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第3章 入れ替わりのふたり
3-7 混乱するルイーズ
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昨日、エドワードから説明されたとおりに過ごしていたルイーズは、屋敷の中で、対外的には大きな問題を起こすことなく過ごしていた。
だが、全く浮かれた顔はしていない。
ルイーズは、色々なことに悶絶しながら、げっそりした様子で騎士の訓練場に到着した。たった1日で、相当やつれているように見える。
その最大の原因は早朝に起きた。
自分が昨日トイレに行くのをためらったせいで、何かの病気にかかったと、とびきり大きな悲鳴を上げ大騒ぎをしてきたところ。
朝、目を覚ませば、足の付け根に違和感がある。
そう思い、寝衣の上からそっと、その部位へ手を当てれば、エドワードの体の大事なところが大きく腫れているのだ。もちろん怖くて見られない。どうなっているか? そんなことは分からない。
……だが、病気を引き起こした犯人は……自分だ。
それに気付いたルイーズは青ざめ、懺悔をしながらの大号泣。エドワードに申し訳が立たないと、治療の方法まで模索した。
……その結果。この原因の根本が、「訓練場で起きた2人の入れ替わり」だと言えば、回復魔法師が治してくれるはずだと想像をめぐらせた。
ルイーズは、その病気が何か分からず恐怖に襲われる。だが、「まずは落ち着け」と、自分に言い聞かせながら水を飲んでいれば、何故か次第に治った……。
……はて、どうしてだろうと首を傾げる……。だが油断してはいけないと気を引き締めたルイーズは、キュッと口を固く結んだ。
ルイーズは、それは、いっときの寛解だと思っている。
いっそエドワードに相談しようかと思った。いや待てよ。ソレを口に出して説明するのは恥ずかしい。それに相手はいつも自分を揶揄うエドワードだ。
その上昨日、彼から散々我慢するなと言われていたのだ。責められる気がして言えるわけがない。
ひとしきり独り言を言い続けた結果、エドワードに相談するのは絶対に無理。駄目だ駄目だと、ルイーズは首をブンブンと左右に振る。
項垂れたルイーズ。こうなれば、治療をしてもらわなくても回復魔法師に相談すべきだと考え始めた。
彼らは素性を隠している。それであれば、有名なスペンサー侯爵家のエドワードが相談に来ても、誰にも何も言わないだろう。
パッと何かをひらめいた顔をする。
そうだ。救護室の中であれば、秘密を打ち明けたとしても問題はない。
「秘密は絶対に守られる」と、ルイーズの中で結論付ける。
……あとは訓練後に救護室へ向かうだけ。
そのつもりで、彼の指示どおり、騎士服を着て屋敷を出発した。
だがしかし、エドワードに合わせる顔がない……。
そう思い悩んでいるルイーズは、訓練場の入り口を目の前にしているのに、入るのをためらっている。
そんな彼女の気持ちを知らない周囲から見れば。いつも、さっそうと訓練場の中に入ってしまうエドワードが、今日に限っては一般開放の場所に長く留まっているのだ。まさに、チャンス到来。
令嬢たちがスペンサー侯爵家のエドワードを一目見ようと、騎士の訓練場の外はいつもにぎわっていたのだから。
「エドワード様に声を掛けたい」と願っている令嬢たちにとっては、またとない好機だった。
ルイーズはこれまで、「令嬢たちの目当ては誰か」など考えたこともない。ただ騎士の訓練に興味があると思っていたため、少しの警戒心もなく無防備だった。
この体が女豹たちの興味の対象だとは、つゆ知らず、その場で立ち尽くす。
令嬢たちの間でにわかに、来年騎士の試験を受けると、エドワード様の特別訓練が受けられる。そういったうわさが広がっている。
エドワードの父である宰相の指示。エドワードは、それを受けて、貴重な女性騎士の候補生を指導していると、令嬢たちに思われていた。
エドワードを見て、女豹の群れがいがみ合いを始めた……。
いや、令嬢たちが牽制している。その中からすっと横に出て、先陣を切って動き出したのはパトリシア侯爵令嬢だった。とびきり美しい所作で、ルイーズに声を掛けてきた。
「エドワード様、いつも応援しています。今日も頑張ってください」
ルイーズにとっても、パトリシアはよく知っていた。
気立ての良い、かれんな令嬢。
ルイーズには、そう映っているし、自分にも良くしてくれる優しい令嬢だった。
パトリシアに声を掛けられたときは、令嬢である自分に頬笑み掛けてくれたと勘違いしたが、すぐにその思考は否定したルイーズ。
昨日の朝、ルイーズがパトリシアへ視線を向けても、全くの無反応。
誘われたお茶会は、ただのお礼。それ以上ではなく、自分はパトリシアの友人ではないのだと理解し、落ち込んでいた。
……だけどエドワードとパトリシアは違う。そう思うと、きゅっと胸に小さな違和感を覚える。
2人は、いつもここで会話をしている。2人の親密な関係。その関係を受け入れるのは、……何か嫌。
あの日飲み込むのに苦労した、アールグレイのように気持ちを流し込めず、戸惑った表情を見せる。
ルイーズは、自分には悪口ばかり言うエドワードが、パトリシアに対しては気遣っていることを、お茶会で目の当たりにしている。
自分にだけ冷たいエドワードに、少し腹を立てながらパトリシアへ適当に返事した。
このときのルイーズは、エドワードに日頃の仕返しをしたいだけかもしれない。
「ああ、ありがとう」
これまで、どれだけエドワードを待っていても、声を掛ける隙さえ与えてくれなかったエドワードから、まさか「ありがとう」の言葉が返ってきた。
そのことに、パトリシアは気を良くして笑顔が増し、さらに会話は続く。
「今度の舞踏会で、わたしと踊ってくれませんか?」
ルイーズが冷たく告げたにもかかわらず、2か月以上先の申し出をするパトリシアに面食らった。
ルイーズは、ほんの少しの時間、表情を失ってしまう。
パトリシアからの予期しない言葉に、胸がはっきりと痛くなっているのだ。
(エドワードってば、本当にモテるのね。それも、社交界デビューしたばかりの子から、こんな事前に申し出をしなければ一緒に踊れない程って……どれだけよ。誰かとは踊らなきゃいけないんだもの、彼なら断らないでしょう。わたしは、その姿を見れるんだろうか……。少し先の未来なのに、全く想像がつかない)
そう思ったルイーズは、少しだけ彼の口調に似せてこう言った。
「分かった。その舞踏会でまた声を掛けてくれ」
もちろん、男性パートの分からないルイーズは、このまま入れ替わりから戻れなければ参加するつもりはない。
だけど、元に戻れたなら問題はないだろうと思っていた。
だが、全く浮かれた顔はしていない。
ルイーズは、色々なことに悶絶しながら、げっそりした様子で騎士の訓練場に到着した。たった1日で、相当やつれているように見える。
その最大の原因は早朝に起きた。
自分が昨日トイレに行くのをためらったせいで、何かの病気にかかったと、とびきり大きな悲鳴を上げ大騒ぎをしてきたところ。
朝、目を覚ませば、足の付け根に違和感がある。
そう思い、寝衣の上からそっと、その部位へ手を当てれば、エドワードの体の大事なところが大きく腫れているのだ。もちろん怖くて見られない。どうなっているか? そんなことは分からない。
……だが、病気を引き起こした犯人は……自分だ。
それに気付いたルイーズは青ざめ、懺悔をしながらの大号泣。エドワードに申し訳が立たないと、治療の方法まで模索した。
……その結果。この原因の根本が、「訓練場で起きた2人の入れ替わり」だと言えば、回復魔法師が治してくれるはずだと想像をめぐらせた。
ルイーズは、その病気が何か分からず恐怖に襲われる。だが、「まずは落ち着け」と、自分に言い聞かせながら水を飲んでいれば、何故か次第に治った……。
……はて、どうしてだろうと首を傾げる……。だが油断してはいけないと気を引き締めたルイーズは、キュッと口を固く結んだ。
ルイーズは、それは、いっときの寛解だと思っている。
いっそエドワードに相談しようかと思った。いや待てよ。ソレを口に出して説明するのは恥ずかしい。それに相手はいつも自分を揶揄うエドワードだ。
その上昨日、彼から散々我慢するなと言われていたのだ。責められる気がして言えるわけがない。
ひとしきり独り言を言い続けた結果、エドワードに相談するのは絶対に無理。駄目だ駄目だと、ルイーズは首をブンブンと左右に振る。
項垂れたルイーズ。こうなれば、治療をしてもらわなくても回復魔法師に相談すべきだと考え始めた。
彼らは素性を隠している。それであれば、有名なスペンサー侯爵家のエドワードが相談に来ても、誰にも何も言わないだろう。
パッと何かをひらめいた顔をする。
そうだ。救護室の中であれば、秘密を打ち明けたとしても問題はない。
「秘密は絶対に守られる」と、ルイーズの中で結論付ける。
……あとは訓練後に救護室へ向かうだけ。
そのつもりで、彼の指示どおり、騎士服を着て屋敷を出発した。
だがしかし、エドワードに合わせる顔がない……。
そう思い悩んでいるルイーズは、訓練場の入り口を目の前にしているのに、入るのをためらっている。
そんな彼女の気持ちを知らない周囲から見れば。いつも、さっそうと訓練場の中に入ってしまうエドワードが、今日に限っては一般開放の場所に長く留まっているのだ。まさに、チャンス到来。
令嬢たちがスペンサー侯爵家のエドワードを一目見ようと、騎士の訓練場の外はいつもにぎわっていたのだから。
「エドワード様に声を掛けたい」と願っている令嬢たちにとっては、またとない好機だった。
ルイーズはこれまで、「令嬢たちの目当ては誰か」など考えたこともない。ただ騎士の訓練に興味があると思っていたため、少しの警戒心もなく無防備だった。
この体が女豹たちの興味の対象だとは、つゆ知らず、その場で立ち尽くす。
令嬢たちの間でにわかに、来年騎士の試験を受けると、エドワード様の特別訓練が受けられる。そういったうわさが広がっている。
エドワードの父である宰相の指示。エドワードは、それを受けて、貴重な女性騎士の候補生を指導していると、令嬢たちに思われていた。
エドワードを見て、女豹の群れがいがみ合いを始めた……。
いや、令嬢たちが牽制している。その中からすっと横に出て、先陣を切って動き出したのはパトリシア侯爵令嬢だった。とびきり美しい所作で、ルイーズに声を掛けてきた。
「エドワード様、いつも応援しています。今日も頑張ってください」
ルイーズにとっても、パトリシアはよく知っていた。
気立ての良い、かれんな令嬢。
ルイーズには、そう映っているし、自分にも良くしてくれる優しい令嬢だった。
パトリシアに声を掛けられたときは、令嬢である自分に頬笑み掛けてくれたと勘違いしたが、すぐにその思考は否定したルイーズ。
昨日の朝、ルイーズがパトリシアへ視線を向けても、全くの無反応。
誘われたお茶会は、ただのお礼。それ以上ではなく、自分はパトリシアの友人ではないのだと理解し、落ち込んでいた。
……だけどエドワードとパトリシアは違う。そう思うと、きゅっと胸に小さな違和感を覚える。
2人は、いつもここで会話をしている。2人の親密な関係。その関係を受け入れるのは、……何か嫌。
あの日飲み込むのに苦労した、アールグレイのように気持ちを流し込めず、戸惑った表情を見せる。
ルイーズは、自分には悪口ばかり言うエドワードが、パトリシアに対しては気遣っていることを、お茶会で目の当たりにしている。
自分にだけ冷たいエドワードに、少し腹を立てながらパトリシアへ適当に返事した。
このときのルイーズは、エドワードに日頃の仕返しをしたいだけかもしれない。
「ああ、ありがとう」
これまで、どれだけエドワードを待っていても、声を掛ける隙さえ与えてくれなかったエドワードから、まさか「ありがとう」の言葉が返ってきた。
そのことに、パトリシアは気を良くして笑顔が増し、さらに会話は続く。
「今度の舞踏会で、わたしと踊ってくれませんか?」
ルイーズが冷たく告げたにもかかわらず、2か月以上先の申し出をするパトリシアに面食らった。
ルイーズは、ほんの少しの時間、表情を失ってしまう。
パトリシアからの予期しない言葉に、胸がはっきりと痛くなっているのだ。
(エドワードってば、本当にモテるのね。それも、社交界デビューしたばかりの子から、こんな事前に申し出をしなければ一緒に踊れない程って……どれだけよ。誰かとは踊らなきゃいけないんだもの、彼なら断らないでしょう。わたしは、その姿を見れるんだろうか……。少し先の未来なのに、全く想像がつかない)
そう思ったルイーズは、少しだけ彼の口調に似せてこう言った。
「分かった。その舞踏会でまた声を掛けてくれ」
もちろん、男性パートの分からないルイーズは、このまま入れ替わりから戻れなければ参加するつもりはない。
だけど、元に戻れたなら問題はないだろうと思っていた。
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