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第5章 離さない

もう一回言ってよね

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「お二人の間に長居するのは野暮ですね、ふふふ」
 クリスタはそんなことを言いながら、丸い木製のテーブルの上に、緑色のブドウと八等分に切ったオレンジ、それにトマトを煮詰めたスープを並べた。

「もし食欲があるようでしたら、他にも運んできますので仰ってくださいね」
 にこりと笑うと、配膳だけ済ませたクリスタは、いそいそと立ち去ってしまった。

 二人きりになると、アンドレが穏やかに話し始めた。

「ジュディの笑顔が戻ってよかったです。僕がいない間に何かありましたか?」

「別に何もないわ。ただ、最後まで謝ってくれないフィリベールに呆れてただけよ」

「そうでしたか。いつもと様子が違っていたので、心配になりましたが、真っ赤になってごねるくらい元気でホッとしました」

「アンドレが変なことばっかり言うからでしょう」
「変なことは言ってないと思いますが」

「一緒にお風呂に入ろうなんて、言うからよ!」

「それは……。ジュディが僕の顔を見て目を逸らしたので、意識されているのが分かったから。嬉しくてつい」
 それ、顔を赤くして言うんじゃないわよ。

 本心から一緒に入りたがっていたみたいじゃない。なんて答えるべきか、こっちが照れる……。

「べ、別に……アンドレのことを意識なんてしてないわよ……」
 拗ねたように伝えると、アンドレがわたしの口元にブドウを一粒持ってきて「あ~ん」と言ってきた。

 条件反射とは恐ろしい。何も考えず、ぱくりとそれに食らいつき、もぐもぐと咀嚼する。
 楽し気な彼は、そんなわたしを見ながら、一粒もぎって自分も食べている。

「美味しいですね」
 そうねと答えると、もう一粒口に入ってきた。
 確かに美味しいわねと、にんまりする。

 すると、アンドレがくすくすと笑い出した。
「何がおかしいのよ」

「僕の手から素直にブドウを食べるジュディが可愛くて」

「それはアンドレが口の前に持ってくるからでしょう」

「どうしますか? 夕飯にジュディの好きな肉がありませんが、届けてもらいましょうか?」

「いいえ。魔力が体に入って来る時に、極力、体を休めておきたいわ。だから、あまり胃にものを入れたくないのよ」

「分かりました。では、これを食べ終えたらお風呂ですね」

「もう馬鹿ね、一人で入れるから付いてこないでよ」
「はいはい。分かっていますよ」
 ちっとも分かっていないような返事が、彼から聞こえた。

 ◇◇◇

 ゆっくりと湯船に浸かり、眠るだけの準備を整え部屋へ戻った。
 相当に緊張している。

 それもこれも、封印している魔力の回復なんて話を、これまで聞いたことがないからだ。
 元来わたしたちが使った魔力は、あらゆる活動の低下した就寝中に、じわじわと回復するものだ。

 わたしの場合、桁外れの魔力が一気に戻ってどんな反応を起こすのかも心配だし、もし、元に戻らなかったらという不安もある。

 そんなことを考えていたら、長風呂になってしまったけど、彼はリビングのソファーで静かに待っていてくれた。
 何も言わず彼の横へ腰掛け、「ねえ」と弱々しく問い掛けた。

「わたしがアンドレより魔力が大きくなっても、可愛げがないとか思わないかしら」

「急にどうしたんですか。以前、誰かに言われていたんですか?」
「まあね」

「僕がそんなことを気にすると思いますか? 心配しなくても、魔法契約は綺麗に消しますよ」

「うん、お願いね」
 目を細める彼を見て「指……」と言いかけてやめてしまった。

「ん? 指切りですか?」
 そう言って彼が小指を絡めてくる。
 違うんだけどな……、と思ったものの、これも嬉しいからそのままにしてもらった。

「眠れそうですか? 僕は何時まででもジュディに付き合いますから」
 わたしの肩へ頭を寄せる彼がそう言った。

「日中に何もしていなかったから、眠れそうにないわ」
 アンドレのことを考えて、柄にもなく、ぐうたらと過ごしていたんだもの。

「――じゃあ、僕の話でもしましょうか」
「そうね。アンドレの話を聞かせて欲しいわ」
 話の途中で、指輪の話をもう一度聞かせてほしいな――……。

 そんな風に思っていたけど、話題で出てくることはなかった。

 彼の話をのんびりと聞いていれば、瞼が重くなってきた。

 流石だな。彼は何も言わないけど、緩やかに催眠魔法を使っているのだろう。この魔法、自分以外に使える人間がいたことに驚きしかない。

 催眠魔法は、魔物討伐でことさら役に立つけど、催眠対象をピンポイントで狙うのは、意外に難しい。

 自分や仲間を眠らせては意味がない。だからだろう、使う者がいないのだ。

 どうやっても眠れない気がして、自分に魔法をかけようとガラス玉を握っていたけど、その必要はなかった。

 手に握っていたガラス玉が、コツンと床に落ち、アンドレの肩に寄り掛かったのが、この晩の最後の記憶だ。

 ◇◇◇
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