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4・ドーナツ誕生
第10話 僕の油がついに
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「そうそうそう。ナザルさん覚えがいいわ。うちの人と大違い。一つ教えたらすぐに覚えてしまうんだもの」
「いやいや、奥さんの教え方が上手いんですよ。本当に分かりやすくて、最高の先生です」
僕はすらりとした黒髪の美女と談笑している。
彼女は、ギルドマスターの奥様。
僕が依頼書紛失事件を解決したご褒美として、料理を教えてくれることになったのだ。
この奥さん、見た目が異常に若い。
というのも、ギルドマスターが若い頃にアーラン地下遺跡を探索していた際、謎のポッドに包まれて眠っていた彼女を発見したのだそうだ。
ギルドマスターは彼女を目覚めさせ、連れ帰り、この世界の色々なことを教えた。
そして二人はパーティを組み、冒険したのだとか……。
その時から、奥さんは年を取っていないらしい。
ギルドマスターとの間には息子さんも三人こさえたのだが、とうとう一番下の息子に外見年齢で追い越されてしまったのだとか。
話を元に戻そう。
今重要なのは、僕が料理を習っているということだ。
「まあ、ありがとうナザルさん。やっぱり若いっていいわね。うちの人ったら、何を言っても最近はすぐに忘れてしまうから」
「ははは、年を食うというのはそういうものですからね。あっ、ここで生地はざっくりこねるくらいでいいんでしたよね」
「ええ。空気を含ませないといけないから。ぎゅうぎゅう押したら、硬いクッキーになってしまうかも」
クスクス笑う奥さん。
名前をドロテアと言って、多分人間ではない。
ギルドマスターが、自分の目が黒いうちは魔術師ギルドに奥さんを調べさせないぞ、と言っているので、誰も彼女の種族を知らないのだ。
この世界、戸籍なんかが結構いい加減で、人頭税さえ払っていれば何も文句は言われないところがある。
なので、ドロテアさんはどさくさに紛れて人間としてずっとアーランで暮らしている。
そして僕に教えられるほどの料理スキルを身に着けたのだ。
これはまさに運命。
ちなみに僕はいい年になってから死んで転生したので、老いとともに記憶力というのが落ちていくのはよく分かっている。
この若い肉体は素晴らしい。
なんでもすぐに覚えるし、肉体の切れは生前の僕とは比べ物にならない。
ああ、人生、楽しい!
「ふふふ、こんなに楽しそうに生地をこねる人、初めてだわ。あなたは生きていることを楽しんでいるのね。とっても珍しい人」
「そうですね。生命が有限だということを身を以て知っているので、だからこそ若いこの時間が楽しくて仕方ありませんよ。よしよし、いい感じになって来た……。ここでどうするんです?」
「しばらく寝かせるの。お茶にしましょ」
ということで。
僕は永遠に若いままの人妻と、二人きりでお茶をするのだった。
隠語ではない。
普通にお茶を飲んだだけだ。
こういうところで欲望に負けて手出しをしたら泥沼になる。
僕は生前、そういう下半身の締まりが無い知り合いがおり、彼が破滅するさまを始まりから終わりまで眺めていた経験がある。
彼のニの轍は踏むまい。
トラブルを排して、二度目の人生をエンジョイするのだ。
「このクッキーは美味いですね。アーランは料理は全体的に不味いのに、菓子だけは甘くて美味しい。このアンバランスさはなんなんでしょうねえ」
「それはね、うちの人の功績なの。発見した遺跡はサトウキビの栽培に適していたの。流通しているお砂糖の大半はアーランで作られているのはご存知でしょう? 私が眠っていた場所の奥は巨大なプラントになっていて、そこで当時は高価だったお砂糖をうちの人は栽培することにしたの。それで今に繋がっているのよ」
「ははあ、それは大したもんですねえ……。じゃあ、砂糖の流通を一手に握って? その割にはギルマス、羽振りがいいように見えませんけど。毎日奥さんのお弁当持って出勤してきますし」
「あの人、平民の生まれだもの。平民生まれで下町のギルドマスターまでいけたのなら大したものだわ! あとは……うちの人は欲がなくてね。お砂糖の権利は国に売ってしまったわ。その代わりに何を求めたのかは教えてくれなかったのだけど」
ははーん。
僕はピンと来たぞ。
ドロテアさんがエルフでもないのにいつまでも若いままでいるのに、調査機関の手が回らない。
これは国が関与していると見た。
あくまで僕の想像だ。
だけど、それがとてもらしい考えだと思った。
それならば、僕はもう関わらない。
ややこしい事には首を突っ込まないと決めているのだ……。
最後のクッキーを食べて、お茶で流し込む。
「いやあ、美味しかった! ごちそうさまです! そろそろです?」
「そろそろね。油を熱して揚げていくのだけど、うちの人が、ナザルさんに限っては油の心配はいらないと言ってて……」
「その通り! 全くもってその通りです奥さん!」
僕のテンションが跳ね上がった。
ギルドマスター、粋なはからいをしてくれるじゃないか!
「お鍋の用意は?」
「はい」
「よろしい! ではここに生み出しましょう、僕の……油を……!」
ドロテアさんが用意したお鍋に、僕は彼女がよしと言うまで油を流し込んだ。
奥さんは目を丸くしてこれを眺めている。
「凄いわ! あっという間にお鍋が油でいっぱいになっちゃった!」
「奥さん、まだ注ぎます?」
「あっ、ストップ! ……ちょっと多いかも」
「量の微調整もお任せ下さい」
するするっと油を消して魔力に戻す。
たっぷりの油を火にかけて……。
「とっても澄んでいて、素晴らしい油ね」
「ええ、そうでしょう。僕の油の素晴らしさを分かってくれたのは奥さんが初めてですよ。何せ、これは飲める油なんですから」
「まあ!」
嬉しそうなドロテアさんなのだった。
いやあ、実にいい人だ……。
「いやいや、奥さんの教え方が上手いんですよ。本当に分かりやすくて、最高の先生です」
僕はすらりとした黒髪の美女と談笑している。
彼女は、ギルドマスターの奥様。
僕が依頼書紛失事件を解決したご褒美として、料理を教えてくれることになったのだ。
この奥さん、見た目が異常に若い。
というのも、ギルドマスターが若い頃にアーラン地下遺跡を探索していた際、謎のポッドに包まれて眠っていた彼女を発見したのだそうだ。
ギルドマスターは彼女を目覚めさせ、連れ帰り、この世界の色々なことを教えた。
そして二人はパーティを組み、冒険したのだとか……。
その時から、奥さんは年を取っていないらしい。
ギルドマスターとの間には息子さんも三人こさえたのだが、とうとう一番下の息子に外見年齢で追い越されてしまったのだとか。
話を元に戻そう。
今重要なのは、僕が料理を習っているということだ。
「まあ、ありがとうナザルさん。やっぱり若いっていいわね。うちの人ったら、何を言っても最近はすぐに忘れてしまうから」
「ははは、年を食うというのはそういうものですからね。あっ、ここで生地はざっくりこねるくらいでいいんでしたよね」
「ええ。空気を含ませないといけないから。ぎゅうぎゅう押したら、硬いクッキーになってしまうかも」
クスクス笑う奥さん。
名前をドロテアと言って、多分人間ではない。
ギルドマスターが、自分の目が黒いうちは魔術師ギルドに奥さんを調べさせないぞ、と言っているので、誰も彼女の種族を知らないのだ。
この世界、戸籍なんかが結構いい加減で、人頭税さえ払っていれば何も文句は言われないところがある。
なので、ドロテアさんはどさくさに紛れて人間としてずっとアーランで暮らしている。
そして僕に教えられるほどの料理スキルを身に着けたのだ。
これはまさに運命。
ちなみに僕はいい年になってから死んで転生したので、老いとともに記憶力というのが落ちていくのはよく分かっている。
この若い肉体は素晴らしい。
なんでもすぐに覚えるし、肉体の切れは生前の僕とは比べ物にならない。
ああ、人生、楽しい!
「ふふふ、こんなに楽しそうに生地をこねる人、初めてだわ。あなたは生きていることを楽しんでいるのね。とっても珍しい人」
「そうですね。生命が有限だということを身を以て知っているので、だからこそ若いこの時間が楽しくて仕方ありませんよ。よしよし、いい感じになって来た……。ここでどうするんです?」
「しばらく寝かせるの。お茶にしましょ」
ということで。
僕は永遠に若いままの人妻と、二人きりでお茶をするのだった。
隠語ではない。
普通にお茶を飲んだだけだ。
こういうところで欲望に負けて手出しをしたら泥沼になる。
僕は生前、そういう下半身の締まりが無い知り合いがおり、彼が破滅するさまを始まりから終わりまで眺めていた経験がある。
彼のニの轍は踏むまい。
トラブルを排して、二度目の人生をエンジョイするのだ。
「このクッキーは美味いですね。アーランは料理は全体的に不味いのに、菓子だけは甘くて美味しい。このアンバランスさはなんなんでしょうねえ」
「それはね、うちの人の功績なの。発見した遺跡はサトウキビの栽培に適していたの。流通しているお砂糖の大半はアーランで作られているのはご存知でしょう? 私が眠っていた場所の奥は巨大なプラントになっていて、そこで当時は高価だったお砂糖をうちの人は栽培することにしたの。それで今に繋がっているのよ」
「ははあ、それは大したもんですねえ……。じゃあ、砂糖の流通を一手に握って? その割にはギルマス、羽振りがいいように見えませんけど。毎日奥さんのお弁当持って出勤してきますし」
「あの人、平民の生まれだもの。平民生まれで下町のギルドマスターまでいけたのなら大したものだわ! あとは……うちの人は欲がなくてね。お砂糖の権利は国に売ってしまったわ。その代わりに何を求めたのかは教えてくれなかったのだけど」
ははーん。
僕はピンと来たぞ。
ドロテアさんがエルフでもないのにいつまでも若いままでいるのに、調査機関の手が回らない。
これは国が関与していると見た。
あくまで僕の想像だ。
だけど、それがとてもらしい考えだと思った。
それならば、僕はもう関わらない。
ややこしい事には首を突っ込まないと決めているのだ……。
最後のクッキーを食べて、お茶で流し込む。
「いやあ、美味しかった! ごちそうさまです! そろそろです?」
「そろそろね。油を熱して揚げていくのだけど、うちの人が、ナザルさんに限っては油の心配はいらないと言ってて……」
「その通り! 全くもってその通りです奥さん!」
僕のテンションが跳ね上がった。
ギルドマスター、粋なはからいをしてくれるじゃないか!
「お鍋の用意は?」
「はい」
「よろしい! ではここに生み出しましょう、僕の……油を……!」
ドロテアさんが用意したお鍋に、僕は彼女がよしと言うまで油を流し込んだ。
奥さんは目を丸くしてこれを眺めている。
「凄いわ! あっという間にお鍋が油でいっぱいになっちゃった!」
「奥さん、まだ注ぎます?」
「あっ、ストップ! ……ちょっと多いかも」
「量の微調整もお任せ下さい」
するするっと油を消して魔力に戻す。
たっぷりの油を火にかけて……。
「とっても澄んでいて、素晴らしい油ね」
「ええ、そうでしょう。僕の油の素晴らしさを分かってくれたのは奥さんが初めてですよ。何せ、これは飲める油なんですから」
「まあ!」
嬉しそうなドロテアさんなのだった。
いやあ、実にいい人だ……。
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