一流冒険者トウマの道草旅譚

第78話 街の観光

翌朝、トウマは宿の食堂で朝食を摂っていた。焼きたてのパンに温かなスープ、そして地元の名物である塩漬けの魚を焼いたもの。どれも素朴だが、旅人の疲れた体には染み渡る味だった。

「美味いな、これ」

トウマは満足そうに呟きながら、魚の最後の一切れを口に運んだ。

「お客さん、お代わりはいかがですか？」

給仕の女性が親しげに声をかけてくる。クラーケンハイムの人々は、旅人に対しても親切だった。

「いや、十分だよ。ありがとう」

食事を終えると、トウマは宿を出て街の散策に向かった。昨日は救助依頼で慌ただしく過ごしたため、街をゆっくり見て回る時間がなかった。

「さて、久しぶりだし、少し見て回るか」

石畳の道を歩きながら、トウマは街の変化を確認していく。以前来た時よりも店が増えており、特に冒険者向けの武器屋や道具屋が充実していた。

「おお、これは珍しい」

ある店の前で、トウマは足を止めた。ショーウィンドウに並んでいるのは、見たことのない形状の魔道具だった。

「いらっしゃいませ！」

店主は気さくそうな中年男性で、トウマの視線に気づいて声をかけてくる。

「これ、どんな効果があるんだ？」

「ああ、それは温度調整の魔道具です。魔力を込めると、周囲の温度を一定に保ってくれるんですよ」

「へぇ、面白そうじゃないか」

トウマは興味深そうに魔道具を眺めた。旅先での寒さ対策には重宝しそうだ。

「お客さんは冒険者の方ですね？良いお目をしている」

「まあな。これ、いくらだ？」

「銀貨八枚でいかがでしょう」

少し高いが、便利そうだ。トウマは財布から銀貨を取り出して支払いを済ませた。

「ありがとうございます。使い方は簡単です。この部分に魔力を込めるだけで……」

店主の説明を聞きながら、トウマは魔道具の使い方を覚えていく。こういった新しい道具との出会いも、旅の楽しみの一つだった。

――――――

買い物を終えると、トウマは街の中心部から少し離れた丘に向かった。クラーケンハイムを一望できる小高い丘で、以前来た時も立ち寄った場所だ。

「ここから見る景色は、やっぱりいいな」

丘の上から見下ろすクラーケンハイムは、まるで絵画のように美しかった。石造りの建物が整然と並び、街の中央を流れる川が陽光を反射している。

「あの頃と変わらないな」

トウマは感慨深げに呟いた。世界は常に変化し続けているが、この街だけは時が止まったように穏やかだった。

風が頬を撫でていく。季節は秋の終わりに差し掛かっており、空気には冬の気配が漂っていた。

「そろそろ昼飯にするか」

トウマは丘を下り、街の中心部に戻った。目当てはグルメ通りと呼ばれる一角で、様々な料理店が軒を連ねている。

「おお、あの店はまだあるのか」

トウマが向かったのは、『銀の皿亭』という老舗レストランだった。以前食べた煮込み料理が絶品で、今でも記憶に残っている。

「いらっしゃいませ！」

店に入ると、覚えのある顔が迎えてくれた。店主のガルドは、髭を蓄えた陽気な男性だ。

「これは、トウマさんじゃないですか！」

「よう、ガルド。元気だったか？」

「ええ、おかげさまで。今日は何にしますか？」

「前に食べた煮込み料理、まだやってるか？」

「もちろんです！うちの看板メニューですからね」

ガルドは嬉しそうに手を叩いた。

「それと、最近新しく始めた料理があるんですが、良かったら試してみませんか？」

「新しい料理？」

「はい、近隣の森で採れる野菜を使った特製シチューです。この季節にぴったりの温かい料理ですよ」

トウマは興味を示した。新しい料理への好奇心は、彼の悪い癖の一つだった。

「面白そうじゃないか。それも頼むよ」

「ありがとうございます！少々お待ちください」

ガルドは嬉しそうに厨房に向かった。

――――――

しばらく待っていると、湯気を立てる料理が運ばれてきた。懐かしい煮込み料理と、新メニューの野菜シチューだ。

「うまそうだな」

トウマはまず煮込み料理から口にした。肉の旨味が凝縮されたスープが口の中に広がり、野菜の甘味が後から追いかけてくる。

「やっぱり美味いな、これ」

続いて野菜シチューに手を伸ばした。こちらは煮込み料理とは対照的に、野菜本来の味わいを活かした優しい味だった。

「これも美味いじゃないか」

「ありがとうございます。レシピを考えるのに、かなり試行錯誤したんですよ」

ガルドは満足そうに微笑んだ。

「そうか。料理人の探究心ってやつだな」

「トウマさんも、冒険者として色々と探究されているんじゃないですか？」

「まあな。新しい場所、新しい人との出会い……それが旅の面白さだからな」

二人は料理について、旅について、様々な話を交わした。こうした何気ない会話も、トウマにとっては貴重な時間だった。

――――――

昼食を終えると、トウマは再び街を歩いた。特に目的があるわけではないが、歩いているだけで新しい発見がある。

「へぇ、こんな所に本屋ができたのか」

小さな書店を見つけて、トウマは中に入ってみた。古い書物から新刊まで、様々な本が並んでいる。

「いらっしゃいませ」

店主は年配の女性で、読書家らしい知的な雰囲気を漂わせていた。

「冒険者さんがうちに訪れるのは珍しいですね」

「どうして俺が冒険者だって分かったんだ？」

「その物腰を見れば分かりますよ。私も昔、冒険者だったものですから」

「そうだったのか」

トウマは書棚を眺めながら、店主との会話を続けた。こうした元冒険者との出会いも、旅の楽しみの一つだった。

「この本、面白そうだな」

手に取ったのは、各地の遺跡について書かれた研究書だった。昨日訪れたグランディア遺跡についても記載があるかもしれない。

「それは最近入荷した本です。古代文明の謎について書かれています」

「これをもらうよ」

本を購入すると、トウマは書店を後にした。

――――――

夕方になると、トウマは再び街を一望できる丘に向かった。夕日に染まる街並みを見るのが、彼の習慣だった。

「今日も良い一日だったな」

丘の上で風に吹かれながら、トウマは一日を振り返った。地底の隠れ里での出来事、街での買い物、美味しい料理……何気ない日常の中にも、小さな幸せがあった。

「あれ？」

空を見上げると、何かがひらりと舞い落ちてきた。

「雪か？」

手のひらで受け止めると、確かに雪の結晶だった。しかし、季節はまだ秋の終わり。雪が降るには少し早い。

「季節外れだな」

パラパラと降り始めた雪を見上げながら、トウマは不思議そうに呟いた。

「魔法の影響かな？」

この世界では、強力な魔法が気候に影響を与えることがある。近くで氷系の魔法実験でも行われているのかもしれない。

「まぁ、珍しい光景だ」

トウマは雪を眺めながら、この偶然の出来事を楽しんでいた。

――――――

雪は次第に強くなり、街全体が白く染まっていく。トウマは慌てて宿に戻ろうとしたが、途中で小さな影を見つけた。

「あれは……」

街角で震えているのは、小さな子猫だった。雪に濡れて、寒さに震えている。

「こんな所で何してるんだ？」

トウマは子猫を抱き上げた。体は小さく、まだ生後数ヶ月程度だろう。

「親とはぐれたか？」

子猫は不安そうに鳴いている。このまま放置すれば、寒さで体調を崩してしまうかもしれない。

「仕方ないな。一緒に来るか？」

トウマは子猫を懐に入れて、宿に向かった。

――――――

宿に戻ると、トウマは子猫を部屋に連れて行った。

「とりあえず、体を温めよう」

購入したばかりの温度調整魔道具を使って、部屋の温度を上げる。子猫は次第に落ち着いてきたようだった。

「腹減ってるか？」

宿の厨房から魚を分けてもらい、子猫に与える。子猫は美味しそうに食べ始めた。

「元気になったな」

トウマは微笑みながら、子猫を撫でてやった。

「さて、飼い主を探さないとな」

明日は街で子猫の飼い主を探してみよう。きっと心配している家族がいるはずだ。

「今夜は一緒に過ごすか」

子猫は満足そうに鳴くと、トウマの膝の上で丸くなった。

窓の外では、季節外れの雪が静かに降り続けている。この偶然の出会いが、トウマの旅路に新たな彩りを加えてくれるかもしれない。

「不思議な夜だな」

トウマは子猫を撫でながら、雪化粧した街を眺めていた。時には、こうした静かな時間も悪くない。

「おやすみ」

子猫は安心しきった様子で、トウマの膝の上で眠りについた。季節外れの雪が舞う夜、クラーケンハイムでの一夜は、温かな時間に包まれていた。