75 / 112
第3章 わたしを捨てたのはあなた⁉

あなたは……わたしを捨てた人⑤

しおりを挟む
「彼の言うとおりだよジュディ。一緒に帰るよ」

「あの~、失礼ですが、あなたのお名前は? どちらの領地から、ここまでいらしたのですか?」
 アンドレが怪訝な口調で男性に訊ねる。

 そうすると、疲れ果てた顔の男がアンドレの目を真っ直ぐ見て、躊躇いなく口を開く。

「私はケランと申します。ロンギア侯爵領から来ました。他の領地を回ってからここに辿り着いたので、すぐ隣だというのに、娘を見つけるまで時間がかかってしまいました。ここへ一番初めにくれば、もっと早くに再会できたのに」
 
 その男に「分かりました」と答えたアンドレがわたしへ向き直った。

「すぐ隣だし、いつでも会えますよ。ジュディは一度、家に帰った方がいいでしょう」
「やだ!」

「家に帰って過去のことを思い出した後でも、まだ僕に会いたいと思うならここに戻っておいで。僕はジュディが来るのを待っているから」

「どうしてそんなことを言うのよ。さっきまでは『ずっと一緒にいよう』って言ってくれたのに、話が違うじゃない。わたしはアンドレといるの。お願いだから傍にいさせてよ、ねっ」

「一緒にいたいのは変わっていないけど……あの時は、ジュディの迎えが来るとは思ってもいなかったから。ご家族がいるなら、あの話は一度白紙に戻すべきです」

「いやよ。あの人のことを知らないし、怖いの。付いていってはいけないって予感がするわ。わたしの部屋に帰る」

「いいえ駄目です。迎えにいらした家族がいるなら、この場所から出ていってください。ここで誘拐騒ぎを起こされるのは本当に困るので、ジュディを事務所へ置くわけにはいきませんから」

「歓迎会は……。今日の夜はバーベキューパーティーの予定だったのよ。楽しみにしていたのに酷いじゃない」

「ん――……。ジュディは狩る前から食べる話をしていたんでしたね」
 真面目な顔のアンドレは、しばらく考え込んだ後、見知らぬ男を真っ直ぐ見つめる。

「明日、僕が彼女をご自宅へ送り届けますので、家に帰るのは、一日待ってくれませんか? 今晩、ジュディが楽しみにしている食材を皆でいただく予定なんですよ」

「そういうことなら、ジュディと一度帰った後に、夕方、再び訪ねてもよろしいでしょうか? ジュディの婚約者も必死に娘を探しているんです。彼に早く会わせてやりたいので」

「ぇ……婚約者——……」
 そう言ってアンドレが呆然と固まる。そんな彼を横目にキッパリと否定する。

「嫌よ! 帰らない、嘘だわ。婚約者なんていないでしょう。わたしには全然しっくりこないもの。あなたとは一緒に行かない」

「駄目ですよジュディ。必死に探していたお父さんに、そんなことを言うものではありませんよ」

「婚約者なんていないし、どうでもいいのよ」

「ジュディのためです……その魔法契約——。婚約者がいるなら素直に家へ帰りなさい」

「嫌だって言っているのに何よ! もういいわ。アンドレが部屋に入れてくれないなら、ナグワ隊長に頼んで部屋を貸してもらうから。わたしは床でも眠られるから、問題ないもの」

「何を言っているんですか! 許可できるわけがないでしょう」
「やだやだやだやだ。絶対に嫌! ナグワ隊長なら分かってくれるもの」
 アンドレの気を引きたくて、大きな声で騒ぎ立てた。

「いいえ。今の時間をもって、あなたはカステン軍とはなんの関係もありません。寄宿舎へ上がり込むのは金輪際、認めることはできません。早く帰りなさい」

「そんなぁぁ」

 とにかくケランを信じてはいけない。彼に会ってからというもの、体中がぴりぴりと緊張が走っている。

「——ケランさん、ジュディを一度連れ帰ってください。ご実家に帰れば落ち着くでしょうし。せっかくですから、夕方にまた、お二人で来てください。待っていますので」

「アンドレ様。娘を心配してくださり、感謝申し上げます。夕方に再び、お礼も兼ねてうかがいます」

 そう言って頭を下げた父が、強引にわたしの体を引いた。

 ——え? 父の力が尋常ではない。
 嘘っ……。
 この人……魔法を使っているの⁉︎
 どうして?
 駄目だ。この人は危険だわ。娘一人を連れ戻すために身体強化をかけるのは、あり得ないもの。

 カステン軍の兵士たちは、土蜘蛛を目の前にしても身体強化をしていなかった。できないのか、魔力温存なのかは知らないけど、魔物を警戒する兵士でさえ使っていなかったのだ。

 それなのに、父と名乗る庶民の男は、何を恐れて身体強化をかけているというのだ⁉︎ 全ておかしい!

 彼と馬車に乗ってはいけない。まずいと振り返り、アンドレの手を取りたくて腕を伸ばそうとした。
 だがそれをすぐに引っ込め、「助けて」と出かけた言葉は、喉の奥で押し殺した。

 怒った顔のアンドレが目に映った瞬間。わたしの中の何かが、彼からも逃げろと警告した。

「……アンドレよね?」
「ジュディ?」
 ――あの人は誰? 嫌だ。アンドレが怖い――。
 よく知る人物さえ別人に感じるほどパニックを起こし、訳も分からず、前へ向き直った。
 
 逃げろって何? 以前、アンドレと何かあったのだろうか?
 もしかして、森からわたしを拾ってきたという話は全部嘘だったのかもしれない。わたしを欺くために。

 たまに覗かせる彼の冷たい態度が、彼の本性なのか――。
 嘘……。なんてことなの……。

 朝食を摂っていたときの思わせぶりな彼の言葉は何だったんだ……。最低だ。
 ここにいても危険ならば、隙を突いて父から逃げた方がまだ、チャンスがある。そう見込み、誘導される馬車に大人しく乗り込んだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】 侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。 しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。 「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」 利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。 一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

処理中です...