一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬

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第40話 古代の門番と誇り高き決闘

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砂上都市マーカントを出立してから三日。トウマは次の目的地である港町ザフランへ向かって砂漠を進んでいた。ザフランには古代の海神神殿があると聞いており、そこで何か面白い依頼でもあればと考えていた。

「それにしても、暑いな」

トウマは額の汗を拭いながら呟く。砂漠の昼間は容赦なく、日陰を求めて歩き続けるのも一苦労だった。

水筒から水を一口飲み、地図を確認する。予定通りなら、あと半日でザフランに到着するはずだった。

「よし、このペースなら夕方には着くな」

そんな時、遠くに奇妙な建造物が見えた。砂丘の向こうに、青い石で作られた小さな神殿のような建物がぽつんと佇んでいる。

「ん?なんだあの建物……」

トウマは興味深そうに眺める。地図には載っていないが、砂漠には古い時代の遺跡が点在していることは珍しくない。

「気になるな、ちょっと見に行ってみるか」

普通なら素通りするところだが、何かに引き寄せられるようにトウマは足を向けた。

――――――

建物に近づくと、それは想像以上に古く、そして美しい建造物だった。青い石材は風化しながらも、古代の職人技術の高さを物語っている。入り口には複雑な紋様が刻まれており、見る者を圧倒する荘厳さがあった。

「これは……古代アルフィス帝国の建築様式だな」

トウマは建物の壁に手を触れる。石は冷たく、長い時間この場所に存在し続けてきたことを感じさせた。

「随分と保存状態が良いな。魔法でも使われているのか?」

入り口の扉は重厚な木製で、表面には金属の装飾が施されている。トウマが扉に近づくと、突然それが軽やかな音を立てて開いた。

「お?開くのか」

内部は外観に反して明るく、天井から柔らかな光が差し込んでいる。床には美しいモザイク模様が描かれており、壁には古代文字で何かが刻まれていた。

「魔法の光源か。まだ機能してるなんて、すごい技術だ」

トウマは感心しながら中に足を踏み入れる。神殿の中央には、青い石で作られた祭壇のようなものがあり、その前に一体の石像が立っていた。

石像は古代の戦士の姿をしており、片手に剣、もう片方の手に盾を持っている。精巧な彫刻で、今にも動き出しそうなほどリアルだった。

「見事な彫刻だな。これも古代の作品か?」

トウマが石像に近づいた時、突然それが動き出した。石の瞳が光り、まるで生きているかのように首を動かしてトウマを見つめる。

「なっ!動いた!?」

「異邦人か、随分と久しぶりだな」

石像が口を開く。声は重厚で、長い時間を経た古さを感じさせた。

「石像が喋った……」

トウマは驚きながらも、剣の柄に手をかける。相手の意図が分からない以上、警戒は怠れない。

「我はこの神殿の門番、ガーディアン・ロクス。太古の時代より、この場所を守り続けている」

「ガーディアン・ロクス?」

「そうだ。そして貴様は……」

石像はトウマの琥珀色の瞳をじっと見つめた。

「なかなか面白い魂を持っているではないか。久しぶりに出会ったな、真の戦士と呼べる者に」

「真の戦士?」

「貴様からは、只者ではない気配を感じる。その剣技、見せてもらおうか」

そこまで言うと突然、ロクスは剣を構えた。

「ちょっと待てよ。いきなり戦闘か?」

「これは戦闘ではない。決闘だ」

ロクスの声に誇りが込められていた。

「古代より伝わる、戦士の誇りをかけた神聖な決闘。貴様のような者と剣を交えるのは、我にとって最高の喜びだ」

「決闘、ね……」

トウマは苦笑いを浮かべる。しかし、ロクスの瞳に宿る戦士としての誇りを見て、断る気にはなれなかった。

「分かった。受けて立とう」

「そうこなくてはな!」

ロクスは嬉しそうに剣を振る。石でできた剣身が、魔法の光を反射してきらめいた。

「ただし、これは命のやり取りではない。互いの技量を確かめ合う、誇り高き決闘だ」

「了解した」

トウマも剣を抜く。神殿の中に、金属が擦れ合う音が響いた。

――――――

そして、決闘が始まった。

ロクスは石の身体でありながら、驚くほど俊敏に動く。剣技も古代の流派らしく、実戦的で無駄がない。

「はあっ!」

ロクスの剣が唸りを上げてトウマに向かう。トウマはそれを受け流しながら、反撃の機会を窺った。

「なかなかやるな」

「貴様もな。その剣技、どこで身につけた?」

「我流だよ。あちこち旅する間に色々とな」

二人の剣がぶつかり合い、火花が散る。神殿の中に金属音が響き渡った。

ロクスの攻撃は重く、一撃一撃に込められた力は相当なものだった。しかし、動きには古代の戦士らしい格式があり、決して卑怯な手は使わない。

「古代の剣術か。教本でしか見たことなかったが、実際に体験するとこんなに重いものなのか」

トウマは感心しながら、ロクスの剣を受け止める。

「貴様の剣技も興味深い。様々な流派が混在しているが、それでいて一つの完成した技術になっている」

「褒めてもらって光栄だ」

トウマは軽やかにステップを踏み、ロクスの側面に回り込む。しかし、ロクスも素早く振り返り、その攻撃を受け止めた。

「速いな!」

「石の身体だからといって、侮るなよ」

ロクスの反撃が続く。縦、横、袈裟懸け、突き。古代剣術の基本技が、洗練された動きで繰り出される。

トウマはそれらを全て受け流しながら、徐々にロクスの技術の高さを理解していった。

「すごいな。これが古代の戦士の技術か」

「我が生きていた時代、戦士は誇りを何よりも重んじていた。技術もそうだが、心構えが現代の者とは違う」

「心構え?」

「戦いは単なる勝負ではない。互いの魂をぶつけ合う、神聖な行為だ」

ロクスの言葉に、トウマは深く頷く。

「なるほど、それは分かる気がする」

決闘は続いた。両者とも本気で戦っているが、殺し合いではない。技術を磨き合い、互いを高め合う、そんな戦いだった。

「はあっ!」

トウマの連続攻撃が始まる。剣先が光の軌跡を描き、ロクスに向かって襲いかかった。

「おおっ!素晴らしい!」

ロクスは嬉しそうに声を上げながら、全ての攻撃を受け止める。

「その技、見事だ!まさに現代の戦士の技術!」

「まだまだだ!」

トウマは更に激しく攻める。剣技が極限まで高まり、神殿の中が剣戟の音で満たされた。

そして、ついに決着の瞬間が来た。

二人の剣が激しくぶつかり合い、そのまま膠着状態になる。互いの技量が拮抗し、どちらも一歩も譲らない。

「……引き分けだな」

ロクスが静かに決闘の終わりを告げる。

「ああ、互角だな」

トウマもそう応えて剣を下ろした。

「素晴らしい決闘だった。久しぶりに心の底から楽しめた」

ロクスの石の顔に、満足そうな表情が浮かんだ。

「こちらこそ。古代の剣術を体験できて、勉強になったよ」

「貴様のような戦士に出会えて、我は幸せだ」

――――――

決闘を終えた二人は、神殿の中央で休息を取った。ロクスは祭壇の前に腰を下ろし、トウマは床に座り込む。

「ロクスは、ずっとこの場所に一人で居たのか?」

「そうだ。古代アルフィス帝国が滅びた後も、ずっとこの神殿を守り続けている」

「寂しくはないのか?」

「多少の寂しさを感じることはある。だが、それが我の使命だ」

ロクスの声に、深い誇りが込められていた。

「古代の戦士たちは、一度決めた誓いは必ず守り抜く。たとえ何百年かかろうとも」

「立派だな」

その言葉の重みに、トウマは素直に感心した。

「そういえば、この神殿は一体何のために作られたんだ?」

「ここは古代の『決闘神殿』だ。戦士たちが技術を磨き合い、互いを高め合うために建てられた」

「決闘神殿?」

「そうだ。単なる戦いの場所ではない。戦士の魂を高める、神聖な場所だ」

ロクスは祭壇を見上げる。

「古代の戦士たちは、ここで決闘を行い、勝者も敗者も互いを讃え合った。それが我々の流儀だった」

「いい伝統だな」

「だが、時代が変わり、そんな戦士は少なくなった。貴様のような者に出会えるのは、本当に稀だ」

トウマは立ち上がり、神殿を見回す。

「この神殿、このまま朽ちさせるのは勿体ないな」

「……そう言って貰えるのは嬉しいがな」

ロクスの声に、少し寂しさが混じった。

「だが、たとえそれが運命だとしても、我が使命を放棄するわけにはいかない」

「そうか。もし機会があったら、また決闘をしよう」

「おぉ、それは嬉しいな!待っているぞ!」

トウマは剣を鞘に収めると、神殿の出口に向かう。

「それじゃあ、またな」

「あぁ、さらばだ、トウマ。貴様ならば心配は無用だと思うが、気を付けてな」

――――――

神殿を後にしたトウマは、再び砂漠の道を歩き始めた。夕日が砂丘を赤く染め、美しい光景が広がっている。

「面白い出会いだったな」

振り返ると、神殿はまた静かに佇んでいた。ロクスは再び石像の姿に戻り、次の来訪者を待っているのだろう。

「古代の戦士の誇り、か……」

トウマは自分の剣を見つめる。ロクスとの決闘で、改めて戦士としての在り方を考えさせられた。

「俺も、もっと精進しないとな」

そんなことを考えながら歩いていると、遠くに港町ザフランの灯りが見えてきた。

「おっ、ようやく着いたか」

トウマは足を速める。ザフランではどんな出会いが待っているのだろうか。

「まずは宿を取って、明日ギルドに行ってみよう」

港町特有の潮の香りが風に乗って運ばれてくる。トウマは深呼吸をすると、ザフランの街へと向かっていった。

決闘神殿での出会いは、また一つ、彼の旅の思い出を豊かにしてくれた。そして、古代の戦士の誇りを胸に、新たな冒険への一歩を踏み出すのだった。
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