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第4章 逃がさない

だまされない②

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 既にコントロールを失った車体は、強い衝撃でバランスを崩し、崖側へ傾く。
 だが、なんとか持ち直し、地面に水平に戻りかけたところで、再びふわっと浮き上がる。
 何が起きたのかと驚けば、自分の髪が上昇する風になびいている。

 ――アンドレの得意な風魔法か。
 抵抗できないまま彼の作った風に身体が流され、崖に放り出された。
 ――どういうわけか、ケランという男も一緒だ。

 最後にアンドレを確認しようと目を向けたが、馬車に隠れる位置に立つ彼は見えなかった。

 このまま崖下に落下するのかと、現状を理解するが、正直なところ焦ってはいない。
 逆を返せば、このままアンドレから逃げる好機かもしれない。

 一緒に崖に放り出されたのが、身体強化をかける程の男だ。彼なら風魔法で上昇気流を出現させるだろう。

 それも、体格のいいあの男の方がわたしより先に落下しているのだから、もう間もなく風が吹き上がるはず。
 それに便乗して体勢を整えればいいだけだ。

 ちょっとツイている気がする。
 彼の魔法の恩恵に与かれるから問題はないと、高を括る。

 ……あれ?
 ――おかしいな。いくら待っても風が吹き上がる気配は一向にない。
 ぇ……嘘よね。もしや彼は身体強化任せなのか?

 そろそろ地面に近づき限界だろう。タイミングを見極め、致し方なく魔力を消費する決意を固めた。

 そうすれば、びゅぅーっと下から風が発生し、落下速度が緩まる。
 その隙に、頭から地面に向かっていた自分の姿勢を調整しようと、体を縮めて回転させた。

 よし!
 計算どおりに上手くいったと思うわたしは、ストンと、小さな音を立てて足から降り立った。

 ふと横をみると、ケランが地面で横になって伸びている。

 わたしより先に落下していたケランにとっては、落下時までに体勢を変えられなかったのだろう。
 それでも身体強化は効いているはずだから、死んでないはずだ。このまま狼に襲われようと関係ない。誰が心配するものか。
 とりあえずは彼の目が覚める前に、ここから逃げるか。

 道を外れた今となっては方角が分からない。進むべき方向を見極めようとしていた時だ。

 強風が舞い上がったかと思えば、地面に重量のあるものが降り立ち、ドンという音がする。

 不吉な気配を感じて音の先を見ると……アンドレだ。
 彼が作り笑いを浮かべて立っている。

「君を探していたんだよ」
 は? 支離滅裂で気味が悪い。何この男……。

「探していたってどういうことよ! あなたが追い出したんでしょう」

「い、いや。お、追い出したって人聞きが悪い、何を言っているのかな」

「あっそう。そうやってわたしの記憶を混乱させるのね」

「私のことを覚えているのかい?」

「ええ、わたしを崖から落とすために土魔法を使った、卑劣な男だと、ちゃんと記憶したわ」

「違うだろう。馬車は道路の窪みに嵌って横転したんだよ」

「どこに窪みがあったのよ、むしろ壁が出現したでしょう」

「まあそれは後で、山道を見れば分かることだ。私は君の婚約者だったんだよ」

「あのねぇ、どう解釈したら婚約者になるわけ。そんな約束してないでしょう。頭がおかしいわよ」

「ふふっ、あなたは随分と混乱しているようだけど、私の顔を見ても誰か分からないなんて、今の落下で頭を打ったんだね。すぐに医師に診てもらおう」

「は? あなたとは一緒に行かないわ。もう信じない。疑わしいもの」

「私はこの国の王太子で、君と未来を約束していたんだよ。行方が分からなくなり、必死に探していたんだ」
「ははっ。そんなふざけた話をよく言えるわね」

 急にどうした? この男の方が頭を打ったんじゃないのか?
 そんな風に思うくらい、怖すぎる嘘を言い出した。

 王太子が何年も王宮を離れるはずがないだろう。
 アンドレの部屋は、昔着ていた服やら、人からの贈り物など、何年も暮らしていた生活の歴史があった。

 どう解釈しても虚言でしょうに。
 ましてや王族だって⁉︎ そんな酷い作り話。相手にするまでもなく、冷たく返した。

「まあ、急に言われても信じられないよね。一緒に王宮へ来れば分かる事だから、私の言葉を信用してくれないだろうか」

「無理ね。信用できないわ」
「あなたのことを愛しているんだよ」

「はい? わたしのことを?」

「そうだよ。事故の衝撃で頭が混乱して記憶がおかしいんだろうが、私がこれまでの話をゆっくりと聞かせてあげるから、王宮へ戻ろう。あなたの部屋もそこにあるから」

 ふるふると首を振る。

 今朝まで好きかどうか分からないと言っていたのに、一体何なの⁉

 こんなふざけた話を聞いていれば、いよいよ頭がおかしくなりそうだ。彼から逃げたい。

 だけどどうすべきか。いざ、人に攻撃魔法を使おうとすると、相手が誰であれ憚れる。

 その前に、ガラス玉は使いかけの一つしかない。魔力がもったいない。

 でも、彼から逃げるためにはやるしかないか……。

 そうしなければ、奇妙な作り話をする男に、わたしの方が何をされるか分からない。

 魔力計測器の針が振り切るアンドレを相手に、失敗は許されない。
 二度目のチャンスはないだろう。それくらいの術者だ。
 そうなれば、一発で仕留めるため、上位魔法を発動することにした。

「竜巻」
 発動を願った瞬間。アンドレは暴風に包まれ体が飲まれた。それでも必死に耐えていたのだろう。なかなか体が浮上しなかったが、ふっと力が抜けたのか、巻き上げる風で上空高くに飛ばされた。風でグルグルと空中を回る。

 まだよ。焦るな。もう少し……。
 と自分を落ち着かせ、しばらく彼を回転させた。
 片時も目を離さずに見ていれば、アンドレの体は、力が抜けたようにぐったりした。
 よし、今だと判断した。

 彼は風の中で息が続かず気を失ったのだろう。それを見計らい、ぴたりと風を止める。

 そうすれば重力に任せて彼の体は、なすがままに落下し、ケランの横にドンッと落ちた。

 うつぶせで伸びている彼は動く様子はない。

「良かった! これでしばらく時間は稼げそうだ」

 所詮一時凌ぎ。落下した地面が柔らかい草で覆われているから大方気を失っているだけだろう。
 まあ、ここからわたしが逃げきるには丁度いい。

 わたしの痕跡は残してないし、誰かに発見されたところで、崖から落ちたケランと同じに扱ってくれるでしょう。

 それ以前に、狼に襲われるだろうし、どうでもいいわ。

 そう思って、水の流れが聞こえる方向へ駆け出した。

 ◇◇◇
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