19 / 88
第2章 いがみ合うふたり
2-9 婚約者の裏切り④
しおりを挟む
婚約者と会うのが待ちきれなかったルイーズは、いつも以上に急いで着替え、走って屋敷の馬車に乗り込んでいた。
そのとき、御者には「大至急で屋敷へお願い」と伝えていた。いつも要望を言わないルイーズが願い出たため「何事!」と御者から目を向かれてしまう。
御者は、いつもの何倍も馬を早く走らせている。
「あわわわっ、振動が……」
車内は酷い揺れだ。頭をガクンガクンと振っているルイーズ。体中に力を入れて堪えている彼女は、軽々しく依頼したことを後悔している。馬車は急ぐものではないと、車体の揺れに必死に耐えていた。
そんななかでも、ルイーズはモーガンのことを考えている。
婚約者は「僕のために頑張ってくれるルイーズが、一番かわいい」と、少し照れてしまうこともさらりと言えるような正直者。言われる度にポッと頬が赤くなり、胸が熱くなる。
彼のことを疑っていないルイーズは、一緒にいると心が温かくなるのを感じていた。
愛に飢えて、うぶすぎるルイーズは、少し優しくされただけで胸をときめかせてしまうから、恋や愛を勘違いしているだけかもしれない。
そんなことは、生きるために一生懸命な彼女には分かるわけもなく、半年以上婚約者を慕っている。
いつもであれば乱れた呼吸を整えるために、休憩所で休んでから帰っていた。
床で膝を抱えてしばらく座っている時間。それは、すぐに動けないくらいに疲れたルイーズにとって、大事な休憩時間。
だが、婚約者を待たせるわけにはいかないと思ったルイーズは、今日に限って、息を切らせながら動いていた。
前回は、モーガンを待たせ過ぎて帰ってしまったのだから、当然と言えば当然の結果。
「待っているかな……」
屋敷前に馬車が着くなり、走って飛びだしたルイーズ。
屋敷の執事からは、ルイーズの婚約者は、既に訪問していると聞いた。ルイーズは、自分の部屋へ急いで駆け上がった。もちろん足音などは立てていない。そんな騒がしくすれば、伯爵夫人にとがめられるのは間違いない。
その手には、彼が好きだと言う紅茶の缶を握り締めていた。少し高かったけど、喜んでくれる顔が見たくて奮発して買った茶葉。
婚約者のモーガンと一緒に飲みたくて、あらかじめ、ルイーズが用意していたものだった。
姉に盗まれないように、今日まで訓練場のロッカーに隠して用意も万全だ。
婚約者へのプレゼントを、親にねだるわけにはいかないルイーズは、騎士の訓練で出る、わずかばかりの手当をそれに充てていた。
「モーガンお待たせ――った……」
待ちきれないルイーズは、声を掛けながら自分の部屋の扉を開いたけど、そこにモーガンの姿はなかった。
「どうしていないの……」
ルイーズの頭に良からぬ想像が浮かぶのは、姉の性格をよく知っているからだ。
(何この胸騒ぎ。もしかして、姉が何かしている……。いや、モーガンに限って、そんなことはあるわけない。落ち着いて……)
そう思っているルイーズは、婚約者に会えることで、高まっていたワクワクとした感情は、一気に焦りに変わっていた。
ルイーズは、既に不安そうな顔をしている。
モーガンなら、きっと大丈夫……、自分を裏切るわけがないと必死に言い聞かせている。彼女はそのまま静かに廊下へ出て、姉の部屋の前に向かった。
姉の部屋の前。しばらく静かに佇む……。会話は聞こえないけど、……声が聞こえる。それも低い声。
ルイーズが、部屋の中から感じる人の気配は姉1人分ではなかった。
彼女は、このとき既に、モーガンが、そこにいると確信している。
わがままな姉の話に付き合わされているだけだろうと、前向きに考えた。
だが姉の性格は、行動がどんどんエスカレートする。これまで自分が体験しているからよく知っていた。
ルイーズは、このままにしておくわけにはいかない。そう決心した。
ふぅーっと、一息ついたルイーズは、覚悟を決めて扉を開く。
静かに扉を開けたルイーズの目に飛び込んできたのは、愛する者同士がする、秘密の行為。
……悪いのは、姉と婚約者のモーガンであるのは明らかなのに、ルイーズが青ざめて硬直している。
服を着ていないモーガンの背面が、丸見えだ。
その光景にルイーズはただ、ぼうぜんとしている。
動くこともできずに2人の背後から、ぼんやりとその行為を眺めていた。
初めは2人が何をしているのか分からなかったルイーズ。次第にそれが、訓練の控室で、噂に聞く夫婦の行為だと理解していた。
(お願いモーガン、ウソだと言って……。あなただけが、頼りだったの。それなのに……、わたし、これからどうやって、生きていけばいいのよ……)
ルイーズは、目の当たりにした事実を受け止めきれていない。
3つ年上のモーガンは、いつもルイーズに優しく穏やかに接してくれる。
婚約者のモーガンのことを頼りにしていたルイーズは、これまで色々と尽くしてきていた。といっても、ルイーズができることは限られていたから、自分にできそうなことを試行錯誤した。
一度、刺繍を刺したハンカチをモーガンへ渡せば、大袈裟な程に喜んでくれた。それがうれしくて、たまらなかった。
彼女は、うれしそうにするモーガンの姿を見たい一心で、騎士の訓練で疲れていても、ハンカチに刺繍を刺しては渡していたのだ。
ルイーズの思考が追い付かず、2人へ声を掛けることもなければ、その部屋から立ち去ることもできない。
その瞳は潤み、今にもあふれ出しそうになっている。
だが、ここで泣いてはいけないと必死に堪えて、涙は流れ落ちることはない。
モーガンとの別れを確信しつつあるルイーズは、屋敷内の雑音は耳に入らない程だった。
「!」
ルイーズは、初めて姉が淫らな声を出しているのを聞いた。
姉のその姿におびえているようなルイーズは、直視できずにいる。
ーー婚約者が必死に腰を振り、姉が生まれたままの姿でそれを受け入れている。
獣の雄と雌が子孫を残すための、それ、みたいな2人の姿があった。
モーガンと一緒に飲もうと用意した紅茶の缶。
それを、ルイーズは無意識のうちに強く握り締めていた。
だけど、姉が発した大きな声に驚いたルイーズは、その瞬間、紅茶の缶を床に落としてしまったのだ。
そのせいで、ルイーズが奮発して買った茶葉が部屋中に散らばった。
ガッチャーン――……。
……と、大きな甲高い音が部屋中に鳴り響いた。
そして、その後を追うように広がった、……ベルガモットの香り。
姉の寝室に漂っていた不快な匂いは、一瞬で婚約者が好きだと言っていた紅茶の香り変わる。同時にこの部屋の空気も一変した。
そのとき、御者には「大至急で屋敷へお願い」と伝えていた。いつも要望を言わないルイーズが願い出たため「何事!」と御者から目を向かれてしまう。
御者は、いつもの何倍も馬を早く走らせている。
「あわわわっ、振動が……」
車内は酷い揺れだ。頭をガクンガクンと振っているルイーズ。体中に力を入れて堪えている彼女は、軽々しく依頼したことを後悔している。馬車は急ぐものではないと、車体の揺れに必死に耐えていた。
そんななかでも、ルイーズはモーガンのことを考えている。
婚約者は「僕のために頑張ってくれるルイーズが、一番かわいい」と、少し照れてしまうこともさらりと言えるような正直者。言われる度にポッと頬が赤くなり、胸が熱くなる。
彼のことを疑っていないルイーズは、一緒にいると心が温かくなるのを感じていた。
愛に飢えて、うぶすぎるルイーズは、少し優しくされただけで胸をときめかせてしまうから、恋や愛を勘違いしているだけかもしれない。
そんなことは、生きるために一生懸命な彼女には分かるわけもなく、半年以上婚約者を慕っている。
いつもであれば乱れた呼吸を整えるために、休憩所で休んでから帰っていた。
床で膝を抱えてしばらく座っている時間。それは、すぐに動けないくらいに疲れたルイーズにとって、大事な休憩時間。
だが、婚約者を待たせるわけにはいかないと思ったルイーズは、今日に限って、息を切らせながら動いていた。
前回は、モーガンを待たせ過ぎて帰ってしまったのだから、当然と言えば当然の結果。
「待っているかな……」
屋敷前に馬車が着くなり、走って飛びだしたルイーズ。
屋敷の執事からは、ルイーズの婚約者は、既に訪問していると聞いた。ルイーズは、自分の部屋へ急いで駆け上がった。もちろん足音などは立てていない。そんな騒がしくすれば、伯爵夫人にとがめられるのは間違いない。
その手には、彼が好きだと言う紅茶の缶を握り締めていた。少し高かったけど、喜んでくれる顔が見たくて奮発して買った茶葉。
婚約者のモーガンと一緒に飲みたくて、あらかじめ、ルイーズが用意していたものだった。
姉に盗まれないように、今日まで訓練場のロッカーに隠して用意も万全だ。
婚約者へのプレゼントを、親にねだるわけにはいかないルイーズは、騎士の訓練で出る、わずかばかりの手当をそれに充てていた。
「モーガンお待たせ――った……」
待ちきれないルイーズは、声を掛けながら自分の部屋の扉を開いたけど、そこにモーガンの姿はなかった。
「どうしていないの……」
ルイーズの頭に良からぬ想像が浮かぶのは、姉の性格をよく知っているからだ。
(何この胸騒ぎ。もしかして、姉が何かしている……。いや、モーガンに限って、そんなことはあるわけない。落ち着いて……)
そう思っているルイーズは、婚約者に会えることで、高まっていたワクワクとした感情は、一気に焦りに変わっていた。
ルイーズは、既に不安そうな顔をしている。
モーガンなら、きっと大丈夫……、自分を裏切るわけがないと必死に言い聞かせている。彼女はそのまま静かに廊下へ出て、姉の部屋の前に向かった。
姉の部屋の前。しばらく静かに佇む……。会話は聞こえないけど、……声が聞こえる。それも低い声。
ルイーズが、部屋の中から感じる人の気配は姉1人分ではなかった。
彼女は、このとき既に、モーガンが、そこにいると確信している。
わがままな姉の話に付き合わされているだけだろうと、前向きに考えた。
だが姉の性格は、行動がどんどんエスカレートする。これまで自分が体験しているからよく知っていた。
ルイーズは、このままにしておくわけにはいかない。そう決心した。
ふぅーっと、一息ついたルイーズは、覚悟を決めて扉を開く。
静かに扉を開けたルイーズの目に飛び込んできたのは、愛する者同士がする、秘密の行為。
……悪いのは、姉と婚約者のモーガンであるのは明らかなのに、ルイーズが青ざめて硬直している。
服を着ていないモーガンの背面が、丸見えだ。
その光景にルイーズはただ、ぼうぜんとしている。
動くこともできずに2人の背後から、ぼんやりとその行為を眺めていた。
初めは2人が何をしているのか分からなかったルイーズ。次第にそれが、訓練の控室で、噂に聞く夫婦の行為だと理解していた。
(お願いモーガン、ウソだと言って……。あなただけが、頼りだったの。それなのに……、わたし、これからどうやって、生きていけばいいのよ……)
ルイーズは、目の当たりにした事実を受け止めきれていない。
3つ年上のモーガンは、いつもルイーズに優しく穏やかに接してくれる。
婚約者のモーガンのことを頼りにしていたルイーズは、これまで色々と尽くしてきていた。といっても、ルイーズができることは限られていたから、自分にできそうなことを試行錯誤した。
一度、刺繍を刺したハンカチをモーガンへ渡せば、大袈裟な程に喜んでくれた。それがうれしくて、たまらなかった。
彼女は、うれしそうにするモーガンの姿を見たい一心で、騎士の訓練で疲れていても、ハンカチに刺繍を刺しては渡していたのだ。
ルイーズの思考が追い付かず、2人へ声を掛けることもなければ、その部屋から立ち去ることもできない。
その瞳は潤み、今にもあふれ出しそうになっている。
だが、ここで泣いてはいけないと必死に堪えて、涙は流れ落ちることはない。
モーガンとの別れを確信しつつあるルイーズは、屋敷内の雑音は耳に入らない程だった。
「!」
ルイーズは、初めて姉が淫らな声を出しているのを聞いた。
姉のその姿におびえているようなルイーズは、直視できずにいる。
ーー婚約者が必死に腰を振り、姉が生まれたままの姿でそれを受け入れている。
獣の雄と雌が子孫を残すための、それ、みたいな2人の姿があった。
モーガンと一緒に飲もうと用意した紅茶の缶。
それを、ルイーズは無意識のうちに強く握り締めていた。
だけど、姉が発した大きな声に驚いたルイーズは、その瞬間、紅茶の缶を床に落としてしまったのだ。
そのせいで、ルイーズが奮発して買った茶葉が部屋中に散らばった。
ガッチャーン――……。
……と、大きな甲高い音が部屋中に鳴り響いた。
そして、その後を追うように広がった、……ベルガモットの香り。
姉の寝室に漂っていた不快な匂いは、一瞬で婚約者が好きだと言っていた紅茶の香り変わる。同時にこの部屋の空気も一変した。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる