一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第96話 少年と詐欺師と被害者と

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翌朝、トウマは『銀狼亭』の一階で朝食を取りながら、昨夜の依頼について改めて考えていた。シンプルな黒パンとベーコン、そして温かいミルクティーが朝の空腹を満たしてくれる。

「おはよう、お客さん。もう朝食ですか?」

店主が気さくに声をかけてくる。

「ああ、早く動き始めたいからな。人探しってのは足を使うもんだ」

「確かにそうですね。昨夜のお嬢さんも随分と困っていたようですし、引き受けて頂いて正直助かりました」

店主は安堵の表情を浮かべてそう言った。

「ところで、この街で若い冒険者がよく集まる場所ってあるか?」

「そうですね……冒険者ギルドの前の広場は定番ですが、他には『猪突猛進』っていう酒場があります。安い酒と食事が自慢で、経験の浅い冒険者がよく集まりますよ」

「なるほど。場所は?」

「ギルドから西に三つ目の角を曲がったところです。看板に猪の絵が描いてあるんで、すぐわかりますよ」

トウマは朝食を済ませ、アルベルトの肖像画を内ポケットに入れると、宿を出た。

――――――

アーデンブルクの街は朝の活気に満ちていた。商人たちが荷車を引いて市場に向かい、職人たちが工房の扉を開ける音が響いている。

まずは冒険者ギルドに向かった。石造りの立派な建物で、入り口には剣と盾のレリーフが刻まれている。

「すまん、ちょっと聞きたいことがある」

受付の女性に声をかけると、彼女は丁寧に対応してくれた。

「はい、何でしょうか?」

「三日前にアルベルト・フォン・ハーレルって少年が登録に来たって聞いたんだが、その時の様子を教えてもらえるか?」

「他の方の情報ですか。う~ん、個人情報も含まれますし、安易に話すわけには……」

「俺はトウマ。Aランク冒険者だ。家族から依頼されて探してるんだ」

ギルドカードを見せると、受付の女性は驚いたような表情を浮かべた。

「トウマさん!お名前は存じ上げております。昨日いらっしゃったお姉さんからの依頼を受けられたんですね。それでしたら……」

彼女は納得した様子で話し始めた。

「アルベルトさんは確かに三日前にいらっしゃいました。とても意気込んでいらっしゃったのですが、必要な書類が不足していて、その日の登録はできませんでした」

「どんな書類が足りなかったんだ?」

「保護者の同意書です。年齢を確認するとまだ未成年でしたので」

「なるほど。それで、その後は来てないのか?」

「はい。あの時、『必要な書類を揃えて出直します』とおっしゃっていましたが、まだいらっしゃっていません」

(保護者の同意書か。家出した身じゃ、なかなか難しいだろうな)

トウマは礼を言ってギルドを後にした。

次に向かったのは『猪突猛進』だった。確かに猪の絵が描かれた看板がぶら下がっている。まだ朝の時間帯なので客は少ないが、何人かの若い冒険者が軽い朝食を取っていた。

「なあ、ちょっといいか?」

カウンターの店主に声をかけた。

「何だい、兄ちゃん?」

「この少年を見かけなかったか?」

肖像画を見せると、店主は首を振った。

「うーん、見覚えはないなあ。最近はあまり新しい顔も見ないし」

近くにいた客たちにも聞いてみたが、やはり有力な情報は得られなかった。

その後、トウマは街の各所を回った。宿屋、食堂、武器屋、道具屋……あちこちで肖像画を見せて回ったが、決定的な情報は得られない。

昼過ぎになって、ようやく最初の手がかりを得た。

「ああ、その子なら見たことがあるよ」

街の北東にある小さな食堂で、年配の女性が教えてくれた。

「いつごろの話だ?」

「昨日の夕方だったかねえ。一人で食事をしていたよ。なんだか心配そうな顔をしていたから、印象に残ってるのさ」

「その後、どこに向かったか分からないか?」

「うーん、確か北の方に向かって歩いていったと思うけど……」

北の方角。トウマは地図を確認した。

「その辺りは、どんな場所なんだ?」

「あの辺りは……あまり良い場所じゃないねえ。ガラの悪い連中が集まってる地域だから」

女性は心配そうに眉を寄せた。

「ガラの悪い連中?」

「そうそう。定職に就かないような連中が、昼間っから酒を飲んでるのさ。時々、騒ぎも起こすし」

(十五歳の少年が、そんな場所に何の用があるんだ?)

トウマは礼を言って食堂を出ると、北の地域に向かった。

――――――

確かに、街の雰囲気が変わってきた。建物も古く、道も狭くなっている。路地裏からは酒臭い匂いが漂ってきた。

「よお、兄ちゃん。見ない顔だな」

突然、横から声をかけられた。振り返ると、三人の男が立っていた。全員、身なりはみすぼらしく、酒気を帯びている。

「ちょっと通りがかっただけだ」

「へえ、通りがかりねえ。この辺りは観光地じゃないんだけどな」

男たちは嫌らしい笑みを浮かべた。

「あんた、何か探し物でもしてるんじゃないの?」

「まあ、そんなところだな」

トウマは適当に答えた。

「だったら、俺たちに聞いてみな。この辺りのことなら何でも知ってるぜ」

「そうか。じゃあ、この少年を見かけなかったか?」

肖像画を見せると、男たちは顔を見合わせた。

「おお、これは……」

「知ってるのか?」

「ああ、昨日の夕方に見たよ。この辺りをうろついてた」

「どこで見たんだ?」

「教えてやっても良いけど、情報料ってもんがあるよな」

男の一人が手を擦り合わせた。

「いくらだ?」

「そうだな、銀貨五枚ってところか」

「高いな」

「まあ、そう言うなよ。確実な情報だぜ」

トウマは渋々銀貨を渡した。

「その坊主、『古い倉庫』の辺りにいたよ。黒い帽子をかぶった男と一緒だった」

「黒い帽子?」

「そうそう。背が高くて、髭を生やした男だった」

(まさか、『黒帽子のダン』か?)

トウマは昨夜の酒場での会話を思い出した。

「古い倉庫って、どこにある?」

「ここから北に二つ目の角を右に曲がったところだ。廃墟みたいな建物が並んでる」

「分かった。ありがとう」

トウマは急いでその場所に向かった。

廃墟のような建物が並ぶ一角に着くと、確かに古い倉庫があった。窓は板で塞がれ、扉も錆びついている。

注意深く近づくと、中から声が聞こえてきた。

「……だから、君にはこの特別な方法を教えてあげるんだ」

「本当ですか?それで冒険者になれるんですか?」

若い男の声だった。おそらくアルベルトだろう。

「もちろんだ。この『冒険者認定書』があれば、面倒な手続きなしでギルドに登録できる」

「でも、これって……」

「心配することはない。これは特別なルートなんだ。金貨三枚という破格の値段で君だけに教えてあげよう」

(やはり詐欺師だな)

トウマは倉庫の裏側に回り込んだ。幸い、板の隙間から中の様子が見える。

中には確かに二人の人影があった。一人は黒い帽子をかぶった背の高い男、もう一人は肖像画とそっくりの少年だった。

「でも、僕にはそんなにお金が……」

「それなら、特別に分割でも良い。今日は手付金として金貨一枚だけでも構わない」

「分割……」

アルベルトは迷っているようだった。

「君、冒険者になりたいんだろう?このチャンスを逃したら、いつ次があるか分からないぞ」

男は巧みにアルベルトの心理を突いてその気にさせようとしていた。だがその時、倉庫の入り口から新しい声が響いた。

「おい、誰かいるのか?」

(あの声は……)

トウマは眉をひそめた。聞こえてきたのは確実にギラックの声だった。

「ん?誰だ?」

突然現れた第三者の声に、ダンが警戒の声を上げた。

「お前は!!間違いねえ、おまえがダンか!良くも俺のことを騙しやがったな!」

ダンに気づいたギラックが怒鳴り声を上げながら倉庫の中に入ってきた。

「騙された?何のことだ?」

「とぼけるな!森の宝箱の件だ!金貨二枚返せ!」

「君、人違いしてるんじゃないか?」

ダンは冷静に対応しようとしているが、明らかに動揺していた。しかし、さすがは名の知れた詐欺師だ。瞬時に状況を把握し、逃げる算段を立てているようだった。

「人違いなわけがあるか!あんたの顔は覚えてるんだ!」

「待ってください、何の話ですか?」

突然の状況に付いて行けず、アルベルトが混乱した声を上げた。

「いや、私にもさっぱりだよ。きっと酒に酔って、人違いをしてるんだ。君、ちょっと酒臭いぞ。昨夜の記憶が曖昧なんじゃないか?」

「そんなことはない!俺は確実に覚えている!」

ギラックは必死に訴えているが、ダンは誤魔化しながら既に後退を始めていた。

「まあ、落ち着いてくれ。私も急いでいるんだ」

「待て、逃げるつもりか!」

「逃げるなんて、人聞きの悪い。私はただの商人だ」

ダンはそう言いながら倉庫の奥に向かって歩き始めた。そこには裏口があり、ダンはそこから逃走を図ろうとしていた。

「待てよ!」

ギラックが追いかけようとした瞬間、ダンは急に走り出した。

「やはり逃げるつもりか!」

ギラックの叫び声に、アルベルトは更に混乱した。

「一体、何が起こってるんですか!」

ダンは倉庫の奥にある裏口に向かって駆け出した。長年の詐欺師生活で培った逃走技術は流石のもので、追いかけるギラックよりも早かった。

「くそっ!」

ギラックも必死で追いかけるが、まだ酒が残っているのか動きが鈍い。

ダンは裏口の扉に手をかけた。

「さよならだ、お二人とも。今度は気をつけることだな」

扉を開けて外に出ようとした瞬間、ダンは凍りついた。

「よお、ダン。初めましてだな」

裏口の外に立っていたのは、片手剣を抜いたトウマだった。

「なっ、誰だ!」

「ただの冒険者さ。あんたが騙そうとしていた少年を探しに来た、な」

「冒険者?」

倉庫の中からアルベルトの驚いた声が聞こえた。

「うん?あんた、誰だ?なんか見覚えが……」

昨日のことは曖昧になっているようで、ギラックも困惑していた。

「それは後で説明する。今はこいつを押さえるのが先だ」

「くっ、裏をかかれたか」

ダンは冷静さを失い始めた。さすがの詐欺師も、前後を挟まれては逃げ場がない。

「おとなしく縄につくか?それとも、まだ逃げるつもりか?」

「あの、逃げるって、どういうことなんですか?」

未だ状況を理解できていないアルベルトが困ったように声を上げた。

「アルベルト、そいつは詐欺師だ。お前を騙そうとしてたんだよ」

「詐欺師?」

「そうだ。『冒険者認定書』なんて存在しない。全部嘘だ」

トウマの言葉に、アルベルトは青ざめた。

「嘘……」

「残念だが本当だ。冒険者になるには、正規の手続きを踏むしかない」

「ちっ、せっかく良いカモが見つかったと思ったのに、とんだ罠を踏んじまった」

悔しそうにダンが舌打ちをした。

「カモって、僕のことですか?」

「そうだよ。君みたいな世間知らずの坊ちゃんは、騙しやすいからな」

「ひどい……」

アルベルトは深くショックを受けたようだった。

「そんなことより、ダン!俺の金貨二枚を返せ!」

「もう使っちまったよ。悪いな」

おどけた様に答えるダンに、ギラックの怒りがさらに増した。

「ふざけるな!」

「落ち着け、ギラック。こいつに乗せられるな」

怒りで我を忘れそうになっているギラックに冷静さを取り戻させるためにに、トウマはそう声を掛けた。

「でも、俺の金は……」

「それは後で考えればいい。今は証拠を押さえることが重要だ」

「証拠?」

「そうだ。そのニセの認定書も立派な証拠になる」

トウマは逃げられないようにダンの右腕を掴み、彼が持っていた偽造書類を没収した。

「これで逃げられないな」

「くそっ、運が悪かった」

トウマから逃げられないことを悟ったのか、ダンは完全に諦めたようだった。

「アルベルト、お前は大丈夫か?」

「はい……僕、騙されてたんですね……」

アルベルトはそう言うと、がっくりと肩を落として項垂れた。

「気にすることは無いさ。詐欺師は人を騙すプロだからな」

「そう、なんですか?」

「ああ。大切なのは、騙されたことを認めて、次に活かすことだ」

トウマはそう優しく諭した。

「それより、姉さんが心配してるぞ」

「姉さんが?」

「あぁ。昨日、おまえを探すのを頼まれた」

アルベルトは驚いた表情を浮かべた。

「姉さんが僕を探しに?」

「そうだ。それに、お前の父親の容態も良くないらしい」

「えっ?父さんが?」

「まぁ、詳しいことは姉さんから聞いてくれ。今は家に帰ることを考えた方が良い」

アルベルトは複雑な表情を浮かべた。

「でも、僕は冒険者になりたいんです」

「その気持ちは分からなくもないけどな。ただ、家族の心配を無視してまで叶える夢かどうか、もう一度考えてみろ」

トウマの言葉に、アルベルトは黙り込んだ。

「そんなことより、俺の金はどうなるんだ?」

そこで、ギラックが再び口を開いた。

「ダンの持ち物を調べて、残りがあれば返してもらえ」

「おお、そうだな!」

ギラックはダンの懐を調べた。財布には金貨が一枚と銀貨が数枚入っていた。

「一枚だけか……」

他にはないことを確認すると、ギラックは落胆した。

「まあ、全部失うよりはマシだろう」

「……それもそうだな」

「よし、これで一件落着だな」

思わぬ形で詐欺師を捕まえることになったが、アルベルトも無事に見つけることができた。後は少年が素直に家に帰ってくれるかどうかだった。

――――――

その後、トウマたちは街の自警団の詰所にダンを引き渡した。詐欺の証拠もあったため、すぐに拘束されることになった。

「これでもう大丈夫だろう」

「ありがとうございました、トウマさん」

アルベルトは深々と頭を下げた。

「礼はいらない。それより、家に帰る気になったか?」

「はい……姉さんにも、父さんにも心配をかけました」

「そうか。それなら良い」

「でも、いつか必ず冒険者になります」

アルベルトの目には、まだ夢への憧れが残っていた。

「そうか、まぁ頑張れ。今度は正規の手続きでな」

「はい!」

アルベルトは力強く頷いた。

その後、トウマはアルベルトを連れて、ハーレル家の屋敷に向かった。

「エリーザさん、アルベルトを見つけました」

屋敷の門で報告すると、エリーザは涙を浮かべて喜んだ。

「本当ですか?無事だったんですね?」

その時、少し遅れて入ってきたアルベルトがエリーザを見て声を上げた。

「姉さん!」

「アルベルト!」

姉弟は涙を流しながら抱き合った。家族の再会を見届けたトウマは、静かにその場を後にした。

夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。今日もまた、一つの物語が終わりを告げようとしていた。
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