一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第74話 商人と歪みの魔石

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研究所での不思議な出来事から三日が経った。フォーメーターの街で数日間の休息を取ったトウマは、次の目的地を定めていた。

「金砂で有名な商業都市エルドラードか……」

宿の部屋で地図を広げながら、トウマは呟いた。エルドラードは、この大陸でも屈指の商業都市として知られている。特に、近郊の砂漠で採取される金砂は、魔導具の材料として重宝されており、世界各地から商人が集まる場所だった。

「まぁ、そこまでの道のりも楽しみだな」

トウマは荷物をまとめると、宿を後にした。

――――――

フォーメーターから南に向かう街道は、徐々に景色が変わっていく。緑豊かな丘陵地帯から、次第に乾燥した平原へと移り変わっていく様子は、まさに旅の醍醐味だった。

「この辺りから、もう砂漠の影響が出てるんだな」

二日目の午後、トウマは道端で休憩を取りながら、遠くに見える砂丘を眺めていた。空気は乾燥し、風が運んでくる砂の粒子が頬を撫でていく。

その時、街道の向こうから一台の馬車がやってくるのが見えた。しかし、その馬車の動きは妙にふらついている。

「あれは……」

トウマが立ち上がると、馬車は彼の目の前で停車した。御者台に座っている老人が、困った表情でトウマを見つめている。

「すみません、旅の方。もしよろしければ、お助けいただけませんでしょうか」

老人は丁寧に頭を下げた。白髪に白い髭を蓄えた、品のある老紳士だった。しかし、その表情には明らかに困惑の色が浮かんでいる。

「どうしたんだ?」

「実は……道に迷ってしまいまして」

老人は苦笑いを浮かべながら答えた。

「道に迷った?この街道は一本道じゃないのか?」

「それがその通りなんです。一本道のはずなのに、なぜか同じ場所をぐるぐると回っているような気がして……」

トウマは首を捻った。確かに、この街道は分岐点もほとんどない一本道だ。普通に考えれば、道に迷うはずがない。

「ちょっと待ってくれ。俺も一緒に確認してみる」

「ありがとうございます」

老人は安堵の表情を浮かべた。

「私はベルナール。商人をしております」

「俺はトウマ。冒険者だ」

ベルナールは馬車から降りると、トウマと一緒に周囲を見回した。

「実は、朝からずっと南に向かって走っているはずなのに、なぜか太陽の位置が変わらないんです」

「太陽の位置が?」

トウマは空を見上げた。確かに、太陽は真上よりやや西寄りの位置にある。時刻から考えれば、妥当な位置だ。

「おかしいな。普通に見えるが……」

「そうなんです。私にも普通に見えるんです。でも、さっきから同じ風景を何度も目にしていて……」

そう言ってベルナールが指差した方向を見ると、確かに見覚えのある岩の配置があった。

「あの岩、確かにさっきも見たような気がするな」

トウマも同じことを感じていた。しかし、一本道を歩いているはずなのに、なぜ同じ場所を通るのか。

「これは……何かの魔法の仕業か?」

トウマが呟くと、ベルナールが頷いた。

「私もそう思います。ですが、私には魔法の知識が乏しくて……」

「俺にも魔法の専門知識はないが、冒険者の経験はある。少し調べてみよう」

トウマは周囲を注意深く観察し始めた。魔法による幻覚や空間の歪みは、冒険者なら一度は遭遇する現象だ。

「ベルナールさん、この辺りで何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと……?あ、そういえば……」

「何だ?」

「実は、昨日の夜、砂漠で不思議な石を拾ったんです。綺麗だったので売り物になるかと思いまして」

ベルナールは馬車の荷台に向かうと、小さな袋を取り出した。中から現れたのは、手のひらほどの大きさの、美しく光る石だった。

「これは……」

トウマが石を受け取ると、それは温かく微かに脈打っているような感覚があった。

「魔力を帯びてるな。それも、かなり強い」

「まさか、これが原因なのですか?」

「可能性は高いな。この石から出ている魔力が、空間を歪めているのかもしれない」

トウマが石を調べていると、突然、周囲の景色が揺らめいた。まるで水面に映った景色が波打つように、現実が歪んで見える。

「うわあっ!」

「大丈夫だ。落ち着け」

トウマは石を袋に戻すと、歪みは収まった。

「やっぱり、これが原因だったな」

「すみません、とんでもないものを拾ってしまって……」

ベルナールが申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、見ただけで分かるものじゃないし仕方ないだろう。それに、これは結構貴重な石かもしれないぞ」

「貴重な石?」

「魔力を帯びた鉱石は、魔導具の材料として重宝される。特に、これだけ強い魔力を持つものなら、かなりの価値があるかもしれない」

トウマの言葉に、ベルナールの表情が少し明るくなった。

「ただ、このままじゃ危険だ。この石の魔力をどうにかしないと、また同じことが起こる」

「でも、どうすれば……」

「魔力を封じる方法があるはずだ。ちょっと待ってくれ」

トウマは背負い袋から、小さな魔導具を取り出した。魔力を感知する道具だ。

「これで、石の魔力の流れを調べてみる」

魔導具を石に近づけると、複雑な魔力の流れが見えた。しかし、その流れは不安定で、まるで制御を失っているかのような状態だった。

「なるほど……これは魔力が内部で暴走してるな」

「暴走?」

「この石、元々は魔力を安定して放出する性質があったはずだ。けど、何らかの理由で、今はその制御が利かなくなってる」

トウマは魔導具をしまうと、改めて石を見つめた。

「ベルナールさん、この石を拾った時のことを詳しく教えてくれ」

「はい。昨日の夜、砂漠で野宿をしていたんです。そうしたら、砂の中から光が漏れているのを見つけて……」

「砂の中から?」

「はい。最初は魔導石か何かだと思ったんですが、掘り出してみると、この石でした」

ベルナールが説明していると、トウマは何かに気づいた。

「もしかして、この石……封印されてたんじゃないか?」

「封印?」

「砂の中に埋めてあったということは、誰かが意図的に隠していた可能性がある。この石の魔力が危険だから、砂漠の奥深くに封印していたのかもしれない」

トウマの推測に、ベルナールは青ざめた。

「それでは、私が勝手に封印を解いてしまったということですか?」

「どうだろうな。こんなところだし、時間で封印が緩んだだけかもしれないが……。まぁ、それは今考えても仕方ない。問題は、この石の魔力をどうするかだ」

トウマは考え込んだ。魔力が暴走している石を安全に処理する方法はいくつかあるが、この場では限界がある。

「とりあえず、応急処置をしてみよう」

トウマは短剣を取り出すと、石の周りに小さな魔法陣を描いた。簡単な封印の魔法だが、一時的に魔力を抑制することはできるはずだ。

「これで、しばらくは大丈夫だろう。だが、完全に解決するには専門家に頼むしかない」

「専門家?」

「エルドラードには魔導具の専門家がいるはずだ。そこで対処を依頼すればいい」

ベルナールは安堵の表情を浮かべた。

「ありがとうございます。本当に助かりました」

「いや、俺も勉強になったよ。こんな石は初めて見た」

トウマは石を袋に戻すと、ベルナールに手渡した。

「魔法陣の効果は、せいぜい数日だ。早めに専門家に相談することをお勧めする」

「分かりました。ところで、トウマさんも、エルドラードに向かわれるのですか?」

「そうだ。同じ方向なら、一緒に行くか?」

ベルナールは嬉しそうに頷いた。

「ぜひ、お願いします。一人では不安でしたから」

――――――

それから二人は、一緒にエルドラードに向かった。ベルナールは商人らしく、様々な話題を提供してくれる。特に、各地の商業事情については、冒険者では知り得ない情報を教えてくれた。

「エルドラードの金砂は、本当に美しいんですよ」

馬車の揺れに身を任せながら、ベルナールが話す。

「見た目は普通の砂とそれほど変わらないんですが、魔力を通すと、まるで液体の金のように光るんです」

「それは見てみたいな」

「きっと、トウマさんも気に入られると思います。それに、エルドラードには他にも面白いものがたくさんありますから」

ベルナールの話を聞いていると、時間はあっという間に過ぎていった。

夕方になると、遠くにエルドラードの街並みが見えてきた。砂漠の中にそびえ立つ白い建物群は、まさに砂漠のオアシスのような美しさだった。

「ようやく着いたな」

トウマが呟くと、ベルナールも感慨深そうに街を見つめた。

「トウマさんのおかげで、無事に到着できました」

「俺も楽しい旅だったよ」

馬車が街の入り口に着くと、ベルナールは魔導具店の場所を尋ねた。石の件を早く解決したいようだ。

「それでは、これでお別れですね」

「ああ。石の件、うまくいくといいな」

「本当にありがとうございました」

ベルナールは深々と頭を下げると、馬車で街の奥へと消えていった。

「さて、俺も宿を探すかな」

そう呟くとトウマは一人、砂漠の商業都市エルドラードの街並みを歩き始めた。
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