いわくつきの骨董売ります。※あやかし憑きのため、取り扱いご注意!

穂波晴野

文字の大きさ
6 / 45
第一章「袖振り合う世の縁結び」

6.再会。骨董屋の主はあやしく誘う

しおりを挟む
 手元にはまだほんのりと温かいみたらし団子だけが残っている。
 さすがにこれは――なにかおかしいぞ。

 狐にでもつままれたか、市内のこの近辺は神社や仏閣がひしめく寺町として有名だったはずだ。

 不可思議な現象に片足をとられていると自覚する。とまどう心に反して足は愚直に動いた。まるで靴に呪いをかけられたみたいだ。教えられたとおりにアーケード街を歩いて、二つ目の角を左折した先のわき道で、「九遠堂」の表札を見つけた。

 目的の店は、町家を思わせる古典的な外観をしていた。
 くたびれた木造家屋の入り口は夜のとばりが降りた世界で瞳に不気味に映る。扉の向こうであの奇怪な男が待ち構えているのかと思うと、緊張がほとばしる。

 息をついて、深呼吸。怖じ気づいている場合ではない。ここまでたどり着いてしまったのだ。

 覚悟を決めて引き戸に手をかける。
 と、店内から声が聞こえてきた。

「なるほど。その案件でしたら五十万円で承りましょう」
 ――五十万円!
 とんでもない金額に飛び上がる。

 境内で一度だけ拾ったささやきよりも明瞭な発声ではあったが、声の主は同じだった。あの男だ。九遠堂の「シドウ」。みたらし屋台のおじさんが言っていたとおり、ここは彼の店のようだ。

 店内からは男のほかに、かすかだが女性の声がした。こんな時間に客人だろうか。

 雲行きのあやしい話かもしれない。店内に踏み込むべきか躊躇している間にも二人の会話はぼそぼそとつむがれる。「これ以上は」「どうしても」「まだ」「考えて」――漏れ聞こえてくる内容を繋ぎ合わせて推測するに、高額商品の売買について商談を交わしているようだ。

 耳を澄ませたまま立ち止まっていたら、ふいに会話は打ち切られ、足音が近づいてきた。
 誰か出てくる。

「あっ、すみません!」

 扉を開けたのは女性だった。
 上品にまとまったワンピースに、折れそうなほどか細い手足。いきなり鉢合わせたからか、顔面には動揺がはっきりと見てとれたものの、とっさに泳いだ目線はすでに帰り道を探していた。

 小さく会釈をするやいなや、アーケード街の通りへ小走りに駆け出していく。
 玄関先に残されたのは、僕ひとり。

 中を覗き込むと、薄暗い店内に設えられた木製の帳場にゆらりと立つ男に睨めつけられる。

「何か。営業時間ならたった今終えたところだが」
「いえ、僕はその、あやしいものではなく」

 しどろもどろしてしまう。完全に挙動不審ではないか。粟立つ心を悟られないように、必死になだめて咽喉から声を絞り出す。

「太洲神社にいらっしゃいましたよね。落とし物をされていたようなので、お届けにきました」
 敷居をまたいで屋内に踏み入る。

 九遠堂と屋号を冠したその店の内装は、雑然としていた。
 そして率直に言えば、ほこりっぽく、かびくさく……きたない。
 外観からは想像がつかないほどの奥行きを秘めた空間には、一貫性に欠ける品物がところせましと並べられている。

 陳列棚からあふれかえるほど大雑把に配置されているのは、茶器、陶磁器、壺、絵画、天球儀、珊瑚の標本、オルゴール、仮面、アクセサリーや用途不明の古道具…………。

 まるで驚異の部屋だ。
 一目みて、歴史の教科書に付された挿画を思い出した。中近世の西洋で王侯貴族や学者のあいだで流行した、世界中のめずらしいモノを収集し陳列した小部屋。ワニの剥製や巨大な落葉、またとない奇書、エスニックな工芸品、果ては聖遺物までもが一緒くたにおさめられていた――と、図解されていた。

 贅を凝らした奇想趣味のミニチュア博覧会は、博物館の前身とも伝えられている。

 天井から吊り下がった裸電球が照らす足もとを掻き分けるようにして、仏像のように鎮座まします店主の前へと歩み出る。

 道中財布を差し出すと、
「……たしかに俺の物のようだ。面倒をかけたな」
 ヴンダーカンマーの主人はよく吟味してから顎を引く。

 ――まったくですよ。と、言ってやりたいのをこらえて曖昧にほほえむ。

 受け渡しを終えて、用は済ませた。不穏な場所からは早々に退散するにかぎる。が、きびすを返したところで、呼び止められた。

「待て」
「……まだなにか?」
「わざわざ持ち主のもとへ届けに足を運ぶとは、見上げた道徳心じゃないか。お礼に面白いものを見せてやろう」

 上から目線の物言いは、この男にとっては自然体なのだろうか。
 男は能面のような顔にわずかな微笑を浮かべるばかりで、新規顧客の開拓のつもりか、それとも額面通りのお礼で裏の意図はないのか、確証が得づらい。

 誘い水を向けるにしても、もうすこしやわらかな言葉を選べないものだろうか。

 しかし、ここで退かない僕も警戒心が抜け落ちていた。どうにも祭りの夜の高揚感が抜けきらないようだ。
 まるで異界に迷い込んだかのような不思議な商店――九遠堂。

 異様な雰囲気をまとう店主。
 これはまずいぞ、引きかえすべきだと理性が警鐘を鳴らす。逃げかえる手順を考えつつも、これまでいったいどこに隠れていたのか、好奇心がみるみる湧き出てくる。

 ――面白いもの、か。

 悩んだのは精々、十秒足らずだった。

 暗がりで男と目が合って、微笑みを投げかけられた瞬間に肝が据わってしまった。どうにかなるはずだ。たぶん。冷静さを掃き捨てる自分がいた。

「ここ、アンティークとか、めずらしいものを扱うお店ですよね」
「そうだ、古今東西あちこちから収集した曰くありげな品物を扱っている。古めかしいだけが売りの骨董品屋といったところだ」

 入り口で聞いた五十万円という価格も適正価格なのだろうか。
 思い切って尋ねてみたい気もするが、初対面の相手にそこまでの度胸はない。

「面白いもの」は奥まった場所にしまってあるようで、店主は裏口へと案内してくれた。
 母屋の裏は小さな中庭になっており、離れとしてこれまた古式ゆかしい白壁の土蔵が建っている。重たい戸口を押して「この中だ」と男は誘う。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...