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第3章 わたしを捨てたのはあなた⁉

あなたは……わたしを捨てた人④

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「ジュディ! ジュディだ。やっと見つかった。ずっと探していたんだよジュディ」
 それを聞いた瞬間、ぞくっと恐怖が襲う。

 激しく波打つ鼓動。わけも分からずアンドレの背中に隠れ、彼のセーターをぎゅうっと掴む。自然と呼吸が浅くなる。

 わたしを知っている人物が目の前にいる。
 誰? 何? 探していたってどういうことだ。
 状況から察するに、迎えに来たんだろうけど。
 全く彼を覚えてはいない。それなのに、声を聞いた途端に逃げなきゃと体が無意識に反応した。
 手がジンジンと痺れ、警鐘が心に鳴り響く。

「アンドレお願い。あの人を追い返して」
 喉の奥が張り付く感覚の中で、なんとか声を出した。
 ――胸がむかむかして……吐きそう。
 駄目だ。あの知らない人物に付いていってはいけない。そう体が反応する。

 わたしを必死に探してくれたなんて、本来なら嬉しいはずなのに、彼を見ても喜ばしい感情が少しも湧かない。それどころか憎悪が込み上げる。

「あなたはジュディと、どのような関係ですか? 今、僕が彼女の名前を呼んだのを聞いたから、『ジュディ』と名前を合わせただけですよね」

「私はジュディの実の父です。ジュディは、てっきり偽名を使っていると思っていたんです。これまで訪ね歩いた場所では、探している娘の名前を伝えただけで『そんな名前の者はいない』と門前払いされ続けたので。あえて名前をお伝えしなかったんです」

「そうですか……。ご家族がジュディを探していたんですか……」

「ええ。しばらく前に家を出たきりジュディが戻って来ないから、それからずっと捜し歩いていたんです」
 そう言い終えると、その男の声が一段と大きくなった。おそらく、アンドレの陰に隠れるわたしに言い聞かせるためだろう。

「ジュディ私だ! 父さんと一緒に家に帰ろう」
 力強く言われると、体がびくりとして、ことさら不安と恐怖が増した。

「あなたなんて知らないわ。帰らない」

「ジュ、ジュディ……。どうしてそんな――。ジュディのことを母さんも妹も心配しているんだ、帰るよ」

「だから、帰らないって言っているでしょう! わたしは、アンドレとずっと一緒にいるから、一人で帰ってくださいまし」

「何を言っているんだジュディ。父さんがどれだけ心配して、国中を探し回っていたと思っているんだ。我が儘を言ってないで、自分の家に帰るんだ」

 自称父親と名乗る人物と大声で言い合いをする状況を、アンドレは見かねたのだろう。
 発展しない会話に埒が明かないと仲裁に入る。

「ジュディの父というのは、本当なのでしょうか? 彼女は記憶が曖昧で、正しい判断ができませんから。このままでは僕もジュディをあなたに託せませんので、あなたの身分を証明するものを見せてくれませんか?」

 訝しむアンドレが不審な男に詰め寄る。
 するとその男は、斜掛けにしている黒いキャンバスバッグへ両手を突っ込み、何やらごそごそと漁り始めた。

「生憎……身分証は持ち歩いていないんですが、娘を探すために家から持ち出した姿絵ならございます。随分と幼い頃に描いたものですが、面影は変わっていませんので探すのに使っておりました」

 アンドレの背中からひょこっと覗いて様子を見ていると。父と名乗る男が、一枚の絵を差し出した。
 大きさは本の表紙くらいで、そこまでお金をかけたものではなさそうだ。

 アンドレとわたしの予想どおり、貴族のお嬢様の気配はない。絵が少々お粗末である。
 それに、この男の身なりも中級階級以下でしっくりくる。相当歩き回っていたのか、靴の皮が剥がれているし。

 その姿絵を、戸惑いながらも受け取ろうとするアンドレが、ゆっくりと手を伸ばした。
 すると、それを確認した彼が背後まで聞こえるくらい大きな息を吐くと、わたしにも見せてきた。

「ジュディ、自分の目で確認してごらん。僕には、この姿絵はジュディにしか見えないけど」

 わたしがアンドレから古い紙を受け取ると同時。父らしき人物が瞳を潤ませ礼を述べた。

「娘が世話になっていたようで、なんてお礼を言ってよいか。無事に過ごしていたことが分かり、安心しました。ありがとうございます」

 突如現れた見ず知らずの男を、父ではないと否定したい。手入れされずにチクチクと生えた髭面。櫛も通していない乱れた髪の男の人へ、少しも懐かしい感情を抱けない。

 だけど、古めかしく安っぽい絵を見せられた後では、否定できそうにない。

 この絵の少女は……わたしにそっくりだ。
 琥珀色の瞳に、今よりも断然短い菫色の髪のあどけない幼子は、わたしではないと拒む方が難しい。

 悔しい。父ではないと言いたいのに、その一枚の絵が彼との繋がりが真実だと主張してくる。

 もはや見間違うことなく自分だと思う。それは分かっている。
 その挙句、鉛筆で『ジュディ  六歳』と裏に書かれているし、違うという方がおかしい。それくらい分かる。
 だが、それを言ってなるものかと、ぎゅっと唇を噛む。

 仮に目の前の男性が父であったとしても、彼とは一緒に帰りたくない。全身の毛穴が粟立っている。これも事実である。

「あの人が父だとしても、わたしは一緒に帰らないわ。アンドレと一緒にいる、ねっ」

「ジュディ……それはどうかと思うけど」

 アンドレが弱々しい口調で、わたしを説得しようとしている。けれど、そんな事をされたくないわたしは、ふるふると首を横に振る。

 そして、目の前の男に惑わされないで、早く買い物へ行こうと、彼の服をつんつんと何度も引っ張る。
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