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第1章 あなたは誰

あなたは誰③

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 巧みな風魔法を目の当たりにすれば、アンドレの魔力は、ただ単に大きいだけではない。そう理解した。

 アンドレってば、魔法を使えないわたしには、魔法の難易度を見分けられないと思ったのかな。油断して、髪を乾かしてくれた気がする。
 何故って、わたしが「懐かしい」と反応したせいで、青ざめていたもの。

 だけど現実。雑役兵だと告げた彼は、火魔法と風魔法を掛け合わせる、高度な魔法をさらりと使いこなしている。
 そんな彼の実力なら、上官でもおかしくないのに。不思議だ。

 怒られるかもしれないが、やはりこれだけは聞いておきたい。
 我慢できずに思いきって訊ねてみた。

「ねえ、アンドレは魔力量が多いのに、どうして雑役兵なの? 隊員じゃないのはもったいない気がするけど」

「それは……。初めに伝えたでしょう。僕は家族に捨てられたので、身分証がないんですよ。身元を証明できない人間は、正規の隊員になれませんから」

「えぇえ~そうなの? それじゃあ、わたしも駄目なのか。雑役から隊員への昇格を目論んでいたのに。どうしても無理かしら」

「無理ですね。カステン軍は、ここの領主に伴って国の外へ出る必要もありますから。場合によっては兵士だけで調査に赴くこともあります。身分証がなければ、国を抜ける関所を越えられないから仕事が務まらないので」

「そんなぁ」

「そもそもジュディの場合は、魔力がないから話になりませんけどね」

「あ、そっか。だけど、どうしてだろう。魔物の討伐が得意な気がするのよね。何かを殺める使命があった気がするんだけど」

「……。そんな使命、そのまま忘れていなさい。あなたのためにも」
「いいのかなぁ? そんな風に流しても。なんだか大事な任務だった気がするのよね」

「大事な任務ですか……。まあ、それは置いておくとしましょう。ですが一つ頼みがあります」

「なあに?」
 アンドレが一段と真剣な顔をすると、わたしを見つめた。

「僕の魔力量が多いことは、他の人には言わないで欲しいんです。あの時は油断して、ジュディに知られてしまったけど、僕の魔力が二十級を越えているのは、周囲に知らせていないから」

「別にいいけど。その魔力、もったいないわね」

「まあ、いいんですよ――。……先ほどは、ジュディを心配するあまり、慌てて浴室に入って、申し訳ありませんでしたね」

「えぇ、あッ、あぁ。まあ、いいわよ」
 彼は魔力の話題を続けたくなかったのか?
 脈絡もなく、浴室の話にすり替えられた。

 こちらとしても、遠ざけていた話題を振られたせいで、なんて答えるべきか分からず。思ってもいない「まあ、いいわよ」と、言ってしまった。

 だけど。――よくないでしょう!
 恥ずかしそうに視線を外した彼は、何かを見たに違いない。
 やっぱり言い直そうとした矢先。「アンドレ!」と叫ぶ、男の人の声が聞こえた。

 その声がする方向を見ると、エントランスに美しい身なりの貴公子が立っている。

「おお、出掛けるところだったのか?」
「ええ、まあ」
 と、アンドレが平然と答える。

 アンドレと見比べると、彼より十歳は年上だろうか?
 セーターを着るアンドレと違い、黒いジャケットを纏う男は身分が高いようにも見える。

◇◇◇

「第一部隊長が『アンドレが彼女を軍の事務所に連れこんで、私的に利用している』と直訴してきたから、覗きに来たんだが……。自分の服を着せて、どういう趣向だ? ナグワに聞かせる面白いネタができたな」

「イヴァン卿。厄介なナグワ隊長の勘違いを更に増幅させる、どうしようもない思い込みはやめてください」
「ふっ。事実だろう」

「彼女は恋人ではありませんし、僕とはなんの関係もありませんから」

「ああ、そっちだけの関係な。まあアンドレだって女が欲しい時だってあるだろう。俺は理解があるから責めたりしないさ」

「は? そんな時は、ないですよ」
「そうか?」

「何ですか一体。僕は急いでいるんですけど」

「なあなあ。この美人。紹介してくれないか。ナグワがアンドレに彼女ができたと思い込んで、周囲のやつらに当たり散らして手に負えん。別にアンドレの彼女じゃないならいいだろう。あいつに紹介してやるよ」

「ええ、もちろん紹介しますよ。先ほどカステン軍の雑役兵として採用したんですから」

「雑役兵? な~んだそっちか。それでその格好な」
 カステン辺境伯が、あからさまに肩を落とす。

 わたしの話をしているようだし、ひとまず第一部隊ナグワ隊長は、警戒すべき人物としてインプットした。
 
「ええ。厨房のエレーナが人を欲しがっているのは、以前から報告していたでしょう。なかなか見つからなかったけど、やっと仕事を求める人材が手に入りましたからね。辺境伯領の軍には女性用の宿舎はありませんし。アパートが見つかるまで、ここで暮らすだけです」

 アンドレがわたしをカステン辺境伯に紹介した。
 となれば、挨拶しようと表情を作る。

「今日からお世話になります、ジュディです。よろしくお願いします」

 堂々と名乗ったのだが、本当のところ「ジュディ」がわたしの名前か分からない。

 けれど、それしか知らないから仕方ない。
 とりあえず姿勢を正し、なるべく美しく見えるお辞儀をする。

 その様子をカステン辺境伯から、まじまじと見られている。まるで品定めをするみたいに念入りに。

 わたしとしては彼から挨拶を返されると思っていたのに、何やら様子がおかしい。

 わたしが挨拶を終えた直後。楽し気に笑みを浮かべていたカステン辺境伯の空気が、緊張感に満ちた。

 そして、そのまま怪訝な表情を浮かべている。

「随分と綺麗なカーテシーだが……。アンドレはどこかのご令嬢を攫ってきたのか?」

「さっきからイヴァン卿は、なんですか……人聞きが悪いですね」

「じゃあ、どういうことだ……今のカーテシーは? 説明をしろ! この女は家名を言わなかったが貴族だろう。それも相当に教育を受けた家柄のご令嬢にしか見えない。ここの軍に怪しい人物を近づけるな。大問題になるぞ! 早く追い出せ」

 激怒するカステン辺境伯の一方。アンドレから、はぁ~と深い息を吐く音が聞こえる。

 どうしよう。
 わたしが無理やりここに居候させて欲しいとお願いしたせいで、揉め事になっているみたいだ。
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