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第三章 天使とディーバの取引明細
32.僕と神のお悩み解決コーナー
しおりを挟む天井から降りそそぐのは玉虫色の照明。
耳をつんざくのは大音量のディスコ。
間接照明を凝らした内装には睡蓮の装飾がほどこされ、バーカウンターの背後では七色のボトルが背比べをしている。
ユカリさんに連れられるがままに訪れたのは、あやしげなショークラブだった。いわゆる夜の店だ。本来ならば未成年が気軽に足を運べるはずがないというのに、なぜか僕はボックス席に軟禁されて質問責めにあっている。
それも、多勢の美女から。
「あらまあ固くなっちゃって、可愛い坊やだこと。うふ、緊張しているのかしら?」
「ねえ、歳は? 人間でいうところの十代って、からだもほとんど未成熟よねえ」
「景気付けになにか飲むのはいかが? あら、葡萄酒はだめなの? 血のようにおいしいのに」
右や左や前後から、腕をつかまれ首を撫でられ、耳元には吐息を吹きかけられる。
近い。近すぎる。
エスニック、エキゾチック、アジアンビューティー、ビスクドール、コケティッシュ、ドレッシー、セクシャル……見渡すかぎりにタイプの異なる美人が並んでいた。
ここは王侯貴族のハレムか後宮か。
視界を彩るいささか刺激がすぎる人々に圧倒され、押し寄せる肉塊に圧迫され、僕は全身がかちこちに固まったまま身をちぢこませていた。
テーブルを挟んで座席についたユカリさんは、呆れかえっている。
「あんまり触るとシドーが怒るだろうから、ほどほどにしてあげてよね」
黄色い声をあげる群勢は、椎堂さんの名前を聞くなり、色めきたった。
「あら、シドーってあのシドーよね。最近、顔見てないわぁ。遊びに来てくれればいいのに冷たいんだもの」
そのうちひとりが小言をこぼすと、次々にため息が盛れる。どうやらこの場にいる誰も彼もが椎堂さんの名前もご存知のようだ。あの人、局地的に有名人ではないか。
「椎堂さんもこういうお店来るんですか?」
「至上の快楽の園、現世との交差点、ここは私たちのお庭だもの。どうかしら、あなたも溺れてみる?」
亜麻色の髪をした女性は唇を三日月に引き結ぶ。思わず見惚れてしまいそうになるが、すんでのところでかぶりを振る。
「……ユカリさんっ!」
「あはっ、赤くなっちゃった。ごめんねぇ、みんな若い男の子なんて見つけたら興味津々なんだもん。捕獲したのも誘惑したのも、わたしなのに」
ユカリさんは透明な炭酸水で満たされたグラスを傾けながら、けらけらと笑っていた。自由気ままな彼女は愉快そうに見物するばかりで、助け舟は出してはくれない。
......困った。
そもそもここへ訪れた目的だって果たせてはいないのだ。
人間と怪奇なるもの。人間社会で生きる彼らについて。僕なりに興味があり、実地調査もやむなしと見越して、ユカリさんの誘いに首を縦に振ったつもりなのだが。
これではなにも聞き出せまい。文字通りに手も足も出せないのだ。
ほとほと困り果てていると、巨大なトランプを模したオブジェの向こうから、歓声が聞こえてきた。
出入口となっている観音開きの扉にむらがる人影からうかがうに、新たにお客様が来店したようだ。盛況である。
「やあやあ今日はにぎやかだねぇ。そちらのお客さんだけでなく、僕にもサービスしてくれると嬉しいなぁ」
心臓の裏側をくすぐるような懐かしい心地を誘う、脳天気な声には聞き覚えがあった。
扇状的な格好の女性に囲まれたその男は、ずんぐりとした小柄な体格の持ち主だ。どこか真意の知れない糸目をにゅうっと細くして、愛嬌のある微笑みを浮かべている。
前に対面したのは、九遠堂の店先だったか。
「大主さん!」
「どうも、千幸クン。いささか特例とはいえ、こういうお店は君のような少年には刺激が強いんじゃないかい?」
挨拶もほどほどに、大主さんは僕のとなりの席へとやってきた。どっしりと腰を据え、どこか妖艶に足を組んでみせる。「カティー・サークを頼むよ」と一言。
給仕をバーカウンターへと遣わせ、グラスの到着を待ちわびる間、僕を相手に雑談に興じるつもりらしい。
「半強制的に連行されました。ここにいる人たちって、皆、ユカリさんのような夢魔なんですよね?」
「大正解。ここは所縁のない一般人には近づけない特殊な店なんだ。呪(まじな)いをかけているわけではないが、そういうところは九遠堂と似ているかもしれないね。さて、どうだい、あの店での無賃労働は」
「はあ。意外と悪くはありませんよ。椎堂さんもたまには慈悲をくれますし。ただ……」
「ただ?」
「秘密主義がすぎるといいますか。あの人、謎が多いにもほどがあるじゃないですか」
「だからこうして君がここにいるわけか。飢えているんだね、腹を空かせた野次馬め。ミステリィってのにすっかり魅せられてしまっているなぁ、君ってやつは」
面白がる態度を隠しもせず、大主さんは僕をからかう。
僕と椎堂さんのあいだに縁を結んだのは、このひとだ。九遠堂にまつわる苦難に関して責任の一端がある。だからというわけではないが、大主さん相手に情報を無心するのは抵抗を感じなかった。
「まあ、でもよくやっているほうかな。あの男のことだから三日で逃げられるか、五日で追い出すかと思いきや、仲睦まじくやれているわけだ。なかなかいい主従関係じゃないか」
「だれが従なものですか。……いえ、従業員ですけれど!」
「うんうん、その負けん気やよし。さあさ、このお兄さんが特別サービスとして千幸クンの疑問に答えてあげよう。知りたいのは、人の世と隠り世との繋がりってところかな。あ、隠り世ってのは異界のことね」
「……はい。よくわかりましたね」
「そのくらいの神通力はお手の物さ。これでも神様のはしくれだもの」
椎堂さんに限らず、大主さんにも謎は多い。
しかし、九遠堂の風変わりな店主ほどの捻くれ者ではないようだ。尋ねずとも気前よく伝授してくれる。
「さて、レイヤー構造ってのはわかるかい。もちろん、普通に生きているだけでは知覚はできないものだが、この世界は階層に分かれている。人の住む現世と、重なり合うようにして怪奇なるものが住む常世が存在している」
「現世と常世、ですか……」
前者はともかく後者については存じ上げない世界だ。
「ただし、この常世という異界は一つとは限らない。現世の生物たちとは異なる摂理で生きるさまざまな命が、それぞれの階層で生きている。人によってはそれを魔界や天界や神界とも呼ぶのだろう」
「そのうち、ユカリさんたちのように現世に関わる者たちがいるってことですか? 友好的な者は人を模した姿で現れる、と椎堂さんが言っていました」
「理解が早いね。あの仏頂面もそのくらいはレクチュアしてくれているのか」
「気になっていたんです。ユカリさんたちのように、見かけは人間そのものである怪奇なるものが、ごく普通に、この世に生息しているのなら……」
「そちらの疑問は、遠くない将来のためにとっておくといい」
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