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110・かくして、油使いは伝説に
第334話 伝記作家来たる
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「やあやあ! 御免! ごめんください!!」
むちゃくちゃ賑やかな声がする。
僕は、家の外で扉をたたきながら叫ぶこの声を知っている!!
「うるさいぞブレッド! もう叙事詩は作って用が済んだだろう! 何をしに来たんだ!」
案の定、扉の外には小柄でむっちりした体躯にロバの後半身、角の映えたニコニコ顔の男がいた。
サテュロスにして、伝説の吟遊詩人ブレッド。
僕の叙事詩を作るためにつきまとい、結果的に僕を主役とした、やたら大仰な叙事詩を世界中に広げて大変なことにしてくれた男だ。
「やあやあ、評判は聞いてるよ美食伯! 相変わらずやってんねー!!」
「なんちゅう挨拶だ! 地位を笠に着るわけではないが、一応僕はあれだからな? 伯爵と同じなんだからな?」
「ははーっ! これはこれは美食伯どの! まあ、みどもは基本的に人間社会の地位には無頓着! 平に平にご容赦くださいな! うわはははー!」
「相変わらず賑やかすぎる」
カルが起きてしまうではないかと思ったが、大物っぷりを見せつける我が子はすぴすぴと寝ているのだった。
なお、その横で安楽椅子に腰掛けたリップルも、ぐうぐう寝ている。
大物母子……!!
「まあいい、外に出よう。……あれ? なんか一人増えてない?」
「その通り!!」
後ろ手に扉を閉めたところで、ブレッドの大声が炸裂した。
うわーっ、うるせえ!
びっくりしてアゲパンも飛び出してきた。
「なんですかなんですかおとうさん! しずかにいのりをささげていたところだったのですが」
「ああアゲパン、こいつはな、僕の叙事詩を作った吟遊詩人のブレッドと言って、なんか今日は別のを一人連れてきているが」
そう。
ブレッドは一人ではなかった。
彼の後ろには、線の細い男が一人いる。
何者だろう。
体にピッチリとしたシャツを着ており、帽子と手袋を身に着け、むき出しの肌は顔しかない。
耳が尖っているな……!?
ハーフエルフか!
「お初にお目に掛かる、ボルドスキー美食伯」
彼はきちんと片膝を突き、伯爵に対するものらしき礼儀を見せた。
まあ、アーランの礼儀なんてのはまちまちなんだが。
「私の名はエリオット。世界を巡り、様々な人物の伝記を記しているものです」
「これはこれはご丁寧に。ナザルです。伝記作家? この世界はそこまで、本を読む習慣は無かったはずだけど」
そもそも本が高い。
一冊で小さな家一軒ぶんの価格がする。
そんなものを市民がおいそれと読めるわけがない。
なので、アーランでは戯曲が発達した。
物語や風聞を歌にして、歌い継いで知らしめるのだ。
後は、石板や羊皮紙みたいなものに書き記し、それを紐でまとめておくやつね。
本の形に装丁されたものはほとんどない。
「いや、これからです。遥か北方に、活版印刷を作り上げようとしている者がいます。あなたが食の革命を起こした人物なら、彼女は文化の革命を起こす者です。今まさに、アーランは大いなる成熟の時を迎えようとしているのです」
「ほえー、そんなことが! 遥か北方は行ったこと無かったなあ……」
「そして、この世界、という言葉……。あなたはやはり、私の父祖と同じく異世界にルーツを持つ方だったのですね」
「あっ、異世界を認識していらっしゃる」
リップルは知ってたけど、あれは凄まじい洞察力によるものだった。
彼の場合は、あらかじめそういう概念を知っていたようにも思える。
「私は遥か南のサウザンド大陸より、船に乗ってやって来ました。上陸してすぐにアーランを出て北上し、彼女が活版印刷を作る様を取材していたのです。その半生を描いた伝記が完成したので、今度は食の文明を起こした巨人の伝記を記すべくやって来ました」
「ははあ、なんというか凄いことをしているな君……。趣味だったり?」
「そのようなものです。私の父祖は、異世界より召喚された男だった。何の力も無いと言われた父祖は、しかしその悪知恵と隠し持った能力によって、衰退していた魔法王国にとどめを刺しました。そして彼は妻となった女性と世界を巡り、英雄となった。その記録が私の全てのルーツです」
「サウザンド大陸も面白そうだなあ……! いや、もう僕は行けないけど」
家庭ができちゃったし、地位もあるからね。
「ええ。ですから、あなたの伝記を作ります。物語は海を超え、サウザンド大陸の人々に届く。彼女とあなたの成した偉業は、あまねく世界へと広がっていくことでしょう」
あー、なるほど!!
エリオットという男の考えが分かった。
彼は、世界を先に進めようとしているのだ。
なんか、魔法王国を終わらせたというのは眉唾だが、そんな偉大すぎるほど偉大な父祖を持つ故に、彼は使命感に突き動かされてこんなとんでもないことをやっている。
恐らくは、ダイフク氏と同じ船で来たのだろう。
来てすぐに移動したから僕とは出会わなかった。
そしてブレッドと出会い、僕の叙事詩を聞き、伝記を作りにやって来たと。
「でかい話になってきたなあ」
「ええ。とても大きな歴史という物語のうねりがあり、その中心にあなたがいます。全ての争いが停止した時代であり、この時代の特異点を作り出したのがあなたです、偉大なる油使いよ。世界は今、滞りなく巡っています。まるで油を差された歯車のように」
「上手いこと言うね」
「あなたの伝記を書きます。そのための挨拶に来ました。では」
彼はくるっと踵を返すと、去っていった。
なんだってー!
取材するんじゃないのかー!?
むちゃくちゃ賑やかな声がする。
僕は、家の外で扉をたたきながら叫ぶこの声を知っている!!
「うるさいぞブレッド! もう叙事詩は作って用が済んだだろう! 何をしに来たんだ!」
案の定、扉の外には小柄でむっちりした体躯にロバの後半身、角の映えたニコニコ顔の男がいた。
サテュロスにして、伝説の吟遊詩人ブレッド。
僕の叙事詩を作るためにつきまとい、結果的に僕を主役とした、やたら大仰な叙事詩を世界中に広げて大変なことにしてくれた男だ。
「やあやあ、評判は聞いてるよ美食伯! 相変わらずやってんねー!!」
「なんちゅう挨拶だ! 地位を笠に着るわけではないが、一応僕はあれだからな? 伯爵と同じなんだからな?」
「ははーっ! これはこれは美食伯どの! まあ、みどもは基本的に人間社会の地位には無頓着! 平に平にご容赦くださいな! うわはははー!」
「相変わらず賑やかすぎる」
カルが起きてしまうではないかと思ったが、大物っぷりを見せつける我が子はすぴすぴと寝ているのだった。
なお、その横で安楽椅子に腰掛けたリップルも、ぐうぐう寝ている。
大物母子……!!
「まあいい、外に出よう。……あれ? なんか一人増えてない?」
「その通り!!」
後ろ手に扉を閉めたところで、ブレッドの大声が炸裂した。
うわーっ、うるせえ!
びっくりしてアゲパンも飛び出してきた。
「なんですかなんですかおとうさん! しずかにいのりをささげていたところだったのですが」
「ああアゲパン、こいつはな、僕の叙事詩を作った吟遊詩人のブレッドと言って、なんか今日は別のを一人連れてきているが」
そう。
ブレッドは一人ではなかった。
彼の後ろには、線の細い男が一人いる。
何者だろう。
体にピッチリとしたシャツを着ており、帽子と手袋を身に着け、むき出しの肌は顔しかない。
耳が尖っているな……!?
ハーフエルフか!
「お初にお目に掛かる、ボルドスキー美食伯」
彼はきちんと片膝を突き、伯爵に対するものらしき礼儀を見せた。
まあ、アーランの礼儀なんてのはまちまちなんだが。
「私の名はエリオット。世界を巡り、様々な人物の伝記を記しているものです」
「これはこれはご丁寧に。ナザルです。伝記作家? この世界はそこまで、本を読む習慣は無かったはずだけど」
そもそも本が高い。
一冊で小さな家一軒ぶんの価格がする。
そんなものを市民がおいそれと読めるわけがない。
なので、アーランでは戯曲が発達した。
物語や風聞を歌にして、歌い継いで知らしめるのだ。
後は、石板や羊皮紙みたいなものに書き記し、それを紐でまとめておくやつね。
本の形に装丁されたものはほとんどない。
「いや、これからです。遥か北方に、活版印刷を作り上げようとしている者がいます。あなたが食の革命を起こした人物なら、彼女は文化の革命を起こす者です。今まさに、アーランは大いなる成熟の時を迎えようとしているのです」
「ほえー、そんなことが! 遥か北方は行ったこと無かったなあ……」
「そして、この世界、という言葉……。あなたはやはり、私の父祖と同じく異世界にルーツを持つ方だったのですね」
「あっ、異世界を認識していらっしゃる」
リップルは知ってたけど、あれは凄まじい洞察力によるものだった。
彼の場合は、あらかじめそういう概念を知っていたようにも思える。
「私は遥か南のサウザンド大陸より、船に乗ってやって来ました。上陸してすぐにアーランを出て北上し、彼女が活版印刷を作る様を取材していたのです。その半生を描いた伝記が完成したので、今度は食の文明を起こした巨人の伝記を記すべくやって来ました」
「ははあ、なんというか凄いことをしているな君……。趣味だったり?」
「そのようなものです。私の父祖は、異世界より召喚された男だった。何の力も無いと言われた父祖は、しかしその悪知恵と隠し持った能力によって、衰退していた魔法王国にとどめを刺しました。そして彼は妻となった女性と世界を巡り、英雄となった。その記録が私の全てのルーツです」
「サウザンド大陸も面白そうだなあ……! いや、もう僕は行けないけど」
家庭ができちゃったし、地位もあるからね。
「ええ。ですから、あなたの伝記を作ります。物語は海を超え、サウザンド大陸の人々に届く。彼女とあなたの成した偉業は、あまねく世界へと広がっていくことでしょう」
あー、なるほど!!
エリオットという男の考えが分かった。
彼は、世界を先に進めようとしているのだ。
なんか、魔法王国を終わらせたというのは眉唾だが、そんな偉大すぎるほど偉大な父祖を持つ故に、彼は使命感に突き動かされてこんなとんでもないことをやっている。
恐らくは、ダイフク氏と同じ船で来たのだろう。
来てすぐに移動したから僕とは出会わなかった。
そしてブレッドと出会い、僕の叙事詩を聞き、伝記を作りにやって来たと。
「でかい話になってきたなあ」
「ええ。とても大きな歴史という物語のうねりがあり、その中心にあなたがいます。全ての争いが停止した時代であり、この時代の特異点を作り出したのがあなたです、偉大なる油使いよ。世界は今、滞りなく巡っています。まるで油を差された歯車のように」
「上手いこと言うね」
「あなたの伝記を書きます。そのための挨拶に来ました。では」
彼はくるっと踵を返すと、去っていった。
なんだってー!
取材するんじゃないのかー!?
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