一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

文字の大きさ
88 / 105

第88話 真夜中の密談

しおりを挟む
翌朝、トウマは「銀の竜亭」で朝食を摂りながら、昨日の調査結果を整理していた。パンをちぎりながら、頭の中で怪しい人物の順位を付けていく。

「一番怪しいのは、やっぱりライアンだな」

薬草商と名乗っていたライアンの話には、色々と気になる点が多かった。

「よし、今日はライアンの素行を調べてみるか」

トウマはミルクを一口飲むと、今日の予定を立て始めた。

――――――

朝食を済ませたトウマは、ライアンの薬草店の近くにある小さな喫茶店に陣取った。窓際の席から、薬草店の入口がよく見える。

「いらっしゃいませ」

店の女性が温かいお茶を持ってきてくれた。トウマは適当に注文したハーブティーを飲みながら、薬草店の様子を観察した。

午前中、ライアンは何人かの客を相手に商売をしていた。一見すると、普通の薬草商のように見える。客との会話も自然で、特に怪しい様子は感じられなかった。

「流石にそう簡単には尻尾は出さないか」

しかし、トウマは諦めなかった。真昼間に怪しい行動を取る奴なんて、そうそういるものじゃない。

昼食時になると、ライアンは店を一旦閉めて、近くの食堂に向かった。トウマも距離を置いて後を追う。

「普通に飯を食ってるだけだな」

食事を終えたライアンは、午後も薬草店で商売を続けた。時折、薬草を整理したり、新しい薬草を仕入れたりしている。その仕事ぶりに怪しい様子は見られなかった。

「うーん……」

トウマは腕を組んで考えた。もしかすると、認識などの違いがあっただけで、ライアンを怪しいと思ったのは勘違いだったのかもしれない。

「でもまあ、今日一日くらいは様子を見てみるか」

――――――

夕方になると、ライアンは店を閉め、自宅に戻った。薬草店の二階が彼の住居になっているようだった。

トウマは喫茶店を出て、薬草店の向かいにある路地に身を潜めた。街灯の明かりが届かない暗がりで、建物の影に隠れながらライアンの家を見張る。

「さてと、ここからだな」

時間が経つにつれ、街は静寂に包まれていく。商店の明かりが一つずつ消え、人通りも少なくなった。

ライアンの家の明かりも、夜の十時頃には消えた。

「今日はもう動きはなさそうかな」

トウマは欠伸を噛み殺しながら、そう呟いた。長時間の見張りで、少し疲れを感じ始めていた。

「あと三十分だけ様子を見て、何もなければ今日は引き上げるか」

そう考えた時だった。

消えていたはずのライアンの家から、小さな明かりが漏れてきた。しかし、それは表の窓からではなく、建物の裏側からだった。

「おっ?」

トウマは身を乗り出した。すると、家の裏口から人影が現れた。月明かりの下で、その人物がライアンであることが確認できる。

「これは、当たりか?」

ライアンは辺りを警戒するように見回すと、静かに歩き始めた。足音を殺し、まるで誰かに見つからないよう細心の注意を払っている。

「どこに向かう気だ?」

ライアンは街の中心部を避け、人通りの少ない細い路地を選んで歩いている。トウマも音を立てないように気を付けながら、その後を追った。

やがて辿り着いたのは、街外れにある古い邸宅だった。かつては裕福な商人の家だったのかもしれないが、今は使われていない様子で、建物全体が荒れ果てている。

「あんな場所で何をする気だ?」

ライアンは邸宅の正面玄関ではなく、裏側の勝手口から中に入っていった。建物の窓からは、僅かな明かりが漏れている。

トウマは邸宅の周囲を回り、様子を窺った。すると、建物の中から複数の人の声が聞こえてくる。

「他にも誰かいるのか」

トウマは慎重に邸宅に近づいた。古い石造りの壁に背中を付け、窓の近くまで移動する。

「……計画は順調に進んでいる」

男性の声が聞こえてきた。ライアンの声ではない。

「そうか。それで、例の件はどうなっている?」

今度はライアンの声だった。しかし、昼間に聞いた時とは全く印象が違う。冷たく、計算的な響きがある。

「もう少し時間が必要だ。聖獣の警戒は思った以上に厳しい」

「急がなければならない。時間をかけすぎると、気づかれる可能性が高くなる」

トウマは眉をひそめた。聖獣という単語が出てきたことで、この連中が聖獣から依頼された件に関わっていることは間違いない。

「しかし、焦りは禁物だ。一歩間違えれば、全てが水の泡になる」

「分かっている。だが……」

「どうした?」

「昨日、妙な男が俺の店に来た。取材と称して、移住の理由を聞いてきたんだ」

トウマは身を強張らせた。それは明らかに自分のことだった。

「取材? どんな男だ?」

「二十代半ばくらいの男だった。琥珀色の瞳をしていて、冒険者風の格好をしていた」

「冒険者……まさか」

別の男の声が、緊張を帯びた。

「聖獣が手を回したのかもしれない。気をつけろ」

「ああ、分かってる」

トウマは更に身を寄せ、会話の内容を聞き逃さないよう集中した。

「計画の変更が必要かもしれない。もし本当に聖獣の差し金なら……」

その時だった。

「そこにいるのは誰だ!」

突然、男の声が響いた。

トウマは舌打ちをした。気づかれてしまったのだ。

「逃げようとしても無駄だ。大人しく出てこい!」

建物の中から、数人の足音が聞こえてくる。逃げる選択肢もあったが、トウマは逆に開き直った。

「やれやれ、バレちまったか」

トウマは隠れていた場所から姿を現した。

「よう、ライアン。夜中にお疲れさん」

――――――

邸宅の裏口から、四人の男が現れた。ライアンと、見たことのない三人の男たちだった。

「昨日の男……」

ライアンは顔を青ざめさせながら、トウマを見つめた。

「まさか、本当に聖獣の……」

「まあ、そんなところかな」

トウマは軽い口調で答えた。

「で、おまえたちは何をしてたんだ? 深夜にこんな場所で密談なんて、普通じゃないよな」

「貴様……どこまで聞いていた?」

三人の男のうち、リーダー格らしき男が前に出てきた。四十代くらいの男で、鋭い目つきをしている。

「さあ、どこまでかな」

トウマは肩をすくめた。

「聖獣がどうとか、計画がどうとか、そんな話だったっけ?」

男たちの表情が一気に険しくなった。

「やはり、聖獣の手先か」

「手先っていうか、依頼を受けただけなんだけどな」

トウマは腰の剣に手を置いた。

「まあ、おまえたちが人に擬態した何かってことは、もうバレバレだし」

「……やるしかないな」

リーダー格の男が、仲間たちに合図を送った。

「幸い、この辺りには他の民家はほとんどない。誰にも気づかれずに始末できる」

「おいおい、物騒なことを言うなよ」

トウマは苦笑しながら、剣を抜いた。

「まあ、確かに一般人に被害が及ぶ心配がないのは助かるけどな」

――――――

四人の男たちは、それぞれ武器を取り出した。ライアンは短剣を、他の三人は剣を手にしている。

「気を付けろ。聖獣が依頼したのなら、ただの素人ではないはずだ」

リーダー格の男は、トウマを値踏みするような目で見つめた。

「分かっている。だが、四対一だ。油断さえしなければ……」

「はたして、そうかな?」

軽口をたたくとトウマは剣を構えた。

「ふん。その余裕いつまでもつかな」

リーダー格の男が合図を送ると、四人は一斉にトウマに向かってきた。

しかし、トウマは慌てることなく、最初に襲いかかってきた男の剣を軽やかに受け流した。続いて、横から迫る別の男の攻撃を避けながら、カウンターで短剣を投げる。

短剣は狙い通り男の肩に命中し、男は痛みで怯んだ。

「やるじゃないか」

リーダー格の男は、トウマの実力を認めるような口調で言った。

「だが、まだ序の口だ」

そう言うと、男の体が徐々に変化し始めた。人間の姿が崩れ、本来の姿を現そうとしている。

「やっぱり、人間じゃなかったのか」

トウマは男たちの変化を見ながら呟いた。戦いは、まだ始まったばかりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い

☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。 「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」 そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。 スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。 これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

執事なんかやってられるか!!! 生きたいように生きる転生者のスローライフ?

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった中学生、朝霧詠無。 彼の魂はそのまま天国へ……行くことはなく、異世界の住人に転生。 ゲームや漫画といった娯楽はないが、それでも男であれば心が躍るファンタジーな世界。 転生した世界の詳細を知った詠無改め、バドムス・ディアラも例に漏れず、心が躍った。 しかし……彼が生まれた家系は、代々ある貴族に仕える歴史を持つ。 男であれば執事、女であればメイド。 「いや……ふざけんな!!! やってられるか!!!!!」 如何にして異世界を楽しむか。 バドムスは執事という敷かれた将来へのレールを蹴り飛ばし、生きたいように生きると決めた。

処理中です...