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第4章 逃がさない

腕をすり抜けたのは……最愛のあなた①

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◇◇◇SIDEアンドレ

「よく聞こえなかったが、振り向いたジュディは何か言ったのだろうか……? いや、気のせいだろう。ジュディの性格なら大声で告げたはずだ」
 二人がいなくなり、一気に静まり返ったこの場で独りごちる。

 この先もジュディとずっと一緒にたいと願い、イヴァン卿を説得する気でいたが……。彼女を探している家族が現れるとは考えてもいなかった。

 ケランと名乗った男。
 始めは胡散臭く感じ、追い返すつもりだったが、あの姿絵は疑いようもなくジュディだった。

 年季の入った絵は、昨日今日、あり合わせで用意したものとは違う。間違いなく家族だ。

 あの父親……目の下に濃い隈を作りどれほど心配していたんだろうか……。
 僕は何も知らずに彼女を連れ出し、ジュディから家族を奪うところだった。危ない。

「婚約者か……」
 その可能性はうすうす考えていたが……必死に探していたとは……。

 ショックと同時に、己が犯しかけた過ちに言葉を失った──。

 当人であるジュディは相当に動揺しているようだったけど。
 まあ、突然現れた見知らぬ男に困惑するのは始めだけだろう。
 住み慣れた家で過ごせば、失った記憶も取り戻せるはずだ。

 僕とここから逃げるより、断然に幸せだろう。

 彼女の乗った馬車が静かに動き出し、視界から消えるまで、ぼんやりと見守っていれば、別の人物がこちらに近づいてくる気配を感じた。

「アンドレ殿、ジュディちゃんを見なかったか?」
 その声に反応して横を向く。
 そうすれば、キョロキョロと周囲を見回すナグワ隊長が、少し離れた場所から向かってくるのが目に入った。

 ジュディのことを伝えに行こうと考えていたから、来てくれて好都合だなと、彼と視線を合わせる。

「アンドレ殿は、やっぱり怒っているのか?」
「え?」

「ジュディちゃんとアンドレ殿が恋人とは知らずに、彼女を部屋に誘ったのは悪かったよ。先に言ってくれたら良かったのに」
「──ッ!」
 顔が歪む。
 恋人……ではないが、あえて口にしてまで否定したくない。
 彼女が絡むと感情が大きく揺さぶられるのだから、やはり僕はジュディが好きなのだと、今更ながらに自覚する。
 そう思っていると、目の前でナグワ隊長が立ち止まる。

「隊長が勝手にジュディの気持ちを勘違いして、僕の話に耳を貸さないからですよ」

「いやぁ~、すまない。次からは冷静になるよ」

「全くです。ご実家のあるロンギア侯爵領に、茶葉の採れる畑があったのを僕は知りませんでしたが、いつから茶畑ができたんですか?」

「あぁ~、実家からお茶が届いたのは、俺の勘違いだったかな。ははは」

「どうしようもない嘘までついてジュディを騙す隊長の下心が、丸見えでしたよ」

「まあだけど、今日は靴を買いに行くだけだからいいだろう。ジュディちゃんに何か買ってあげるのが魔猪を探してもらう条件だったんだ。俺の面子も考えて、彼女と出掛けさせてくれよな」

「そうしたくても、彼女は家に帰りましたよ」

「ん? 事務所にいるのか?」
「いいえ。彼女の父が先ほど迎えに来たので、ご実家に帰りました」

「エエっ! 少し前から寄宿舎の前に立っていた、あの大きな男がジュディちゃんの父親だったのか――。あれっ。ってことは、彼女は辞めたのか?」

「さあ? どうでしょうか。気が向けば再び雑役兵として戻ってくるでしょうね。一応、夜のバーベキューは肉に釣られて食べにくるみたいですよ」

「おっ、それは良かった。彼女が一番楽しみにしていたからな。魔猪を下げ渡した畑の主も、そりゃぁもう喜んでいたんだが、それを伝えそびれていたんだ。第一部隊が大きい魔猪を捕まえる時に、稲を結構燃やしちまったから、俺たちとしても、文句を言われずに終わって助かったよ」

「そうですか。夕方には戻って来るので、ジュディに直接伝えてあげてください。きっと喜びますよ」

「ジュディちゃんの実家って、どこなんだ?」

「ロンギア侯爵領みたいです。父親はケランと名乗っていましたが、ご実家の近くで見覚えはありませんか?」

「いいや。名前を聞いても見当もつかない。それに、ジュディちゃんみたいな美人がいたら、俺の目に留まらないはずはないんだけどな」

「……そうですか」
 ナグワ隊長の意見に頷くのは釈然としないが、言いたいことは、なんとなく分かる。確かに彼女は人目を引くはずだ。

 ぁ――……。そういえば『ジュディ』は偽名ではなかったのか? イヴァン卿が中央教会へ行ったときに、それらしき名前は魔力なしの名簿に載っていないと言っていたんじゃなかったか……。

 ――ぇ?
 もしかして、僕は大事なことを見落としていないか?

 ナグワ隊長と二人で話していると、馬が猛スピードで走る地響きを感じる。その様子にナグワ隊長が驚き、警戒を含む声を出す。

「ん? 何かあったのか? カステン辺境伯が騎馬でここに来るのは珍しいな」

 そう言った直後。イヴァン卿は既に僕たちの目前まで、迫っていた。
 そんな猛スピードで走らせ、彼に馬を制御できるのだろうかと、心配させられる無茶な走りだ。

 案の定。危うく寄宿舎の壁に衝突しそうになるのを、かろうじて寸前の所で止めた。

「ウッわぁ~、危なぁ~」
 一部始終を見ていたナグワ隊長が、思わず叫ぶ。
 そして静止した後の馬も落ち着かず、興奮から何度も嘶いている。

 イヴァン卿はそれさえも気にする素振りはなく、ぐるっと僕の方を見た。
 そして、僕の目を離すことなく馬から降りると、大慌てで向かってきた。

「ふぅ~」
 相変わらず騒々しいなと、呆れたため息が漏れる。

「アンドレ~。大変だ! あの子は? あの子はどこにいる!」
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