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第一章「袖振り合う世の縁結び」
6.再会。骨董屋の主はあやしく誘う
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手元にはまだほんのりと温かいみたらし団子だけが残っている。
さすがにこれは――なにかおかしいぞ。
狐にでもつままれたか、市内のこの近辺は神社や仏閣がひしめく寺町として有名だったはずだ。
不可思議な現象に片足をとられていると自覚する。とまどう心に反して足は愚直に動いた。まるで靴に呪いをかけられたみたいだ。教えられたとおりにアーケード街を歩いて、二つ目の角を左折した先のわき道で、「九遠堂」の表札を見つけた。
目的の店は、町家を思わせる古典的な外観をしていた。
くたびれた木造家屋の入り口は夜のとばりが降りた世界で瞳に不気味に映る。扉の向こうであの奇怪な男が待ち構えているのかと思うと、緊張がほとばしる。
息をついて、深呼吸。怖じ気づいている場合ではない。ここまでたどり着いてしまったのだ。
覚悟を決めて引き戸に手をかける。
と、店内から声が聞こえてきた。
「なるほど。その案件でしたら五十万円で承りましょう」
――五十万円!
とんでもない金額に飛び上がる。
境内で一度だけ拾ったささやきよりも明瞭な発声ではあったが、声の主は同じだった。あの男だ。九遠堂の「シドウ」。みたらし屋台のおじさんが言っていたとおり、ここは彼の店のようだ。
店内からは男のほかに、かすかだが女性の声がした。こんな時間に客人だろうか。
雲行きのあやしい話かもしれない。店内に踏み込むべきか躊躇している間にも二人の会話はぼそぼそとつむがれる。「これ以上は」「どうしても」「まだ」「考えて」――漏れ聞こえてくる内容を繋ぎ合わせて推測するに、高額商品の売買について商談を交わしているようだ。
耳を澄ませたまま立ち止まっていたら、ふいに会話は打ち切られ、足音が近づいてきた。
誰か出てくる。
「あっ、すみません!」
扉を開けたのは女性だった。
上品にまとまったワンピースに、折れそうなほどか細い手足。いきなり鉢合わせたからか、顔面には動揺がはっきりと見てとれたものの、とっさに泳いだ目線はすでに帰り道を探していた。
小さく会釈をするやいなや、アーケード街の通りへ小走りに駆け出していく。
玄関先に残されたのは、僕ひとり。
中を覗き込むと、薄暗い店内に設えられた木製の帳場にゆらりと立つ男に睨めつけられる。
「何か。営業時間ならたった今終えたところだが」
「いえ、僕はその、あやしいものではなく」
しどろもどろしてしまう。完全に挙動不審ではないか。粟立つ心を悟られないように、必死になだめて咽喉から声を絞り出す。
「太洲神社にいらっしゃいましたよね。落とし物をされていたようなので、お届けにきました」
敷居をまたいで屋内に踏み入る。
九遠堂と屋号を冠したその店の内装は、雑然としていた。
そして率直に言えば、ほこりっぽく、かびくさく……きたない。
外観からは想像がつかないほどの奥行きを秘めた空間には、一貫性に欠ける品物がところせましと並べられている。
陳列棚からあふれかえるほど大雑把に配置されているのは、茶器、陶磁器、壺、絵画、天球儀、珊瑚の標本、オルゴール、仮面、アクセサリーや用途不明の古道具…………。
まるで驚異の部屋だ。
一目みて、歴史の教科書に付された挿画を思い出した。中近世の西洋で王侯貴族や学者のあいだで流行した、世界中のめずらしいモノを収集し陳列した小部屋。ワニの剥製や巨大な落葉、またとない奇書、エスニックな工芸品、果ては聖遺物までもが一緒くたにおさめられていた――と、図解されていた。
贅を凝らした奇想趣味のミニチュア博覧会は、博物館の前身とも伝えられている。
天井から吊り下がった裸電球が照らす足もとを掻き分けるようにして、仏像のように鎮座まします店主の前へと歩み出る。
道中財布を差し出すと、
「……たしかに俺の物のようだ。面倒をかけたな」
ヴンダーカンマーの主人はよく吟味してから顎を引く。
――まったくですよ。と、言ってやりたいのをこらえて曖昧にほほえむ。
受け渡しを終えて、用は済ませた。不穏な場所からは早々に退散するにかぎる。が、きびすを返したところで、呼び止められた。
「待て」
「……まだなにか?」
「わざわざ持ち主のもとへ届けに足を運ぶとは、見上げた道徳心じゃないか。お礼に面白いものを見せてやろう」
上から目線の物言いは、この男にとっては自然体なのだろうか。
男は能面のような顔にわずかな微笑を浮かべるばかりで、新規顧客の開拓のつもりか、それとも額面通りのお礼で裏の意図はないのか、確証が得づらい。
誘い水を向けるにしても、もうすこしやわらかな言葉を選べないものだろうか。
しかし、ここで退かない僕も警戒心が抜け落ちていた。どうにも祭りの夜の高揚感が抜けきらないようだ。
まるで異界に迷い込んだかのような不思議な商店――九遠堂。
異様な雰囲気をまとう店主。
これはまずいぞ、引きかえすべきだと理性が警鐘を鳴らす。逃げかえる手順を考えつつも、これまでいったいどこに隠れていたのか、好奇心がみるみる湧き出てくる。
――面白いもの、か。
悩んだのは精々、十秒足らずだった。
暗がりで男と目が合って、微笑みを投げかけられた瞬間に肝が据わってしまった。どうにかなるはずだ。たぶん。冷静さを掃き捨てる自分がいた。
「ここ、アンティークとか、めずらしいものを扱うお店ですよね」
「そうだ、古今東西あちこちから収集した曰くありげな品物を扱っている。古めかしいだけが売りの骨董品屋といったところだ」
入り口で聞いた五十万円という価格も適正価格なのだろうか。
思い切って尋ねてみたい気もするが、初対面の相手にそこまでの度胸はない。
「面白いもの」は奥まった場所にしまってあるようで、店主は裏口へと案内してくれた。
母屋の裏は小さな中庭になっており、離れとしてこれまた古式ゆかしい白壁の土蔵が建っている。重たい戸口を押して「この中だ」と男は誘う。
さすがにこれは――なにかおかしいぞ。
狐にでもつままれたか、市内のこの近辺は神社や仏閣がひしめく寺町として有名だったはずだ。
不可思議な現象に片足をとられていると自覚する。とまどう心に反して足は愚直に動いた。まるで靴に呪いをかけられたみたいだ。教えられたとおりにアーケード街を歩いて、二つ目の角を左折した先のわき道で、「九遠堂」の表札を見つけた。
目的の店は、町家を思わせる古典的な外観をしていた。
くたびれた木造家屋の入り口は夜のとばりが降りた世界で瞳に不気味に映る。扉の向こうであの奇怪な男が待ち構えているのかと思うと、緊張がほとばしる。
息をついて、深呼吸。怖じ気づいている場合ではない。ここまでたどり着いてしまったのだ。
覚悟を決めて引き戸に手をかける。
と、店内から声が聞こえてきた。
「なるほど。その案件でしたら五十万円で承りましょう」
――五十万円!
とんでもない金額に飛び上がる。
境内で一度だけ拾ったささやきよりも明瞭な発声ではあったが、声の主は同じだった。あの男だ。九遠堂の「シドウ」。みたらし屋台のおじさんが言っていたとおり、ここは彼の店のようだ。
店内からは男のほかに、かすかだが女性の声がした。こんな時間に客人だろうか。
雲行きのあやしい話かもしれない。店内に踏み込むべきか躊躇している間にも二人の会話はぼそぼそとつむがれる。「これ以上は」「どうしても」「まだ」「考えて」――漏れ聞こえてくる内容を繋ぎ合わせて推測するに、高額商品の売買について商談を交わしているようだ。
耳を澄ませたまま立ち止まっていたら、ふいに会話は打ち切られ、足音が近づいてきた。
誰か出てくる。
「あっ、すみません!」
扉を開けたのは女性だった。
上品にまとまったワンピースに、折れそうなほどか細い手足。いきなり鉢合わせたからか、顔面には動揺がはっきりと見てとれたものの、とっさに泳いだ目線はすでに帰り道を探していた。
小さく会釈をするやいなや、アーケード街の通りへ小走りに駆け出していく。
玄関先に残されたのは、僕ひとり。
中を覗き込むと、薄暗い店内に設えられた木製の帳場にゆらりと立つ男に睨めつけられる。
「何か。営業時間ならたった今終えたところだが」
「いえ、僕はその、あやしいものではなく」
しどろもどろしてしまう。完全に挙動不審ではないか。粟立つ心を悟られないように、必死になだめて咽喉から声を絞り出す。
「太洲神社にいらっしゃいましたよね。落とし物をされていたようなので、お届けにきました」
敷居をまたいで屋内に踏み入る。
九遠堂と屋号を冠したその店の内装は、雑然としていた。
そして率直に言えば、ほこりっぽく、かびくさく……きたない。
外観からは想像がつかないほどの奥行きを秘めた空間には、一貫性に欠ける品物がところせましと並べられている。
陳列棚からあふれかえるほど大雑把に配置されているのは、茶器、陶磁器、壺、絵画、天球儀、珊瑚の標本、オルゴール、仮面、アクセサリーや用途不明の古道具…………。
まるで驚異の部屋だ。
一目みて、歴史の教科書に付された挿画を思い出した。中近世の西洋で王侯貴族や学者のあいだで流行した、世界中のめずらしいモノを収集し陳列した小部屋。ワニの剥製や巨大な落葉、またとない奇書、エスニックな工芸品、果ては聖遺物までもが一緒くたにおさめられていた――と、図解されていた。
贅を凝らした奇想趣味のミニチュア博覧会は、博物館の前身とも伝えられている。
天井から吊り下がった裸電球が照らす足もとを掻き分けるようにして、仏像のように鎮座まします店主の前へと歩み出る。
道中財布を差し出すと、
「……たしかに俺の物のようだ。面倒をかけたな」
ヴンダーカンマーの主人はよく吟味してから顎を引く。
――まったくですよ。と、言ってやりたいのをこらえて曖昧にほほえむ。
受け渡しを終えて、用は済ませた。不穏な場所からは早々に退散するにかぎる。が、きびすを返したところで、呼び止められた。
「待て」
「……まだなにか?」
「わざわざ持ち主のもとへ届けに足を運ぶとは、見上げた道徳心じゃないか。お礼に面白いものを見せてやろう」
上から目線の物言いは、この男にとっては自然体なのだろうか。
男は能面のような顔にわずかな微笑を浮かべるばかりで、新規顧客の開拓のつもりか、それとも額面通りのお礼で裏の意図はないのか、確証が得づらい。
誘い水を向けるにしても、もうすこしやわらかな言葉を選べないものだろうか。
しかし、ここで退かない僕も警戒心が抜け落ちていた。どうにも祭りの夜の高揚感が抜けきらないようだ。
まるで異界に迷い込んだかのような不思議な商店――九遠堂。
異様な雰囲気をまとう店主。
これはまずいぞ、引きかえすべきだと理性が警鐘を鳴らす。逃げかえる手順を考えつつも、これまでいったいどこに隠れていたのか、好奇心がみるみる湧き出てくる。
――面白いもの、か。
悩んだのは精々、十秒足らずだった。
暗がりで男と目が合って、微笑みを投げかけられた瞬間に肝が据わってしまった。どうにかなるはずだ。たぶん。冷静さを掃き捨てる自分がいた。
「ここ、アンティークとか、めずらしいものを扱うお店ですよね」
「そうだ、古今東西あちこちから収集した曰くありげな品物を扱っている。古めかしいだけが売りの骨董品屋といったところだ」
入り口で聞いた五十万円という価格も適正価格なのだろうか。
思い切って尋ねてみたい気もするが、初対面の相手にそこまでの度胸はない。
「面白いもの」は奥まった場所にしまってあるようで、店主は裏口へと案内してくれた。
母屋の裏は小さな中庭になっており、離れとしてこれまた古式ゆかしい白壁の土蔵が建っている。重たい戸口を押して「この中だ」と男は誘う。
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