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37・プロジェクト・チーズ
第109話 馴染ませろ、乳製品
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アーランにおける、乳製品の普及度合いはどんなものだろう。
ちょっとした高級品として、チーズがちょこちょこと。
基本はヨーグルトだろうか?
「大半のチーズは輸出しているな。我が国には日常的に消費する習慣がないから」
第二王子の使いが、今日は特に用事があるわけではないのだが僕のところに来ている。
「なるほどです。じゃあ収められるのは一部の貴族とか?」
「ああ。あとは大きな商人くらいかな。世に馴染みのない食材だし、熟成に時間もかかる。ニーズがないものは高額にして、嗜好品として流通させるのがいい。それでも消費しきれないから、国外に売って金に変えているんだ」
「じゃあなんだって乳牛があそこにあんなにいたんです?」
「外国から連れてきた者がいたのだが、目論見が甘かったようでね。チーズはあの臭いがどうにもダメらしい。だから、料理屋は隠し味で使ったりしているね」
「なーるほど。じゃああれは、もう惰性でやってるようなものだったのか。ならば……殿下の力を使って、国内に流通させてもよろしい?」
「もちろん! ナザル殿の手腕ならば、チーズをアーラン全土へ伝えることも可能でしょう」
アーランの食文化は保守的と言うか、美味いという確証がないと広まっていかない。
料理屋で出るということは、即ち食えるものであるという保証が得られているということ。
庶民の手が届く価格で、庶民が通う店に料理として存在しているのが理想だろう。
例えば、パスタはそのやり方で一気に広まったわけだし。
チーズを扱う商人たちが、値を吊り上げようとした結果、そのくせのある香りも相まって嗜好品という地位で留まってしまったわけだ。
「じゃあ、いつもの店主のところに行くか」
今までのアーランで食べられていたものは、麦と野菜と肉、それと魚と海藻がたまに。
焼くか煮るかだけの調理方法で、たまに茹でる。
味付けは塩かハーブのみ。
ここ十年くらいで砂糖が広く伝わり、菓子の類が増えた。
だが、やはり保守的なこの地の人々は、菓子に使う甘味を料理には使わなかった。
お陰で淡白で、なんとも味気ない食事がメインだったわけだ。
「今や、アーランは美食の都に変わりつつある」
「ああ。ナザル殿の頑張りの成果だな」
「これをさらに高めて、諸外国から旨いものを食いに人々が訪れる国にする。それが僕の狙いですよ。なぜなら、それくらい旨いものが出回ったら僕の食生活がとても豊かになるからだ」
「ははあ、なるほど! 巡り巡って自分のためと。それは何より信用できる」
そういうことだ。
この国は何もかも、保守的だったから新しい味の冒険がなかったのだ!
ただまあ、保守的だと持続可能性があるんだよな。
新しいものを新しいやり方で食べようとしない代わりに、今あるものを既知の料理法で、予測できるだけ食べる。
管理しやすいはずだ。
そこは明確な良さだよな。
だが、それだと食事がつまらないのだ。
「店主!」
「おう、ナザルか!」
下町の馴染みの店だ。
パスタ発祥の地であり、今は手延パスタを売りにしている。
僕を遥かに超える料理の腕があるここの主人なら、色々頼めるというものだ。
「店主さ、チーズを使った料理はできますかね?」
「チーズか! 珍しいもの持ってるな。臭いが独特で、ダメなやつが多いんだよな。特に下町の連中は偏食だからな」
下町は偏食だったのか!
決まったもの……つまり安上がりなものしか食べないからだろうか。
彼らの食生活に、パスタが加わったのは重要だったな。
「それにチーズは高いだろ?」
「いや、そこはチーズの価格を下げるように国から働きかけがあるんで。ちょっとこのチーズを広めるための料理をね、考えたいんですよね」
「ふむふむ……」
時刻は昼を外したくらい。
お陰で客はおらず、店主と話しこめる。
「とは言うが、お前さんはもうメニューのアイデアがあるんだろ?」
「もちろん。その料理には卵も使う」
「卵も!? チーズと卵を使ってどうしようっていうんだ」
「カルボナーラと言われるパスタ料理でしてね……。まあ、僕の故郷に来た吟遊詩人が語っていた遠い国の食べ物なんですが」
「卵と……チーズねえ……? 上手く噛み合うように思わんのだが……」
「つなぎに粉とオブリーオイルを使って、とろみのあるスープを作るような」
「粉とオイルを使ってとろみのあるスープ……!?」
店主の目がカッと見開かれた。
僕は彼に、オブリーオイルと卵とチーズを提供する。
「なるほどな。チーズは固形と言うイメージがついていたが、少量ならば変わってくるな。確か、ずぼらな奴が粉から打ったばかりの練りの甘いパスタをスープに入れたら、スープに半分溶けちまったと聞いたことがある。ありゃあ、ただの失敗じゃなかったのか」
「そこに気付くとは! 店主、鋭い!」
「おうおう、やってみるか!!」
この様子を、使いの人が興味深そうに見守っている。
「いや、面白いもんだねえ! 私は今、歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれない」
店主は粉を直接お湯に少しいれ、熱しながら溶いていく。
すると、湯がどろっとしてくるではないか。
これをつなぎとし、卵やチーズを混ぜ合わせて手延パスタに掛け、干し肉を戻したものとハーブを振る……。
なお、僕の料理知識はうろ覚えである!
なので、良く分からないところは想像で補っている。
とりあえず、カルボナーラらしきものが誕生した。
いい香りはする。
果たしてどうだろうか……?
大皿の上にたっぷりと盛られたパスタ。
白と黄色のソースは混じり合い、ドロリとしながらよく麺に絡んでいる。
明らかに……アーランには存在しなかったタイプのボリューミーさ。
いざ実食となり、別の意味でゴクリと唾を飲む僕ら三人なのだった。
ちょっとした高級品として、チーズがちょこちょこと。
基本はヨーグルトだろうか?
「大半のチーズは輸出しているな。我が国には日常的に消費する習慣がないから」
第二王子の使いが、今日は特に用事があるわけではないのだが僕のところに来ている。
「なるほどです。じゃあ収められるのは一部の貴族とか?」
「ああ。あとは大きな商人くらいかな。世に馴染みのない食材だし、熟成に時間もかかる。ニーズがないものは高額にして、嗜好品として流通させるのがいい。それでも消費しきれないから、国外に売って金に変えているんだ」
「じゃあなんだって乳牛があそこにあんなにいたんです?」
「外国から連れてきた者がいたのだが、目論見が甘かったようでね。チーズはあの臭いがどうにもダメらしい。だから、料理屋は隠し味で使ったりしているね」
「なーるほど。じゃああれは、もう惰性でやってるようなものだったのか。ならば……殿下の力を使って、国内に流通させてもよろしい?」
「もちろん! ナザル殿の手腕ならば、チーズをアーラン全土へ伝えることも可能でしょう」
アーランの食文化は保守的と言うか、美味いという確証がないと広まっていかない。
料理屋で出るということは、即ち食えるものであるという保証が得られているということ。
庶民の手が届く価格で、庶民が通う店に料理として存在しているのが理想だろう。
例えば、パスタはそのやり方で一気に広まったわけだし。
チーズを扱う商人たちが、値を吊り上げようとした結果、そのくせのある香りも相まって嗜好品という地位で留まってしまったわけだ。
「じゃあ、いつもの店主のところに行くか」
今までのアーランで食べられていたものは、麦と野菜と肉、それと魚と海藻がたまに。
焼くか煮るかだけの調理方法で、たまに茹でる。
味付けは塩かハーブのみ。
ここ十年くらいで砂糖が広く伝わり、菓子の類が増えた。
だが、やはり保守的なこの地の人々は、菓子に使う甘味を料理には使わなかった。
お陰で淡白で、なんとも味気ない食事がメインだったわけだ。
「今や、アーランは美食の都に変わりつつある」
「ああ。ナザル殿の頑張りの成果だな」
「これをさらに高めて、諸外国から旨いものを食いに人々が訪れる国にする。それが僕の狙いですよ。なぜなら、それくらい旨いものが出回ったら僕の食生活がとても豊かになるからだ」
「ははあ、なるほど! 巡り巡って自分のためと。それは何より信用できる」
そういうことだ。
この国は何もかも、保守的だったから新しい味の冒険がなかったのだ!
ただまあ、保守的だと持続可能性があるんだよな。
新しいものを新しいやり方で食べようとしない代わりに、今あるものを既知の料理法で、予測できるだけ食べる。
管理しやすいはずだ。
そこは明確な良さだよな。
だが、それだと食事がつまらないのだ。
「店主!」
「おう、ナザルか!」
下町の馴染みの店だ。
パスタ発祥の地であり、今は手延パスタを売りにしている。
僕を遥かに超える料理の腕があるここの主人なら、色々頼めるというものだ。
「店主さ、チーズを使った料理はできますかね?」
「チーズか! 珍しいもの持ってるな。臭いが独特で、ダメなやつが多いんだよな。特に下町の連中は偏食だからな」
下町は偏食だったのか!
決まったもの……つまり安上がりなものしか食べないからだろうか。
彼らの食生活に、パスタが加わったのは重要だったな。
「それにチーズは高いだろ?」
「いや、そこはチーズの価格を下げるように国から働きかけがあるんで。ちょっとこのチーズを広めるための料理をね、考えたいんですよね」
「ふむふむ……」
時刻は昼を外したくらい。
お陰で客はおらず、店主と話しこめる。
「とは言うが、お前さんはもうメニューのアイデアがあるんだろ?」
「もちろん。その料理には卵も使う」
「卵も!? チーズと卵を使ってどうしようっていうんだ」
「カルボナーラと言われるパスタ料理でしてね……。まあ、僕の故郷に来た吟遊詩人が語っていた遠い国の食べ物なんですが」
「卵と……チーズねえ……? 上手く噛み合うように思わんのだが……」
「つなぎに粉とオブリーオイルを使って、とろみのあるスープを作るような」
「粉とオイルを使ってとろみのあるスープ……!?」
店主の目がカッと見開かれた。
僕は彼に、オブリーオイルと卵とチーズを提供する。
「なるほどな。チーズは固形と言うイメージがついていたが、少量ならば変わってくるな。確か、ずぼらな奴が粉から打ったばかりの練りの甘いパスタをスープに入れたら、スープに半分溶けちまったと聞いたことがある。ありゃあ、ただの失敗じゃなかったのか」
「そこに気付くとは! 店主、鋭い!」
「おうおう、やってみるか!!」
この様子を、使いの人が興味深そうに見守っている。
「いや、面白いもんだねえ! 私は今、歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれない」
店主は粉を直接お湯に少しいれ、熱しながら溶いていく。
すると、湯がどろっとしてくるではないか。
これをつなぎとし、卵やチーズを混ぜ合わせて手延パスタに掛け、干し肉を戻したものとハーブを振る……。
なお、僕の料理知識はうろ覚えである!
なので、良く分からないところは想像で補っている。
とりあえず、カルボナーラらしきものが誕生した。
いい香りはする。
果たしてどうだろうか……?
大皿の上にたっぷりと盛られたパスタ。
白と黄色のソースは混じり合い、ドロリとしながらよく麺に絡んでいる。
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