139 / 337
48・かもせ!
第139話 お酒と発酵食品の難しい関係
しおりを挟む
「難しいな」
職人らしき人が出てきて、開口一番そう言った。
「難しいですか」
「ああ。酒は繊細なんだ。うちのエールはよそと比べるとかなりこだわった作りをしている。麦を発酵させて酒にしているが、これはまず、技巧神イサルデのいたずらと呼ばれる変化が起きている。こいつには種類があってな」
つまり、美味しくなる変化と不味くなる変化があると。
ちょっとした温度や湿度の変化、そして発酵蔵にいつもいないような奴が入ってきたり、変わったものを食べたりすると……。
「望ましくない変化が起きて、エールがみんな巷に出回っているクズエールみたいになる」
「ははあ、なるほど……」
「うちは長い研究の末、エールを安定した品質で作れるようにしたんだ。そこで豆を発酵? とかいう妙なことをさせてくれと言ってもな」
発酵という言葉が無いが、イサルデのいたずらという概念で認識はされているらしい。
確かに僕も生前聞いたことがあるな。
酒を醸す菌と、大豆を醸す菌は別だったような……。
くそっ、生前ちゃんと勉強しておくんだった。
曖昧で何も分からん。
「じゃあ駄目ってことですかね……? なんとかなりませんか」
「いや、俺としては豆にイサルデのいたずらが起こるのはとても興味があるんだ。いいか? 酒になるのは穀物か果実と言ったものばかりだった。肉はイサルデのいたずらが起こらず腐る。他の野菜もまたそうだ。だが、あんたは豆を発酵とやら言う現象で、別の美味いものに変えるのだと言う。そんな発想は普通出てこない」
職人氏が目をギラリと光らせた。
「あんた、何者だ……?」
「今は無くなってしまった僕の村が、豆を発酵させた調味料を作ってたんですよ。遺跡に呑まれてしまってて、生き残りは幼かった僕しかいない」
「なるほどな……。確かに、今まで知られていなかったのは閉鎖的な村の中でだけ存在していた技法だと考えれば辻褄が合う。そして世の中に出る前に、村はなくなってしまったか……。すまんな。辛いことを思い出させた」
いい人だなあ職人氏。
「いやいや、それで、できそう?」
「うむ……。何分、初めてのことばかりでな。おいあんた、その調味料について、覚えている限りの味を言ってくれ」
おお、やる気になってくれた!
僕は精一杯記憶を呼び起こして、醤油や味噌の味を思い出そうとする。
「ええと、しょっぱかった」
「……ってことは塩を使うんだな」
「二種類あって、黒くてしょっぱいのと、茶色くてペースト状のやつがあった」
「随分色味が違うな。黒は、イサルデのいたずらが進めばそう変色しそうだが、豆が液体になるとは思えん。おそらくこれを変化させて、その上澄み液だな。で、うわずみごと混ぜ込み、別の食材を加えたのがペーストの方だろう」
「さすが職人、凄いなあ……」
「酒造りは理詰めができねばやっていられん。俺は賢者の学院を出て、酒を作っているのだ」
知的エリートだった!!
僕と職人氏が二人で、ああでもないこうでもない、と談義をしている間。
コゲタは表で、受付さんの手伝いをしているのだ。
元気な「いらっしゃいませー!」という声が聞こえてくる。
おお、お客がなんか笑っているぞ。
よし、元気をチャージだ。
「とりあえずやってみよう。その大豆という豆は、これからアーランに流れてくるんだな? だが、こいつは……。一見するとそこまで個性の無い大きいだけの豆に見える。あんたが言うほどの力があるのか……?」
「よし、じゃあちょっと明日豆腐を作ってきてやる」
そういうことになったのだった。
職人氏に大豆の可能性を見せるため、まずは全く違う姿に変わる大豆を見てもらいたい。
全ては、僕が醤油と味噌を味わうため。
コゲタを連れて帰り、二人で楽しく豆腐を作る。
「ご主人、なにつくるの?」
「豆腐だぞー」
「とうふー?」
コゲタの毛が入らないように、彼には容器の取り扱いを担当してもらう。
まあ、まずは大豆を水に浸すので作業は翌日なんだが。
煮沸して作ったたっぷりの水に浸し、部屋に放置。
そして二人で大いに遊び、一緒に飯を食いに行った。
帰ってきて、爆睡する。
朝。
「ごしゅじーん! たいへん!」
「どうしたどうした」
コゲタの声で目覚める。
「まめ、おっきくなった! ふくらんでる!」
「ほほー。水でいい感じにふやけたな。じゃあ豆腐を作るぞ!」
レシピはフォーゼフのおばちゃんからもらったのだ。
必要な道具は昨日買ってきたから、コゲタとわいわい言いながら作る。
宿の台所を借りての作業で、途中で宿のおかみさんが物珍しそうに覗いてきた。
「ナザルったら何を作ってるんだい?」
「豆腐ですよ」
「トウフ……? なんだいそれは」
「豆から白いやわらかーいキューブが誕生するんです」
「なんだいそれは!? 説明を聞いたらますます分からなくなったよ!!」
そうでしょうそうでしょう。
実際に目の当たりにしないと、あれは信じられないものなあ。
僕は豆を潰して煮込み、濾し、温め、にがりを入れて豆腐にした。
そして余計な水分をじわりじわりと押し出して……。
「昼過ぎまで掛かってしまった。それでも完成したのは柔らかい豆腐だ。もめん豆腐って凄かったんだな……」
だが、できることはできた!
僕が初めて作る豆腐!
実食!!
職人らしき人が出てきて、開口一番そう言った。
「難しいですか」
「ああ。酒は繊細なんだ。うちのエールはよそと比べるとかなりこだわった作りをしている。麦を発酵させて酒にしているが、これはまず、技巧神イサルデのいたずらと呼ばれる変化が起きている。こいつには種類があってな」
つまり、美味しくなる変化と不味くなる変化があると。
ちょっとした温度や湿度の変化、そして発酵蔵にいつもいないような奴が入ってきたり、変わったものを食べたりすると……。
「望ましくない変化が起きて、エールがみんな巷に出回っているクズエールみたいになる」
「ははあ、なるほど……」
「うちは長い研究の末、エールを安定した品質で作れるようにしたんだ。そこで豆を発酵? とかいう妙なことをさせてくれと言ってもな」
発酵という言葉が無いが、イサルデのいたずらという概念で認識はされているらしい。
確かに僕も生前聞いたことがあるな。
酒を醸す菌と、大豆を醸す菌は別だったような……。
くそっ、生前ちゃんと勉強しておくんだった。
曖昧で何も分からん。
「じゃあ駄目ってことですかね……? なんとかなりませんか」
「いや、俺としては豆にイサルデのいたずらが起こるのはとても興味があるんだ。いいか? 酒になるのは穀物か果実と言ったものばかりだった。肉はイサルデのいたずらが起こらず腐る。他の野菜もまたそうだ。だが、あんたは豆を発酵とやら言う現象で、別の美味いものに変えるのだと言う。そんな発想は普通出てこない」
職人氏が目をギラリと光らせた。
「あんた、何者だ……?」
「今は無くなってしまった僕の村が、豆を発酵させた調味料を作ってたんですよ。遺跡に呑まれてしまってて、生き残りは幼かった僕しかいない」
「なるほどな……。確かに、今まで知られていなかったのは閉鎖的な村の中でだけ存在していた技法だと考えれば辻褄が合う。そして世の中に出る前に、村はなくなってしまったか……。すまんな。辛いことを思い出させた」
いい人だなあ職人氏。
「いやいや、それで、できそう?」
「うむ……。何分、初めてのことばかりでな。おいあんた、その調味料について、覚えている限りの味を言ってくれ」
おお、やる気になってくれた!
僕は精一杯記憶を呼び起こして、醤油や味噌の味を思い出そうとする。
「ええと、しょっぱかった」
「……ってことは塩を使うんだな」
「二種類あって、黒くてしょっぱいのと、茶色くてペースト状のやつがあった」
「随分色味が違うな。黒は、イサルデのいたずらが進めばそう変色しそうだが、豆が液体になるとは思えん。おそらくこれを変化させて、その上澄み液だな。で、うわずみごと混ぜ込み、別の食材を加えたのがペーストの方だろう」
「さすが職人、凄いなあ……」
「酒造りは理詰めができねばやっていられん。俺は賢者の学院を出て、酒を作っているのだ」
知的エリートだった!!
僕と職人氏が二人で、ああでもないこうでもない、と談義をしている間。
コゲタは表で、受付さんの手伝いをしているのだ。
元気な「いらっしゃいませー!」という声が聞こえてくる。
おお、お客がなんか笑っているぞ。
よし、元気をチャージだ。
「とりあえずやってみよう。その大豆という豆は、これからアーランに流れてくるんだな? だが、こいつは……。一見するとそこまで個性の無い大きいだけの豆に見える。あんたが言うほどの力があるのか……?」
「よし、じゃあちょっと明日豆腐を作ってきてやる」
そういうことになったのだった。
職人氏に大豆の可能性を見せるため、まずは全く違う姿に変わる大豆を見てもらいたい。
全ては、僕が醤油と味噌を味わうため。
コゲタを連れて帰り、二人で楽しく豆腐を作る。
「ご主人、なにつくるの?」
「豆腐だぞー」
「とうふー?」
コゲタの毛が入らないように、彼には容器の取り扱いを担当してもらう。
まあ、まずは大豆を水に浸すので作業は翌日なんだが。
煮沸して作ったたっぷりの水に浸し、部屋に放置。
そして二人で大いに遊び、一緒に飯を食いに行った。
帰ってきて、爆睡する。
朝。
「ごしゅじーん! たいへん!」
「どうしたどうした」
コゲタの声で目覚める。
「まめ、おっきくなった! ふくらんでる!」
「ほほー。水でいい感じにふやけたな。じゃあ豆腐を作るぞ!」
レシピはフォーゼフのおばちゃんからもらったのだ。
必要な道具は昨日買ってきたから、コゲタとわいわい言いながら作る。
宿の台所を借りての作業で、途中で宿のおかみさんが物珍しそうに覗いてきた。
「ナザルったら何を作ってるんだい?」
「豆腐ですよ」
「トウフ……? なんだいそれは」
「豆から白いやわらかーいキューブが誕生するんです」
「なんだいそれは!? 説明を聞いたらますます分からなくなったよ!!」
そうでしょうそうでしょう。
実際に目の当たりにしないと、あれは信じられないものなあ。
僕は豆を潰して煮込み、濾し、温め、にがりを入れて豆腐にした。
そして余計な水分をじわりじわりと押し出して……。
「昼過ぎまで掛かってしまった。それでも完成したのは柔らかい豆腐だ。もめん豆腐って凄かったんだな……」
だが、できることはできた!
僕が初めて作る豆腐!
実食!!
32
あなたにおすすめの小説
ゴボウでモンスターを倒したら、トップ配信者になりました。
あけちともあき
ファンタジー
冴えない高校生女子、きら星はづき(配信ネーム)。
彼女は陰キャな自分を変えるため、今巷で話題のダンジョン配信をしようと思い立つ。
初配信の同接はわずか3人。
しかしその配信でゴボウを使ってゴブリンを撃退した切り抜き動画が作られ、はづきはSNSのトレンドに。
はづきのチャンネルの登録者数は増え、有名冒険配信会社の所属配信者と偶然コラボしたことで、さらにはづきの名前は知れ渡る。
ついには超有名配信者に言及されるほどにまで名前が広がるが、そこから逆恨みした超有名配信者のガチ恋勢により、あわやダンジョン内でアカウントBANに。
だが、そこから華麗に復活した姿が、今までで最高のバズりを引き起こす。
増え続ける登録者数と、留まる事を知らない同接の増加。
ついには、親しくなった有名会社の配信者の本格デビュー配信に呼ばれ、正式にコラボ。
トップ配信者への道をひた走ることになってしまったはづき。
そこへ、おバカな迷惑系アワチューバーが引き起こしたモンスタースタンピード、『ダンジョンハザード』がおそいかかり……。
これまで培ったコネと、大量の同接の力ではづきはこれを鎮圧することになる。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します
あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。
異世界パルメディアは、大魔法文明時代。
だが、その時代は崩壊寸前だった。
なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。
マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。
追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。
ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。
世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。
無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。
化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。
そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。
当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。
ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。
転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる