一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第86話 聖獣の依頼

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森を抜けて丘を越え、半日ほど歩いたところで、トウマの視界に大きな街が現れた。白い石造りの城壁に囲まれた街の中央には、空に向かって伸びる美しい尖塔が見える。

「あれが聖獣の街アルティアか」

トウマは立ち止まって、街を眺めた。聖獣が住むと言われるだけあって、他の街とは一味違う神聖な雰囲気が漂っている。

街の入口にある大きな門の前で、武装した二人の門番が警備に当たっていた。トウマが近づくと、門番の一人が前に出てくる。

「街への入場には、身分証明書が必要です」

「ああ、これでいいか?」

トウマは腰の袋からギルド証を取り出し、門番に手渡した。

門番はギルド証を受け取ると、内容を確認し始める。そして、次の瞬間、その表情が驚愕に変わった。

「え……!? これは……」

「どうした?」

トウマは首を傾げた。いつもの反応とは明らかに違う。

「あなたがトウマ様でいらっしゃいますね?」

門番は慌てたような口調で尋ねた。敬語で話しかけられることに慣れていないトウマは、居心地の悪さを感じる。

「そうだが、何か問題でも?」

「いえ、問題はありません。ただ申し訳ないのですが、今すぐ聖獣様の元に一緒に来ていただきたいのです」

「は?」

トウマは思わず間の抜けた声を出した。

「どういうことだ?」

「聖獣様から、トウマという名の冒険者がやってきたら、すぐに自分の元へ案内するようにとのお達しがありました」

門番は真剣な表情でそう説明してきた。

「俺がこの街に来ることは読まれてたって訳か」

ダミルの占いといい、聖獣の予見といい、やけに自分の行動が読まれている気がしたトウマは思わず苦笑いを浮かべた。

「まあ、どうせ聖獣に会いに来たんだ。その方が都合が良いか」

「ありがとうございます。それでは、こちらへ」

門番は安堵の表情を浮かべると、街の中へと案内を始めた。

――――――

街の中は、想像以上に賑やかだった。石畳の道には、様々な商店が軒を連ねている。パンの香ばしい匂いが漂い、鍛冶屋の金槌の音が響く。

「活気のある街だな」

「はい。聖獣様の加護のおかげで、この街は長い間平和を保っています」

門番は誇らしげに語った。

「商売も繁盛していますし、人々も皆幸せに暮らしています」

「へぇ、まさに理想の街って感じだな」

街の奥に進むにつれ、坂道が急になってくる。そして、街を一望できる小高い丘の頂上に、白い大理石で作られた美しい神殿が見えてきた。

「あれが聖獣様の神殿です」

神殿は、まるで天に向かって祈りを捧げているかのような、荘厳な造りだった。柱という柱には精巧な彫刻が施され、屋根には金色の装飾が施されている。

「立派な神殿だな」

「聖獣様は、この神殿の奥の聖域におられます」

門番に案内されて神殿の中に入ると、ひんやりとした空気がトウマを包んだ。高い天井から差し込む光が、神殿内を幻想的に照らしている。

「こちらです」

神殿の奥へと進むと、大きな扉があった。扉には複雑な魔法陣が描かれており、神聖な力が込められているのが分かる。

「聖獣様、トウマ様をお連れいたしました」

門番が扉に向かって声をかけると、扉がゆっくりと開いた。

「ありがとう。下がってよい」

扉の奥から、美しい声が響いてくる。

「それでは、失礼いたします」

門番は深々と頭を下げると、神殿の外へと戻っていった。

トウマは一人、開かれた扉の向こうへと足を進めた。

――――――

聖域の中は、想像以上に広々としていた。天井は遥か高く、壁面には美しいステンドグラスが嵌め込まれている。そして、部屋の中央には、白い台座の上に一匹の美しい生物が佇んでいた。

「これが聖獣か……」

トウマは思わず息を呑んだ。

聖獣は、大きな狼のような体つきをしていたが、その毛は雪のように白く、まるで光そのものでできているかのように輝いている。頭には小さな角が生えており、瞳は深い青色に輝いていた。

「ようこそ、トウマよ」

聖獣は穏やかな声で語りかけてきた。その声は、まるで心の奥底に直接響いてくるようだった。

「俺がここに来ることを知ってたって聞いたけど、本当か?」

「そうだ。私は、あなたがこの街にやってくることを予見していた」

聖獣は穏やかに答えた。

「遠い旅路、大儀であった」

「いやまあ、俺としてはたまたま通りかかっただけなんだけどな」

トウマは苦笑した。

「それで、わざわざ俺を呼んだってことは、何か用があるのか?」

「そう、あなたに頼みがある」

聖獣の表情が、僅かに曇った。

「実は、現在この街に人に擬態した何かが紛れ込んでいる」

「人に擬態した何か?」

「そうだ。見た目は完全に人間だが、その正体は別の存在だ。そして、その者達からは悪意が感じられる。このままでは、街の平和が脅かされる可能性があるのだ」

聖獣は重々しく語った。

「なるほど……それで、俺にその企みを阻止しろと?」

「その通りだ。あなたならば、きっとこの事態を解決できる」

「なんで俺なんだ?他にも優秀な冒険者はいるだろう」

「『トウマという名の旅人が、解決の鍵となる』という啓示があったのだ」

そう答えると、聖獣は真剣な眼差しでトウマを見つめた。

「どうだろう? 引き受けてもらえるだろうか?」

トウマは少し考えた。正直、面倒な依頼だという予感がする。しかし、聖獣が困っているのも事実だし、何より興味深い案件だった。

「分かった。引き受けよう」

「ありがとう」

聖獣は安堵の表情でトウマに感謝の言葉を述べた。しかし、すぐに表情を戻すと今度は厳しい口調で話を続けた。

「ただし、一つ忠告がある」

「忠告?」

「先ほども言った通り、その者達は人に擬態している。人の見た目をしているからといって、安易に信じてはいけない。外見だけでなく、言葉や行動にも注意が必要だ」

「分かった。気をつけるよ」

ダミルも同じようなことを言っていた。きっと、この街では人を信用することが難しい状況になるのだろう。

「それでは、よろしく頼む。何か分からないことがあれば、いつでも来るといい」

「ああ、任せてくれ。引き受けた以上は何とかしてみせるさ」

トウマは軽く手を上げると、聖域を後にした。

――――――

神殿を出ると、すっかり夕方になっていた。街の灯りが一つ一つ点き始め、アルティアの街並みを美しく照らしている。

「さて、とは言ったものの……どこから手をつけたものかな」

トウマは街を見下ろしながら考えた。人に擬態した何かを見つけるといっても、手がかりがなさすぎる。

「とりあえず、腹が減ったな」

お腹が鳴る音が聞こえてきた。朝から鳥人族の集落を出発して、ずっと歩きっぱなしだったのだ。

「調査も兼ねて、食事処に行くか」

トウマは神殿の坂を下り、街の中心部へと向かった。

賑やかな通りを歩いていると、美味しそうな匂いが漂ってくる。「銀の竜亭」と書かれた看板を掲げた、大きな食事処が目に入った。

「ここにするか」

トウマは店の扉を開けた。

「いらっしゃいませ!」

元気な声で迎えてくれたのは、エプロンを着けた若い女性だった。茶色の髪を後ろで結い、親しみやすい笑顔を浮かべている。

「お一人ですか?」

「ああ、そうだ」

「それでしたら、こちらのお席へどうぞ」

女性はトウマを窓際の席へと案内した。店内は活気に満ちており、多くの客で賑わっている。

「ご注文はお決まりですか?」

「おすすめを頼むよ」

「かしこまりました。アルティア風シチューと、焼きたてのパンはいかがですか?」

「それで頼む」

女性は愛想良く頷くと、厨房の方へと向かった。

トウマは店内を見回した。様々な年代の客が食事を楽しんでいる。商人らしき男性、冒険者風の若者、家族連れなど、普通の街と変わらない光景だった。

「しかし、この中に人に擬態した何かが……ねぇ」

トウマは注意深く周囲を観察し始めた。思った以上にこの依頼は難航しそうな予感がしていた。
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