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56・バース・オブ・醤油
第161話 上澄み液
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酒蔵に顔を出す。
主に発酵蔵にしかいかないので、例の職人と顔を合わせることが無いんだよな。
発酵専用に雇われた人と、もっぱら話し合っている。
「味噌はどう?」
「いい感じで味が丸くなったよ。かなり美味い」
「ほんと!? どれどれ……?」
小皿に取ったものをちょっと味見させてもらった。
うおう!!
前回のかなりしょっぱかったものが、まろやかになってる。
こりゃあ美味しい!!
さっそく、干し魚を湯で戻した後、そこに味噌を溶かしてみた。
あー、煮干しの味噌汁!!
「美味い美味い」
「美味しい美味しい! ナザルさんは味噌の味に深みを出すやり方を知ってるなあ」
「いやいや、今はなき地元がやってたことを、見様見真似で再現してるだけだから。ちゃんとした料理人がやれば、もっともっと美味くなる」
「本当かい!? 楽しみだなあ……」
二人でしみじみと味噌汁を飲んだ。
遠くから、コゲタの「いらっしゃいませえー!」という声が聞こえてくる。
今日も元気に、酒造のお手伝いをしているようだ。
造り酒屋でもあるここは、お酒を店先で売っている。
コゲタは今日でお手伝い四回目くらい?
馴染のお客さんも増えてきたようだ。
「お酒、売れてます?」
「常に売れてるよ。俺は酒蔵に近寄らせてもらえないけどね。酒ってほら、毎日必要とするものじゃない?」
異論はあるが頷いておこう。
「だから毎日毎日買いに来る。酒は生き物だから、買ったその日のうちに呑まなくちゃいけない。一番美味い状態で売り出してるんだから」
冷蔵技術が発達したら、保管しておけるようになるだろうけど、それはまだまだ先だろう。
「みんな毎日、酒がちょっとずつ変化した仕上がりになるのを楽しみに買いに来るんだ。たまにとびきりの大当たりがあって、そうなると酒は一瞬で売り切れる。いやあ、壮観だよ」
「そんなに」
酒にそこまで強い興味のない僕としては驚きだ。
僕は食道楽だし、炭水化物を積極的に摂取したいタイプだからな。
酒を飲むと飯を食わなくなる人が周りに多かったせいで、自然とあまり酒を飲まなくなったというか、そういう酒飲みばかりの人と付き合わなくなった気がする。
気付くと、この人生でも、周りには食道楽な人間ばかりが集まっているじゃないか。
「いや、美味しかった。味噌のスープは絶品だな。俺も今度干し魚で作ってみよう。それから、味噌はそれなりに生産できる目処が立ったよ。これなら遠からず市場に出回りそうだ」
「ありがたい!!」
思った以上の順調な進捗だ。
味噌が広まれば、できることはぐーんと増える。
何より、味噌はそのものが簡単なスープの味付けペーストなのだ。
調味料にもなり、スープにもなり、塗ってよし付けてよし、溶かしてよし。
アーランの食生活は大いに変わることになるだろう。
「それとナザルさん。実は……味噌を作っている時に上澄みの液が溜まってな」
「上澄み液? それがどうしたんだ?」
「いや、なんとも大豆の凝縮したような旨い香りがするもんだからさ。取ってあるんだ」
僕の胸がざわざわとした。
これは……。
何かとんでもないことが起きる予感だ。
職人に案内され、蔵の中に入り込む。
奥まった棚に、瓶があった。
濁った色の瓶の中に、褐色の液体が満たされている。
これは……。
「一応、悪くならないように一度瓶ごと湯煎しておいた。嗅いでみるかい?」
「ああ。どれどれ……? こ、これは……!!」
僕は目を見開く。
いやあ、驚いたなんてものじゃない。
こいつは……。
「こいつは醤油じゃないか!!」
「ショウユ!? それってナザルさんがはじめの頃に言ってた、大豆から作るという調味料かい?」
「そうだよ! 醤油ができてるじゃないか。いや、僕が知っているものとはちょっと違うが……」
多分、前世の醤油はそれ専用のやり方で作り出された、純粋な醤油だ。
これはあくまで副産物。
きっと醤油の純度的なものは足りない……と思う。
だが、ちょっと味わってみたくなった。
僕は屋台まで走っていって、厚揚げを買ってくる。
もう、商業地区ならどこにいても豆腐屋の屋台があるのだ。
豆腐はいい酒のつまみになるし、腹が重くならないと評判なのである。
「この厚揚げに醤油を掛けて食べよう」
「なんだって!? ナザルさん、あんたの故郷にもこんな組み合わせがあったのか?」
「ああその通り。厚揚げは醤油と、あれば生姜なんかを乗っけて食べるものだった。いただこう」
厚揚げに醤油を掛け、生姜の代わりにニンニクをすりおろして載せた。
どれどれ……?
「ニンニクを生で!? いや、そういうゲテモノみたいな食べ方もあると聞くが……。あっ、ナザルさん! 一気に行ったな!?」
職人の言葉が聞こえなくなる。
僕の口の中で、厚揚げと醤油とニンニクが化学反応を引き起こしていた。
美味さの化学反応だ。
あっ。
これだ。
これ!
僕がずっと、ずっと求めていた味だ!!
「あー……。生きててよかった」
「ナザルさん、あんた、泣いて……」
「ずっとね、これを探し続けていた気がしたんですよ。僕の故郷の香りで、味だ。もちろん細かいところは違うけど、僕の魂には間違いなく醤油の記憶が染み付いている。また出会えた……!!」
なんだろう、しみじみとした感動だ。
これまで幾多の食材に出会い、料理と再会してきた。
だけど今回のは格別だ。
醤油。
海外から日本に来た人は、醤油の匂いを感じると聞いたことがある。
日本人であった僕は、醤油の国で生きていたのだ。
「醤油を求めていたんだなあ……」
そう思いながら、厚揚げをもう一欠片食べた。
いやあ、醤油とニンニク、うめえ。
高血圧には気をつけないとなあ……。
主に発酵蔵にしかいかないので、例の職人と顔を合わせることが無いんだよな。
発酵専用に雇われた人と、もっぱら話し合っている。
「味噌はどう?」
「いい感じで味が丸くなったよ。かなり美味い」
「ほんと!? どれどれ……?」
小皿に取ったものをちょっと味見させてもらった。
うおう!!
前回のかなりしょっぱかったものが、まろやかになってる。
こりゃあ美味しい!!
さっそく、干し魚を湯で戻した後、そこに味噌を溶かしてみた。
あー、煮干しの味噌汁!!
「美味い美味い」
「美味しい美味しい! ナザルさんは味噌の味に深みを出すやり方を知ってるなあ」
「いやいや、今はなき地元がやってたことを、見様見真似で再現してるだけだから。ちゃんとした料理人がやれば、もっともっと美味くなる」
「本当かい!? 楽しみだなあ……」
二人でしみじみと味噌汁を飲んだ。
遠くから、コゲタの「いらっしゃいませえー!」という声が聞こえてくる。
今日も元気に、酒造のお手伝いをしているようだ。
造り酒屋でもあるここは、お酒を店先で売っている。
コゲタは今日でお手伝い四回目くらい?
馴染のお客さんも増えてきたようだ。
「お酒、売れてます?」
「常に売れてるよ。俺は酒蔵に近寄らせてもらえないけどね。酒ってほら、毎日必要とするものじゃない?」
異論はあるが頷いておこう。
「だから毎日毎日買いに来る。酒は生き物だから、買ったその日のうちに呑まなくちゃいけない。一番美味い状態で売り出してるんだから」
冷蔵技術が発達したら、保管しておけるようになるだろうけど、それはまだまだ先だろう。
「みんな毎日、酒がちょっとずつ変化した仕上がりになるのを楽しみに買いに来るんだ。たまにとびきりの大当たりがあって、そうなると酒は一瞬で売り切れる。いやあ、壮観だよ」
「そんなに」
酒にそこまで強い興味のない僕としては驚きだ。
僕は食道楽だし、炭水化物を積極的に摂取したいタイプだからな。
酒を飲むと飯を食わなくなる人が周りに多かったせいで、自然とあまり酒を飲まなくなったというか、そういう酒飲みばかりの人と付き合わなくなった気がする。
気付くと、この人生でも、周りには食道楽な人間ばかりが集まっているじゃないか。
「いや、美味しかった。味噌のスープは絶品だな。俺も今度干し魚で作ってみよう。それから、味噌はそれなりに生産できる目処が立ったよ。これなら遠からず市場に出回りそうだ」
「ありがたい!!」
思った以上の順調な進捗だ。
味噌が広まれば、できることはぐーんと増える。
何より、味噌はそのものが簡単なスープの味付けペーストなのだ。
調味料にもなり、スープにもなり、塗ってよし付けてよし、溶かしてよし。
アーランの食生活は大いに変わることになるだろう。
「それとナザルさん。実は……味噌を作っている時に上澄みの液が溜まってな」
「上澄み液? それがどうしたんだ?」
「いや、なんとも大豆の凝縮したような旨い香りがするもんだからさ。取ってあるんだ」
僕の胸がざわざわとした。
これは……。
何かとんでもないことが起きる予感だ。
職人に案内され、蔵の中に入り込む。
奥まった棚に、瓶があった。
濁った色の瓶の中に、褐色の液体が満たされている。
これは……。
「一応、悪くならないように一度瓶ごと湯煎しておいた。嗅いでみるかい?」
「ああ。どれどれ……? こ、これは……!!」
僕は目を見開く。
いやあ、驚いたなんてものじゃない。
こいつは……。
「こいつは醤油じゃないか!!」
「ショウユ!? それってナザルさんがはじめの頃に言ってた、大豆から作るという調味料かい?」
「そうだよ! 醤油ができてるじゃないか。いや、僕が知っているものとはちょっと違うが……」
多分、前世の醤油はそれ専用のやり方で作り出された、純粋な醤油だ。
これはあくまで副産物。
きっと醤油の純度的なものは足りない……と思う。
だが、ちょっと味わってみたくなった。
僕は屋台まで走っていって、厚揚げを買ってくる。
もう、商業地区ならどこにいても豆腐屋の屋台があるのだ。
豆腐はいい酒のつまみになるし、腹が重くならないと評判なのである。
「この厚揚げに醤油を掛けて食べよう」
「なんだって!? ナザルさん、あんたの故郷にもこんな組み合わせがあったのか?」
「ああその通り。厚揚げは醤油と、あれば生姜なんかを乗っけて食べるものだった。いただこう」
厚揚げに醤油を掛け、生姜の代わりにニンニクをすりおろして載せた。
どれどれ……?
「ニンニクを生で!? いや、そういうゲテモノみたいな食べ方もあると聞くが……。あっ、ナザルさん! 一気に行ったな!?」
職人の言葉が聞こえなくなる。
僕の口の中で、厚揚げと醤油とニンニクが化学反応を引き起こしていた。
美味さの化学反応だ。
あっ。
これだ。
これ!
僕がずっと、ずっと求めていた味だ!!
「あー……。生きててよかった」
「ナザルさん、あんた、泣いて……」
「ずっとね、これを探し続けていた気がしたんですよ。僕の故郷の香りで、味だ。もちろん細かいところは違うけど、僕の魂には間違いなく醤油の記憶が染み付いている。また出会えた……!!」
なんだろう、しみじみとした感動だ。
これまで幾多の食材に出会い、料理と再会してきた。
だけど今回のは格別だ。
醤油。
海外から日本に来た人は、醤油の匂いを感じると聞いたことがある。
日本人であった僕は、醤油の国で生きていたのだ。
「醤油を求めていたんだなあ……」
そう思いながら、厚揚げをもう一欠片食べた。
いやあ、醤油とニンニク、うめえ。
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