一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第10話 商人の娘と影の商会

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街道を歩きながら、トウマはエリカの横顔を盗み見た。彼女は時々振り返り、まるで追手を警戒するかのように後方を確認している。その仕草から、彼女が抱える恐怖の深さが伝わってきた。

「そんなに怯えなくても大丈夫だ。もし奴らが追ってきたとしても、俺がいる」

「はい。でも……カセガラ商会は本当に恐ろしい組織なんです」

エリカの声は震えていた。

「恐ろしい、ね。君の知っていることを教えてくれ」

「表向きは普通の商会ですが、裏では人身売買、麻薬の密売、恐喝……あらゆる悪事に手を染めています。この地域の商人たちは、皆彼らを恐れているんです」

トウマは眉をひそめた。思っていた以上に厄介な相手のようだ。

「君の家族の商会は、具体的にどんな商売をしてるんだ?」

「ハミルトン商会は、主に薬草や魔法薬の取引をしています。父は、品質の良い薬草を適正価格で取引することを信念としていて……」

エリカの表情が少し和らいだ。家族のことを話すときの彼女は、誇らしげだった。

「それで、カセガラ商会と対立することになったのか」

「はい。彼らは粗悪な薬草を高値で売りつけ、文句を言う商人には暴力で口を封じていました。父は商人組合の会長として、それを黙って見ていることができなくて……」

「なるほど、それで目を付けられたというわけか」

二人の会話が途切れた時、街道の向こうから馬蹄の音が聞こえてきた。トウマは警戒して立ち止まる。

「隠れろ」

「え?」

「いいから、あの茂みに隠れろ」

エリカを茂みに押し込むと、トウマは剣の柄に手を置いた。馬蹄の音は次第に近づいてくる。やがて、黒い外套を身に纏った騎士が三人現れた。

「おい、そこの冒険者」

先頭の騎士がトウマに向かって声をかけた。

「何か用か?」

「この街道で、商人の娘を見かけなかったか?エリカ・ハミルトンという名の」

トウマは表情を変えずに答えた。

「知らないな。そんな名前は聞いたことがない」

「そうか……」

騎士は疑いの目でトウマを見つめた。

「もし見かけたら、すぐにカセガラ商会まで連絡してくれ。礼金も弾む」

「分かった。気をつけて見ておくよ」

騎士たちは去っていった。トウマは彼らの姿が完全に見えなくなるまで待ってから、エリカを茂みから出した。

「あの人たちも……」

「ああ、間違いなくカセガラ商会の連中だな」

エリカの顔は青ざめていた。

「すみません……巻き込んでしまって」

「気にするな。むしろ面白くなってきた」

トウマはニヤリと笑った。その笑顔には、困難な状況を楽しんでいるような不敵さがあった。

――――――

夕方、二人は小さな宿場町に到着した。町の入り口には「ミドル町」と書かれた看板が立っている。

「ここで一泊しよう。今の君には、野宿は辛いだろう」

「あ、ありがとうございます」

宿屋に入ると、酒場が賑わっていた。商人や冒険者たちが酒を飲みながら情報交換をしている。トウマとエリカは隅のテーブルに座った。

「この町でも情報を集めてみよう。カセガラ商会について、何か分かるかもしれない」

トウマは酒場の店主に声をかけた。

「すみません、この辺りの商会について教えてもらえませんか?」

店主は警戒したような表情を見せた。

「商会?何の商会だ?」

「カセガラ商会という名前を聞いたことがあるんですが……」

カセガラ商会の名を聞いた途端、店主の顔が一瞬で青ざめた。

「その名前を口にするんじゃない!」

店主は慌てて周りを見回した。

「あいつらの耳は至る所にあるんだ。迂闊なことを言えば、この町だって……」

そのとき、酒場の扉が勢いよく開いt。黒い外套を着た男たちが数人入ってきた。酒場の空気が一瞬で張り詰める。

「店主、例の件はどうなった?」

先頭の男が店主に声をかけた。

「は、はい……今月分の上納金は、確実にお渡しします」

「そうか。それなら問題ないな」

男の視線が酒場の客たちを見回す。トウマとエリカのテーブルにも目が向けられた。

「おい、あんた」

男がトウマに声をかける。

「俺のことか?」

「ああ。見慣れない顔だな。旅の者か?」

「そうだが、それが何か?」

「いや、最近物騒でな。変な連中がうろついてるという話があってな」

男の目が鋭くなった。

「変な連中?」

「ああ。カセガラ商会の人間を始末した馬鹿がいるらしい」

トウマの表情は変わらなかった。

「へえ、そんなことがあったのか」

「もしそんな馬鹿を見つけたら、すぐに俺たちに連絡しろ。いいな?」

「分かった」

男たちは去っていった。酒場の雰囲気が少しずつ元に戻る。

「あの……」

エリカが震え声でトウマに声をかけた。

「大丈夫だ。動揺するな」

「でも、もうバレてるんじゃ……」

「まだ確証はない。焦る必要はない」

トウマは冷静だった。しかし、心の中では戦闘への準備を整えていた。

――――――

深夜、トウマは宿屋の二階の窓から外を見張っていた。エリカは隣のベッドで眠っている。

街の向こうから、複数の人影が近づいてくるのが見えた。

「やっぱり来たか」

トウマは剣を手に取った。

「エリカ、起きろ」

「……え?何ですか?」

「奴らが来る。逃げるぞ」

「えっ?」

窓の外から、複数の男の声が聞こえてきた。

「二階の奥の部屋だ」

「包囲は完了した」

トウマは素早く荷物をまとめた。

「窓から逃げるぞ」

「え?でも二階ですよ?」

「俺に掴まれ」

トウマはエリカを抱き上げ、窓から飛び降りた。着地の瞬間、魔法で衝撃を和らげる。

「きゃっ!」

「声を出すな」

二人はそのまま宿屋の裏手に回った。そこには馬が一頭つながれていた。

「失敬」

トウマは馬の手綱を解いた。

「馬泥棒ですか?」

「言ってる場合か。緊急事態だ、後で金は払うさ」

二人は馬に乗り、町を後にした。

――――――

翌朝、森の中で野宿していた二人は、焚き火を囲んで簡単な朝食を取っていた。

「昨夜はありがとうございました」

エリカがお礼を言った。

「気にするな。まだ安全圏じゃない」

「カセガラ商会の追手は、きっとまだ……」

そのとき、森の奥から馬蹄の音が聞こえてきた。

「随分しつこいな。まぁ、当然と言えば当然か」

トウマは立ち上がると、剣に手を掛けた。

「今度は隠れられそうにないし、戦うしかないか」

その言葉に、エリカの顔が青ざめる。

「でも、相手は何人いるか分からないんですよ?」

「だから面白いんだろう」

トウマの瞳が琥珀色に輝いた。彼の口元には、戦いを楽しみにするような笑みが浮かんでいる。

「エリカ、あの大きな木の陰に隠れてろ。何があっても出てくるな」

「分かりました……お気をつけて」

馬蹄の音が近づいてくる。やがて、黒い外套を着た騎士たちが現れた。今度は五人いる。

「今度こそ見つけたぞ、エリカ・ハミルトン。それに、我々の仲間を始末した冒険者だな?」

そう言って、先頭の騎士が剣を抜いた。

「仲間?ああ、あの三人組のことか。あいつらなら、まだ生きてるはずだぞ。少し痛い目に遭わせただけだ」

「そんなことはどうでもいい。我々の商売を邪魔したことに変わりはない」

「商売?人攫いが商売か?」

騎士の言葉に、トウマの表情が厳しくなった。

「この世界では、強者が弱者を支配するのが当然だ。それが分からぬ愚か者には、相応の報いを受けてもらう」

「ふざけるな」

トウマの声に怒りが込められた。

「俺が一番嫌いなのは、そういう考え方なんだよ」

そして戦いが始まった。騎士たちは連携して攻撃してくるが、トウマの動きは彼らを上回っていた。トウマの剣が宙を舞い、騎士たちの武器を次々と弾き飛ばす。

「なっ!?馬鹿な……貴様、一体何者だ……?」

「さあな。これで、終わりだ」

その言葉通り最後の騎士も地面に倒れると、トウマは剣を鞘に収めた。

「エリカ、もう大丈夫だ」

エリカが木の陰から出てきた。

「すごい……本当にすごいです」

「これで少しは時間が稼げるだろう。ラヴェリア街まで、急いで向かおう」

「はい!」

こうして、トウマとエリカの逃避行は続いた。カセガラ商会との戦いは、まだ始まったばかりだった。
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