場所に立っていた。

「見たことが無い場所……どうやら、さらに奥に進んだみたいですね」

「まぁ、あそこで閉じ込められてるよりはマシだろ」

「そうですね。それに、これでまた一歩、ダンジョンの踏破に近づいたわけですし」

「よし、それじゃあ続きを探索するか」

トウマが歩き始めると、三人もそれに続いた。未踏ダンジョンの探索は、まだ始まったばかりだった。
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