75 / 88
第5章 祝福されるふたり
5-16 子どものようなふたりの、おあずけのキス
しおりを挟む
揺れる馬車の中、エドワードに抱き寄せられ、互いの体温がすっかりと馴染んでいる。
「帰ったら、即行で風呂に入るからな」
「待って、それは分かるけど、今の言い方って、エドワードも一緒みたいに聞こえるわ」
「はぁぁーっ、当たり前だろう。侍女に任せてリンゴの酒が落ちていなかったら、俺が困るからな、監督だ」
「はぁぁーっ、ちゃんとしっかり自分で洗うから大丈夫よ。それに、お風呂を覗かれるなんて恥ずかしいでしょう」
「今更か? どうせ互いに全部知っているんだ、いいだろう」
「違うわよ。それと、これとは別でしょう」
「くくっ、どれとどれだって」
エドワードの揶揄いを怒ったルイーズは、「もう知らない」とそっぽを向いている。
その短い沈黙が2人の不安を誘う。
「……俺のために、ごめんな。ルイーズが、こんなに濡れてしまって……。ルイーズが動いてくれなかったら、あした、他のヒーラーに会うまで、うなされ続けるところだった……」
「もう、大げさなんだから。わたしが飛び出さなくても、エドワードなら、ちゃんと避けていたんでしょう」
「……いや、俺はルイーズの隣から離れる気はなかったから、おそらくあのまま動かなかったと思う。あの酒、俺にとっては塩酸と同じだからな……。以前、令嬢から手に少し掛けられただけで、ひどい目に合った。あれをかぶっていたら、正直危なかった……。ルイーズのお陰で助かった、ありがとな」
「わたしの家族が悪いんだもの、当たり前じゃない。……でも、どうしよう、エドワードのことが皆に知られてしまったわ」
現実を思い出し、ひやりとするルイーズは、体温が下がる。
エドワードが回復魔法師だと貴族たちに知られ、あしたから何か変わるのかと、ルイーズは恐怖心を感じていた。
「すまない……。つい、カァーッとなって、あの場で正体がバレるようなことをしてしまった……。このあと、俺のことで、どんな反応が起きるか正直なところ分からない。あしたは、ルイーズ1人を屋敷に残すのは心配だ。退屈だろうけど、王宮の俺の部屋で過ごしてくれ」
「うん」と、ルイーズは静かにうなずく。
なるようになるから大丈夫だと、ルイーズは気持ちを切り替え、聞きたかった質問をする。
「ねえ、お母様が言っていたけれど、どうして青いドレスには家紋が入っていて、このドレスには、ふたりのイニシャルが内側に入っているの?」
「あー、あっちは万が一俺が自分の体に戻っていなければ、着るつもりだったから、婚約者として紹介する意味で、家紋が絶対に必要だった。母は、あのとおり、あら捜しが趣味だからな。……今着ているのは……、申し訳ない。このドレスを頼んだときは、俺がまだルイーズへの気持ちに気付いていなかったから、片方に家紋を入れて、もう片方に何も入れない訳にいもかず、そうなった」
「でも、うれしいわ。この指輪もドレスもふたりの名前でしょう。それに、さっき気付いたけど、ネックレスもそうだった。本当に何でも名前を書くのね、ふふっ」
「持ち物には名前を書けって、父から言われて育ったからな。うちの家紋入りは、使用人の窃盗対策で、質屋に持っていっても、当主の許可がなければ売れない仕組みになっている」
「あのアゲハ蝶、そんな意味があるんだ……。すごいわね……」
スペンサー侯爵家がいかに名門一族であるかを痛感する。
それに引き換え……、自分は輝かしい名前も、取り柄もないと、しゅんとなる。
「なぁ、なんか自信なさげにしているけど、指輪を渡したときから俺はルイーズのもの、って意味だぞ。ルイーズは俺のものって意味じゃないからな。それなら家紋で十分だ。俺はルイーズを手放す気はないが、もし、こんな特異な俺をルイーズが嫌になったときは、好きにしていい。それなら売れるから、ルイーズが馬鹿なことを考えなくても生活できるだろう。まぁ、ルイーズが思っている以上に俺は惚れこんでいるから、簡単に諦める気はないけどな」
全く予想をしていないことを言われ、どきりとしたルイーズは、潤んだ瞳でエドワードを見つめる。
「エドワードを嫌いになる理由なんて思いつかないわよ、だって、大好きなんだもん。昨日も、エドワードの部屋へ行くのが楽しみで眠れなかったし」
「……ルイーズの気持ちは言われなくても、十分に伝わっている……。でも、眠れなかったって、子どもみたいだな、くくっ」
「もう、ひどい。馬鹿にしてばっかりなんだから」
「違う。ルイーズは、さらっと言っているが、俺の部屋に来るのが楽しみって言われたら、こう言ってごまかさないと、うれし過ぎて……、キスしたくなるだろう。リンゴの酒が付いていなければ、とっくにしていた」
真っ赤になるルイーズ。違う、そういう意味じゃないけど、もしかして、また何かやらかしたのか……。そう思い聞いてみる。
「ねぇ、まさか、結婚する前から、よからぬことを考えていないでしょうね。そんなの、淑女らしくないから駄目よ」
「くくっ、俺はルイーズが淑女らしいところを見たことはないけどな」
「はぁぁーっ、今日は素敵な令嬢だったのよっ! ……途中まで」
「ふ~ん。じゃぁ、もう違うわけだし、何の問題もないな」
くすくすと笑うエドワードの横で、悔しそうな顔を見せるルイーズ。
その2人は、風呂についてまだ、ぎゃぁーぎゃぁーと、騒ぎ立てながら侯爵家に帰ってきた。
侯爵夫人のストールをまとうルイーズが、エドワードに手を引かれマルロの横を通り過ぎた。
その瞬間、リンゴの甘い香りがふわりと漂う。
優秀なマルロは、リンゴアレルギーのお坊ちゃんを、真っ先に心配した。
「うわぁ~、変わっていないわ」
しばらくぶりのエドワードの部屋に、懐かしさを感じ、その様子を見回したルイーズ。
だけど、そんな感動に浸る暇はない。ルイーズはエドワードに強引に浴室に押し込まれた。
「いいから、風呂に行くぞ。ぼけっとするな」
そんなエドワードも、マルロの指示を受けた、有能な侍女たちに追い出され、ルイーズは侍女3人がかりで、入念に洗われることになる。
「帰ったら、即行で風呂に入るからな」
「待って、それは分かるけど、今の言い方って、エドワードも一緒みたいに聞こえるわ」
「はぁぁーっ、当たり前だろう。侍女に任せてリンゴの酒が落ちていなかったら、俺が困るからな、監督だ」
「はぁぁーっ、ちゃんとしっかり自分で洗うから大丈夫よ。それに、お風呂を覗かれるなんて恥ずかしいでしょう」
「今更か? どうせ互いに全部知っているんだ、いいだろう」
「違うわよ。それと、これとは別でしょう」
「くくっ、どれとどれだって」
エドワードの揶揄いを怒ったルイーズは、「もう知らない」とそっぽを向いている。
その短い沈黙が2人の不安を誘う。
「……俺のために、ごめんな。ルイーズが、こんなに濡れてしまって……。ルイーズが動いてくれなかったら、あした、他のヒーラーに会うまで、うなされ続けるところだった……」
「もう、大げさなんだから。わたしが飛び出さなくても、エドワードなら、ちゃんと避けていたんでしょう」
「……いや、俺はルイーズの隣から離れる気はなかったから、おそらくあのまま動かなかったと思う。あの酒、俺にとっては塩酸と同じだからな……。以前、令嬢から手に少し掛けられただけで、ひどい目に合った。あれをかぶっていたら、正直危なかった……。ルイーズのお陰で助かった、ありがとな」
「わたしの家族が悪いんだもの、当たり前じゃない。……でも、どうしよう、エドワードのことが皆に知られてしまったわ」
現実を思い出し、ひやりとするルイーズは、体温が下がる。
エドワードが回復魔法師だと貴族たちに知られ、あしたから何か変わるのかと、ルイーズは恐怖心を感じていた。
「すまない……。つい、カァーッとなって、あの場で正体がバレるようなことをしてしまった……。このあと、俺のことで、どんな反応が起きるか正直なところ分からない。あしたは、ルイーズ1人を屋敷に残すのは心配だ。退屈だろうけど、王宮の俺の部屋で過ごしてくれ」
「うん」と、ルイーズは静かにうなずく。
なるようになるから大丈夫だと、ルイーズは気持ちを切り替え、聞きたかった質問をする。
「ねえ、お母様が言っていたけれど、どうして青いドレスには家紋が入っていて、このドレスには、ふたりのイニシャルが内側に入っているの?」
「あー、あっちは万が一俺が自分の体に戻っていなければ、着るつもりだったから、婚約者として紹介する意味で、家紋が絶対に必要だった。母は、あのとおり、あら捜しが趣味だからな。……今着ているのは……、申し訳ない。このドレスを頼んだときは、俺がまだルイーズへの気持ちに気付いていなかったから、片方に家紋を入れて、もう片方に何も入れない訳にいもかず、そうなった」
「でも、うれしいわ。この指輪もドレスもふたりの名前でしょう。それに、さっき気付いたけど、ネックレスもそうだった。本当に何でも名前を書くのね、ふふっ」
「持ち物には名前を書けって、父から言われて育ったからな。うちの家紋入りは、使用人の窃盗対策で、質屋に持っていっても、当主の許可がなければ売れない仕組みになっている」
「あのアゲハ蝶、そんな意味があるんだ……。すごいわね……」
スペンサー侯爵家がいかに名門一族であるかを痛感する。
それに引き換え……、自分は輝かしい名前も、取り柄もないと、しゅんとなる。
「なぁ、なんか自信なさげにしているけど、指輪を渡したときから俺はルイーズのもの、って意味だぞ。ルイーズは俺のものって意味じゃないからな。それなら家紋で十分だ。俺はルイーズを手放す気はないが、もし、こんな特異な俺をルイーズが嫌になったときは、好きにしていい。それなら売れるから、ルイーズが馬鹿なことを考えなくても生活できるだろう。まぁ、ルイーズが思っている以上に俺は惚れこんでいるから、簡単に諦める気はないけどな」
全く予想をしていないことを言われ、どきりとしたルイーズは、潤んだ瞳でエドワードを見つめる。
「エドワードを嫌いになる理由なんて思いつかないわよ、だって、大好きなんだもん。昨日も、エドワードの部屋へ行くのが楽しみで眠れなかったし」
「……ルイーズの気持ちは言われなくても、十分に伝わっている……。でも、眠れなかったって、子どもみたいだな、くくっ」
「もう、ひどい。馬鹿にしてばっかりなんだから」
「違う。ルイーズは、さらっと言っているが、俺の部屋に来るのが楽しみって言われたら、こう言ってごまかさないと、うれし過ぎて……、キスしたくなるだろう。リンゴの酒が付いていなければ、とっくにしていた」
真っ赤になるルイーズ。違う、そういう意味じゃないけど、もしかして、また何かやらかしたのか……。そう思い聞いてみる。
「ねぇ、まさか、結婚する前から、よからぬことを考えていないでしょうね。そんなの、淑女らしくないから駄目よ」
「くくっ、俺はルイーズが淑女らしいところを見たことはないけどな」
「はぁぁーっ、今日は素敵な令嬢だったのよっ! ……途中まで」
「ふ~ん。じゃぁ、もう違うわけだし、何の問題もないな」
くすくすと笑うエドワードの横で、悔しそうな顔を見せるルイーズ。
その2人は、風呂についてまだ、ぎゃぁーぎゃぁーと、騒ぎ立てながら侯爵家に帰ってきた。
侯爵夫人のストールをまとうルイーズが、エドワードに手を引かれマルロの横を通り過ぎた。
その瞬間、リンゴの甘い香りがふわりと漂う。
優秀なマルロは、リンゴアレルギーのお坊ちゃんを、真っ先に心配した。
「うわぁ~、変わっていないわ」
しばらくぶりのエドワードの部屋に、懐かしさを感じ、その様子を見回したルイーズ。
だけど、そんな感動に浸る暇はない。ルイーズはエドワードに強引に浴室に押し込まれた。
「いいから、風呂に行くぞ。ぼけっとするな」
そんなエドワードも、マルロの指示を受けた、有能な侍女たちに追い出され、ルイーズは侍女3人がかりで、入念に洗われることになる。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる