捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

文字の大きさ
36 / 68
3章

36 疑念 ①

しおりを挟む

 たくさんの本が並ぶ一室。
 窓もないその部屋で目的のものを探すべく、ルディオは本棚を端から眺めていた。

「何をするのかと思ったら、また呪いについて調べるのかい?」

 ここは王城の近くにある、王立図書館。
 その最深部にある、関係者以外立ち入ることが許されていない資料室に、二人はいた。

「ハラン、何故ついてきた? 邪魔したいだけなら、追い出すぞ」
「まさか。傷心の王太子殿下が気になっただけさ」

 おどけた調子で言う友人を、きつく睨みつける。
 ハランシュカはわざとらしく慌てて、肩を竦めながら言った。

「ごめんごめん。正確には傷心になり損ねた、だったね」

 なにを指しているのかは分かっている。昨日、あの白い建物で起きたことを言っているのだろう。

「君を慰める言葉をいろいろと考えていたのに、全て無駄になったなぁ」

 冗談めかした言葉に、溜め息をつく。
 こんなやり取りはいつものことで、多少苛つきはするが呪いの引き金になるほどではない。それはハランシュカも分かっていて、ルディオを本気で怒らせないギリギリのラインで、毎回からかってくるのだ。

 嫌がらせとも言えない行為だが、面と向かって言ってくるのはハランシュカだけだ。
 仲のいい弟たちでさえ、ルディオに対しては気を遣っている部分がある。
 だからこそ、遠慮のない彼のそういったところに、助けられているのも事実だった。

「別に慰めてもらっても構わないが?」
「いやだね、面倒くさい」
「おまえな……」

 部屋に備え付けられている椅子に座り、腕と脚を組みながら、ハランシュカはつまらなそうに言った。

「それにしても、随分と丸く収まったもんだ」
「不満そうだな」
「そうでもありませんよ? ただ少し、腑に落ちないところがあってね」

 考え込むように、視線を空中へ投げる。
 その様子を本棚の隙間から覗きながら、問いかけた。

「どういうところが?」
「そうだねぇ……たとえばあの血のあとを見て、君を探しに行ったところとか。普通だったら、人を呼びに行くよねぇ」

 包帯の巻かれた己の右手を見て、当時の状況を思い出す。



 あの日、食事会の席で、ルディオは湧き上がる怒りを必死で抑えていた。

 アレストリアの政治を担う者の中には、ヴェータという国を根本から嫌っている者が少なくない。平和を愛する国が、戦争ばかり繰り返していた国に、良い印象を持たないのは当たり前だ。

 それ故、ヴェータの王女であるシェラを快く思っていない者も多かった。
 特に古い考えを持った高齢の高官たちは顕著で、遠慮のない言葉でルディオに詰め寄る。

『まさか、本当にヴェータの王女を娶るとは。王家の血筋に、あの野蛮な国の血を混ぜるのは感心しませんな』

『全くです。いくらヴェータとの仲を取り持つためとはいえ、正妻に据えるなど以ての外ですぞ。せめて側室にしなされ』

 これくらいならまだいい。そういう意見が出ることは、あらかじめ予想していたから。
 だが、次に言われた内容は、さすがに許容し難いものがあった。

『殿下、私からひとつ提案があるのですが、よろしいですかな?』
『提案?』
『ええ。親戚の伯爵家の息子がちょうど相手を探しておりましてな。ヴェータとの関係改善が済んだのちは、その王女を下賜していただくのは如何です? 王女の方が殿下に飽きたと噂を流せば、角は立ちますまい』

 その息子とやらはたしか四十を超えた、シェラにとっては親とも言えるような年齢だったはずだ。
 思わず馬鹿を言うなと怒鳴りつけそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。

 ある程度のことは覚悟していたが、ここまで明け透けに言われるとは思っていなかった。よほどヴェータという国に嫌悪感があるのだろう。

 そして、彼らが悪意を持って言っているのではないことが、一番厄介だった。みなアレストリアを思うがために、進言してくるのだ。

 自分自身のことを悪く言われるのは気にならない。立場上、今までにいろいろと経験してきた。感情を抑える方法は心得ている。
 だが、それが大切な人のことになると、そうもいかないのだと分かってしまった。

 ひとつひとつの言葉は大したことはなくとも、積み重ねればそれは呪いの引き金になる。

 さすがにまずいと思い、体調不良を理由に抜け出すことにした。
 自室に戻り、落ち着くために飲み直そうかと手にとったグラスは、己の不注意で床へと落ちていく。

 積み重なった怒りの感情は、そんな些細な苛立ちで呪いが発動しそうなほど、膨れ上がっていた。

 咄嗟に割れたグラスの破片を強く握り、痛みでごまかす。
 ここにいてはまずいと思い、足早に部屋から立ち去った。

 まさか己の血の跡を頼りに、彼女につけられているとは思わなかった。冷静であれば気配に気づけたかもしれないが、あの時は自分の中の感情を抑えるのに必死だったのだ。

 ハランシュカの言う通り、あの血まみれの床を見たら、普通は人を呼ぶだろう。
 女性であればなおさら、血のあとを辿って後を付けようなどとは思わないはずだ。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...