一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第103話 渦巻く陰謀、遺跡最奥での戦い

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古代の扉がゆっくりと開かれる瞬間、トウマとシガートの心臓は激しく鼓動していた。扉の向こうから漏れ出る赤い光が、二人の顔を不気味に照らしている。

「なんだ、この光は……」

「嫌な予感がするな」

扉を完全に開けた瞬間、二人の目に飛び込んできたのは、想像を絶する光景だった。

遺跡の最深部は、山の火口近くに作られた巨大な空間になっており、天井は遥か上まで続いて自然の岩肌が見えている。そして、その中央には複雑極まりない魔法陣が床一面に刻まれていた。魔法陣は古代文字で埋め尽くされ、幾重にも重なる円と線が複雑な幾何学模様を描いている。その全体が淡い紫色の光を放ち、脈打つように明滅を繰り返していた。

「これは……相当大規模な魔法陣だな」

「ああ。こんなに複雑な魔法陣は見たことがない」

魔法陣の向こうには、火口の底まで続く深い穴が口を開けている。その深さは目視では底が見えず、はるか下から赤い光がゆらゆらと立ち上っていた。時折、マグマの泡が弾ける音が響き、熱気が上昇してくる。

「マグマだまりが下にあるのか……」

「こんな場所で、いったい何を」

そして、その魔法陣の周りには――

「なんだ、あの数は……」

「多すぎるだろう、これは」

黒いローブに身を包んだ男たちが、数十人も魔法陣を囲むように円を描いて並んでいた。全員が深いフードを被っており、その表情は窺い知れない。彼らは低い声で何かを詠唱しており、その声が洞窟内に不気味に響いている。

それだけではない。彼らの周りには、これまで以上に強力そうな魔物たちが控えている。巨大な角を持つ獣、翼を広げた飛竜、そして見たこともない異形の生物たち。どれも普通の魔物とは明らかに異なる威圧感を放っていた。

「ほう、本当にやって来るとはな」

最前列に立つ黒ローブの男――明らかに他の者たちより一回り大きく、威圧感を放つ人物が、ゆっくりと振り返りながら言った。その声は低く、洞窟内に響き渡る。

「報告は受けていたが、よくここまで辿り着いたものだ」

男の声は落ち着いており、まるで全てが予想の範囲内だったかのような余裕を感じさせた。フードの奥から見える目は、赤く光っている。

「二人だけでここまで来るとは……愚かなのか、それとも無謀なのか」

「どっちでもいい。それよりお前ら、こんなところでいったい何をしている?」

トウマは片手剣を抜きながら、鋭い視線を男に向けた。

「何をしているか、か。ふっ、良いだろう、ここまでたどり着いた褒美に特別に教えてやろう」

男は口元に薄い笑みを浮かべる。その笑みは、まるで獲物を前にした獣のようだった。

「我々は魔王崇拝者。この古代より伝わる禁忌の儀式によって、偉大なる魔族の王――ルクスフェルド様を復活させようとしているのだ」

「魔族の王だと?」

シガートが驚愕の表情を浮かべる。大剣を握る手に、思わず力が入った。

「正気か、お前ら!そんなことをしたら、世界が大変なことになるぞ!」

「それこそが我々の望みだ」

男の声に、狂気じみた響きが混じる。

「人間如きが支配するこの腐った世界を、真の王に返すのだ。魔族の王こそが、この世界の真の支配者なのだ」

男の言葉に、周りの黒ローブたちも深く頷いている。彼らの目にも、同じような狂気の光が宿っていた。

「貴様らは何も分かっていない。人間の愚かさを、人間の醜さを。だが、ルクスフェルド様が復活されれば、全てが清められる」

「清められるだって?滅ぼされるの間違いだろう」

「滅びこそが、真の清浄なのだ」

(ダメだ。こいつら、本気で世界を滅ぼそうとしてやがる)

トウマは心の中で舌打ちした。相手が単なる盗賊や野盗なら、まだ話し合いの余地もあったかもしれない。しかし、この狂信者たちに理性的な説得は通用しそうにない。

「そうか、街の人たちが見た山の光は、この儀式の一部か何かだったわけだ」

「山の光?……なるほど。貴様たちはそれの調査に来たわけか。魔物たちに恐れをなして引いておけばよかったものを。なまじ強さがあるばかりにここまでたどり着いてしまったというわけか」

トウマたちがここまでやってきた理由を把握した男は、満足そうに頷く。

「まぁよかろう。儀式は既に最終段階に入っている。お前たちが来ようが来まいが、結果は変わらない」

「最終段階だと?」

「そうだ。あと少しで、ルクスフェルド様の復活が完了する。千年の時を経て、真の王がこの世界に戻られるのだ」

男の声は、恍惚とした響きを帯びていた。

「お前たちは運が良い。歴史的瞬間に立ち会えるのだからな」

「冗談じゃない」

トウマの瞳が、一瞬鋭く光った。

「そんなことは絶対にさせねぇ」

「ほう、たった二人で我々に立ち向かうというのか?」

男が嘲笑うような声を上げる。

「面白い。できるものならば、やってみるがいい」

男がそう言い終えると同時に、周りの魔物たちが一斉に動き始めた。地響きのような足音が洞窟内に響き、魔物たちの鳴き声が空気を震わせる。

「やるしかねぇな、シガート」

「ああ。魔王の復活なんてさせるわけにはいかねえ」

二人は背中合わせになりながら、襲い掛かってくる魔物たちを迎え撃った。

――――――

戦いが始まった当初、魔王崇拝者たちは余裕を見せていた。この場に居る魔物たちは山道に放ったただの魔物たちとは異なり、全て改造された強化個体たちだ。立った二人でどうにかできるものではない、と。しかし、その認識は僅かな時間で覆されることになった。

「はああああっ!」

シガートの大剣が、巨大な角を持つ獣の頭部を一刀両断する。血しぶきが宙に舞い、魔物は重い音を立てて倒れた。

「纏めて吹き飛べ!」

魔力を込めたトウマの片手剣から放たれた斬撃が、複数の魔物を瞬く間に斬り倒した。

トウマが右側の敵を引きつければ、シガートが左側から大剣を振るう。シガートが大技を放つ隙を、トウマが素早い動きでカバーする。トウマたちは長年の冒険で培われた息の合った動きで完璧な連携を見せ、次々と魔物たちを倒していった。

「馬鹿な!?こいつら予想以上に強いぞ!?」

「どっちもただの冒険者じゃない!このままでは、魔物たちが全滅してしまう!」

「ここに居るのはすべて強化個体たちだぞ。なぜこんなにあっさりと……」

実際、トウマとシガートは数多くの魔物と戦った経験から、効率的な戦い方を身につけていた。たとえ普通ではない魔物たちであっても、その動きを読み、弱点を突く技術はまさに熟練の冒険者ならではのものだった。

「仕方がない。お前達も迎撃に当たれ」

そう口にした黒ローブの男の表情には、明らかに焦りの表情を浮かんでいた。

「儀式を中断するのですか?」

「いや、儀式は続行する。半数も居れば十分だろう。お前たちで奴らを始末しろ!」

リーダーらしき男の合図で、黒ローブの男たちのうち十数人が前に出てきた。男たちは頷くと、何かの呪文を唱え始める。すると、男たちの体が変化し始めた。肌は黒ずんで岩のようになり、額から角が生え、口から牙が突き出してくる。手の爪は鋭く伸び、目は赤く光った。完全な魔族ではないが、人間でもない――半魔族化した姿だった。

「やつら、半魔だったのか」

「道理で魔王なんかを崇拝するわけだ」

半魔族化した男たちは、操られた魔物たちよりも遥かに強力な力を持っていた。爪や角を武器に、素早い動きでトウマたちに襲い掛かってくる。

「グオオオオ!」

最初の半魔がトウマに飛び掛かってきた。その爪は、岩をも砕くほどの鋭さを持っているが、トウマはそれを間一髪で避けながら反撃の剣を繰り出した。

「くそっ、硬い!」

剣が半魔の腕に当たるが、思うように傷をつけられない。半魔の皮膚は、まるで鎧のように硬化していた。

「こっちも同じだ。流石に魔物たちとはレベルが違うな」

シガートは大剣を横に薙ぎ払い、男の角と激突させた。火花が散り、金属音が響く。

「ぐうっ!」

「やはり、やるな。人間にしては」

半魔化した男は、シガートの力を認めるような表情を浮かべた。

「人間にしてはだと?舐めやがって!」

シガートは怒りに燃えながら、さらに力を込めて大剣を振るう。トウマの琥珀色の瞳も、いつのまにか金色にその輝きを変えていた。

「余力を残してる場合じゃなさそうだ。全力で行くぞ!」

――――――

戦いは激しさを増していく。魔物たちに加えて半魔化した男たちも加わり、二人は苦戦を強いられていた。

「はあ、はあ……思ったより手強いな」

「ああ。普通の魔物と違って、知能もあるから厄介だ」

半魔たちは単純な力だけでなく、戦術も使ってくる。連携を取り、トウマとシガートを分離させようとしたり、死角から攻撃を仕掛けたりと、油断ならない相手だった。

「だが、もう少しだ」

「ああ。何とか勝てそうだ」

長い戦いの末、敵の数は確実に減ってきていた。床には、倒された魔物や半魔の死体が散乱している。勝負はトウマたちの優勢に傾き始めていた。だが――

「ちっ、役立たず共が!こうなれば仕方ない」

突如、黒ローブたちのリーダーらしき男は短剣を取り出すと、自分の手首を切り裂いた。血が魔法陣に滴り落ちる。

「何を……?いや、まさか!?」

「ふふっ、そうだ。完全とはいかないがこれで儀式は完成する。残念だったな冒険者ども!」

「やめろ!」

トウマたちは急いで駆け寄ろうとしたが、残っていた魔物たちが二人の前に立ちはだかる。その間に残った黒ローブの男たちも同じように自分の血を魔法陣に注いでいった。

「封印されし魔の王よ、我らの血と魂を糧として、この世に再び姿を現せ!」

「くそっ、間に合わない!」

魔法陣が強烈な光を放ち始める。リーダーの男が最後の詠唱を終えると、魔法陣から巨大な影が立ち上がった。

「まじかよ……」

その影は、徐々に実体を持ち始める。身長は三メートルを超え、黒い翼を持つ人型の存在。顔は人間に似ているが、目は赤く光り、口元には鋭い牙が覗いていた。

「……ふむ。久しいな……」

魔王ルクスフェルドの重厚な声が、洞窟全体に響いた。
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