ヒロイン? 玉の輿? 興味ありませんわ! お嬢様はお仕事がしたい様です。

彩世幻夜

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プロローグ

伯爵家の朝

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    「お嬢様、朝でございますよ」

    シャッとカーテンを開ける音のすぐ後に、眩しい朝日が寝台に日だまりを作る。
    ガタン、と音を立てて両開きの窓が開けられ、潮の香りのする風が部屋に吹き込んでくる。

    「うひゃっ、寒ッ!」
    暖かい布団の中で縮こまりたくなる様な、冬の朝の冷たく痛いくらいの空気に、寝ぼけていた脳は強制起動を余儀なくされる。

    この寒さでは、布団があっても寝間着の薄着のままでは足りなすぎる。
    「おはよう、ばあや」
    ベッドの上に起き上がり、私は初老の彼女を見上げた。
    「おはようございます、お嬢様。着替えとスープはいつも通り隣室にご用意致しておりますよ」
    「うん。ありがとう」

    ひょいとベッドから跳び降りて隣室へと走るけど、部屋のドアの取っ手に手が届かない。
    ……いつもの事だけど、早く大きくなりたい。
   ドアはばあやに開けて貰って、暖炉に火が灯る暖かい部屋でまずは熱いスープで体を温める。

    ん?    そこは目覚めの紅茶だろうって?
    あはは、そんなお洒落なものが出てくる訳ないでしょ?
    それに魚介でしっかり出汁をとった、野菜たっぷりのミルクスープは美味しくて栄養満点。
    最後の一滴まで飲み干してから、着替えを済ませる。
    
    潮風にさらされ色の抜けた白銀の髪を一つに束ねる。
    厚手のワンピースを着込むと、ばあやが外套を羽織らせてくれる。
    私はそのまま玄関まで駆けて行き、「おはようございます、お嬢様。いってらっしゃいませ」と笑う執事に両開きの立派な扉を開けて貰う。

   「行ってきます!」

    玄関の外に出ると、高台に建つ屋敷からは遠く水平線まで見通せる海の景色が広がる。
    「おーい、レーネ!    早く来いよー!」
    その眼下に広がる港に停泊する船の上、手を振る少年が声を張り上げた。
    「アクア、おはよう!    今行くわ!」
    石畳の坂道を駆け降りる。

   「おう、おはようお嬢!」
   「おはよう!」
    途中すれ違う街の人と挨拶を交わしながら港へ着くと、「そら、船を出すぞ、早く乗れ!」逞しい海の男らしい太い腕に抱え上げられ、そのまま船の甲板へ跳び移る。

    「出港だ!」
    「お嬢、今日も頼むぜ!」
    「はぁい!」
    甲板に下ろして貰って、私は久々船の舳先へ移動する。
    「水の精霊、ウンディーネ。今日も良き潮の流れを我らに恵みたまえ。風の精霊、シルフィード。今日も良き風を我らに与えたまえ」
    そして、祈った。

    ふわりと、風を受けた帆が膨らみ、船が港を離れ沖へと舵を切る。

   「いょっしゃ、船の事は俺らに任せてお前たちは朝飯食ってきな!」
    「おう、父ちゃん!」
    アクアが私の手を引き船尾の船室へと揺れる船の上を駆けて行く。

    これが、伯爵令嬢の私の朝の日常である。
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