44 / 88
第3章 入れ替わりのふたり
3-18 元に戻るふたり①
しおりを挟む
2人の入れ替わりから1週間が経過していた。
エドワードが救護室で仕事をしないままでいるのは、もう限界だろう。
……こんなはずではなかった。
と、悔しさを隠しきれない険しい顔のエドワードは、自分の父に打ち明ける覚悟を決めていた。
交差させた2人の剣。その向こうにいる、自分の体を、エドワードは恨めしそうに見る。
騎士訓練の時間をやり過ごし、宰相の元へ2人で向かう。
そのために、まずは、ルイーズと騎士訓練の真似事をしながら、自分が「回復魔法師である」と、ルイーズに打ち明けようとしている。
そして、騎士候補生は辞める気はない。
むしろ、自分がルイーズとして生きるのであれば、このまま騎士になるのが好都合。そうなれば王宮への出入りも可能だ。
だが、どちらにしても、体力のないルイーズの体を作ってからだろうと、決意を固めた。
エドワードはルイーズに打ち明ける前に、試したいことがあった。
ルイーズに、スペンサー侯爵家の嫡男として振る舞ってもらう。
それを任せるのが不安でたまらない。エドワードは何としても避けたかった。
ふたりの体を戻すため、エドワードは心当たりの全てを尽くした。……が戻らず仕舞い。
しかし、これまでは、自分がルイーズの体で試していた。
おそらく根本が違うのだろう。この入れ替わりは、エドワードの体と思考が関係するはずだ。
そうなれば、試していない策は、残すところ1つとなった。
この方法に、エドワードは、相当期待している。何といっても、入れ替わった日と同じ条件と言える。
「なあ、自分の体に戻りたいと念じてくれないか?」
「うん? どうして?」
エドワードからの唐突の依頼。それくらいで入れ替わりが起きるわけがない。
念じるだけで他人になれるなら、自分はとっくに違う人間になっていただろう。
納得していないルイーズは、こてんと首をかしげる。
「入れ替わったあの日、俺がしたのは、この訓練場で念じただけだ。お前が俺の体で、替われ、と願ってくれ」
「うーん。うまくできるかな、やってみる」
エドワードにそう言われたものの、ルイーズは戻りたくないのが本音。
それでも、真面目なルイーズは、言われたことはちゃんと守る。
これまでの人生、それを曲げたことはない。
まいったな。本当に戻ったらどうしよう。と思いながら、ギュッと目をつむる。そして心の中で「戻れ」と念じる。
(戻れ。自分の体に戻れ……)
……自分の体が、元に戻っていませんように、と願いながら、ゆっくりと目を開ける。目に映るのは自分。ふぅ~っと、胸をなでおろす。
そんなルイーズの耳に、はぁぁ~と、エドワードの深いため息が届く。
「お前、本当に念じたのか?」
「はぁぁーっ、ちゃんと言われたとおりに、やったわよ」
「……最悪だ。こんなはずじゃなかったのにな……」
激しく落胆するエドワード。力が抜けた彼は、剣を握る手が緩む。
それと同時に、交差していた剣が緩み、ギギーッと音を立ててズレた。
あまりに悲しそうな顔のエドワードを真顔で見ているルイーズは、掛ける言葉が出てこない。
悔しがるエドワードの姿に、自分といるのは嫌なのか、と唇をかんでいる。
「今日、このまま俺の父に報告する。宰相の部屋に入るには、エドワードの体が必要だ。お前も一緒に行くからな」
「えーっ。そんな偉い人の所に行くのは、ちょっと……困る」
「はぁぁーっ、馬鹿か。お前がいなきゃ警備を抜けられないんだ。お前、自分がこれからどうなるか分かっているのか? 公式の場ではお前がエドワードだ。何も分かっていないお前が、この先、侯爵家の次期当主として生きるんだぞ」
真剣なエドワードの訴えで、現実を理解する。
突如降ってわいた責任。それが分かり、泣き出しそうなルイーズ。手は震え、交差している剣がカタカタと小さな音を立てる。
「むっ、むっ、無理よ」
「安心しろ、とっくに承知の上だ。俺が一からお前に教える。そうするために、俺たちの事情を全て父に伝える。もう隠してはおけない」
「わっ、分かったわ……」
「こうなったら俺に全部吐け。ルイーズが伯爵夫人の子でないことは承知済みだ。お前は俺に、あの家のことで他に隠していることはないか」
少し考え込んだルイーズ。
18歳になれば家にいられない。けれど、こうなれば関係ない。そう思ったルイーズは首を横に振る。
「……何もないわ」
「あー、でもまさか本当に、俺がドレスを着てお前と舞踏会に行くとはな……。……大丈夫だろうか」
弱々しく話すエドワードは、心底嫌そうな顔をする。
「ふふっ。きっと2人で行けば楽しいわよ。何だか、すっごく楽しみになってきたわ。ふふっ」
ルイーズにとって、舞踏会は誕生日の祝い膳を食べる場所。
何より、エドワードと一緒に行けるのがうれしくてたまらない。自然と笑いがこぼれる。
「あ、その舞踏会に関係する大事な話だが……。俺の仕事……」
訓練をせずに会話をしている2人。そこへ、教官が近づいてきた。
困った表情を浮かべる教官は、怒っているわけではないようだ。にもかかわらず、見逃す気もないと、はっきり指示される。
「他の候補生から苦情がきた。最近、訓練を怠っていただろう。やる気がないなら辞退してくれ。続ける気があるなら、しっかりやってくれよ。この練習にも手当が付いているからな」
言い返す余地はない。
無駄に他者と関わりたくない2人は、声が重なるように「分かりました」と返答して場を収める。示し合わせていなくても、いつも2人の意見はぴったり。
それがおかしくなり、くすりと笑っているルイーズ。
教官としても、エドワードにはあまり強く言えない。
教官たちは、エドワードが「女性騎士育成に尽力したい」と申し出たと騎士団長から聞いている。
全く見込みのないルイーズを、毎日付きっきりで見てくれているのだ。他から苦情がなければ容認する気でいた。
「怒られたわね」
「全く、誰がいらない苦情を言ったんだか……。俺がこの体で、お前の相手をするのか……」
エドワードは不満げな顔をしながら、訓練を始めていた。
エドワードが救護室で仕事をしないままでいるのは、もう限界だろう。
……こんなはずではなかった。
と、悔しさを隠しきれない険しい顔のエドワードは、自分の父に打ち明ける覚悟を決めていた。
交差させた2人の剣。その向こうにいる、自分の体を、エドワードは恨めしそうに見る。
騎士訓練の時間をやり過ごし、宰相の元へ2人で向かう。
そのために、まずは、ルイーズと騎士訓練の真似事をしながら、自分が「回復魔法師である」と、ルイーズに打ち明けようとしている。
そして、騎士候補生は辞める気はない。
むしろ、自分がルイーズとして生きるのであれば、このまま騎士になるのが好都合。そうなれば王宮への出入りも可能だ。
だが、どちらにしても、体力のないルイーズの体を作ってからだろうと、決意を固めた。
エドワードはルイーズに打ち明ける前に、試したいことがあった。
ルイーズに、スペンサー侯爵家の嫡男として振る舞ってもらう。
それを任せるのが不安でたまらない。エドワードは何としても避けたかった。
ふたりの体を戻すため、エドワードは心当たりの全てを尽くした。……が戻らず仕舞い。
しかし、これまでは、自分がルイーズの体で試していた。
おそらく根本が違うのだろう。この入れ替わりは、エドワードの体と思考が関係するはずだ。
そうなれば、試していない策は、残すところ1つとなった。
この方法に、エドワードは、相当期待している。何といっても、入れ替わった日と同じ条件と言える。
「なあ、自分の体に戻りたいと念じてくれないか?」
「うん? どうして?」
エドワードからの唐突の依頼。それくらいで入れ替わりが起きるわけがない。
念じるだけで他人になれるなら、自分はとっくに違う人間になっていただろう。
納得していないルイーズは、こてんと首をかしげる。
「入れ替わったあの日、俺がしたのは、この訓練場で念じただけだ。お前が俺の体で、替われ、と願ってくれ」
「うーん。うまくできるかな、やってみる」
エドワードにそう言われたものの、ルイーズは戻りたくないのが本音。
それでも、真面目なルイーズは、言われたことはちゃんと守る。
これまでの人生、それを曲げたことはない。
まいったな。本当に戻ったらどうしよう。と思いながら、ギュッと目をつむる。そして心の中で「戻れ」と念じる。
(戻れ。自分の体に戻れ……)
……自分の体が、元に戻っていませんように、と願いながら、ゆっくりと目を開ける。目に映るのは自分。ふぅ~っと、胸をなでおろす。
そんなルイーズの耳に、はぁぁ~と、エドワードの深いため息が届く。
「お前、本当に念じたのか?」
「はぁぁーっ、ちゃんと言われたとおりに、やったわよ」
「……最悪だ。こんなはずじゃなかったのにな……」
激しく落胆するエドワード。力が抜けた彼は、剣を握る手が緩む。
それと同時に、交差していた剣が緩み、ギギーッと音を立ててズレた。
あまりに悲しそうな顔のエドワードを真顔で見ているルイーズは、掛ける言葉が出てこない。
悔しがるエドワードの姿に、自分といるのは嫌なのか、と唇をかんでいる。
「今日、このまま俺の父に報告する。宰相の部屋に入るには、エドワードの体が必要だ。お前も一緒に行くからな」
「えーっ。そんな偉い人の所に行くのは、ちょっと……困る」
「はぁぁーっ、馬鹿か。お前がいなきゃ警備を抜けられないんだ。お前、自分がこれからどうなるか分かっているのか? 公式の場ではお前がエドワードだ。何も分かっていないお前が、この先、侯爵家の次期当主として生きるんだぞ」
真剣なエドワードの訴えで、現実を理解する。
突如降ってわいた責任。それが分かり、泣き出しそうなルイーズ。手は震え、交差している剣がカタカタと小さな音を立てる。
「むっ、むっ、無理よ」
「安心しろ、とっくに承知の上だ。俺が一からお前に教える。そうするために、俺たちの事情を全て父に伝える。もう隠してはおけない」
「わっ、分かったわ……」
「こうなったら俺に全部吐け。ルイーズが伯爵夫人の子でないことは承知済みだ。お前は俺に、あの家のことで他に隠していることはないか」
少し考え込んだルイーズ。
18歳になれば家にいられない。けれど、こうなれば関係ない。そう思ったルイーズは首を横に振る。
「……何もないわ」
「あー、でもまさか本当に、俺がドレスを着てお前と舞踏会に行くとはな……。……大丈夫だろうか」
弱々しく話すエドワードは、心底嫌そうな顔をする。
「ふふっ。きっと2人で行けば楽しいわよ。何だか、すっごく楽しみになってきたわ。ふふっ」
ルイーズにとって、舞踏会は誕生日の祝い膳を食べる場所。
何より、エドワードと一緒に行けるのがうれしくてたまらない。自然と笑いがこぼれる。
「あ、その舞踏会に関係する大事な話だが……。俺の仕事……」
訓練をせずに会話をしている2人。そこへ、教官が近づいてきた。
困った表情を浮かべる教官は、怒っているわけではないようだ。にもかかわらず、見逃す気もないと、はっきり指示される。
「他の候補生から苦情がきた。最近、訓練を怠っていただろう。やる気がないなら辞退してくれ。続ける気があるなら、しっかりやってくれよ。この練習にも手当が付いているからな」
言い返す余地はない。
無駄に他者と関わりたくない2人は、声が重なるように「分かりました」と返答して場を収める。示し合わせていなくても、いつも2人の意見はぴったり。
それがおかしくなり、くすりと笑っているルイーズ。
教官としても、エドワードにはあまり強く言えない。
教官たちは、エドワードが「女性騎士育成に尽力したい」と申し出たと騎士団長から聞いている。
全く見込みのないルイーズを、毎日付きっきりで見てくれているのだ。他から苦情がなければ容認する気でいた。
「怒られたわね」
「全く、誰がいらない苦情を言ったんだか……。俺がこの体で、お前の相手をするのか……」
エドワードは不満げな顔をしながら、訓練を始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる