いわくつきの骨董売ります。※あやかし憑きのため、取り扱いご注意!

穂波晴野

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第一章「袖振り合う世の縁結び」

8.監禁されて借金がふってきたので、建設的かつ前向きな支払いプランを提案してみる

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「ここから出してください」

 蔵の戸はまだ閉まっている。未成年者監禁は立派な犯罪だが、この奇妙な男はものともしないだろう。

 わけもわからずこんな状況においやられて、どだい受け入れることはできない。が、僕の身体能力はしょせん十人並みだ。そして相手は背の高い成人男性。痩身で骨張った不健康な身体つきをしているとはいえ体格差は歴然としている。
 おまけにあやしげな術を使うようだから油断はならない。

「それに……その、さっきの火の玉くん」
「おぉん? 小僧、オレサマが気になるかぁ?」

 どうにも聞きまちがいではなさそうだ。今度は洋燈から声が聞こえた。

「それ、何ですか?」

 尋ねると、男は指を六本立てる。さらには、思いがけない回答が返ってきた。

「教えてやってもいいが条件がある。――六百万だ」
「は?」

 六百万円。

 店先で小耳にはさんだ金額のおよそ十倍以上ではないか。
 唖然としている僕には見向きもせず、シドウさんは無慈悲に代金をふっかけてくる。あろうことか、洋燈のガラス管を指さして。  

「この洋燈の修理代。そして、愚者火――ウィル・オ・ザ・ウィスプの紹介料といったところか」

 男の指先に目を凝らすと、ガラス管にかすかなヒビが入っている。炎の渦に驚いて、とっさに腕を振ってしまったせいで割れたようだ。

 とすると、ウィル・オ・ザ・ウィスプとは、さきほど襲ってきた青い炎の名前だろうか。洋燈の中の住人。喋る火の玉。ついさきほど実際に目にしたというのに現実だとは認めがたい。
 この世のモノではないことは、明らかだ。

「修理代はともかく見たものって……」
「払えないのか? 蔵から出す慈悲もいらんな、ここで野垂れ死ぬがいい」
「はあ……?! ちょっと非常識すぎやしませんかねえ! 払えるわけがないでしょう。だいたい、僕、被害者ですよ? なにを勘違いされたのか知りませんが、閉じ込められて、おかしなものを見せられて、脅されて、因縁までつけられるって……。あなた、実は詐欺師だったんですか?」

「意外と眼識のある子供だな。俺という男をよく理解しているじゃないか」
「ギャハ! ギャハハハハ! そこの小さいの、面白いこと言い出すなあ!」

 洋燈の中で火の玉が暴れるのを、シドウさんがいさめる。

「……おまえは大人しくしていろ」
「で、その火の玉……それ、何ですか?」
「金が払えないなら教える義理はないな。あやしげな奇術でも見たと思え」

 男はあくまではぐらかそうとしているようだが、推測はつく。

 怪異。異形の徒。オカルティックなモンスター。
 おそらくそういったものだろう。

 なんてことだ、と顔を覆いたくなる。おそろしいと怯えながらも、心臓が早鐘を打つ。留めても拒んでもうるさいほどに跳ねまわる。ここへ足を踏み入れてから、もうずっと。

 現実には虚構じみた物語などはなく、あらゆる怪物は御伽と幻想の国の住人だと信じて生きてきた。

 僕の平凡な人生には、スクリーンの向こうから時々現れて刺激を与えてくれる程度の存在。それでいい。それが正しい。常識の枠におさまる安寧を享受して、ときどき夢を見て、どこまでもつづく平坦な道を歩いていく。

 けれども、もしも。

 夢につづきがあるのなら。きっと、だれだってその先を見たいと思ってしまうはずじゃないか。僕はいつも、我が身かわいさに目蓋を閉じた。見えもしないものを、笑い飛ばすことが賢明だと疑わなかった。道理以外のなにかに飲まれる恐怖から、逃げていただけだ。

 そんな僕の前で、謎の男はもう答えを示した。

 世界には思いもよらない驚異が潜んでいる。その可能性の片鱗が、目前にある。

 見慣れた街の片隅に非日常を見つけてしまったら――。

「わかりました。……建設的かつ前向きな支払いプランを提案します」

 手を伸ばさずには、いられなかった。

「ほう。どうせ碌でもないアイデアだろうが、慈悲だ。聞いてやろう」
「このお店、アルバイト募集してませんか? 学生なので毎日とは確約できませんが、明日からでも働きますよ」
「……フン、存外気骨があるようだ」
「それはどうも。冷静沈着なのが唯一の取り柄でして。ちゃんと教えてくださいね、手品のトリックとやらを」

 啖呵をきる。きってしまった。
 沈黙。そして、我慢比べのように睨みあう。

 先に折れたのは――意外にもシドウさんだった。

「よろしい。ならば明日から来い。ちょうど小間使いが欲しいと思っていたからな」

 そうして僕は薄暗い蔵の中から解放された。

 中庭に出ると、月の光がまぶしい。
 心臓はまだばくばくと脈動している。和装の男の背を追いかけながら、胸には小さな隕石でも落ちたような不思議な感慨が去来していた。

 ――なぜ、あんなことを口走ってしまったのか。

 いずれにせよ、これまで感知してきた日常のかたちは一夜にして変貌してしまった。落とし物を拾って道を尋ねて、九遠堂にたどりついた。たったそれだけのことで。
 後悔を数えたところで後戻りはもうできない。

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