94 / 112
第5章 離さない

気づいていない①

しおりを挟む
「僕はナグワ隊長と同じということですね。むしろ、記憶がなくても毛嫌うフィリベール王太子とそっくりな僕は、負けているかもしれませんね。……好きというのも許してくれないんですから」
 そう言って目元を手で覆う彼は、しばしの間、微動だにしない。

 そんなアンドレを見て。彼はわたしを本当に愛してくれているのかもしれない、と考えたが、愚かな妄想はすぐさま否定した。

 一緒に朝食を摂っていたとき、カステン辺境伯領でわたしのことを、好きかもしれないし分からないと言った彼の姿に、嘘偽りを感じなかった。

 おそらくあれが本音だ。

 気味が悪いから迷惑だと、カステン辺境伯に相談していたくらいなんだし、彼と今更、愛だの恋だのは関係ない。

 どうせ陛下の命令で、聖女を逃がさないために必死なんだろう。フィリベールと一緒だ。

 栞を送ったジュディットに関しても、「別にどうでもいい」と、言っていたくらいだ。

 それなのに、アンドレはわたしを好きになろうとしているのか? そんな無理をしなくていいのに。

 真面目なアンドレは、陛下の指示に忠実なのね、と感心してしまう。
 ──だけど、そんなことより気になることがある。

「ねえ、聞いても言い?」
「なんですか?」 
 山中でフィリベールに魔法を使った直後。彼は確かに生きていた。ただ気を失っていただけだ。

 あの時。王族だとか、聖女だとか関係なく彼に魔法を発動した。相当痛めつけた自覚はあるけど。まさか、あれで息絶えていないわよねと気にかかる。

 この時間。もしも王宮に戻っていないのであれば弑逆した可能性も浮上する。今度こそ、冗談抜きで断頭台ものの重犯罪な気がしてならない。

 自分可愛さで目を背けている事態に、そろそろ正面から向き合うことにした。

「ところで、そのフィリベール王太子はどうしているのかしら?」
「やはり気になりますか?」

「彼を、ではなくて、自分のことが気になるわね」

「陛下が折れたので、投獄は取りやめ、ご自分の部屋で軟禁しています。ドゥメリー公爵は地下牢ですが」

「えぇえ? 軟禁!」

「ジュディに手をかけたのは、この国の大損害ですからね」

 フィリベールを自室で軟禁していることに「甘すぎる」と、アンドレは立腹しているが、簡単に逃げるでしょうにと、首を傾げる。

「……あの二人が、よく逃げずに拘束されているわね」

「元々魔力の大きな二人ですからね。パスカル王弟が魔力を封印しているので、逃亡は謀れないでしょう」

「魔力の封印……なるほどね。そういうことか。パスカル様は魔物の討伐には顔を見せないのに、魔力の大きい罪人がいれば、すぐに駆けつけていた意味が分かったわ」

「攻撃魔法が使える人材は、ある種危険ですから」

「わたしも危険人物なのかしら……?」

「まさか。ジュディを捨てて違う女性に走るなんて、彼の見る目がないだけです」

「なんかわたしも見る目がないわね。リナとフィリベール殿下が付き合っているなんて知らなかったわ。この手の話は、どうも鈍いのよ」

「まあ鈍いのは否定しませんが」
 アンドレが苦笑すると、言いにくそうに話を続ける。

「……ですがフィリベール殿下の主張は、『ジュディが王太子との結婚を拒み、自ら婚約解消を申し出て、男の元へ駆け落ちした』と譲りません」

「ちょっと、誰が信じる作り話よ」

「当初からそう訴えていたようで、陛下は多少混乱しています」

「……わたしがモテるように見える? 見えないでしょう。わたしに近寄ってくるのは狼くらいなものよ。陛下も何を騙されているのかしら?」

「あ、え~、あ~」と、わたしを慰める言葉を見つけられないアンドレが、困惑している。
 そして、コホンと気を取り直した彼は、真面目な顔を取り繕う。

「彼の意見は一切揺るがず、ドゥメリー公爵にジュディの捜索を依頼した結果。『カステン軍の寄宿舎で見つかった』と聞いたので、いても立ってもいられず迎えに行ったところ、ジュディと公爵が乗る馬車の馬が目の前で暴れて、ジュディは崖から落ちたそうです」

 開いた口が塞がらないとは、こういう事をいうのだろう。
 とんでもない嘘。大嘘だ。
 そんな作り話を、呆気に取られながら、ひたすら聞かされた。
 ここまでで既に胸がいっぱいな状態なのに、アンドレはまだあると、話を続けた。

「崖から落ちたジュディは、その衝撃で記憶が混乱しているそうです」

「どこの誰が混乱してるって? すっきりしているけど……。よくもまあ思いつくわね」

「まったく呆れますよ……。彼は、自分を見ても分からないほど錯乱したジュディが、魔法攻撃を仕掛けて危険だったので、ジュディの魔力を封印したと訴えています」

「……酷い話だわ。誰もそんな話は信じていないでしょうね」

「まあ、それ自体は嘘だと思っているのですが……。結ばれた魔法契約の解呪が問題になっていて」

「アンドレが、こうやって解呪できるじゃない」

「僕が魔法契約を解呪する瞬間を、誰も見ていないので……。実際、ジュディの記憶が戻るか納得してもらえませんでした」

「そうでしょうね。双子とはいえ他人が魔法契約を解呪できるとは、陛下夫妻も信じていないでしょうね。わたしでさえ、自分が体験していなければ信じないもの」

「ジュディが無意識に張る結界の存在に気づかなければ、僕もできると思っていませんでしたからね」
 だよねと、二人で目を見合わせた。

「万が一、僕では魔法契約の解呪ができないと分かれば、王太子の主張を聞き入れる必要が出てきますからね。陛下が慎重に判断したいと決断したため、ジュディの目が覚めるまで王太子の処分が保留になっていました」

「一度処分した後に、わたしの魔力が戻りませんよ~って、言われたら、陛下も困るものね」

「ええ、彼ならジュディを人質に何を言い出すか分かりませんから」

「アンドレの言いたいことは分かったわ。……わたしが彼の嘘を証言すればいいのね」

「申し訳ありませんが、そうなります」
 
 浮かない口調で頼まれた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】 侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。 しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。 「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」 利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。 一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

処理中です...