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十九
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二人の聖女のおかげで魔剣は浄化されて本来の姿を取り戻した。
魔の影響をもろに受けていた勇気も、先程の沙織のアッパーが効いたのかすっかり浄化されている。
これで、めでたしめでたし……とはもちろんいかなかった。
バルドゥルの周りにいつものメンバーが集まり、何やらを話し合っている。
残念ながら問題はまだまだ山積みだ。けれど、それを解決するのは王家であり、それを支える忠臣達。
自分には関係ないとさっさとその場を立ち去ろうとするレン。その後ろには沙織もしれっとついている。
けれど、そんな二人の前に立ち塞がったのはアルミンだ。レンは反射的に足を止めた。その隙にベンノが追いかけてきてレンに話しかける。
「お待ちください」
「待ちません。僕らには早く帰ってしないといけないことがあるので」
しないといけないこと、それはすなわち金稼ぎだ。
一応イーヴォには事情をそれとなく話して数日分の休暇を申請してきた。
万が一、これで帰るのが遅れて給料がひかれたり、首にでもなったら最悪だ。
――――高収入の仕事を逃してたまるもんか!
勇気が勇者ではないとわかった今、レンとしてはさっさとお金を稼いで次の勇者を探す旅に出たいと考えていた。そう、この男……まだ他に勇者がいると思っているのである。
沙織は沙織で、この国を早く抜け出したい理由があった。
アメリアやマリアといった友人とはもっとゆっくり話したいとは思うものの、それ以上に……早く勇気の手が届かないところに行きたかった。
浄化のおかげか今勇気はしおらしくなっているが、それがいつまで続くのかはわからない。
元に戻った場合面倒になることは目に見えている。
今すぐにでも国を出て行こうとする二人を前に、ベンノは服が汚れるのも構わず二人の足元に座り、縋るように見上げた。
「そこをどうか! 今しばらく滞在していただけないでしょうか?! 真の勇者様はレン様だったと国内外に知らせたいのです。噂が広がるまでは、いえ、認定式だけでも参加していただけないでしょうか!?」
「そう、言われても……契約はすでに切れていますし。僕は真の勇者では無いのでその認定式には出られませんし」
「まだ認めないの? 頑固ねえ」
ぼそっとアメリアが呟いたのをレンの耳はしっかりと捉えていたが聞こえていないフリをする。
「ちょっと待ちなさい! 勇者はユウキ様でしょう?! それに、その人がレン様ってどういうことなの?! 確かに似ているけど、身長も体格も全く違うじゃない!」
クリスティーヌが焦ったように言う。
アメリアはクリスティーヌの瞳が揺れていることに気づいた。
色恋沙汰に興味がないとはいえ、アメリアは耳年増であり、歳だけは人の何倍も取っている。
アメリアの目にはクリスティーヌがレンへの複雑な感情を持て余しているように見えた。
とはいえ、クリスティーヌとレンが再び婚約を結ぶことはありえない。クリスティーヌにはもう勇気しかいないのだ。そのことをクリスティーヌもわかっているはず。
そして、勇気はと言えば、近くでクリスティーヌが喚いているのにも関わらず自分のことで精一杯のようだ。
勇気がふらりと顔を上げ、何かを探すように顔を動かした。
沙織を視界に捉える。視線が合い、沙織はびくりと身体を揺らした。慌ててレンの後ろに隠れる。
勇気は傷つきながらも、声を絞り出した。
「沙織……俺、」
「……」
けれど、沙織は名前を呼んでもレンの後ろに隠れたままで顔すら出してくれない。
泣きたくなるくらい胸が締め付けられた。同時に自覚する。
――――ああ、そうか。俺はずっと沙織が好きだったのか。
今までずっと勇気は沙織を側においてきた。沙織が嫌がっても。沙織が誰かに嫌われても。それでも、構わなかった。
だって、沙織の隣は自分だけのものだから。それが、絶対だから。
日本にいた時のこと、この世界にきてからのことがまるで走馬灯のように頭の中で流れる。
そして、何となく気付いた。自分は長い間、沙織を傷つけてきたのではないのかと。
もしかしたら、好かれるどころか、嫌われているかもしれないと。
それでも、勇気は沙織に向かって手を伸ばした。
視界の中に己の手が映り込む。瞬間、その手でどれだけの女性を抱いたのかフラッシュバックした。
――――ダメだ。こんな汚い手では触れられない。
伸ばしていた手をゆっくりと下ろす。
「沙織、今更だけど……ごめん。ごめんな」
自然と涙がこぼれ落ちていく。
勇気の泣き声混じりの謝罪は沙織の耳にも届いていた。
けれど、ここで許しても何も変わらない。
沙織は一時の感情に流されないようにとレンの背中の服を掴んで耐えた。
ただ、ここで我慢できなかった者が一人いる。クリスティーヌだ。自分のことは棚に置いて、クリスティーヌは怒りで顔を真っ赤にした。
クリスティーヌにとって沙織は最初から気に食わない人物だった。
たいして美人でも無いし、取り柄もなさそうな凡庸を絵に描いたような女性。クリスティーヌにとってはそれが沙織の全てだった。渡り人だろうが、光魔法の使い手だろうが、自分よりは格下の相手。
その程度の女なのに、勇気はいつも沙織を気にかけているようだった。クリスティーヌはそれがずっと許せなかった。
勇気が魔の影響を受け、他の女を抱くようになった時も苛立ったがその比ではない。
――――ありえない!
浄化されて正気に戻ったはずの勇気が、まるで愛の告白のようなセリフを沙織に吐いているのだ。
婚約者のクリスティーヌに謝罪するでも、機嫌を取ろうとするでもなく、視界に映すことすらせず、沙織だけを見つめている。
――――こんなことが許されるはずがない!
クリスティーヌはこみあげてきた激情を隠して口を挟んだ。
「ベンノ、もういいでしょう。我が国にはユウキ様がいるんだから、引き止める必要なんてないわ。ああ、でも、その聖剣は置いていってちょうだいね。その聖剣は真の勇者のものなんだから」
クリスティーヌのセリフに全員が固まる。
バルドゥルでさえ、自分の娘をまるで得体のしれないモンスターをみるような目で見つめた。
なぜ、これだけの被害を出していて聖剣を再び勇気に持たせようとするのか。
本人ですら、もうその聖剣を手にする気はないのに。
レンは残念そうな顔で首を横に振った。
「それはできないよ」
「なぜ? あなたには相応しくない代物でしょう?」
「僕もその意見には同意するけど、ユウキ様が勇者ではなかった以上渡せないよ。もう一度渡したところで同じ結果を繰り返すだけだ」
クリスティーヌの顔が赤に染まり、ナニカを思い出して青褪める。
それでも諦めきれず、口を開こうとした。
しかし、それを勇気が止める。
「クリスティーヌ、もういい」
「っ! ユ、ユウキ様、なぜ止めるのですっ?!」
「っクリスティーヌ」
勇気が厳しい声で名前を呼ぶと、クリスティーヌは渋々口を閉ざした。
悲し気に勇気が微笑む。
「俺にはあの聖剣を使うことはできても使いこなすことはできない。無理だ。今回のことでそれが痛いほどわかった。俺はもう二度と同じ過ちをしたくない。わかってくれ。……もう傷つけたくはないんだ」
「ユウキ、様」
切実なお願いにクリスティーヌの胸が締め付けられた。
――――それだけ後悔しているということなのね。私を傷つけたことを。それならば仕方ないわ……私だってもうあんな思いはしたくないもの…………?
クリスティーヌは違和感に気づいた。勇気の視線が捉えているのは自分ではない気がする。
勇気の視線の先を辿っていくと……その先にいたのは沙織。
――――どうして? どうしてよ?!
憎しみをこめた瞳を沙織に向ける。
沙織の前にさっとレンが立った。
その時、
「そこまでよ」
アメリアの声が響き渡る。
「クリスティーヌ。二人はこの国にとって恩人にも等しい人達。そんな彼らを蔑ろにするような言動は、国を、民を守る王族の一員として相応しくないと見なします。……これは、王妃としての言葉よ」
「なっ」
クリスティーヌは目を見開き固まる。
ようやくクリスティーヌは気づいた。自分が心の中で下に見ていたアメリアが自分より上の立場にいるということに。
思わず救いを求めるようにクリスティーヌはバルドゥルを見た。
けれど、バルドゥルは瞬きをして、困ったように眉を下げるだけ。
アメリアが何も言わずバルドゥルを見つめると、バルドゥルは仕方なく口を開いた。
「クリスティーヌ。なぜ、そんな目で僕を見るんだい? 答えなんて決まっているだろうに」
クリスティーヌの頬が赤みを取り戻す。
けれど、次のバルドゥルの言葉を聞いて固まった。
「僕は王だよ。国を優先しなければならない王だ。今更二人を引き裂くことはさすがにしないけど……ユウキ様のせいで国は迷惑を被ったんだから王として勇者認定は取り消すしかないよね? ベンノもこのままだと王家の威信が失墜するって言っていたし」
「そん、な」
バルドゥルの発言の内容にベンノは眉を寄せたものの、否定はしなかった。
言いたいことは山ほどあったが、『バルドゥルも大概だが、それ以上にクリスティーヌも大概だ』と今回のことでよーくわかっただけでもよしということにしようと、目を閉じたのだ。
その時、沙織がなにかに気づき、クリスティーヌに近づくとそっと手で払った。
全て消えたのを確かめ、沙織は満足気に頷く。
アメリアが小声で声をかけた。
「もしかして?」
「うん。薄っすらだけど憑いてた。たぶん勇気の影響じゃないかな。多分アメリアも意識して見れば見えると思うよ」
「なるほど。……なら、他にもいないか一応確認しておいたほうがよさそうね」
特にユウキと関係をもった人達を。
「しばらくの間、あの部屋使うから」
アメリアが言えば、バルドゥルは二つ返事で応える。
「うん。わかったー」
あの部屋とは、バルドゥルの隣の部屋……つまり、王妃の部屋のことだ。
いちいち該当者の家に訪ねに行くには手間も時間もかかる。それなら、城に呼び出してしまった方が早い。どうせ、他に確認することもあるだろうからとアメリアはベンノをちらりと見た。
ベンノもわかっているようで、頷き返す。
さて、とアメリアは沙織とレンに声をかけた。
この場を立ち去るなら、クリスティーヌとユウキが意気消沈している今だ。
「元気でね。落ち着いたら連絡ちょうだい」
「もちろん。アメリアも元気でね!」
「アメリアも大変だろうけど、頑張れ」
レンの一言に苦笑しながらも頷く。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
レンに促され、沙織はアメリアと一度ハグしてから離れる。
「レン」
「マンフレート?」
「あー……」
自分でもなぜ声をかけたのかわからないような表情のマンフレート。
でも、レンには何となくわかった。
面倒見がよく、常識人で、苦労人なマンフレートのことだ……気にしないでいいことばかり考えて思考が定まっていないのだろう。
だから、レンは満面の笑みを浮かべた。
「またね!」
「! お、おう! またな!」
マンフレートとアメリアがにこやかに手を振る後ろで、残された面々が複雑な表情を浮かべていた。
一方、レンと沙織はスッキリした顔付きでワグナー王国を出ていったのである。
魔の影響をもろに受けていた勇気も、先程の沙織のアッパーが効いたのかすっかり浄化されている。
これで、めでたしめでたし……とはもちろんいかなかった。
バルドゥルの周りにいつものメンバーが集まり、何やらを話し合っている。
残念ながら問題はまだまだ山積みだ。けれど、それを解決するのは王家であり、それを支える忠臣達。
自分には関係ないとさっさとその場を立ち去ろうとするレン。その後ろには沙織もしれっとついている。
けれど、そんな二人の前に立ち塞がったのはアルミンだ。レンは反射的に足を止めた。その隙にベンノが追いかけてきてレンに話しかける。
「お待ちください」
「待ちません。僕らには早く帰ってしないといけないことがあるので」
しないといけないこと、それはすなわち金稼ぎだ。
一応イーヴォには事情をそれとなく話して数日分の休暇を申請してきた。
万が一、これで帰るのが遅れて給料がひかれたり、首にでもなったら最悪だ。
――――高収入の仕事を逃してたまるもんか!
勇気が勇者ではないとわかった今、レンとしてはさっさとお金を稼いで次の勇者を探す旅に出たいと考えていた。そう、この男……まだ他に勇者がいると思っているのである。
沙織は沙織で、この国を早く抜け出したい理由があった。
アメリアやマリアといった友人とはもっとゆっくり話したいとは思うものの、それ以上に……早く勇気の手が届かないところに行きたかった。
浄化のおかげか今勇気はしおらしくなっているが、それがいつまで続くのかはわからない。
元に戻った場合面倒になることは目に見えている。
今すぐにでも国を出て行こうとする二人を前に、ベンノは服が汚れるのも構わず二人の足元に座り、縋るように見上げた。
「そこをどうか! 今しばらく滞在していただけないでしょうか?! 真の勇者様はレン様だったと国内外に知らせたいのです。噂が広がるまでは、いえ、認定式だけでも参加していただけないでしょうか!?」
「そう、言われても……契約はすでに切れていますし。僕は真の勇者では無いのでその認定式には出られませんし」
「まだ認めないの? 頑固ねえ」
ぼそっとアメリアが呟いたのをレンの耳はしっかりと捉えていたが聞こえていないフリをする。
「ちょっと待ちなさい! 勇者はユウキ様でしょう?! それに、その人がレン様ってどういうことなの?! 確かに似ているけど、身長も体格も全く違うじゃない!」
クリスティーヌが焦ったように言う。
アメリアはクリスティーヌの瞳が揺れていることに気づいた。
色恋沙汰に興味がないとはいえ、アメリアは耳年増であり、歳だけは人の何倍も取っている。
アメリアの目にはクリスティーヌがレンへの複雑な感情を持て余しているように見えた。
とはいえ、クリスティーヌとレンが再び婚約を結ぶことはありえない。クリスティーヌにはもう勇気しかいないのだ。そのことをクリスティーヌもわかっているはず。
そして、勇気はと言えば、近くでクリスティーヌが喚いているのにも関わらず自分のことで精一杯のようだ。
勇気がふらりと顔を上げ、何かを探すように顔を動かした。
沙織を視界に捉える。視線が合い、沙織はびくりと身体を揺らした。慌ててレンの後ろに隠れる。
勇気は傷つきながらも、声を絞り出した。
「沙織……俺、」
「……」
けれど、沙織は名前を呼んでもレンの後ろに隠れたままで顔すら出してくれない。
泣きたくなるくらい胸が締め付けられた。同時に自覚する。
――――ああ、そうか。俺はずっと沙織が好きだったのか。
今までずっと勇気は沙織を側においてきた。沙織が嫌がっても。沙織が誰かに嫌われても。それでも、構わなかった。
だって、沙織の隣は自分だけのものだから。それが、絶対だから。
日本にいた時のこと、この世界にきてからのことがまるで走馬灯のように頭の中で流れる。
そして、何となく気付いた。自分は長い間、沙織を傷つけてきたのではないのかと。
もしかしたら、好かれるどころか、嫌われているかもしれないと。
それでも、勇気は沙織に向かって手を伸ばした。
視界の中に己の手が映り込む。瞬間、その手でどれだけの女性を抱いたのかフラッシュバックした。
――――ダメだ。こんな汚い手では触れられない。
伸ばしていた手をゆっくりと下ろす。
「沙織、今更だけど……ごめん。ごめんな」
自然と涙がこぼれ落ちていく。
勇気の泣き声混じりの謝罪は沙織の耳にも届いていた。
けれど、ここで許しても何も変わらない。
沙織は一時の感情に流されないようにとレンの背中の服を掴んで耐えた。
ただ、ここで我慢できなかった者が一人いる。クリスティーヌだ。自分のことは棚に置いて、クリスティーヌは怒りで顔を真っ赤にした。
クリスティーヌにとって沙織は最初から気に食わない人物だった。
たいして美人でも無いし、取り柄もなさそうな凡庸を絵に描いたような女性。クリスティーヌにとってはそれが沙織の全てだった。渡り人だろうが、光魔法の使い手だろうが、自分よりは格下の相手。
その程度の女なのに、勇気はいつも沙織を気にかけているようだった。クリスティーヌはそれがずっと許せなかった。
勇気が魔の影響を受け、他の女を抱くようになった時も苛立ったがその比ではない。
――――ありえない!
浄化されて正気に戻ったはずの勇気が、まるで愛の告白のようなセリフを沙織に吐いているのだ。
婚約者のクリスティーヌに謝罪するでも、機嫌を取ろうとするでもなく、視界に映すことすらせず、沙織だけを見つめている。
――――こんなことが許されるはずがない!
クリスティーヌはこみあげてきた激情を隠して口を挟んだ。
「ベンノ、もういいでしょう。我が国にはユウキ様がいるんだから、引き止める必要なんてないわ。ああ、でも、その聖剣は置いていってちょうだいね。その聖剣は真の勇者のものなんだから」
クリスティーヌのセリフに全員が固まる。
バルドゥルでさえ、自分の娘をまるで得体のしれないモンスターをみるような目で見つめた。
なぜ、これだけの被害を出していて聖剣を再び勇気に持たせようとするのか。
本人ですら、もうその聖剣を手にする気はないのに。
レンは残念そうな顔で首を横に振った。
「それはできないよ」
「なぜ? あなたには相応しくない代物でしょう?」
「僕もその意見には同意するけど、ユウキ様が勇者ではなかった以上渡せないよ。もう一度渡したところで同じ結果を繰り返すだけだ」
クリスティーヌの顔が赤に染まり、ナニカを思い出して青褪める。
それでも諦めきれず、口を開こうとした。
しかし、それを勇気が止める。
「クリスティーヌ、もういい」
「っ! ユ、ユウキ様、なぜ止めるのですっ?!」
「っクリスティーヌ」
勇気が厳しい声で名前を呼ぶと、クリスティーヌは渋々口を閉ざした。
悲し気に勇気が微笑む。
「俺にはあの聖剣を使うことはできても使いこなすことはできない。無理だ。今回のことでそれが痛いほどわかった。俺はもう二度と同じ過ちをしたくない。わかってくれ。……もう傷つけたくはないんだ」
「ユウキ、様」
切実なお願いにクリスティーヌの胸が締め付けられた。
――――それだけ後悔しているということなのね。私を傷つけたことを。それならば仕方ないわ……私だってもうあんな思いはしたくないもの…………?
クリスティーヌは違和感に気づいた。勇気の視線が捉えているのは自分ではない気がする。
勇気の視線の先を辿っていくと……その先にいたのは沙織。
――――どうして? どうしてよ?!
憎しみをこめた瞳を沙織に向ける。
沙織の前にさっとレンが立った。
その時、
「そこまでよ」
アメリアの声が響き渡る。
「クリスティーヌ。二人はこの国にとって恩人にも等しい人達。そんな彼らを蔑ろにするような言動は、国を、民を守る王族の一員として相応しくないと見なします。……これは、王妃としての言葉よ」
「なっ」
クリスティーヌは目を見開き固まる。
ようやくクリスティーヌは気づいた。自分が心の中で下に見ていたアメリアが自分より上の立場にいるということに。
思わず救いを求めるようにクリスティーヌはバルドゥルを見た。
けれど、バルドゥルは瞬きをして、困ったように眉を下げるだけ。
アメリアが何も言わずバルドゥルを見つめると、バルドゥルは仕方なく口を開いた。
「クリスティーヌ。なぜ、そんな目で僕を見るんだい? 答えなんて決まっているだろうに」
クリスティーヌの頬が赤みを取り戻す。
けれど、次のバルドゥルの言葉を聞いて固まった。
「僕は王だよ。国を優先しなければならない王だ。今更二人を引き裂くことはさすがにしないけど……ユウキ様のせいで国は迷惑を被ったんだから王として勇者認定は取り消すしかないよね? ベンノもこのままだと王家の威信が失墜するって言っていたし」
「そん、な」
バルドゥルの発言の内容にベンノは眉を寄せたものの、否定はしなかった。
言いたいことは山ほどあったが、『バルドゥルも大概だが、それ以上にクリスティーヌも大概だ』と今回のことでよーくわかっただけでもよしということにしようと、目を閉じたのだ。
その時、沙織がなにかに気づき、クリスティーヌに近づくとそっと手で払った。
全て消えたのを確かめ、沙織は満足気に頷く。
アメリアが小声で声をかけた。
「もしかして?」
「うん。薄っすらだけど憑いてた。たぶん勇気の影響じゃないかな。多分アメリアも意識して見れば見えると思うよ」
「なるほど。……なら、他にもいないか一応確認しておいたほうがよさそうね」
特にユウキと関係をもった人達を。
「しばらくの間、あの部屋使うから」
アメリアが言えば、バルドゥルは二つ返事で応える。
「うん。わかったー」
あの部屋とは、バルドゥルの隣の部屋……つまり、王妃の部屋のことだ。
いちいち該当者の家に訪ねに行くには手間も時間もかかる。それなら、城に呼び出してしまった方が早い。どうせ、他に確認することもあるだろうからとアメリアはベンノをちらりと見た。
ベンノもわかっているようで、頷き返す。
さて、とアメリアは沙織とレンに声をかけた。
この場を立ち去るなら、クリスティーヌとユウキが意気消沈している今だ。
「元気でね。落ち着いたら連絡ちょうだい」
「もちろん。アメリアも元気でね!」
「アメリアも大変だろうけど、頑張れ」
レンの一言に苦笑しながらも頷く。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
レンに促され、沙織はアメリアと一度ハグしてから離れる。
「レン」
「マンフレート?」
「あー……」
自分でもなぜ声をかけたのかわからないような表情のマンフレート。
でも、レンには何となくわかった。
面倒見がよく、常識人で、苦労人なマンフレートのことだ……気にしないでいいことばかり考えて思考が定まっていないのだろう。
だから、レンは満面の笑みを浮かべた。
「またね!」
「! お、おう! またな!」
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◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
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