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第2章 あなたは暗殺者⁉

離したくないあなたは……僕の暗殺者④

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◇◇◇

 これから、ナグワ隊長に約束を取り付けたパジャマを買ってもらうつもりだ。

 待望の寝衣を一式揃えれば、今日から枕を高くして寝られると安堵する。

 なんたって、今朝まで寝間着の持ち合わせのなかったわたしは、少しばかり心もとない寝姿だった。

 それもこれも、どうもわたしは詰めが甘いみたいだ。

 アンドレと出会った日。せっかく服を買いに出たにもかかわらず、下着選びに気を削がれたせいで、寝衣をすっかり買い忘れてしまった。間抜けだ。

 それに気づいたのは、あの晩、アンドレが届けてくれた箱に寝衣が入っていない事実に直面してからだった。
 我ながら何をやっているんだろうと呆れてしまう。

 まあ、寝衣はなくても何とかなるが、あった方が寝心地は何倍も改善する。
 流石に留め金の付いたスラックスを履いて寝るのはちょっと嫌だし。
 アンドレから譲ってもらったシャツ一枚で眠るのは、破廉恥な感じがして、どうも落ち着かなかった。

 自分用の寝巻きに期待感が高まるわたしは、ガタガタと音を立てる馬車の中、嬉しそうにそわそわしているナグワ隊長と並んで座る。

 そんなナグワ隊長は、わたしの買い物が終わった後に楽しい予定でもあるのだろう。
 非番だという隊長は髪型も服装も小綺麗にしており、どこぞの紳士かと見間違える雰囲気だ。ガサツな印象を与えるいつもの姿とはまるで違う。

 彼に「何か用事があるのか?」と訊ねてみたが、「内緒」と返され、理由は教えてもらえなかった。別に彼の予定に大して興味もない。それ以上、聞くのはやめた。

 まあ、強いていうなら。隊長は用事があるみたいだし、早めに買い物を終え、余計な寄り道をするのは諦めた。

 本当は不動産屋を覗きに行こうと思っていたけど、今日は気を利かせて真っ直ぐ帰るのが正解だろう。

 こんなわたしでも、昨日、カステン辺境伯から家を出るように釘を刺されたことは、一応気にしている。

 わたしから大いなる迷惑を被っているアンドレは向かいの座席に座り、頬杖を突きながら静かに景色を眺めている。

 むすっとしているその表情が、なんとなくだけど、機嫌が芳しくないようにも見える。

「ねぇジュディちゃん。どうしてアンドレ殿まで一緒にいるんですか?」

 一緒にいるアンドレを不審がるナグワ隊長が、わたしにコソコソと耳打ちする。
 いつも煩い隊長だけど、さすがにこんな時は小さな声でも喋れるんだと、ちょっと笑えてしまう。

 こちらも隊長に合わせ、コソコソと返す。

「部屋を出る時に、アンドレとちょうどばったり会ったのよ」

「だからって、どうして都合よく馬車を手配していたんですか? 帰りのことを考えれば、ジュディちゃんと二人きりで馬に乗って移動した方が良かったのに」

「帰りのことは大丈夫だから心配はいらないわ」
「いや、でも」

「目的地が彼と一緒だもの。アンドレも冬用のパジャマが欲しいから馬車を出す予定だったのよ。買い物を済ませたら、すぐに帰りましょう」

 第三部隊が管理する馬車のスケジュール。彼らは各地への伝令や移送などを担うのだが、前日までに使用を申し出なければ使えない。

 元々買い物に出るつもりのアンドレは、馬車の使用予定をあらかじめ押さえていたようだ。
「同じ場所なら一緒にいきましょう」と気を利かせてくれた彼が、わたしとナグワ隊長を同乗させてくれた。その割に怒って見えるのは、どうしてだろう。

 横でも隊長が神妙な顔をしている。
「すぐに帰ろう」と伝えた後から、ナグワ隊長が眉間に深い皺を刻み考え込む。だが、ハッと閃いた顔をした。

「じゃあ、寄宿舎に帰ったら俺の部屋でお茶でも飲みましょう。実家からおいしいお茶が届いたんですよ」

「へぇ~、ご実家はどちらなの?」

 彼から誘われた「お茶」という言葉に乗せられ、自分の仕事も顧みずに興味を抱く。
 するとすかさずアンドレからピシャリと横やりが入った。

「お茶は許可できませんね」
 突然飛び出したアンドレの冷めたもの言いに、この場の空気が瞬時にピリつく。

 一体、どうしたというのだ。そんなに怖い口調で言わなくてもいいのにと思いながら、彼に視線を移す。
 すると、バチッと目が合う。むすっとした顔でこちらに顔を向ける彼は、わたしから視線を離さず見つめ続ける。

 あまりにじぃーっと見つめるものだから、少し照れ臭くなり、自分から顔を背けた。

「いくら恩のあるアンドレ殿の言葉でも、『あーそうですか』と、引き下がるわけにはいかないな」

「お言葉ですが、ナグワ隊長は非番申請をしていますが、ジュディは仕事がありますからね。この時間は休憩ですので、外出を許可していますが、買い物から戻ればすぐに仕事に戻ってもらいますよ」

「あぁ~、そっか、そうなのか……。あっ! じゃあ今日の仕事が終わった後にどうですか? そっちの方が時間を気にしなくてもいいし、ゆっくりできるでしょう」

「そうねぇ……」
 仕事が終わる時間はいつ頃かしらと考えていると、またしてもアンドレが返答した。

「許可できませんね。昨日、ジュディの仕事を僕が手伝ったので、これからしばらく、僕の仕事を付き合ってもらう予定ですし」

 低い声で話すアンドレは、ナグワ隊長へ射抜くような視線を向けた。
 あれ? 仕事なんて頼まれていたかしらと、ぽかんとした顔でアンドレを見つめる。

 いいや、よくよく考えてみたが、アンドレからそんな話は聞かされていない。彼は夜に何をさせるつもりなのだろうと、首を傾げる。

 仕事をさせると簡単に言っているが、そもそも、わたしが容易く手伝えるのか自信がない。

 まずは仕事の内容を教えてくれないかしらと期待したものの、真面目な顔を崩すことのないアンドレは、それ以上の話もしてくれない。何だというのだ!

 この馬車の中、意味も分からずピリつく空気が広がるため、わたしも自然と口を噤む。

 確かに屋上で倒れた昨日。彼に相当迷惑をかけてしまったのは間違いない。その礼をすると伝えたのも事実。

 そのうえ、自分一人で敷けると豪語したシーツも、アンドレがいなければ卒なく終えることはできなかった。危うくシーツをベッドへ乗せるだけで、誤魔化すところだったし。

 親切な彼に何から何まで助けられたことは感謝している。
 そんなアンドレが仕事を手伝えと言うのなら、断ってよいわけがあるまい。

 まあ、理屈は分かるけど、手伝う仕事って本当に何なのよ? 頭の中に疑問符を浮かべていると、妥協点を見つけた隊長から、更なる提案を受ける。

「ゔぅ~。じゃあジュディさん。明日も私とこの時間にデートへ出掛けましょう。休憩時間なら外出しても問題はないだろうし、他にもまだ欲しいものもあるでしょう」

 それを聞いたアンドレの眉根はまたしても、聞き捨てならないと、ピクリと寄った。
 まずいと思うわたしは、迷うことなく断りを入れる。

「いいえ、そんなに買ってもらっては悪いから、いらないわ」

 アンドレから、嬉しそうな笑顔が漏れた気がする。
 よし! これでいい。
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