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第5章 離さない

離さない①(アンドレ)

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 ジュディを抱きかかえたまま、森の中を引き返す。

 しばらくして、飛び降りてきた絶壁に到着した。
 戻るためには、ここしかないかと考える。山道まで首を動かして見上げるほど高い。
 とはいえ風に乗れば、まあ問題はないだろう。ジュディを抱く腕に力が入る。

 ジュディの顔を覗き込むが目覚める気配はない。
 そんな僕の視界の端に、王太子とジュディの父親の姿が目に入る。

 地面で伸びる二人を運ぶのは、王宮騎士団のシモンの到着を待とうと、そのまま放置する。
 僕が崖の下に降りると同時に、彼をパスカル殿下の元へと走らせた。近くに気配はない。

 感じのいいシモンは、ジュディについて、やたらと詳しい。
 聞いてみれば、放っておくと何をするか分からない、ジュディのお目付け役だそうだ。
 
 その彼も、もう少しで戻ってくる頃だろう。そう思い、横転した馬車の近くで、腰を下ろす。

 想定外の順番でジュディを腕の中に収めたが、気分が晴れない。
 彼女は目を覚ました後に、どんな反応をするだろうか……。
 何度も浴びせられた「大嫌い」の言葉が耳の中をこだまする。

 フィリベール殿下との誤解を抜きにしても、相当に嬉しくない状況だ。

 はっきり、僕を嫌い……と言われた……。

 何てことだと天を仰ぐ。魔力計測器に限界があるのは盲点だった。

 彼女の魔力感知も魔法のコントロールも異常に正確で、違和感を抱いていた。だが、令嬢らしからぬ雰囲気のせいで、この国を代表するドゥメリー家の人間とは、とても結びつかなかった。
 れっきとした高貴なお嬢様……そんな格好はしていなかったのに。

 そもそも妙齢の公爵令嬢の肩に避妊の魔法契約があるなんて、考えられないだろう。ましてや王太子の婚約者が……。

 ジュディは完全に僕のことを怒っていた――。

 せっかく僕のために作ってくれたゼリーを、どうして突き返してしまったんだ……。あの日の行動が悔やまれる。
「ッ……」

 イヴァン卿め――。何が「僕の恋を応援する」だ。完全に妨害だろう。
 次から次へと余計なことをしてくれたおかげで、話がこじれるにいいだけぐしゃぐしゃだ。
 半日以上中央教会にいて、ジュディット様の話くらい耳に入らなかったのか。いつも中途半端な仕事しかしない。

 そんな風に考えていると、呑気な声が聞こえた。

 その方向を見れば、案の定イヴァン卿だ。僕が一人だと聞いて、誰よりも急いで駆けつけてきたのだろう。

「お~い、アンドレ~待たせたな。ゲッ、怒っているのか? 喜んでいるのか? どっちだ?」

「怒ってますけど」
「お、おい! ジュディット様に何かあったのか?」
 彼は、眠るジュディに視線を向けた。

「話がこじれて――。やむを得ず……ジュディは寝ているだけです」

「は? 話がこじれるって⁉ 二人は毎晩一緒に寝るくらい仲が良かったんだろう。何があったんだ?」
 呆れたため息を返す。
 全くもって嫌な予感は的中する。

 確かにナグワ隊長を牽制するため、そんな話を振ったのは僕だ。
 そうだとしても、パスカル殿下にまで、ありもしない話を聞かせているのか、あの隊長は。
 これだから、デリカシーのない二人から目を離すと、碌なことがない。

「それもこれもイヴァン卿のせいです。どこの誰がジュディのことを気味が悪いと言ったんでしょうかね。僕は言った記憶はないんですが」

「も、申し訳ありません……そっちの方が追い出すのに響くと思いまして……」

「言い訳は後で聞きましょう。ですが――。もし、僕がジュディから嫌われたままだったら、二度とあなたの顔を見る気はありませんから」

 そう告げて、一歩遅れて到着したパスカル殿下へ顔を向ける。
「大体の話はシモンから聞いたが、どうなっている」

「はい。僕の姿を見たジュディは、僕が崖から突き落としたと勘違いしていました。意図的に事故を引き起こしたのは、フィリベール王太子でしょう」

「赤毛の王太子殿下とアンフレッド殿下を見間違えたのか……?」

「赤色は目立ちますからね。僕と同じ色に偽装して、事故を引き起こしたんでしょう。身をひそめるには、黒が一番無難ですから」

 パスカル殿下は、やれやれとため息をつき、納得した口調で同意した。

「そうだな。ジュディット様を崖から落とす、計画だったんだろう」

 車体と馬を繋ぐロープの綺麗な切断面。おまけに、自分の乗ってきた馬と馬車を引いていた馬が、木に繋がれている。
 なぜか、横転する馬車の前方に穴が掘られているが、おそらく、後から開けた穴の位置を間違えたのだろう。

「記憶がないとなれば、真っ先に疑われるのは、フィリベール殿下ですからね。彼らを回収して帰るんですよね」

「まあ、これだけの混乱を招いたんだ。陛下の御前まで連れていくしかあるまい」

「そうですね」と、同意したところで、崖の下を覗いたナグワ隊長が声を上げる。

「アンフレッド殿下は、この崖の下からジュディット様と登ってきたんですか?」

「ええ、もちろんですが」
「ど、どうやって……俺……無理です」

「上昇気流を作るだけですよ」

「いや、いや、いや、簡単に言うけど、この上までは無理ですって」

「あ、俺が行ってきます」と、俊敏に動くイヴァン卿が、僕の横から崖の下へ、すかさず降りていった。逃げたな。

「アンフレッド殿下、私がこの場に残るので、殿下は一刻も早く、王宮へ向かってほしい。ジュディット様の妹の件もあって、陛下が倒れかねない状況だ」

「ジュディの妹、ですか……」

「ああ。聖女が自分一人しかいないと思い込んでいるから、祈祷室で暴言を吐き続けている。昨日、魔力が溜まれば『遠隔魔法で攻撃する』と謎めいたことを言い出した。なまじ聖女なだけあって、たちが悪い」

「そんな魔法はないでしょう」

「そう思うんだが、私がこの話を聞く前に、王太子殿下も、リナ聖女の遠隔魔法のことを近くの騎士に話していたから、ハッタリなのか見分けがつかない。あの聖女を王太子に宥めてもらう予定だったが……まさかこんな所にいるとは」

「それはまた厄介な話ですが……」
 首を傾げながらも、シモンと共に、一足先に王宮へ向かう。
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