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第77話 地底に眠る隠れ里
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エルドラードを出発してから数日後、トウマは次の街・クラーケンハイムの城門をくぐっていた。石造りの建物が整然と並ぶ古い街並みは、どこか懐かしい雰囲気を醸し出している。
「久しぶりだな、ここも」
呟きながら、トウマは街の中央にある冒険者ギルドへと向かった。ギルドの扉を開けると、いつもの賑やかな雰囲気が迎えてくれる。
「あら、トウマさん!」
受付嬢のリサが手を振った。金髪をポニーテールにまとめた彼女は、トウマの顔を見るなり嬉しそうに微笑む。
「よう、リサ。元気だったか?」
「はい!でも、最近は遺跡調査の依頼が多くて、なかなか大変で……」
そんな会話を交わしていると、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「す、すみません!緊急で依頼をお願いしたいんです!」
振り返ると、そこには息を切らせた男が立っていた。薄茶色の髪に日焼けした肌、革の鎧は所々破れており、明らかに戦闘を経験したばかりの様子だった。
「どうされました?」
リサが慌てて立ち上がる。
「仲間が……仲間が遺跡の奥で取り残されてしまったんです!近くのグランディア遺跡で調査をしていたんですが、奥の部屋で罠が発動して……僕らは何とか脱出できましたが、ルドが足を挟まれて動けなくなってしまって!」
男の話を聞いて、トウマは眉をひそめた。見た目からして、この男も相当な怪我を負っているようだ。
「他の仲間は?」
「み、みんな怪我をしていて……僕が一番軽傷だったので、助けを求めに来たんです」
「分かりました。すぐに救助依頼として受け付けますので……」
リサがそう言いかけた時、トウマが前に出た。
「俺が行くよ」
「え?」
男が驚いた表情でトウマを見上げる。
「Aランク冒険者のトウマだ。ちょうど依頼を確認しようとしてたところでな」
「と、トウマさん……本当ですか?」
男の顔に安堵の色が浮かんだ。
「ああ。早速だが、詳しい場所と罠の内容を教えてくれ。時間がないんだろう?」
――――――
詳しい状況を聞いた後、トウマは急いでグランディア遺跡に向かった。街から徒歩で約一時間の距離にある古代遺跡は、かつて栄えた文明の名残を今に伝える場所だった。
「ここか」
石造りの入口は苔に覆われ、長い年月の重みを感じさせる。トウマは慎重に内部へと足を踏み入れた。
遺跡の中は薄暗く、魔法の明かりが時折壁を照らしている。トウマは剣を抜いて警戒しながら進んでいく。
「おっと!?」
角を曲がった瞬間、石の魔物・ストーンゴーレムが現れた。トウマは迷うことなく剣を振るう。魔力を込めた刃がゴーレムの核を貫き、石の体が崩れ落ちた。
「確か、こっちの方角だったな」
男から聞いた情報を頼りに、トウマは奥へと進んでいく。途中、床の罠や壁から飛び出す矢などを避けながら、ようやく目的の部屋に到着した。
「うう……」
部屋の奥で、一人の男が石の板に足を挟まれて動けずにいた。ルドと呼ばれた男は、トウマの姿を見て安堵の表情を浮かべる。
「す、すまないが、助けてくれないか」
「もちろんだ。あんたがルドだろう?あんたの仲間から救助依頼を受けてきた」
「そうか。アイツらは上手く脱出できたんだな。良かった……」
トウマは石の板を持ち上げ、ルドの足を解放した。幸い、骨折はしていないようだが、歩くのは困難そうだ。
「これを飲め」
トウマは回復薬をルドに手渡した。
「あ、ありがとう……」
薬を飲んだルドは、少し楽になったようで立ち上がることができた。
「よし、脱出するぞ。歩けそうか?」
「すみません……まだ一人だと上手くは……」
「なら肩を貸してやる。それじゃぁ、行くぞ」
二人は慎重に遺跡を出口に向かって歩いていく。来た道を戻るだけなので、罠の位置は把握済みだった。
「もう少しだ」
出口まであと数メートルという時、ルドの足が何かに引っかかった。
「あ……」
カチリ、という小さな音が響いた瞬間、トウマは危険を察知した。
「ちっ!」
トウマは咄嗟にルドを横に突き飛ばした。次の瞬間、足元の床が崩れ落ちる。
「うわあああ!」
トウマは落とし穴に真っ逆さまに落ちていった。
――――――
「いてて……」
暗闇の中で、トウマは身を起こした。幸い、空中制御が間に合ったおかげで落下の衝撃は抑えることができた。魔法の明かりを点けると、周囲の状況が見えてくる。
「ここは……遺跡の地下か」
石造りの通路が続いているが、上の階層とは明らかに造りが異なっている。そして、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。
「シャー!」
現れたのは、人間ほどの大きさがある巨大なネズミ・ジャイアントラットの群れだった。トウマは苦笑いを浮かべる。
「救助中じゃなくて良かったな」
剣を構えると、ラットたちに向かって突進した。狭い通路での戦闘は得意分野だ。次々と襲いかかってくるラットを、トウマは的確に切り捨てていく。
「ふぅ、これで全部か」
魔物を倒し終えると、トウマは改めて周囲を見回した。元の場所に戻る方法を探さなければならない。
「……ん?」
歩いていると、壁の一部の色が微妙に違うことに気づいた。近づいて手で触ってみると、石の質感が明らかに異なっている。
「まさか、隠し扉か?」
トウマは壁を押してみた。すると、石の扉がゆっくりと開いた。
「へぇ、面白そうじゃないか」
好奇心に駆られて、トウマは隠し通路に足を踏み入れた。通路は緩やかに下っており、しばらく歩くと前方に光が見えてきた。
「これは……」
通路を抜けると、トウマの目の前に信じられない光景が広がっていた。
巨大な地底空間に、小さな街が築かれている。石造りの家々が整然と並び、中央には小さな広場まで作られていた。街全体が魔法の明かりで照らされており、まるで地上の街のような賑わいを見せている。
「地底都市……?」
驚きながらも、トウマは街に近づいていった。するとそこで、一人の小柄な男性がトウマに気づいた。
「おや、これは珍しい」
男性は白い髭を蓄えた初老のドワーフだった。彼は微笑みながらトウマに歩み寄る。
「客人とは何年ぶりでしょうか。よくいらっしゃいました」
「あ、ああ……」
トウマは戸惑いながら挨拶を返した。
「俺はトウマ。冒険者だ。偶然この場所を見つけたんだが……」
「冒険者さんですか。私はバルドー、この里の長老をしております」
バルドーは丁寧にお辞儀をした。
「里?」
「はい。ここは我々ドワーフとノームが暮らしている隠れ里です」
「隠れ里……」
トウマは改めて街を見回した。確かに、あちこちでドワーフやノームの姿を見ることができる。彼らは皆、トウマの存在に気づいているが、特に慌てる様子もない。
「どうしてこんな場所に?」
「それは……」
バルドーは苦笑いを浮かべた。
「数百年前、地上で迫害を受けた我々の祖先が、この地に隠れ里を築いたのです。以来、ひっそりと生活を続けてきました」
「なるほど、そういうことか……。けど、それならなんで俺を歓迎してくれるんだ?普通なら警戒されそうなものだが」
「ふふ、それは貴方の雰囲気でしょうか。これでも人を見る目はある方ですので、あなたが悪い人間ではないことくらい分かりますよ。それに、たまには外の世界の話も聞きたいものです。もしよろしければ、少しお話をしていきませんか?」
トウマは少し迷った。救助依頼は完了したし、急ぐ用事もない。そして何より、この珍しい隠れ里への好奇心が勝った。
「ああ、そうさせてもらおうか」
「それでは、我が家にお越しください。妻も喜びます」
――――――
バルドーの家は、石造りながら温かみのある造りだった。暖炉の火が部屋を明るく照らし、本棚には古い書物が並んでいる。
「お疲れ様でした、あなた」
キッチンから現れたのは、バルドーの妻らしい女性ドワーフだった。彼女は温かい笑顔でトウマを迎える。
「あら、珍しいお客様ですね。私はメリアと申します。すぐにお茶を用意しますね」
「ありがとうございます」
トウマは椅子に座ると、メリアが入れてくれた茶を口にした。独特の香りが鼻を抜ける。
「珍しい香りだな」
「そうでしょう。この里でしか取れない茶葉で作った特別な茶ですから」
「美味いな」
トウマの素直な感想に、メリアは嬉しそうに微笑んだ。
「それで、トウマさん。外の世界はどうですか?」
「そうだな。ここに比べれば慌ただしい場所だよ。各地で魔物が出没したり、遺跡の調査があったり……」
トウマは自身の最近の冒険について話した。バルドーとメリアは興味深そうに聞き入っている。
「それにしてもこの里、俺が来たところ以外にも入り口はあるのか?」
「えぇ、入口はいくつかありますが、どれも巧妙に隠されています。おかげで、これまで平和に暮らすことができています」
バルドーは誇らしそうに説明した。
「平和か……。だが、たまには外の世界が恋しくならないか?」
「そうですね。特に若い者たちは、冒険に憧れることもあります」
「ですが、この里が我々の大切な故郷です。守っていかなければならない」
その言葉には、深い愛情が込められていた。
「そうだな。大切な場所を守るってのは、立派なことだ」
「トウマさんは、故郷とかないんですか?」
メリアの質問に、トウマは少し考えた。
「故郷か……そう言えば長らく戻ってないな。今は各地を旅するのが楽しいんでな」
「そうですか。でも、きっと帰りたくなる時がきますよ」
「……そうかもな」
トウマは茶を飲み干すと、立ち上がった。
「さてと、そろそろ行かないと。地上で待ってる人もいるしな」
「そうですね。でも、また機会があれば、ぜひお立ち寄りください」
バルドーが立ち上がって、出口まで案内してくれる。
「あ、そういえば……トウマさんはあの遺跡の外に出たいのですよね?」
「ああ、そうだが……」
「でしたら、こちらの道を使ってください。この道を真っすぐ行けば、遺跡の一階に繋がる隠し通路に出られます。しばらく上り坂になりますが」
「それは助かる。ありがとう」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
――――――
バルドーに教えられた通路を進むと、確かに遺跡の一階に出ることができた。そこには、心配そうに待っていたルドの姿があった。
「トウマさん!良かった、無事だったんですね」
「ああ、ちょっと迷子になっただけだ」
トウマは軽く手を振った。
「本当にすみませんでした。僕のせいで……」
「気にするな。そっちの怪我は大丈夫か?」
「はい、おかげさまでだいぶマシになりました」
そうして二人は遺跡を出ると、クラーケンハイムに戻った。
――――――
ギルドに戻ると、リサが安堵の表情で迎えてくれた。
「お疲れ様でした!依頼完了ですね」
「ああ、無事に救助できた」
報酬を受け取ると、トウマは宿に向かった。
「今日は面白い一日だったな」
部屋の窓から夜空を見上げながら、トウマは地底の隠れ里のことを思い出していた。
ドワーフやノームたちが平和に暮らす場所、世界には他にもそんな場所があるのだろうかと考えながら、トウマのクラーケンハイムでの夜は静かに更けていった。
「久しぶりだな、ここも」
呟きながら、トウマは街の中央にある冒険者ギルドへと向かった。ギルドの扉を開けると、いつもの賑やかな雰囲気が迎えてくれる。
「あら、トウマさん!」
受付嬢のリサが手を振った。金髪をポニーテールにまとめた彼女は、トウマの顔を見るなり嬉しそうに微笑む。
「よう、リサ。元気だったか?」
「はい!でも、最近は遺跡調査の依頼が多くて、なかなか大変で……」
そんな会話を交わしていると、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「す、すみません!緊急で依頼をお願いしたいんです!」
振り返ると、そこには息を切らせた男が立っていた。薄茶色の髪に日焼けした肌、革の鎧は所々破れており、明らかに戦闘を経験したばかりの様子だった。
「どうされました?」
リサが慌てて立ち上がる。
「仲間が……仲間が遺跡の奥で取り残されてしまったんです!近くのグランディア遺跡で調査をしていたんですが、奥の部屋で罠が発動して……僕らは何とか脱出できましたが、ルドが足を挟まれて動けなくなってしまって!」
男の話を聞いて、トウマは眉をひそめた。見た目からして、この男も相当な怪我を負っているようだ。
「他の仲間は?」
「み、みんな怪我をしていて……僕が一番軽傷だったので、助けを求めに来たんです」
「分かりました。すぐに救助依頼として受け付けますので……」
リサがそう言いかけた時、トウマが前に出た。
「俺が行くよ」
「え?」
男が驚いた表情でトウマを見上げる。
「Aランク冒険者のトウマだ。ちょうど依頼を確認しようとしてたところでな」
「と、トウマさん……本当ですか?」
男の顔に安堵の色が浮かんだ。
「ああ。早速だが、詳しい場所と罠の内容を教えてくれ。時間がないんだろう?」
――――――
詳しい状況を聞いた後、トウマは急いでグランディア遺跡に向かった。街から徒歩で約一時間の距離にある古代遺跡は、かつて栄えた文明の名残を今に伝える場所だった。
「ここか」
石造りの入口は苔に覆われ、長い年月の重みを感じさせる。トウマは慎重に内部へと足を踏み入れた。
遺跡の中は薄暗く、魔法の明かりが時折壁を照らしている。トウマは剣を抜いて警戒しながら進んでいく。
「おっと!?」
角を曲がった瞬間、石の魔物・ストーンゴーレムが現れた。トウマは迷うことなく剣を振るう。魔力を込めた刃がゴーレムの核を貫き、石の体が崩れ落ちた。
「確か、こっちの方角だったな」
男から聞いた情報を頼りに、トウマは奥へと進んでいく。途中、床の罠や壁から飛び出す矢などを避けながら、ようやく目的の部屋に到着した。
「うう……」
部屋の奥で、一人の男が石の板に足を挟まれて動けずにいた。ルドと呼ばれた男は、トウマの姿を見て安堵の表情を浮かべる。
「す、すまないが、助けてくれないか」
「もちろんだ。あんたがルドだろう?あんたの仲間から救助依頼を受けてきた」
「そうか。アイツらは上手く脱出できたんだな。良かった……」
トウマは石の板を持ち上げ、ルドの足を解放した。幸い、骨折はしていないようだが、歩くのは困難そうだ。
「これを飲め」
トウマは回復薬をルドに手渡した。
「あ、ありがとう……」
薬を飲んだルドは、少し楽になったようで立ち上がることができた。
「よし、脱出するぞ。歩けそうか?」
「すみません……まだ一人だと上手くは……」
「なら肩を貸してやる。それじゃぁ、行くぞ」
二人は慎重に遺跡を出口に向かって歩いていく。来た道を戻るだけなので、罠の位置は把握済みだった。
「もう少しだ」
出口まであと数メートルという時、ルドの足が何かに引っかかった。
「あ……」
カチリ、という小さな音が響いた瞬間、トウマは危険を察知した。
「ちっ!」
トウマは咄嗟にルドを横に突き飛ばした。次の瞬間、足元の床が崩れ落ちる。
「うわあああ!」
トウマは落とし穴に真っ逆さまに落ちていった。
――――――
「いてて……」
暗闇の中で、トウマは身を起こした。幸い、空中制御が間に合ったおかげで落下の衝撃は抑えることができた。魔法の明かりを点けると、周囲の状況が見えてくる。
「ここは……遺跡の地下か」
石造りの通路が続いているが、上の階層とは明らかに造りが異なっている。そして、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。
「シャー!」
現れたのは、人間ほどの大きさがある巨大なネズミ・ジャイアントラットの群れだった。トウマは苦笑いを浮かべる。
「救助中じゃなくて良かったな」
剣を構えると、ラットたちに向かって突進した。狭い通路での戦闘は得意分野だ。次々と襲いかかってくるラットを、トウマは的確に切り捨てていく。
「ふぅ、これで全部か」
魔物を倒し終えると、トウマは改めて周囲を見回した。元の場所に戻る方法を探さなければならない。
「……ん?」
歩いていると、壁の一部の色が微妙に違うことに気づいた。近づいて手で触ってみると、石の質感が明らかに異なっている。
「まさか、隠し扉か?」
トウマは壁を押してみた。すると、石の扉がゆっくりと開いた。
「へぇ、面白そうじゃないか」
好奇心に駆られて、トウマは隠し通路に足を踏み入れた。通路は緩やかに下っており、しばらく歩くと前方に光が見えてきた。
「これは……」
通路を抜けると、トウマの目の前に信じられない光景が広がっていた。
巨大な地底空間に、小さな街が築かれている。石造りの家々が整然と並び、中央には小さな広場まで作られていた。街全体が魔法の明かりで照らされており、まるで地上の街のような賑わいを見せている。
「地底都市……?」
驚きながらも、トウマは街に近づいていった。するとそこで、一人の小柄な男性がトウマに気づいた。
「おや、これは珍しい」
男性は白い髭を蓄えた初老のドワーフだった。彼は微笑みながらトウマに歩み寄る。
「客人とは何年ぶりでしょうか。よくいらっしゃいました」
「あ、ああ……」
トウマは戸惑いながら挨拶を返した。
「俺はトウマ。冒険者だ。偶然この場所を見つけたんだが……」
「冒険者さんですか。私はバルドー、この里の長老をしております」
バルドーは丁寧にお辞儀をした。
「里?」
「はい。ここは我々ドワーフとノームが暮らしている隠れ里です」
「隠れ里……」
トウマは改めて街を見回した。確かに、あちこちでドワーフやノームの姿を見ることができる。彼らは皆、トウマの存在に気づいているが、特に慌てる様子もない。
「どうしてこんな場所に?」
「それは……」
バルドーは苦笑いを浮かべた。
「数百年前、地上で迫害を受けた我々の祖先が、この地に隠れ里を築いたのです。以来、ひっそりと生活を続けてきました」
「なるほど、そういうことか……。けど、それならなんで俺を歓迎してくれるんだ?普通なら警戒されそうなものだが」
「ふふ、それは貴方の雰囲気でしょうか。これでも人を見る目はある方ですので、あなたが悪い人間ではないことくらい分かりますよ。それに、たまには外の世界の話も聞きたいものです。もしよろしければ、少しお話をしていきませんか?」
トウマは少し迷った。救助依頼は完了したし、急ぐ用事もない。そして何より、この珍しい隠れ里への好奇心が勝った。
「ああ、そうさせてもらおうか」
「それでは、我が家にお越しください。妻も喜びます」
――――――
バルドーの家は、石造りながら温かみのある造りだった。暖炉の火が部屋を明るく照らし、本棚には古い書物が並んでいる。
「お疲れ様でした、あなた」
キッチンから現れたのは、バルドーの妻らしい女性ドワーフだった。彼女は温かい笑顔でトウマを迎える。
「あら、珍しいお客様ですね。私はメリアと申します。すぐにお茶を用意しますね」
「ありがとうございます」
トウマは椅子に座ると、メリアが入れてくれた茶を口にした。独特の香りが鼻を抜ける。
「珍しい香りだな」
「そうでしょう。この里でしか取れない茶葉で作った特別な茶ですから」
「美味いな」
トウマの素直な感想に、メリアは嬉しそうに微笑んだ。
「それで、トウマさん。外の世界はどうですか?」
「そうだな。ここに比べれば慌ただしい場所だよ。各地で魔物が出没したり、遺跡の調査があったり……」
トウマは自身の最近の冒険について話した。バルドーとメリアは興味深そうに聞き入っている。
「それにしてもこの里、俺が来たところ以外にも入り口はあるのか?」
「えぇ、入口はいくつかありますが、どれも巧妙に隠されています。おかげで、これまで平和に暮らすことができています」
バルドーは誇らしそうに説明した。
「平和か……。だが、たまには外の世界が恋しくならないか?」
「そうですね。特に若い者たちは、冒険に憧れることもあります」
「ですが、この里が我々の大切な故郷です。守っていかなければならない」
その言葉には、深い愛情が込められていた。
「そうだな。大切な場所を守るってのは、立派なことだ」
「トウマさんは、故郷とかないんですか?」
メリアの質問に、トウマは少し考えた。
「故郷か……そう言えば長らく戻ってないな。今は各地を旅するのが楽しいんでな」
「そうですか。でも、きっと帰りたくなる時がきますよ」
「……そうかもな」
トウマは茶を飲み干すと、立ち上がった。
「さてと、そろそろ行かないと。地上で待ってる人もいるしな」
「そうですね。でも、また機会があれば、ぜひお立ち寄りください」
バルドーが立ち上がって、出口まで案内してくれる。
「あ、そういえば……トウマさんはあの遺跡の外に出たいのですよね?」
「ああ、そうだが……」
「でしたら、こちらの道を使ってください。この道を真っすぐ行けば、遺跡の一階に繋がる隠し通路に出られます。しばらく上り坂になりますが」
「それは助かる。ありがとう」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
――――――
バルドーに教えられた通路を進むと、確かに遺跡の一階に出ることができた。そこには、心配そうに待っていたルドの姿があった。
「トウマさん!良かった、無事だったんですね」
「ああ、ちょっと迷子になっただけだ」
トウマは軽く手を振った。
「本当にすみませんでした。僕のせいで……」
「気にするな。そっちの怪我は大丈夫か?」
「はい、おかげさまでだいぶマシになりました」
そうして二人は遺跡を出ると、クラーケンハイムに戻った。
――――――
ギルドに戻ると、リサが安堵の表情で迎えてくれた。
「お疲れ様でした!依頼完了ですね」
「ああ、無事に救助できた」
報酬を受け取ると、トウマは宿に向かった。
「今日は面白い一日だったな」
部屋の窓から夜空を見上げながら、トウマは地底の隠れ里のことを思い出していた。
ドワーフやノームたちが平和に暮らす場所、世界には他にもそんな場所があるのだろうかと考えながら、トウマのクラーケンハイムでの夜は静かに更けていった。
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